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歌集・空白地帯

カテゴリー:人間

(霧山昴)
著者 柳 重雄 、 出版 現代短歌社
 私と同じ団塊世代の、埼玉で今も弁護士として活躍している著者による短歌集。
 著者は高校・大学と短歌をたしなんでいましたが、司法試験を経て弁護士活動のなかで短歌とは遠ざかっていたとのこと。ところが、2017年に奥様が亡くなられて、初心を思い出して短歌の道に邁進して、今回の歌集にたどり着いたそうです。
 私には短歌の良さがよく分かりませんが、私の心にヒットしたものを少し紹介してみます。
 まずは、高校生のときから大学生初めのころまでの作品です。
 雫(しずく)這う ガラスの外は 今宵のあめ 受話器にきみの声 明るくて
 きみを乗せ 雨の夕べに 動き出す 列車のあとに来る 悲しみは
 薄闇に 木々の塊 くろぐろと 己に迫る 底深きもの
 頬に五月のひかり 射せども 林立するゲバ棒の前に たじろぐ思索
 これらは初恋の思ひ出、そして学園闘争の渦中での心象風景だと思いました。
 続いては、今は亡き奥様を偲んでいる短歌です。著者の長女がフランスはパリに留学していて、奥様と何回も訪問したとのこと。その楽しい思い出が何回となく思い出されています。
 セーヌ川 の風さわやかに パリの街 暮れつつ灯(あかり)が ともり始めて
 オペラ座の 大通り行く この夕べ 妻と腕組み パリジャンとなる
 カルカッソンヌの 町を囲める 城壁を 妻と歩めり 風に吹かれて
 著者と同じく、私もフランスには何回も行きました。ロワールの城めぐり、モン・サン・ミッシェル、リヨン、カルカッソンヌ、トゥールーズなど、行ったことのある町の風情を思い出します。
 そして亡き奥様を思い出す思いの哀切さ…。
 君を恋う 最もリアルな 感情を 詠(うた)いえたるは 君逝きし時
 背広着て スーパーに菜(さい) 買うときに ふいにこみあげ きたる悲しみ
 灯明の 炎の中に 君がいる そう思いつつ 君と会話す
 たたなずく 雲の向こうに 君はいて メールの返信 返ってきそう
 長年の知己である著者から贈呈していただきました。お互い、健康に留意して、もう少し現役の弁護士としてがんばりましょうね。
(2022年12月刊。税込2750円)

裸で泳ぐ

カテゴリー:人間

(霧山昴)
著者 伊藤 詩織 、 出版 岩波書店
 レイプ犯(今も臆面もなく表通りを歩いているジャーナリストの山口敬之氏)が逮捕される寸前で、中村格という幹部警察官(ついに警察庁長官にのぼりつめたものの、安倍銃撃事件で引責辞任を余儀なくされた)がストップをかけたというのを忘れるわけにはいきません。
 そして、その被害者がどんな心境に置かれるのかが赤裸々につづられている本です。
 レイプの被害者が実名を出し、マスコミに顔をさらすと、70万件ものネットの書き込みがあった。そのうち名誉毀損的なものは3万件、グレーなものも5万件あった。いやあ、大変な数ですね。私の想像を絶します。いったい、この書評をどれほどの人が読んでいるのか、ときに知りたいと思います。少し前に聞いたときは、1日に300件ほど、ということでした。
なので、今でも、著者は自分へのネットは自分では開けず、スタッフに開いてもらっているとのこと。
 そして、交際していた彼も、ネットのほうを信じて、「本当のことを聞きたい」と著者を問いつめたとのこと…。いやはや、ネットの恐ろしさといったら、すごいものなんですね。
 この痛みと苦しみを鎮めてくれる薬など存在しない。周りから、時間が解決してくれる、時間がたてば痛みが和らぐからと言われることに、うんざりした。いったい、どれくらいの時間を彼らは言っていたのだろう。おばあちゃんになったら…?元「慰安婦」のハルモニは、苦しみは死ぬまで終わらないと言っている…。
 モンスターは、心の中に潜んでいて、内側から私を引き裂こうとする。私はモンスターじゃない。でも私は、心の中のモンスターとは、もう引き離されることがない。それは私の一部になっていて、自分自身の一体感を感じられないことが、モンスターのせいにされている。
 でも、私は思う。私の中には、もともとモンスターが住んでいたんだと。たぶん、モンスターは、誰の心の中にも潜んでいる。大きくなると、自分でコントロールすることが難しく、心を内側から引き裂いていくんだ。
 著者は高校のときからアメリカ留学したりして、英語のスピーチのほうが日本語より、よほど言いたいいことが言えるとのこと。すごいですね。そして、あふれんばかりの好奇心と行動力、そして何より鋭敏な感受性に心を打たれました。
 著者の肩書は映像ジャーナリストとのこと。残念ながら、その映像を見たことはありません。
(2022年10月刊。税込1760円)

付き添うひと

カテゴリー:司法

(霧山昴)
著者 岩井 圭也 、 出版 ポプラ社
 弁護士が少年の非行事件の弁護人として行動するときは、付添人(つきそいにん)と呼ばれます。そして、この少年には少女も含んでいます。
 少年非行事件は激減しました。年間50万件あったのが、今ではその1割の5万件ほどしかありません。ところが問題行動を起こす少年が減ったことを手放しでは喜べない、そんな気がしてなりません。いじめなど、非行が陰温化しているのではないか、子どもたちの伸びのびした創意工夫の芽が型にはめられて失われているのではないか、不登校やひき込もりが増えているのではないか…。子どもたちを取り巻く問題状況は、かえって深刻になっているようにも思えます。
 そして、何より、社会に起きていることや政治に関心がなく、無気力になっているのではないでしょうか。若者の投票率の低下は、そのあらわれの一つだと思います。
 親との葛藤のなかで生まれる少年事件では、付添人は親との対話にも大変苦労することがしばしばです。この本では、最後の参考文献に福岡弁護士会子どもの権利委員会による『少年事件付添人マニュアル』(日本評論社)もあげられていて、わがことのように鼻が高いです。
 子どもに関心を持たない親、子育てをあきらめてしまった親がいる。親の無関心は肌でわかる。手を差しのべられていないと感じる子どもが立ち直るのは容易ではない。手を差しのべる人は、親でなくてもいいのです。付添人は、そんな人とつながりをもって、少年の立ち直りを支えるのです。この本は、子どもが親からの虐待に逃げ込む場(シェルター)があることを紹介しています。虐待親の多くは子どもを自分のものと考え、必死に子どもを取り戻そうとします。なので、シェルターの所在は絶対秘密です。
 ところで、主人公のオボロ弁護士もまた親との関係で苦労させられた一人という経歴です。高認(高卒認定試験)を経て、働きながら夜間の大学の法学部で学ぶようになり、29歳のとき、3度目の司法試験に合格した。だから、対象となった子どもたちの気持ちがよく分かる。
 これほど劇的な体験を経て弁護士になったという人は私の身辺にはいませんが、少年付添人を熱心にやっていた(いる)人は何人も知っています。その日夜を分かたぬ熱心な活動に、いつも頭の下がる思いでした。
 少年事件の実際と付添人の弁護士の活動の実情を知ることのできる貴重な小説です。ご一読ください。
(2022年9月刊。税込1870円)

統一教会との闘い

カテゴリー:社会

(霧山昴)
著者 山口 広、 川井 康雄 ほか 、 出版 旬報社
 統一協会(この本では、本当は統一協会だけど、世間に広く知られている統一教会とすると断っています)と長く闘ってきた全国300人あまりの弁護士による全国霊感商法対策弁護団(全国弁連)によって緊急出版された本です。さすがに、長年の取り組みを反映して、本文は170頁ほどですが、ずっしり詰まった内容です。
 私がもっとも驚いたのは、2012年に死亡した文鮮明が教祖様であって、今も崇拝の対象とばかり思っていたのですが、今の代表者である韓鶴子は夫の文鮮明をけなしているということです。これには開いた口がふさがらないほどショックでした。
 韓鶴子は、アメリカで三男・顕進派との訴訟において、文鮮明には「原罪」があった、この文鮮明の「原罪」は、「独生女」であり、無原罪である自分と結婚したことでなくなったと証言した。これまで、文鮮明こそ「再臨のメシア」であり、無原罪だとしてきた教えを根本から否定するもの。なので、これに反発して韓鶴子派から脱退した幹部もいるとのこと。いやあ、統一協会の創始者の文鮮明を、その妻だった韓鶴子が批判するだなんて…。内部亀裂の深刻さを物語っています。
 そして統一協会は家庭平和連合として、あたかも家庭を守るように装っていますが、肝心要の文鮮明と韓鶴子の14人もの子どもたちは、両親から放ったらかされ、子育てに親が関わらず、信者まかせだったため、早死したり、事故死したり、浪費が激しくて社会的に能力がなかったり、散々のようです。実の母親と息子が利権争いをして、アメリカで10年以上も裁判を続けているというのも異常すぎますよね。
 最近、統一協会の「二世問題」の深刻かつ悲惨な状況が明らかにされつつありますが、本当に育児放棄、家庭崩壊、借金まみれ、社会的にも孤立という状況に追いやられた「二世」たちは哀れとしか言いようがありません。そんな「二世」が5万人以上もいるというのですから、大変な社会問題として放置できないと思います。ところが、そんな統一協会の幹部たちが表向きでは家庭を大切にしようというのですから、まさしく憤飯ものです。
 文鮮明は、日本を「エバ国家」と呼びました。韓国は「アダム国家」です。エバはアダムを墜落させた。「エバ国家」である日本は、「アダム国家」である韓国に侍(はべ)らなければならない。「万物復帰」として、サタンある日本の財物はすべて神(統一協会)の側に戻さなければいけないとした。
 信者に対して、国民を欺して大金を奪うが、そのとき、小さな「悪」にこだわってはいけない、統一協会に尽くすという「善」をなさないことこそが、大罪だと統一協会は説きます。
 冷静な頭で考えたら、そんなバカな…というところですが、もうろうとした頭になって聞かされた、有りがたい説教に、ついつい盲従させられてしまいうのです。
 統一協会は、文鮮明という男のホラ話を信じ込んで、本当に神が地上につかわした再臨のメシアだと絶対視する信者たちで構成されている。とはいうものの、教会のナンバー2だった郭錠煥が安倍元首相の襲撃事件のあと記者会見して「事件に責任がないとは言えない」と言ったり、大打撃を受けているようです。
 そして、一般の信者も8割ほどは自分で脱会していると山口宏弁護士はみているそうです。脱会する気になったのは、文鮮明が本当はメシアなんかではなく、単なる「ハッタリかます欲ばりじいさん」だと分かったから、という話は、聞いていて本当にそのとおりだし、むなしい日々を過ごして哀れだと思いました。
 統一協会の勧誘は、正体を隠して勧誘し、深みにはまっているところで文鮮明を登場させて、もはや抜け出せない状況に追いこむという巧妙なもの。
 信者の8割は女性。青年(男性)のほうは、もっと綿密な教化システムがある。
 統一協会問題が深刻なのは、自民党を丸かかえしていること、そして、自民党は今なお、統一協会と決別しておらず、関係を温存したまま、世間の忘却を待っていることです。その典型が萩生田光一政調会長です。萩生田議員は落選していたとき、統一協会の「教会」に何度も行って、「一緒に日本を神の国にしましょう」と言っていました。こんな議員を政調会長にしたままの自民党、そして自公政権が日本をダメにしてしまうのは明らかなのではないでしょうか…。
 いずれ日本の国民は忘れるから、しばらく黙っておこうなんていう自民党の政治を、あなたは許せますか…。私は許しません。とてもタイムリーな本です。ぜひ、読んでみてください。
(2022年11月刊。税込1650円)

過労死

カテゴリー:社会

(霧山昴)
著者 過労死弁護団全国連絡会議 、 出版 旬報社
 KAROSHIはカラオケと並んで世界に通用するコトバです。なんと不名誉なことでしょう。しかも、過労死の企業の典型といったら、なんと日本を支配する電通です。まったくひどいものです。
 日本の過労死問題について、世界の人々の理解を広げるため、過労死弁護団は、1991年に「KAROSHI」英語版を刊行した。それから30年あまりが経過した今日でも過労死はなくなっていない。なくなっていないどころか、ますます増えそうな状況にある。
 それというのも、日本ではあまりに労働組合が弱体化し、労組への加入率は激減したまま低迷し続けていて、ストライキは現代日本では死語も同然。
 他人(ひと)への迷惑をかけたらいけないから、自分の権利主張も控えるのが当然だという風潮、他人の足をひっぱるのが「常識」になっている。いやいや、昔は日本でもストライキがあり、職場占拠も珍しくなかったのです。それは江戸時代の百姓一揆の伝統を良い意味で承継していたのです。でも、今では…。
 過労死とは、働きすぎによる過労・ストレスが原因で死亡すること。この分野で第一人者である川人博弁護士は、過労死が現代日本では毎年1万件ほど発生していると推定している。厚労省が労災と認定する脳・心臓疾患や精神症疾患等の疾病(死亡を含む)は毎年800件で、そのうち死亡者は200件。これは氷山の一角。
 過労死弁護団連絡会議が設立したのは1988年6月のこと。最初の10年間は、死因のほとんどは脳卒中や心臓病死だった。
 1998年以降は自殺が急増した。そして、40代、50代の男性が多かった。
 1998年以降は20代、30代の労働者のケースが増え、女性のケースも増えている。
 過労死KAROUSHIは3K、Karaoke、Kaizenと並んで、世界的に有名な日本語。
 日本の労働組合は、欧米に比べると、活動力が弱い。そのうえ、組織率は17%だけ…。
 労働時間が1日に12~13時間、2週間連続勤務、月350時間労働、そして、年間4000時間をこえる過重労働。これでは病気にならないほうが不思議ですよね。
 電通に入った東大卒の高橋まつりさんは、上司からのパワハラもひどく、24歳になったばかりのクリスマスの朝に、会社の借り上げ寮から投身自殺。
 「今週10時間しか寝ていない。1日2時間の睡眠時間」なんて、信じられません。
 ところが上司は、こう言ったのです。
 「会議中に眠そうな顔をするのは、管理ができていない」
 「髪ボサボサ、目が充血したまま出社するな」
 「今の業務量で辛いのは、キャパ(能力)がなさすぎる」
 まつりさんは、こう書いています。
 「死にたいと思いながら、こんなにストレスフルな毎日を乗り越えた先に何が残るんだろうか」
 将来ある若い女性をここまで追い込む会社に存在価値があるのか、疑ってしまいます。ところが、先日の東京オリンピックの汚職事件の主要な舞台もまた電通でした。
 そして、アベ首相を押し上げていたのも電通。どこか、狂っているとしか言いようのない会社が日本を表でも裏でも動かしているのです。ここまでくると、日本の社会がおかしくなっている責任の一端が電通にあると言って、言い過ぎではないと私は思います。
 労災認定された過労死は2002年の160人を最高に、近年は減少傾向にある。それでも2020年は67人もいた。過労自殺のほうは、1999年の11件が少し増え、過去13年間は63~99人で横ばい。2020年は81人。2020年の過労死と過労自殺者の合計148人は、業務上死亡802人の2割を占めている。
 長時間労働は、うつ病、不安障害、睡眠障害の原因になる。
 メンタルヘルス休職者比率の高い企業のほうが、時間の経過とともに企業の利益率は悪化していく。
 では、電通はいったいどうなのでしょうか。相変わらず、超々大儲けしているように外見上は見えますが…。川人博弁護士は、過労死は、日本社会の構造的な原因によるものだと断言しています。本当にそのとおりだと思います。
 労働組合なんて、あってないような存在と化している現代日本において、労働者が自分の生命・健康そして基本的な権利を守り、主張することがとても難しくなっています。でも、あきらめてはいけません。そのための手引書もたくさん出ています。ぜひ活用したい本です。
 長年の知己である川人博弁護士から、本書の英語版と一緒に贈呈していただきました。ありがとうございます(英語版のほうの活用は検討課題です)。
(2022年12月刊。税込1430円)

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