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ジェーン・フォンダ

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著者:ジェーン・フォンダ、出版社:ソニー・マガジン
 ジェーン・フォンダというと、わたしにとってはアメリカの勇敢な反戦女優というイメージです。ただし、彼女の出た映画を見た覚えはありません。この本は驚きの連続でした。まさに衝撃の書です。
 私の人生の大きな特徴は、変化が多く、しかもその変化に連続性がないことである。私は社会、家庭、職業という人生の大切な部分で人の目を気にせず、いつも成功よりまず努力することを念頭において生きてきた。なるほど、この本を読むと、それが実感として伝わってきます。
 子どもの私は父(ヘンリー・フォンダ)の関心を勝ちとるために本心を隠す習慣を身につけてしまっていた。完璧に、もっと完璧に。私には、それができた。私は悲しみの隠し方を父から教わった。
 性的虐待が子どもに及ぼす影響を調べてわかったことは、悪いのは性的虐待をした大人のほうであることをまだ理解できない年齢の子どもたちは、トラウマとなるその経験を自分が悪いからだと思いこんでしまう現実がある。この罪悪感を背負いこむことで、少女はことあるごとに自分を責め、自分の体を憎み、その埋め合わせに自分の体を完璧なものにしなくてはと思いこむ。そして、この感情は母から娘へ受け継がれることがある。
 性的虐待を受けてきた子どもは、自分には性的な価値しかないと思いこむ。そして、この思いこみは、よく青春期の派手な性的関係となって表われる。ときとして、性的に虐待されてきた子どもたちは奇妙な輝きを放っているように見えることがある。それは性的なエネルギーがあまりに早い時期から彼らの人生に押し入ってくるからだ。男性は、明かりに引き寄せられる蛾のように性的虐待や近親相姦の犠牲者である女性たちに引きつけられていく。
 父親のヘンリー・フォンダは14歳のとき父親と一緒に黒人レイプ犯が民衆からリンチを受けて殺されるところを目撃した。その黒人の男は留置場から引きずる出され、市長と保守官の立ち会いのもと街灯の柱に吊された。もちろん、何の手続もなしに。そして、群衆の銃弾男の体を蜂の巣にした。一部始終を黙って見ていたヘンリー・フォンダは家に帰ってからも何も言わなかった。これが「十二人の怒れる男たち」などに反映した。
 ヘンリー・フォンダは、人種差別と不公正は悪であり、決して許されるべきではないという固い信念を抱いていた。
 ジェーン・フォンダは父から愛され、母からは愛されていないと思ったそうです。
 私は母の虚ろな眼差しに凍りついた。この人は私を愛していない。本当の愛とは心を込めて相手を見返すことであって、何かのついでに偶然ぼんやり視線を向けることではない。うむむ、すごい。感受性が鋭いんですね。
 ヘンリー・フォンダは、アメリカにマッカーシー旋風が吹き荒れていたとき、これを共産主義の名を借りた魔女狩りとみなし、テレビを蹴飛ばしたこともあった。
 ジェーン・フォンダはずっと過食症でした。14歳のとき、決して太っていなかったのに、女としての完璧な肉体をパワーや成功と同一視するようになった。友人から大食いして吐くという方法を教えられた。
 呼吸はセックスの最中のように速く、恐怖に駆られたときのように浅くなった。食べる前にミルクを飲む。それは、まず胃にミルクを入れておくと、後で吐くのが楽になるからだ。太るということは死にも等しいことだ。食べること自体が気分を高揚させ、心が鼓動する。食べ尽くすと、食べたものが体に定着してしまう前に出してしまわなければという強迫観念に襲われる。
 アルコール依存症と同じで、拒食も過食も現実を拒絶する病気だ。ただ、アルコール依存症と違い、過食を隠すのは難しいことではない。一日せいぜいリンゴを少し、かたゆで卵をひとつ食べるのが精一杯だった。ジェーン・フォンダが摂食障害から解放されたのは、40代になってからのこと。
 ジェーン・フォンダは18歳のとき、1年間も処女を捨てようとがんばったのですが、結局うまくいきませんでした。3人のボーイフレンドと喪失の一歩手前まで行ったものの、どうしても最後まで行き着けなかったのです。リラックスできなかったからです。
 ジェーン・フォンダは、役者になるための演技指導を受けました。単に親の七光りではいやだったからです。マリリン・モンローも一緒で、彼女は熱心な受講生でした。
 手にもっているコーヒーカップの熱さや重さといった実際の感覚を数分の演技であらわすセンスメモリーというものを受けました。これは、感覚を研ぎすまし、集中力を高めるものでした。
 冷たいオレンジジュースの入っているはずのグラスに指をあて、目を閉じた。感覚が研ぎすまされ、すべての雑念が消えていくのをじっと待つ。指先に冷たさが感じられるようになると、目を開け、ゆっくりグラスを持ち上げる。グラスの重さが手に感じられるようになるのを待ってグラスを口に持っていくと、舌の味蕾がその甘酸っぱい液体に目覚めた。初めて役者にしか分からない感覚を経験していた。観客が見ているステージで演技しているのに、その瞬間、たった一人だった。
 キミには才能がある。指導していた演劇専門家からこう評価され、ジェーン・フォンダに自信をつけたのです。
 人間はリラックスしていなければ実力を出せない。俳優にとって、肉体は楽器なのである。俳優にとってもうひとつ重要な課題は、いかにしてインスピレーションを得るか、だ。
 ジェーン・フォンダは乳房を大きくしようと思って整形外科医に胸を見せて、もっと大きくしたいと言った。すると、その医者は、キミはどうかしてるね。バカなことは忘れて家に帰りなさいと彼女を叱った。えらい医者ですね。
 ジェーン・フォンダが反戦活動をするようになったのは、彼女がフランスに何年間か生活して共産党への偏見が少なかったこともあるようです。一般のアメリカ人とちがって、共産主義に対する恐怖感を持っていなかった、としています。そして、彼女のフランス語はスウェーデン人と間違われるほどきれいだということ。うらやましい限りです。
 マーロン・ブランドはブラック・パンサー党を支持していたとのこと。ジェーン・フォンダも保釈金を集める活動に短期間かかわっていた。それで、FBIのファイルに彼女はのったのです。常に尾行されるようになりました。政府の諜報活動の標的とされ、電話はずっと盗聴されていました。ジェーン・フォンダの盗聴記録はブレジネフの発言と同じウエイトをもってニクソンやキッシンジャーが読んでいました。
 ここまで自分の気持ち、身体のこと、セックスのことが書けるのか、読んでいて、うむむと、つい唸ってしまいました。さっと感情移入して、頁をめくる手がもどかしいほどでした。これは上巻です。下巻が待ち遠しい・・・。

旭山動物園・革命

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著者:小菅正夫、出版社:角川ワンテーマ新書
 5月の晴れた日曜日に、はるばる旭山動物園まで出かけて見物してきました。これだけ話題になると、やっぱり見たいものですよね。福岡から東京経由で旭川空港に降りる手もありますが、私は札幌からJRで行きました。朝8時の特急に乗って、バスをつかって午前10時前に着きました。入場料こみのJRセット券です。山の斜面にある広々とした動物園で、観光バスが続々やってきていました。
 予定時間が2時間ほどしかありませんでしたので、園内マップを片手に見落としのないよう、話題の動物たちを急いで見物しました。まあ、そんなに慌てることはありませんでしたけどね。
 残念なことに、ペンギンの散歩は見ることができませんでした。あれは冬だけのイベントなんですね。円柱トンネルを目の前で泳いで通り抜けていくアザラシは、幸い2回も見ることができました。行っても全然見れない人もいるそうです。気まぐれというか、彼らの気のむくままなので、これは仕方ありませんね。ホッキョクグマのダイビングは迫力がありました。先祖はヒグマだそうですね。ヒグマのなかから、海に住んでみようと思った連中が出てきて、ホッキョクグマになったのです。デッカイ身体ですが、水中での身のこなしがあまりに軽々としていたのに目を見開きました。
 オランウータンにも面会できました。オスの顔の大きさは迫力があります。顔の周囲がエラのように広がっていることを知りました。ここでは、残念ながら高いところの綱渡りは見れませんでした。
 子どもたちが小さいときには、私は何回も動物園に連れていってやりました。大人にとっても楽しいところなんですが、さすがに一人で行く気にはなりません。このところ、自然と動物園から足が遠のいていました。でも、旭山動物園ほど有名になると、おじさん、おばさんたちが観光バスで続々やって来るのですね。子どもがいなくても平気です。若いカップルも大勢きていました。
 虎のオリはタテが6ミリ感覚、横は15ミリ感覚。人間の目は、横にたくさん仕切があると、わずらわしく感じる。ところが、タテの間仕切りは少しくらい密であってもいいという。だから、こんな間仕切りになっているそうなんです。
 猛獣たちが人間の都合で狭いオリに閉じこめられているのは可哀想ですが、ゴメンネといいながら、いつも動物園を楽しんでいます。
 著者は私と同じ団塊世代です。動物園をよみがえらせようとがんばっている姿に同世代として励みになります。

鴉(からす)よ、闇へ翔べ

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著者:ケン・フォレット、出版社:小学館文庫
 第二次大戦中、秘密任務を帯びた50人のイギリス女性がイギリス軍(SOE)によってナチス・ドイツ占領下のフランスへ空路送りこまれました。そのうち36人は生き延びましたが、残る14人は命を落としました。この小説は、その実話にもとづいています。 ときはノルマンディー上陸作戦がはじまる寸前のことです。そうです。映画「史上最大の作戦」のことです。ナチス・ドイツの通信施設が有効に機能していると、ことは厄介です。上陸作戦を台無しにしてしまう危険すらあります。フランス現地にいるレジスタンス勢力と力をあわせて、この通信施設を叩きつぶしておきたい。イギリス軍は、そう考えました。この通信施設を外からレジスタンスの武装勢力に襲わせたところ、失敗してしまいました。あとは、清掃作業員に化けて内部に侵入して爆破するしかありません。そこで、女性ばかりの特攻隊が組織されます。そのメンバーの顔ぶれがすごいのです。殺人罪で服役中の女囚を刑務所から連れ出します。太った爆破専門家もいます。きわめつきは、女装したホモの男性です。
 ドイツ側も、ロンメル元帥の腕ききの部下を派遣して通信施設を守ろうとします。もちろん、ゲシュタポもいます。両者は反目しあいながらも共同作戦をすすめていきます。
 ドイツ側に捕まったレジスタンスは簡単に白状させられていきます。そうですよね。私なんか、いの一番にイチコロでしょうね。ちょっとした拷問でも、とても耐える自信なんて、ありません。あることないことペラペラしゃべってしまうでしょうね。でも、白状したところで、どうせ殺されてしまうのが捕虜の悲しい運命です。あー、戦争なんて、嫌いだ・・・。平和が、やっぱり一番です。私が小泉純一郎の、あのノッペラした顔が嫌いなのは、脳天気な顔で私たち日本人を戦争に引きずりこもうとしているからなんです。
 イギリスの女性が次々にフランスへ飛び立っていったのは、彼女らの愛する男性たちがどんどん死んでいっているのに、自分たちだけ安閑としているわけにはいかないということでした。戦争で身近な人が殺されると、きっとそういう気分になるのでしょうね。イラクで毎日のように自爆テロが起きているのを知るにつけ、そう思います。
 文庫本で800頁近い厚さですが、映画を見ているようで、スラスラと読めてしまいました。イギリス映画「シャーロット・グレイ」を思い出させる本でした。

脳のなかの倫理

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著者:マイケル・ガザニガ、出版社:紀伊国屋書店
 普通の性交による場合でも、精子と卵子が合体してできた胚の6割から8割くらいは自然に流産している。ひぇーっ、そうだったんですか・・・。
 加齢とともに脳は「やせる」。20歳から90歳までのあいだに脳の容積は5〜10%も少なくなる。なるほど、そうなんでしょうね・・・。
 脳の回転が鈍くなるのは、ミエリンが失われることによる。ミエリンに覆われたニューロンは、いわば高速イーサネットに接続したコンピューターで、ミエリンのないニューロンは普通の電話回線でインターネットにつないでいるようなもの。
 結婚して家族を持つことには人を社会生活に適合させるという効果がある。その輪からのけ者にされた男性は、欲求不満のはけ口を求めて暴力的な行動に向かう恐れがある。男女比がアンバランスになると、社会が攻撃的になってしまう。うんうん、なるほど。
 リタリンという薬を飲むと、SAT(大学進学適正試験)の点数が100点以上アップする。ふむふむ、そうなのか、知らなかったぞ、これは・・・。
 脳は、本人が気づく前に、いくつもの決断をしている。たしかに、そう思います・・・。
 ポリグラフをつかったウソ発見テストには科学的な妥当性がないに等しい。
 脳指紋というのがあるそうです。これは、人種も年齢も性別も、母国語が何かも関係なく、英語の知識も必要ない。ただ、画像に見覚えがあるかないかに応じて生じる脳の活動の記録のみ。この脳指紋法には、思想の自由の侵害にあたるという批判もあるそうです。
 人間の脳は、過去の記憶が間違うようにできている。私たちは、入ってくる情報をことごとく自分に都合よく解釈している。
 記憶が消えやすいおかげで、脳は些細な情報でパンクせずに、重要な情報だけを残しておける。そうですよね、なんでもかんでも覚えていたら、気が狂ってしまいますよね。
 記憶は私たちをだます。というのも本当は顔の一部しか見ていなくても、脳が残りの部分をひとりでに充填するか、想像力で補うかして、顔全体のイメージを完成してしまうから。そうですか・・・、つくりあげるのですね。
 信念を生み出すのは左脳。左脳は、世界から受けとった情報に何らかの物語を付与する仕事をしている。女性よりも男性の方が自説を頑なに手放さない傾向がある。
 人間の脳が、このように科学的に分析されていくと、なんだか心の奥底まで見透かされてしまうようで、怖い気もしますね。

サフィア

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著者:ヨハンナ・アワド・ガイスラー、出版社:清流出版
 2005年12月のイラク国民議会の選挙で初議席を占めたイラク女性議員の半生を描いた本です。オビにある文章を紹介します。
 イラクの若い女性政治家、サフィアは父がシーア派のベニ・タミム族を率いる有力な族長で、サダム・フセインの政敵だった。サダムの影響力が強くなり、サフィアが4歳のとき、レバノンに一家で亡命を余儀なくされた。その後も、ヨルダン、サウジアラビアを転々とし、ついに父はサダムの命令で暗殺されてしまった。父の遺志を継ぐべくサフィアは、混乱するバグダッドにいち早く帰還した。2004年9月、エジプト大使に指名され、エジプト2005年12月の選挙で念願の議席を得た。
 いま、サフィアは40歳。サフィアとは、アラビア語で、清純、を意味する。
 サダム・フセインは婚外子の烙印を押されていたが、出身地であるティクリート出身のスンニ派を軍隊と警察の主要なポストにつかせ、彼が目をかけた者も同じことをして、軍と治安機関の中枢に強大なティクリート一派が育った。ティクリート派はバース党の中核となった。そのおかげでサダム・フセインは彗星のように出世できた。
 サダム・フセインの策略は、いつも、ある部族の主要人物を重要な地位につかせたり、贈り物をしたりして喜ばせ、それと同時に脅迫して、その部族の支持をとりつける、飴と鞭のやり方だった。サダム・フセインは、部族の長の選挙に介入し、誰を最高位の族長にするか指図した。主に二番手か三番手にいる者を上に持ち上げた。逆らうのは自殺行為だった。この方法で介入された部族は、その忠誠関係も権力構造も崩壊した。競争が始まって、一族の団結が崩れたからだ。
 ソ連はサダム・フセインのために巨大な要塞を建てた。そこに、サダム・フセインは政敵を投獄し、拷問した。ドイツの企業は、サダム・フセインの兵器庫を建設した。ロシアとフランスは、イラク軍の軍備拡張をめぐって競争した。アメリカもイラクの高度武装化を強力に支援した。CIAは、イラン革命政府に対する戦争のための情報をサダム・フセインに流した。
 サフィアは女性なので族長にはなれない。しかし、もちろんベニ・タミム族からの支持は得ていた。
 イラク国民の60%が女性なのに、イラクの支配機構50のポストのうち、女性に与えられたのはわずか4席にすぎなかった。サフィアがポストを争ってなれなかった役職についた女性は数週間後に殺され、その後を引き継いだ女性も息子を爆殺されてしまった。
 サフィアはクルド人の男性と結婚した。そして、サダム・フセインがアメリカ軍の侵攻によって倒されたあと、アメリカ軍の輸送機に乗ってバグダッドに帰っていきました。
 イラクの族長クラスの女性の生きざまとパワフルな活動が伝わってくる本です。
 ただし、サフィアは宮殿育ちの女性ですから、主としてイラク上流社会の人々の生活が紹介されており、庶民のレベルの目線には乏しい気がします。

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