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イラクと自衛隊ブログ

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著者:岡本 宏,出版社:アメーバ・ブックス
 バクダッドの危険はテロに巻きこまれること,サマワの怖さは自分がテロの対象になっていること。
 イラクではタクシーに乗ったら助手席に座らなければならない。日本の感覚で後部座席に座ってはいけない。ひと目で外国人と分かってしまい,テロリストの恰好の餌食となる。
 イラク派遣の自衛隊員に支給される危険手当は1日3万円。3ヶ月いたら、それだけで300万円になる。すごい高給優遇です。しかも、一日一時間だけ働けばいいのです。新聞報道によると、イラクに派遣された陸上自衛隊員は3ヶ月交代で、2年半のあいだに合計5500人。各方面隊は600人ずつ派遣したが、本隊は500人で、業務支援隊が  1500人。この500人のうち、自衛隊宿営地の管理と警備に各200人。したがって復興活動にあたったのは、なんと600人のうちわずか100人のみ。施設部隊50人と衛生部隊50人。しかも、活動時間は当初こそ1日3時間だったのが、路上爆弾攻撃を受けた2005年6月からは、なんとなんと1日1時間のみ。いやあ、驚きました。こうまでして、小泉首相はイラクに自衛隊がいた実績をつくりあげたかったのです。といっても、正当性がまったくない戦場で生命を危険にさらしたくなんてありませんよね。
 大切なのはGNN。義理(G),人情(N)と浪花節(N)。これは万国共通。
 ABCが大切。当たり前のこと(A)を,ボーッとしないで(B),ちゃんとやる(C)。
 昼間は41度,夜は32度。この32度でも肌寒い。湿度がないから。
 イラクでは昼食がメインで,ご飯を食べるのは昼だけ。夜はパンだけで,軽めの食事となる。だから,夜レストランに行って,ご飯を注文しても出てこない。
 イラク人は,見た目から10引いた年齢が実年齢であることがほとんど。それだけ苦労していることなんでしょうね。
 サマワでは,すべての女性が家庭から出ることはない。
 この本は,中日新聞社の写真記者がイラクのサマワに派遣されたとき,ブログで日記を書いたものをまとめたものですから,臨場感があります。迫真のドキュメントとありますが,まさしく危険と隣りあわっせだということが伝わってきます。ただ,著者がイラクにいたのは2004年3月24日までです。サマワは,その後,ますます危険地帯になったような気がします。
 そんなイラクとサマワの実情が日本人にほとんど知らされていない現実があります。そのうえで小泉政権はタカをくくっているのです。許せません。そして、航空自衛隊のほうはイラク全土を飛んでアメリカ・イギリス軍の支援活動をしています。日本人の多くは、自衛隊はイラクから完全撤退していると思っているんじゃないですか。
 あつ、そうでした。もうひとつ、海上自衛隊がいました。こちらはアフガニスタンの復興支援ということでインド洋まで出かけているのですが、いつのまにかイラク侵略戦争をすすめているアメリカ軍の補給活動までしています。
 マスコミって、こんな実情を報道していませんよね。ホントに困ったことです。

ブロンド(上)

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著者:ジョイス・C・オーツ、出版社:講談社
 本名ノーマ・ジーン。マリリン・モンローの生涯を小説で再現したものです。セックス・シンボル。ノータリンの金髪美女というイメージのあるモンローですが、その実情は、大変に勉強熱心な女優だったようです。
 ノーマ・ジーンは、おばあちゃんが大好きだった。この世でノーマ・ジーンのことを本当に愛している唯一の人だった。ノーマ・ジーンを傷つけようなどと思いもせずに、ただひたすらノーマ・ジーンを庇ってくれた唯一の人だった。
 内気な娘ノーマ・ジーンは、人目につかない子どもだった。
 ノーマ・ジーンの母親が入院したため、ノーマ・ジーンは孤児として女子寮に入れられた。郡の被保護者となってから、ノーマ・ジーンには3組の夫婦から養子縁組の申し出があった。9歳から11歳までのあいだのこと。
 彼女の瞳には訴える力があった。わたしを愛してちょうだい。だって、わたしは、もうあなたを愛しているんですもの。
 ノーマ・ジーンが孤児院から出られたのは、1938年11月のこと。里親に引きとられたのだ。高校でノーマ・ジーンは平均的な生徒だった。ごく普通の生徒だったが、容姿だけは特別だった。月並みな少女だったが、その顔にあらわれる、どこか神経を張りつめた、感じやすい、燃えあがるような輝きだけは特別だった。
 ノーマ・ジーンは里親のもとから一刻も早く離れるため、16歳になってまもなく結婚した。夫はやがて第二次大戦の兵士として戦場へ行った。18歳になって、ひとり暮らしができるようになって、ノーマ・ジーンは飛行機工場で働くようになった。
 ノーマ・ジーンは口の大きい割りには舌が長かったので、うまくしゃべれないことがあった。
 1994年12月号の雑誌にノーマ・ジーンの工場で働く写真がのった。そして、次々に雑誌のモデルとなった。
 共産党員だったオットーは、ノーマ・ジーンに「デイリー・ワーカー」や進歩党などのパンフレットを読ませた。ノーマ・ジーンは目を通し、理解しようとつとめた。
 マッカーシーによる赤狩り旋風が吹き荒れたアメリカで、ノーマ・ジーンは、こう言った。ああ、どうしてみんなこんなことばかりしているの。互いに、密告しあっている。哀れな人たちがブラックリストにのせられている。ハリウッド・テンの人々は刑務所に入れられてしまった。まるで、ここはナチのドイツみたい。
 尊敬するチャップリンは夕刊にも協力を拒否してアメリカを去った。
 オットーは共産主義者じゃない。もし、彼がそうだというのなら、わたしだってマルクス主義者になってしまう。マルクスは正しかったわ。宗教は民衆にとっての阿片だといったのよ。お酒や映画と同じよ。それに共産主義者って、民衆のために働いているんでしょ。それが悪いことなの?
 カリフォルニア大学ロサンゼルス校の夜間講座で、「ルネッサンスの詩」をテーマとする講座が開かれた。1951年秋のこと。木曜日の夜7時から9時までの授業。これにノーマ・ジーンは本名で出席した。
 祭壇という詩を教授に指名されて朗読することになった。その声はかすれているけれど堂々としたもので、息継ぎをせず力強く、精神的な感じであると同時に、セクシーでもあった。朗読を聞いていたみんなは教授をふくめて拍手喝采した。教授は、きみは詩人だよ。それも類い稀なね、とほめたたえた。もちろん、誰も彼女がマリリン・モンローという女優だということを知らなかった。
 雑誌にのっている彼女を見て、彼女が女優だと知ったクラスメイトが彼女に問いつめたとき、彼女は逃げ去り、二度と教室には戻らなかった。1951年11月の雨の降る木曜日のこと。
 ノーマ・ジーンの母親は精神病院に入っていた。女優になって、週給1000ドル、プラス経費に引き上げてもらってすぐ、母親は私立の精神病院に移した。そして、そのことは誰にも知られないように手配した。母親の死まで、モンローはずっと面倒を見つづけたのです。
 庭の芙蓉がようやく花を咲かせてくれました。爽やかなピンクです。炎暑が続いていますが、このピンクの花を見ると秋の近いのを感じます。

梅原猛の授業,仏教

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著者:梅原 猛,出版社:朝日新聞社
 稲作が始まったのは1万4000年前。小麦農業の発生より2000年も古い。これは,まだ教科書にのっていない。(間違いないのでしょうか・・・)
 世界の四大文明のうち,一番古いのがメソポタミア文明で、5000年前に始まったと言われている。次にエジプト文明、インダス文明,それから1000年遅れて黄河文明。
 ところが,実は,6000年前の中国・湖南省の城頭山で都市文明がおきていた。
 日本人は山には木があると思っている。しかし,山に木があるところは世界では少ない。ユーラシア大陸の真ん中に行ったら,山にはまったく木がない。中国でも,北のほうは山に一本の木もない。米をつくる南のほうには木がある。
 仏教のなかには,人間の自然支配ではなく,人間と生きとし生けるものとの共存という思想が含まれている。それが東の文明の,東の宗教の強みだ。
 紀元前5世紀前後に,その後の人類の精神世界を指導した聖者がほとんど全部生まれた。ギリシャ哲学をはじめたソクラテス。イエス・キリストの思想の先駆をなすと言われる第二イザヤ。インドの釈迦。中国の孔子。
 西洋の聖者であるソクラテスもイエス・キリストも殺された。しかし,東洋の聖者はそうではない。釈迦は涅槃で静かに死につく。孔子も畳の上で死んだ。
 西洋には,どこかに怒りの思想がある。聖者を殺した人間に復讐しようとする怒りの思想がある。東洋のほうはもっと安らか。あきらめの思想,悲しみの思想がある。
 釈迦は天国のことを説かない。人生とはこういうものだと言って静かに死んだ。釈迦の思想は一言でいうと,四諦,四つのあきらめ。苦諦とは,人生は苦であると悟ること。集諦(じったい)とは,苦の原因は愛欲であると悟ること。滅諦(めったい)とは,愛欲を滅ぼすことを悟ること。愛欲をなくしてしまうのは難しい。しかし,コントロールすることはできる。道諦(どうたい)とは,愛欲を滅ぼす方法を悟ること。戒・定・慧。規則を守る。集中力を養う。知恵を磨いて,人生を生きる。
 自己がよく調整されるとき,つまり自己管理をきちんとしたら,人は得がたいよりどころを得る。仏教というのは,カビ臭いものではなく,自己調節,自己管理の教えである。なーるほど,そうなんですよね。自己管理がよくできて,私は司法試験に合格することができました。その代償も払いましたが・・・。
 日本に入った仏教は,ほとんど大乗仏教。釈迦が死んで500年たって龍樹があらわれ,新しい仏教を始めた。そして,それまでの仏教を小乗,自分たちのを大乗と呼んだ。タイやベトナム,スリランカの仏教は小乗仏教。こちらが昔のままの仏教で,戒律も厳しい。たとえば妻帯を認めない。日本も戦前は,浄土真宗以外の坊さんは妻帯しなかった。ところが,戦後みな浄土真宗にならって坊さんも嫁さんをもつようになった。
 龍樹は,海の果ての龍宮に行ったら経典がたくさんあったとして,世に出したのが般若経という経典。あとの大乗仏教の人々も龍樹にならって,どこかで見つけたといって,新しい経典を次々につくっていった。華厳経,法華教などがそう。インドという国の人は,途方もない永遠の世界に生きているので,そういうことが可能だった。ひゃあー,そうだったんですか・・・。
 大乗仏教の特徴は,自利利他。悩んでいる民衆のなかへ入って人を救う。これが利他。これを強調する。人を悲しませないために,どうしても嘘を言わなくてはいけない。人を喜ばすために嘘をつくことは,ときに許されるけれど,人を欺すために嘘をいうのは許されない。
 仏教の教える四つの大切な道徳は,精進,こつこつ努力をする。禅定,集中力を養う,正語,正直であれ。忍辱(にんにく),辱めに耐えろ。
 一生,煩悩との闘いがある。あまり煩悩を断ってしまうと,今度はエネルギーがなくなってくる。煩悩を超えなくてはいけないが,むしろ煩悩をいい意味で利用するのが大切。これを四弘誓願(しぐせいがん)という。
 衆生無辺誓願度(しゅじょうむへんせいがんど)
 煩悩無数誓願断(ぼんのうむしゅせいがんだん)
 法門無尽誓願学(ほうもんむじんせいがんがく)
 仏道無上誓願成(ぶつどうむじょうせいがんじょう)
 なかなか読みあげやすい文句ですよね、これって。
 福沢諭吉の考えには,まずいところがある。脱亜入欧には,日本の亜細亜侵略理論になっている。
 親鸞は90歳まで長生きした。しかし,生きているうちは,ほとんど無名だった。京都の片隅の自分の弟の寺で,ひっそり死んだ。ところが,女系のひ孫に覚如が出て,その子孫の蓮如によって,教団の組織が飛躍的に発展した。そうだったんですかー・・・。
 靖国神社は,本当の神道を歪めている。日本古来の神道では,えらい人を神に祀ることはありえない。神に祀るのは,世の中を恨んで死んだ人。高い位につきながら殺されたりして世の中を恨んでいる人が怨霊になって世の中にたたりをするので,その魂を鎮めるために祀られているもの。
 明治以降,神道がおかしくなって、天皇そのものを崇拝するようになった。そして国のために死んだ人だけを靖国に祀る。戦争を始めた戦犯の東条英機まで祀る。これは日本の神道と違う。中国や韓国の,被害を受けた人を祀るのが日本の神道の精神なのに,靖国は違う。小泉純一郎はそのことをよく分かっていない。
 なーるほど,仏教について大変勉強になりました。

あっと驚く動物の子育て

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著者:長澤信城、出版社:講談社ブルーバックス新書
 巣から落ちたスズメの子を育てた観察記録が紹介されています。
 スズメは皿で水浴びをし、手にもったティッシュペーパーで体を拭いてもらうのが大好きになり、いつも催促するほどだった。食事で大好きなのは、ご飯に生卵の黄身をぬったもの。娘たちから口移しでもらっていた。
 遊びで一番好きだったのは、著者の妻の髪のなかにもぐりこんで、その中から顔を出したり、引っこめたり、ごそごそ髪のなかをはいずり回り、とんでもないところから顔を出してみんなを笑わせること。肩止まりも好きで、よく家族の肩巡りをした。
 丸三年を過ぎたころから、外に出てはスズメ友だちと遊んだ。帰ってくると、必ず肩に止まり、人の首をつつく。ただいまの挨拶だ。外泊することは一度もなかった。4年目の夏の終わりに死んだ。わが家にもスズメ一家がいます。スズメは人間と共存する動物なのです。ところが、家を出入りするときには、物音ひとつたてないように注意しているようです。家から出ると、やかましくさえずりあっているのですが・・・。
 エンペラーペンギンは、卵内のヒナはふ化する3〜4日前から音を聞く能力ができあがっていて、親の鳴き声を正確に記憶する。卵内のヒナも小さな声でピーピーと返事をする。その声を親も正確に記憶している。ふ化前の親子の鳴き交わしを卵内ピッピングという。鳥は巣を外敵に発見されないところにつくるので、親子確認は音に頼る。そのため聴覚器官がもっとも早く機能する。
 オットセイも同じ。メス親が海へ食事に出かけて戻ってくると、大きな声で呼びかける。何万頭も一緒にいる子どもたちは一斉に応答するが、メス親はその応答のなかから自分の子の鳴き声を探りあてて、その方向に向かう。最後は、鋭い嗅覚で自分の子を探りあてる。
 鳥もほ乳類と同じく、数を認識する。自分が三個しか卵をうんでいないのに、巣に四個の卵があると、おかしいと認識する。おかしいと思うと、その巣を捨てる。
 動物は繁殖の営みのなかで、必死になるときが二度ある。一度は、相手にプロポーズをして自分の遺伝子を子に伝えるとき。もう一度は、その子を危険から守るとき。なーるほど、ですね。人間も、もっと必死にならないといけないようです。
 アナグマはムジナとも呼ばれるが、非常に清潔好きで、寝室や育児室の下敷きはまめに取りかえる。生涯、一夫一婦制を守る非常に夫婦仲が良い。
 キジバトも生涯または長期にわたって一夫一婦を守る、仲の良い鳥だ。
 シャチの群れは平均30頭。メスが統率している。メスはオスの半分の大きさしかないが、統率は力ではなく、知能による。オスは統率力に欠ける反面、アザラシやシロナガスクジラなどを仕留める技術は抜群で、これを幼獣たちにも分配し、食糧調達の面でのヘルパーとしても機能している。
 厳しい生存競争を生き抜いてきた動物界の子育てドラマの数々が紹介されています。「エンペラー・ペンギン」の映画はとても、衝撃的でした。ブリザードの吹きすさぶ厳しい冬のなか,肩寄せあってじっと耐え忍んでいるペンギンたちの姿が忘れられません。

維持可能な社会に向かって

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著者:宮本憲一、出版社:岩波書店
 この本でもっとも驚き、かつ深刻だと思ったのは次の一文です。
 2005年6月のクボタ・ショックのとき、現場を訪れたのは高齢の学者のみで、学生や若い研究者は誰も来なかった。これが十数年前なら、若い研究者や学生がたくさん押しかけてきて、調査し、運動を手伝ってくれたことだろう。えーっ、そうなの・・・、それは大変だ。私は心底から、そう思いました。
 環境問題は、地球に優しい、というのが商品のコピーにはなっても、運動に参加する人は、むしろ激減しているというのです。そう言えば、私の身のまわりでも環境保護運動に力をいれているのは、むかし若かったという人ばかりで、20代、30代という若い人はほとんど見かけません。本当に残念なことです。
 「環境と公害」(かつての「公害研究」)は、発行部数は3分の1にまで減っている。環境問題はますます深刻化しているのに、影響力は落ちているのだ。
 沖縄はアメリカの植民地であり、日本は、かつてのソ連の衛星国の東ドイツと同じようにアメリカ帝国の衛星国である。いったい、日本人はドイツ人がベルリンの壁をこわしたように沖縄の基地を撤去できないのか。アメリカ軍への思いやり予算をやめ、アメリカ軍基地の公害をなくし、正当な賠償をもとめるべきだ。これは、日米安保条約の存廃とはかかわりなく取りくめること。このような常識的なことさえ日本政府が実行できないと言うのなら、まさしく日本はアメリカの衛星国にほかならない。私も、まさしく、そのとおりだと思います。
 アメリカではアスベスト訴訟が再び増加している。1990年代に沈静化するかにみえたアスベスト訴訟は1999年以降再燃している。2000年段階で、5万9000件の訴訟が起きている。被告8400企業、原告60万人の訴訟となっている。被告となっているのは、アスベストを直接製造した企業だけではなく、間接的な企業もふくまれる。これまでアスベスト関連で保険会社などが支払った賠償額は650億ドル。これは、9.11テロやハリケーンの被害を足したものより大きい。すでに73の企業が倒産した。
 日本人は日本病にかかっている。日本病とは、第一に長時間労働による余暇の貧困。
1987年の年間総労働時間は、フランス1643時間、西ドイツ1659時間、日本は2168時間。日本人は60日も多く働いていた。
 第二に住宅の貧困。うさぎ小屋と言われても仕方がない。第三に、深刻な公害・環境破壊。第四に、医療・福祉・教育などの施設・サービスの貧困。第五に、都市と農村の双方の危機。
 市町村合併は、区域が広がりすぎて、中心部をのぞいて周辺は衰退していく。高齢社会になるほど、コミュニティの存続のための狭域行政が必要だ。
 九州は道州制に熱心だと報道されていますが、私にはとても信じられません。大きいことはいいこと、では決してありません。役所が身近な存在でなくなるのは本当に困ります。歩いていけるところに福祉担当者がいる。そんな社会にしたいものですよね。むやみに公務員を減らしたら絶対いけないのです。もっとゆとりをもちたいものです。

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