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パラダイス・イデオロギー

カテゴリー:朝鮮・韓国

著者 渡邊 博史、 出版 窓社
 奇妙な写真のオンパレードです。通りに人がいません。当然そこにあるべき雑踏というものが見あたらないのです。ええーっ、いったい、人民、いや、民衆はどこに行ったの・・・、と、つい疑問に思ってしまいます。
 街角に映画館があります。タイトルには「海賊王」という漢字が読めます。でも、通行人がまったくいません。不思議です。まるで映画撮影のためのスタジオのようです。黒沢明監督の映画「酔いどれ天使」の看板もかかっています。でも、そこに登場するのは、ホーキをもった清掃のおばちゃん一人です。「乳房拡張美容器店」とか「神経痛」という看板を掲げた店もあります。でも、誰もうつっていません。明るい昼日中の写真なのに、人っ子ひとり歩いていない商店街なのです。あたかも中性子爆弾が落とされて、人間だけが消滅してしまった町並みを撮った写真です。
 偉大なる金正日将軍のどでかい絵の前に、わずかに通行人がいます。そして、大きなビルの前の広場に何かのパフォーマンスを見ている着飾った観客がいます。でも、奇妙です。みんなあまりにも着飾っています。普段着の人が見あたらないのは、やはり居心地の悪さを感じさせます。
 地下鉄のホームには、わずかに雑踏らしきものを感じさせます。それでも、ホームの床があまりにもピカピカすぎて、ふだんは人が利用していないんじゃないの、そうとしか思えません。
 異例づくめの写真集です。大勢の美男・美女がかしこまって出てきます。そこには、残念ながら、暖かい人間味がちっとも感じられません。地上の楽園(パラダイス)というには、あまりにも人工的な、こしらえものの「楽園」としか思えません。
 北朝鮮っていう国は、やっぱり異常な国だと、つくづく思わせる写真集です。
(2008年12月刊。3800円+税)

最後のウォルター・ローリー

カテゴリー:ヨーロッパ

著者:櫻井 正一郎、 発行:みすず書房
 ウォルター・ローリーはイギリスでは有名な人物だそうです。と、言われてもピンと来ませんでした。ところが、映画「エリザベス、ゴールデン・エイジ」を見た人は分かるでしょ、と言われると、はたと思い出しました。たしかにエリザベス女王に世界を航海する楽しさを力説する男伊達の近衛隊長が登場し、エリザベス女王をうらやましがらせるのです。そう、その近衛隊長こそ、この本の主役であるサー・ウォルター・ローリー、その人なのです。
ウォルター・ローリーは、なんと1618年10月29日、ロンドンで断首されます。ところが、その直前に45分間にわたってスピーチしたのでした。そして、そのスピーチのおかげで、生前のローリーの悪評判は一転し、その死後、ローリーはヒーローのようにもてはやされることになったというわけです。
 ええーっ、死刑に処されられる罪人が、公衆の前でスピーチする、それも、45分間もスピーチできたなんて、ウソでしょ。そう思いたくなるのですが、スピーチを聞いた人が何人もいて記録しているのですから、これこそ歴史的な事実なのです。なぜ、そんなことが可能だったのか。この本は、それを解き明かします。
 ローリーが処刑されたのは、スペイン嫌いに原因があった。エリザベス女王からジェイムズ1世の時代になって、スペインとの宥和政策がとられるようになると、ローリーがスペインと衝突していたことから、スペインはイギリスに対しローリーを死刑にせよと要求し、ジェイムズ1世は、それを呑むしかなかった。
 ローリーは、エリザベス女王の侍女と秘密裏に結婚し、それが女王に露見して、ロンドン塔に入れられた。そして、エリザベス女王が死んでジェイムズ1世が即位したあと、陰謀事件に連座してローリーは死刑判決を受け、ロンドン塔で13年間を過ごした。この13年のうちに、ローリーは「世界の歴史」を書き上げた。
 ローリーは、処刑されたとき64歳。10月29日の早朝、教誨師が訪れた。朝食をとり、白ワインを飲んだ。このころ、囚人は処刑される前に必ず白ワインを飲んだ。
 ローリーは、断首台にのぼって、できないかもしれないと思っていたスピーチができた。スピーチは午前8時過ぎから45分間に及んだ。処刑は公開で、処刑場に居合わせた人々が一部始終を書きとめた。ローリーは、処刑のあと崇拝されて聖者になった。急転して、そうなったのだ。ローリーのスピーチは、体制に寄り添うように見せかけながら、その実質は体制に対立していた。ローリーのスピーチの意義は、早い時期における王権への抵抗にあった。というのも、処刑台に登った罪人たちは、決まったスピーチと決まった仕草ができるように、しかも心の底からそれができるように教化されていた。決まった筋書きに従ってスピーチがなされたので、処刑台は芝居の舞台、囚人は役者に等しかった。より多くの庶民が、仲間の死から学んで、国王と政府と教会に従順になることが期待されていた。
 恐らくジェームズ1世の判断停止によって、ローリーは念願のスピーチができた。不覚にも掘られてしまった小穴が、絶対王制という大河の、堤防がやがて決壊するのを助けたことになる。
 なーるほど、そういうことだったのですか・・・。歴史の皮肉というか、めぐりあわせなのですね。
(2008年10月刊。3800円+税)

「生きづらさ」の臨界

カテゴリー:社会

著者 湯浅 誠、河添 誠、 出版 旬報社
 現代日本において、若者は自らの労働によって生活を成り立たせることが困難になっている。それは賃金水準が低いこともあるが、同時に、その労働環境があまりに劣悪で、それによって生活そのものが暴力的に破壊されているからである。
 貧困に陥った人は、自分自身で新しい仕事に対応する自信が持てないため、せっかく探した仕事も数日で自分から辞めてしまうことがある。これを「意欲の貧困」という。貧困のなかで、意欲までも奪われている。なるほど、そういうことなんですね。貧困というのを単に現象面のみでとらえるのではなく、人間の内面にまで踏み込んで考える視点が必要なようです。
 「不器用」というのは、具体的には、人間関係の作り方が極端に下手な人というイメージである。家族の基礎体力を、まずは高めるところからやらないといけない。家庭の基礎的な所得とか生活条件の整備が必要である。
 貧困な状態とは、生きる上での生活資源(溜め)が減少している状態である。「不器用さ」は、貧困のなかで階層的に生産されていく。非正規雇用が拡大して階層化が進めば進むほど、階層の固定化、貧困の再生産の程度が強まっていく。
 新自由主義は、あらゆるもの、市場外だったはずの領域まで市場化していく運動である。ふむふむ、鋭い指摘ですよね、これって……。
 1960年代半ばまで、生活保護を受けている人の4割は、働ける年齢の人たちだった。ところが、今は、働ける人が生活保護なんて論外だと、突っぱねられる。
人々は、どうしても貧困問題に関して「この人は救済に値するかどうか」を問題にしてしまう。それに値する人だけが救済されるべきだという発想は恩恵の論理であって、人権ではない。24時間がんばり続ける者だけが「救済に値する」という枠組みは突破される必要がある。そうでないと、そんなに「立派じゃない」貧困当事者は声を上げられないままになってしまう。ううむ、この点は、私にとっても痛い指摘でしたね。誰だって楽したいとか怠け心は持っているわけで、ありのままの状態においてその人の持つ固有の権利として保護されるべきだというわけです。
 正規になりたくない非正規の人は相当数いる。それは、正規がひどいから。生活保護を受けていない人たちの状況は、就業していても、高いストレス、長時間労働で、ぎりぎりのところで暮らしている。就業していたとしても、こうした非人間的な労働条件が標準化されている。
 もはや、雇用と生活の安定が多くの人にとって必然的な結びつきをもたなくなった。働いていれば食べていけるというのは神話になった。
企業は利潤を追求する目的集団であり、その目的に人々の生活の安定は入っていない。働いていれば食べていける状態の創造は、企業の目的外行為であり、目的外行為を行わせるためには、社会の規制力が働かなければならない。
 今や、現代日本で働くことの意義が問い直されていることがよく分かる本でもありました。
(2009年1月刊。1500円+税)

CIA秘録(上)

カテゴリー:アメリカ

著者 ティム・ワイナー、 出版 文芸春秋
 CIAのおぞましい歴史が次々に明らかにされています。腐臭プンプンで、読み続けるのが厭になってしまいますが、目をそらすわけにはいかないと思い、読みすすめました。
 CIAの秘密工作は、おおむね闇夜に鉄砲を撃つようなものだった。CIAは海外での失敗を隠し、アイゼンハワー大統領にもケネディ大統領にも嘘をついた。ワシントンでの自分たちの立場を守るためだ。CIAは、大統領が聞きたくないことを取り入れることが危険であることを学んでいた。
 CIAはソ連の内実を知るスパイを一人としてリクルートできたことはなかった。スパイはいたが、いずれも先方からの自発的協力者であり、CIAが獲得したわけではない。そして、これらのスパイは、みな死んだり、ソ連によって処刑された。そのほとんどは、アメリカにいるCIAのソ連部門の職員に裏切られたためだ。
CIAは、イラクに大量破壊兵器があるという間違った報告をホワイトハウスに送った。ほんのわずかな情報をもとにして大量の報告をでっちあげた。
CIAは日本の右翼そして自民党を育成するため大金をつぎ込んだ。
 児玉誉士夫についてのCIAの報告は次のとおり。
 児玉は職業的な嘘つきで、暴力団、ペテン師で、根っからの泥棒。児玉は諜報活動のまったくできない男で、金儲け以外のことには関心がない。
 CIAは、そんな男と長く密接な関係を持っていたのでした。
 CIAと自民党とのあいだでは情報とお金が交換されていた。自民党を支援し、内部の情報提供者を雇うため、お金が使われた。将来性のある若手政治家にお金をつぎこみ、力を合わせて自民党を強化し、社会党や労働組合を転覆しようとした。
 自民党にお金を渡すのは、高級ホテルで手渡すというやり方ではなく、信用できるアメリカのビジネスマンを仲介役に使って協力相手の利益になるような形でお金を届けた。
 岸信介は、CIAと二人三脚で日米安全保障条約をつくりあげていった。
 CIAの役割を知らない日本の政治家は、アメリカの巨大企業から提供されたお金だと伝えられた。自民党へは、4代15年間、CIAからお金が流れ、自民党の一党支配を強化するのに役立てられた。1960年には7万5000ドル、1964年には45万ドルがCIAから自民党に提供されている。
 むひょーっ、自民党はCIAのお金で育成されてきた政党なんですね。こんな政党が日本人に愛国心を持てと説教をしているのですから、世の中の倫理が間違ってしまうのも当然です。それにしても情けない話ではありませんか。自民党の側から反論も弁明も何もなされていないことにも腹ただしい限りです。黙殺してしまおうということなのでしょうか……。
 ケネディ兄弟(大統領と司法長官)は、キューバのカストロ首相(当時)の暗殺にゴーサインを出し、その実行に執念を燃やしていたことが明らかにされています。ケネディ暗殺は、その仕返しだったと言わんばかりの記述がなされています。これは、本当でしょうか。
 CIAがその名前から想像されるほど、インテリジェンスに富んだ集団でないことがよくよくわかる本でした。
(2008年11月刊。1857円+税)

裁判員制度と国民

カテゴリー:司法

著者 土屋 美明、 出版 花伝社
 G8(先進国首脳会議)の参加国のうち、国民参加の刑事裁判が行われていないのは日本だけ。世界195ヶ国のうち、80ヶ国で国民が刑事裁判に参加する手続をとっている。おとなりの韓国も陪審員に評決権のない「国民参与裁判」の試行をはじめ、中国でも人民陪審員制度を実施している。
 ところで、アメリカで陪審裁判は、刑事事件全体の5%程度でしかない。
 ドイツの刑事裁判は、捜査段階で警察官がつくった調書はそのままでは証拠にならず、公判での警察官らの証言と証拠物のみにもとづいて審理される。
 フランスの陪審法廷では、判決の言い渡しが夜10時というのは普通で、難しい事件は日付の変わった午前1時ころになることもある。重罪院の判決に対して不服があるときには、他の重罪院に対して控訴できる。そして、このときには参審員を3人増やして12人とし、裁判官3人をあわせて15人で審理する。いやあ、これって大変なことですよね。深夜に帰宅する人はちょっと怖いでしょうね。
 日本の司法に国民が参加することは、司法の姿を決定的に変える。裁判員制度は単に国民が難しい刑事裁判が引っ張り出されるだけの新しい制度というものではない。何世代にもわたる長い時間をかけて、参加が徐々に広がっていけば、日本の社会を根っこから変革していく可能性をもっている。
私も、この指摘にまったく同感です。国民が主人公なのです。それを実感する人が増えたら、この日本ももう少しまともな国になるような気がします。
 重大な刑事事件の裁判は、もともと気持ちの負担の重いものであり、それを国民があえて引き受けてこそ、この制度を行う意味がある。好んで出てくる人だけを集めていては、裁判員制度が広く国民の信頼を得られるようにはならない。簡単に逃げ道を作るようでは、制度そのものが基盤を失い、破綻しかねない。
 今の刑事裁判を批判するのなら、裁判員制度をテコとして批判を少しでも変えていくべきではないのか。そのとおりです。裁判員ぶっつぶせと叫んでいる人には、ぜひ考え直してほしいと思います。
 著者は、裁判員候補者と呼ばれた市民を、選ばれなかったときに、そのまま帰すのではなく、刑務所を案内したり、司法の実情について十分に知ってもらうチャンスとして生かすべきではないかという提案をしています。これまたまったく同感です。国民のなかに死刑賛成の声が高まっているとき、死刑執行はどのようになされているのか、その執行に関わっている人たちはどんな気持ちなのか、多くの市民に知ってもらうことには大きな意味があると思います。また、刑務所の処遇の実情(独居房の様子や労働状況など)も知ってもらったら、「懲役1年」の意味が実感できると思います。
 戦前の陪審制度だけでなく、裁判員制度も失敗するような事態になったら、日本の国民は、そもそも司法への参加になじまない国民性だという批判を裏付けることになるだろう。国民参加は、二度と主張できなくなるに違いない。
 著者のこの不幸な予測が当たらないことを私も願っています。著者は、共同通信社の論説委員をつとめ、裁判員裁判の制度設計に関わったジャーナリストですが、その冷静な論述はかえって溢れる熱意を感じさせるものがあります。私も、5月から始まる裁判員制度は必ず成功させたいと考えていますし、その弁護人をやってみたい気持ちでいっぱいです。弁論で、市民を説得してみたいと思います。
 いま、梅の花がいたるところに咲き誇っています。日曜日に、梅の木の徒長枝を切ってやりました。我が家の梅は少し形が悪いので、形を整えようと思ったのです。紅梅の枝を切って断面を見たら、枝自体が紅く驚きました。白梅のほうとは全然ちがいます。白梅の方は白いというより、普通の木の色なのです。
(2009年1月刊。2500円+税)

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