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北の反戦地主、川瀬氾二の生涯

カテゴリー:社会

著者 布施 祐仁、 出版 高文研
 矢臼別演習場のど真ん中で生ききった反戦地主の等身大の実像を素直なタッチで紹介しています。
 矢臼別演習場の広さはなにしろJR環状線内の大阪市街と同じほど。1万7千ヘクタールもある。155ミリ榴弾砲をフル射程で撃てる。陸上自衛隊だけでなく、最近では、沖縄に駐留するアメリカ海兵隊も訓練している。これはイラクのファルージャ掃討戦をやった部隊です。白リン弾を使ったとして国際的に非難されましたが、その白リン弾の射撃訓練も矢臼別でやったようです。
アメリカ海兵隊の輸送は行きは自衛隊機、帰りはチャーターした民間機が使われた。武器、弾薬の輸送は日通が請け負った。警備を担当した北海道警察は900人の警官を動員した。町の公民館や体育館が、その宿舎に使われ、その間、住民は利用できなかった。
 射撃情報警告塔は電光掲示板付きで17億6000万円。食費6億4500万円。宿舎3億6500万円。野外トイレ6200万円。次々に豪華なアメリカ軍事用施設が作られていった。すべて日本政府の負担。つまりは、日本国民の税金によって建てられたもの。ここでも思いやり予算は生きている。
 馬を飼っていた。その馬は演習場の中を自由に駆け回り生きる。馬舎というのはないのです。馬は塩を与えると寄ってくるのだそうです。
 川瀬さんは農民組合の書記長もしたが、実は食えなくて出稼ぎにも行ったし、ストレスから自律神経失調症となった。奥さんとも離婚する寸前までいった。
 そんな川瀬さんが自分のことをこう語った。みんな、俺のことを強い信念を持った立派な人だから、ここまで頑張っていると思って来る。しかし、そういう人間だったら、多分、ここにおれなかった。ここに残ったのは、ここを出て行く勇気がなかったからとしか言いようがない。馬を演習場の中に野放しにするなんていうずぼらなやり方は、いい加減な人間にしか出来ない技だべな。だから、ここにおれたのは、グズで、ぐうたらで、どうしようもない人間だったからだと本当に思っている。オレの意思でここにいたわけではなくて、ここにおらされたんじゃないか。そのときどきいるようにいるようになってたんだ。こうゆうのを運命っていうのかな。
 とても素朴な述懐です。なるほど、そうだったのかもしれないなと思いました。まったく気負いというもののない率直な人柄のにじみ出てくる言葉です。
 でも、それが世の中を少しずつ動かしていったのですね。いい本でした。ありがとうございます。
(2009年6月刊。1600円+税)

壊れても仏像

カテゴリー:社会

著者 飯泉 太子宗、 出版 白水社
 仏像の修復作業に携わっている著者による本です。仏像について、いろいろ教えられました。美術院国宝修理所というのがあることも初めて知りました。
 本物の仏像の前に立つと、何かしら時間とは何かということと同時に考えさせられるものがありますよね。
 アフロ仏と呼ばれる、頭がアフロヘアーになった阿弥陀如来(あみだにょらい)像がある。人々をどうやって救おうかとあまりに長く考えていて、髪の毛が伸びてしまったのだそうです。五劫思惟(ごこうしゆい)阿弥陀仏というそうです。一度見てみたいものです。
 平安時代の仏像は一木作りの仏像が多い。単純な一木作りのほうが、江戸時代の寄木作りよりも遙かに耐久性に優れている。寄木作りは、小さい木材でも大きな仏像を作ることが出来る利点がある。しかし、木材と木材とを接合するために一手間かかり、時間が経つと接合面の接着部が弱まって外れてしまう欠点も持っている。
 一木作り(いちぼくづくり)は、頭の先から足底までを一本の木から彫りだした像のことで、ほとんどの場合、両腕や足先については別材を剥ぎつけている。この一木作りは、干割れやねじれが出やすいという問題点がある。そこで、内側を取り除いて中空にしてしまう。
 仏像を修理するときには、そこにあるホコリも粗末に扱えない。その中に仏像の破片が埋もれているかもしれないから。そして、修理が終わったら、ホコリも元あったお寺に残しておく。ホコリも粗末に扱えないのですね…。
 仏像を博物館や美術館に並べる前にはもちろん、修復するときも「魂抜き(たましいぬき)」とか「御霊抜き(みたまぬき)」ということをする。修復が終わり、展示が終わると、魂入れをする。これは、一般の法事と考えていい。
 なるほど、ですね。一般人だって家を建てるときには地鎮祭という儀式をするのが通例ですから、当然でしょうね。手書きイラストもあって分かりやすい、親しみやすくもあり、仏像の修復のことを少しばかり知ることが出来ました。
 まだ35歳と若い著者ですが、5年ほど前に、夫婦で1年半ものあいだ世界中の文化遺産を見てまわったということです。すごいことです。たいしたものですね。還暦を迎えてしまった私なんか、とてもそんな元気はありませんが、あこがれてしまいます。
(2009年7月刊。1700円+税)

ベトナム戦場再訪

カテゴリー:社会

著者 北畠 霞・川島 良夫、 出版 連合出版
 アメリカのベトナム侵略戦争反対。こんなシュプレヒコールを何度と叫んだことでしょうか。東京・銀座の大通りを、夜中、両手を大きく広げてデモ行進したこともあります。なぜだか知りませんが、これをフランスデモと呼んでいました。元気一杯、私がまだ20歳になる前のことです。
 私が大学に入った1967年はアメリカ軍が50万人ものアメリカ兵をベトナムに送り込み、ジャングルでベトコン(ベトナム解放民族戦線)と死闘を繰り広げていました。
 テト攻勢で、ベトコン(これはアメリカの呼び名です。私は解放戦線と呼んでいました)の決死隊がアメリカ大使館を数時間にわたって占拠し、それがテレビで大々的に実況中継され、ベトコン強しを強く印象づけたものです。この決死隊は、やがて反撃に出たアメリカ海兵隊によって全滅させられました。
そんなベトナム戦争を毎日新聞の特派員として現地で取材中、カメラマンとともにベトコンに身柄を確保され、やがて釈放されたという体験を持つ記者が、そのときの写真を手がかりとして、40年ぶりに現地を再訪したのです。そして、驚くべきことに、写真に写っている一番若い兵士が生存していたのでした。
 ベトナム戦争を支えていたベトコンなるものの実体が、実は、どこにでもいるフツーの農民であったことがよく分かります。舞台はクチの近くです。クチはホーチミン市の郊外にある有名なベトコンの拠点であり、今では観光名所となっているところです。
 著者たちがベトコン兵士に拘束されたのは1967年6月のこと。私は東京で大学生活を始めたばかりです。ベトナム戦争ってアメリカが悪いと素朴な気持ちで思っていました。記者とカメラマンは銃も何も持っておらず、まもなく日本人ジャーナリストと判明して、数時間後に解放されます。そして、その帰り際、パイナップルをおみやげに持たされたのでした。この体験を著者は記事にして早速、日本に届け、6月27日の夕刊に大きな記事が毎日新聞に掲載されたのでした。脳天気な2人の笑顔写真まで載っています。といっても、この原稿はテレックスで送信検閲に引っかかるので、たまたま東京に帰る人をつかまえて、手荷物で運んでもらい、東京で投函してもらったのでした。
 40年後、ベトナムの現地にこのときの写真をもって訪ねたのです。この写真は、カメラが2台あり、自分たちを撮ってくれるカメラのシャッターと同時に別のカメラでベトコンの人たちを膝の上から撮ったものです。よくぞベトコンに気がつかれなかったものです。それにしても、ピントがよくあった写真です。
 写真に写っている4人のうち2人は死亡し、一人は消息不明で、一番若い兵士の所在がつかめました。不思議な縁です。まあ、人生、何事もあきらめずに試みてみるものだ、ということでしょうね。
 今では、ベトコンに拘束されたあたりはすっかり様変わりしていました。私が2年前にベトナムに行ったときもあまりににぎやかな大都市でしかなく、ここで、かつて戦争があっていたなんて、そんな印象はまったくありませんでした。
 生き延びた兵士は、サイゴン軍(アメリカ軍)の近くにいた方がかえって安全だったと言うのです。爆撃にあう心配がないからです。なるほど、ですね。
 いま、ベトナムは人口8520万人、そのうち30歳以下が6割、20歳以下で4割を占めている。若い世代が圧倒的に多い。ということは、長生きできないということなのでしょうか。それともベトナム戦争の後遺症なのでしょうか。
 ベトナムの若者に前に紹介しました『トゥイーの日記』が大変よく読まれているそうです。なんだか、ほっとしました。やっぱり過去は忘れてしまえばいいというものではありませよね。『トゥイーの日記』は実に泣けてくる本です。まだ読んでいない人は、ぜひ読んでみてください。ベトナム戦争の大変さがひしひしと伝わってきますから…。
(2009年2月刊。2200円+税)

金融システムを考える

カテゴリー:社会

著者 大森 泰人、 出版 金融財政事情研究会
 民主党はしきりに脱官僚をとなえていますが、私はなんだか素直には信じられません。胡散臭いものを感じてしまいます。前の自民党も、何かというと悪政は官僚のせいにしていましたが、同じことになるのではないでしょうか。本当の悪は隠しておいて、国民の目に見えやすい官僚を悪人に仕立て上げている。そんな気がしてなりません。
 実は、私も高校生の頃は官僚志向でした。大学に入って、川崎でセツルメント活動として若者サークルに入って同年○○の労働者と遊んだり話したりしているうちに、官僚になることを考え直したわけです。でも、同じセツルメント活動をしていた仲間で官僚になってからも「変節」「転向」などしなかった人が何人もいます。ですから、官僚が悪だというのは、単純な誤った、ためにする見解・考え方だと私は思うのです。だって、官僚システムなしに国家が動くわけはないのですから。天下り禁止とか、具体的なことについては私も必要だと考えています。
 年収2億円の取締役を何十人もかかえている大企業の経営者が、悪いのは官僚なんだと言うとき、ええっ、本当に悪いのはあんたでしょ。そう言ってやりたくなります。そして、日本にもある軍事産業、アメリカ軍と自衛隊に結びついて利権を吸い続けている防衛族という政治家たちではないでしょうか。おっと、この本の紹介に入る前に長話をしてしまいました。今の官僚にも、こんな気骨のある人がいたのですね。たいしたものです。すごい自信家のようですが、その自信は一体どこから来ているのか、教えてほしいものです。うらやましい限りです。
 著者は、貸金業規制法を改正して貸金業法に変わったときの立役者の一人です。貸金業法の完全施行の期限が目前に迫っている今日、貸金業界は最後の巻き返しに必死になっています。それを許さない取り組みが今求められています。
 現在のアメリカという国家に対する著者の認識は次のようなものです。私も、まったく異論がありません。
無辜の市民がテロリズムの犠牲になったのを契機に、周囲の反対を押し切って力に訴え、無辜の市民を犠牲にし続けているうちに、どこかこの国がおかしくなったように感じる。社会保障制度や税制においても、現在のアメリカの国内政策でもっとも欠けているのが、貧しい者への視点であり、格差是正につとめる代わりに、宗教的蒙昧や盲目的愛国心を鼓舞しているようだ。
 そして、著者はカウンセリング体制の充実にも目配りしています。この点も、私が意を得たりという気がしました。
 これまで、多重債務問題に取り組んで成果をあげてきた組織や自治体を拝見すると、例外なくそこには、強い問題意識と使命感を持ち、借り手の悩み、苦しみに真摯に耳を傾け、人生をやり直すべく強烈にインスパイアするカリスマっぽい人がいるのである。
 借金とは私人間の問題であるにとどまらず、地域住民の貧しさを背景とする構造的な問題なのだという認識が深まってきた。貧しい人たちに生活保護を提供するのか自治体の仕事であるなら、貧しい人たちが多重債務に苦しむのを救うのか自治体の仕事でないはずがあろうか。
 不安が鬱積する社会においては、身分の安定した公務員への風当たりが強まるのは避けられない。
 この本を読んで、キャリア官僚が世の中の現実を知るために、ブログをよく読んでいることを知って驚きました。パブ・コメ(パブリック・コメント)なるものがありますが、世の中にあまたあるブログを歴訪して世間の動きを知っているというのです。
 ここには詳しく紹介しませんが、「大森十戒」と呼ばれるものも載っています。すごい内容です。
 行政官の仕事は結果がすべてである。結果とは、国民への貢献である。国民に貢献しないすべての努力は無駄である。
 あらゆる固定観念や従来のしきたりにとらわれることなく、無駄と偽善としたり顔を憎み、しなやかに柔軟に考え、行動する必要がある。
 国民のためではなく、上司のためと考えた途端、膨大な無駄と精神の退廃が始まる。上司とは、部下の仕事に国民にとっての付加価値を加える能力を有する者をいう。この意味での上司でない者は、意志決定プロセスから事実上除外し、階層をフラット化する必要がある。
 働くとは、傍を楽にすることである。はたを楽にしているつもりで消耗させているだけの人間には、通例、自覚症状がない。このような場合には、階層をこえて直訴し是正させることが部下として正義人倫にかなう行動である。
 ええーっ、ここまで、こんなことをキャリア官僚が言っていいのかしらん、腰を抜かすほど驚いてしまった私でした。
 市場とは、自分だけは得したい欲張りの集まりであり、そこでの不正や弊害は「起こってはならないこと」ではなく「起こったら摘発されるべきこと」である。
 よくぞ言ってくれました。そのとおりです。キンザイの伊藤洋悟さんから贈呈を受け読みました。期待した以上に大変面白い本でした。ありがとうございます。
 
(2008年3月刊。2800円+税)

自衛官の人権を求めて

カテゴリー:社会

著者 出版社  海上自衛艦「さわぎり」の人権侵害裁判を支える会
 1999年11月8日、海上自衛隊佐世保地方総監部所属、当時21歳の3等海曹が護衛艦「さわぎり」内で自死した。その日は彼の誕生日であり、結婚して子どもができたばかりだった。両親は息子を自死に追いやった責任を追及すべく裁判を提起した。一審は敗訴したものの、福岡高裁は国の安全配慮義務の怠慢を認めた。
 自死した海曹は高校を卒業し、競争率12.3倍という一般曹候補学校の試験を突破して海上自衛隊の曹候補学生として入隊した(1997年4月)。
 曹候補学生は、一般入隊の隊員と比較すると、昇進が数年は早い。3曹になるのに一般隊員からだと6年から8年かかるのに対して、2年ですむ。このことがたたき上げ組と曹候補生組との軋轢を生んでいる。
 同じ分隊内部で、こいつは出来ないというレッテルを貼られると、大変なことになる。護衛艦のような閉鎖社会の中では、当事者に必要以上の劣等感を植え付けることになる。艦内生活は心理的にも物理的にも閉鎖された社会である。そこは完全にプライバシーのない集団生活の場である。
護衛艦「さわぎり」の乗組員は180人いた。古参海曹が曹候補生から若くして3等海曹に昇進する隊員を妬みやいじめの対象とすることは何ら不思議なことではない。そして、狭い艦内に逃げるところは残されていない。
 自衛隊内で人権、人権と言っていたら、戦争は出来ない。
 これは、国会内で審議中に飛ばされた自民党議員の野次。しかし、日本国憲法の下、自衛隊も日本人である限り人権は保障されている。
 防衛庁の高官が共産党の国会議員に対して「自衛隊が軍国主義にならないように頑張ってくれ」と声をかけてきた。その議員が何が軍国主義なのかと問い返すと、「自衛隊が自分の思うことはみんな通そうとし、自分の主張があると不満を持つようになることだ」という答えが返ってきた。
 なるほど、それって怖いことですよね。
自衛官の自殺は増加の一途にある。過去の自殺者数は年間30~50人で推移していたが、2000年に過去最高の81人になり、2004年度から2006年度は100人台を記録した。この10年間で846人もの自衛官が自殺した。その原因の主要なものに「いじめ」がある。
 自衛隊員でイラクなどに派遣された人は延べ2万人にのぼるが、任務中の死亡は42人いる。そのうち20人が自殺である。
 ちなみに、自衛隊から脱走をする隊員が年に300人を越えている。
 戦前の軍隊でもいじめがあり、かなりの自殺者がありました。自衛隊内の人権無視の訓練が「しごき」と称するいじめになっている気がします。
 自衛隊というのは日本最大の国家公務員集団ですから、日本人みんなが注目し、監視すべき存在ではないでしょうか。この本は、その点を考えさせてくれます。
(2009年9月刊。1000円+税)

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