法律相談センター検索 弁護士検索

トレイシー

カテゴリー:日本史(戦後)

著者:中田整一、出版社:講談社
 日本軍の将兵は捕虜になるな、死ねと教えられてきた。ところが、戦場では「不覚にも」捕虜になる事態が当然ありうる。捕虜になったときに、敵に対していかに対処すべきか教えられたことのなかった日本の将兵は実際にどう対処したのか・・・。本書は、その実情を明らかにしています。要するに、日本の将兵はアメリカ軍の尋問に心を開いて、軍事機密をすべて話していたのでした。
 もちろん、これにはアメリカ軍による盗聴を生かしながら尋問するなど、テクニックの巧妙さにもよります。しかし、それより、無謀な対米作戦の愚かさを自覚したことによる人間として当然の本能的な行動だったのではないかという気がしました。
 つまり、こんな愚かしい戦争は一刻も早く終わらせる必要がある。そのために役立ちたいという心理に元日本兵たちは駆られたのではないでしょうか。
 アメリカ軍は日本の将兵を捕虜にしたあと、カリフォルニア州内の秘密尋問所に閉じこめて、といっても虐待することなく、供述を得ていき、それを戦争と終戦処理に生かしたのでした。
 捕虜たちを一人ずつ直接尋問する。そのあと、他の捕虜たちと自由に交わることを許す部屋に移す。そこには隠しマイクを設置しておき、別室で会話を聴く。捕虜は初対面だと、尋問で経験したことをお互いに話し合い、情報を交換し、それについてコメントする。ただし、盗聴はジュネーブ条約違反なので、厳重に秘匿された。ちなみに、スガモ・プリズンでも、アメリカ軍は盗聴していたとのことです。
 アメリカ軍は日本語を習得する将兵を短期養成につとめた。ただし、海軍は日系アメリカ人を信用せず、白人のみだった。これに対して陸軍は、日系アメリカ人も活用し、終戦のころには、2000人にもなっていた。
 尋問では丁寧語は使わず、なるべく相手に威圧感を与える日本語を使った。勝者と敗者の立場を明確に認識させる必要があった。
 手だれの尋問官であればあるほど、乱暴な尋問は捕虜のプライドを傷つけ、口を閉ざし、かえってマイナスになることを十分に心得ていた。尋問では、侮辱や体罰や脅しはほとんどなされなかった。
 捕虜となった日本の将兵は、自分が捕虜になったことを故郷に通知されることを望まなかった。自らの意思で、祖国や家族との絆を断ち切った。
 トレイシーと名づけられた尋問所に2342人の日本人捕虜がいた。
 太平洋艦隊司令官ニミッツ大将が1943年12月27日にトレイシーを訪問した。その重要性を認識したあと、さらに強化された。
 1945年4月、新国民放送局として、日本へ向けてのラジオ番組が始まった。30分足らずの番組だったようです。こんなトーク番組があったというのは初耳でした。どれだけの日本人が聞いていたのでしょうか、知りたいものです。
 日本人の戦前の実情を知ることのできる、いい本でした。
 
(2010年4月刊。1800円+税)

昆虫科学が拓く未来

カテゴリー:生物

著者:藤崎憲治・西田律夫・佐々間正幸、出版社:京都大学学術出版会
 いやあ、学者ってすごいですよね、ほとほと感心します。
 植物は害虫にかじられると、警戒信号を発します。他の植物仲間に注意を呼びかけるのです。それを化学的変化が起きると見抜き、害虫であるシロイチモジヨトウ幼虫の唾液を大量に集め、その唾液からトウモロコシに揮発成分を放出させる物質(エリシター)を単離した。
 昆虫の唾液に注目した点がユニークである。
 それはそうでしょう。チョウの幼虫の唾液なんて、ごくごくわずかなものでしかないでしょうに、それを大量に集めて化学的変化を引き起こす物質を取り出して、それが何であるか解明したというのです。たいしたものですよね。
 昆虫の食害の刺激を受けて放出される揮発成分は、事前に蓄えられていたのではなく、食害の刺激によって生合成遺伝子が活発化され、一酸化炭素から新たに合成された揮発成分が放出されたものである。動かない植物ではあるが、その細胞内では昆虫の食害により何かを感じとり、驚くべき生理的変化が起きているのである。
 うひゃあー、すごいですね・・・。
 平安時代の『堤中納言物語』には「虫めずる姫君」というのがあり、必ずしも女性一般が毛虫やイモ虫を毛嫌いしているわけではないが、勇気をもって退治してくれる男性を女性は頼もしく思うという関係はあるようだ。なーるほど、ですね・・・。
 昆虫少年を大切に育てたいという提言と実践が紹介されていますが、大賛成です。ともかく、人間より前に地球上に現れて、超能力とでもいうべき無限の能力をもつ昆虫から人間はたくさんの学ぶべきものがあります。
 昆虫は人間の100万分の1の脳細胞しか持たないが、それでも10万個の脳細胞をもっていて、飛行や餌の探知などにすばらしい知的活動を発揮している。
 昆虫は地球上で最も繁栄している動物ともいえる。アメンボがなぜ水面をすいすいと歩いていけるのかをふくめて、昆虫にまつわる秘密が次々に科学的かつ化学的に解明されています。化学式のところは飛ばし読みしましたが、それでも楽しく読めました。
 もと昆虫少年だった皆さんに一読をおすすめします。
(2009年4月刊。4800円+税)
 日曜日の夜、歩いてほたる祭りを見に行きました。ホタルより人間のほうが多いかもしれないと思うほどの混雑ぶりでした。竹を切ってロウソクをなかで灯したものを道の両側にズラリと並べてあります。フワリフワリと飛びながら明滅するホタルは、人工的な照明とあまり合いません。夢幻の境地がいささか壊された気になりました。それで、ホタルまつりとは別の場所で、じっくりホタルを見物しました。飛んできたホタルを手のひらにのせて、ふっと息を吹きかけます。

もうひとつの剱岳・点の記

カテゴリー:社会

著者:山と渓谷社、出版社:山と渓谷社
 明治40年、前人未踏の山・剱岳に挑んだ男たちを描いた映画「剱岳・点の記」の撮影のときの裏話と写真が満載の本です。
 ラストシーンに手旗信号が出てきます。これは、原作にはありません。木村大作監督のアイデアでした。遠くにいる人にも心は通じるという思いを込めたこのシーンは、本当にいちばん最後に撮られた。なーるほど、よく撮られた、感動的なシーンでした。
 映画制作に2年、ロケで200日は山に入った。機材を持って自分の足で歩き、自分の荷物は自分で持つ。山小屋では雑魚寝だし、テントにも泊まる。
 ロケ中は、撮影場所まで行くのが一番大変だった。主人公の柴崎芳太郎が測量した27ヶ所のうち22ヶ所をまわった。片道9時間もかけて現場へ行って、撮影したのは2カットだけということもあった。
 撮影の途中でスタッフがケガをした。これによって、山には危険がつきもの。無理をしてでも行きましょうという案内人・長次郎の台詞が生まれた。
 木村監督はヘリコプターをつかっての空撮はしなかった。ヘリでは風景になる。ドラマは感じない。歩いて、人の目線で撮ると、それだけで、ドラマになるんだ。
 撮影は瞬発力。準備も、技術も、理屈も、考えている時間はない。いきなりトップギヤで突っ走るしかない。自然も待ってはくれない。
 新田次郎について語った娘の話。マスコミによく登場する歴史学者が手に山ほどの本をかかえて、新田次郎にこう行った。
 「いいですねえ、小説家さんは。ペンと原稿用紙さえあれば書けるんですから」
 新田次郎は次のように言い返した。
 「いいですねえ、学者さんは。本さえあれば書けるんですから」
 新田次郎は、歴史学者は史実を正確に把握、読解し、言い表さなければならない。小説家は、その史実と史実の間に埋没している人間の苛烈な深層心理を書くのだと言いたかったのだろう。
 モノカキ志向の私には、この深層心理を書くという点が課題だと痛感しています。
 剱岳の神々しいまでに美しい写真の数々に魅せられてしまいます。でも、寒さに弱い私は、それに勇気もありませんので、写真をじっと眺めるだけで良しとしておきます。
(2009年7月刊。2000円+税)

地平線の彼方に

カテゴリー:アフリカ

小倉 寛太郎 、新日本出版社  
実に素晴らしい感動的な写真集です。アフリカの大地と、そこに生きる野生の動物たちが脈動しています。私たち人間と同じように、生命の尊厳は守られるべきだと実感させてくれる迫真の出来映えです。
 著者は、惜しくも、既に亡くなられています。私は、一度だけ名刺交換させていただき、声をかわしたことがあります。『沈まぬ太陽』の主人公・恩地元のモデルになった人です。古武士然とした風格を感じました。JALのナイロビ(ケニア)支店に飛ばされ、そこでもくじけずに、生きがいの一つとして動物写真を撮ったのです。ですから、もちろんアマチュアカメラマンなのですが、ここまでくるとプロフェッショナルとしか言いようのない傑作ぞろいです。
 写真を撮る前は、ハンターだったようです。でも、動物を殺すより写真の方が断然いいですよね。本当にそう思います。
アフリカは人類発祥の地でもあります。ジャングルからサバンナに出た人類らは、4本足から2本足歩行へ前進し、団結して知恵を働かせながら、苛酷な自然環境を生き延び、世界各地へ放散していったのでした。
 天知る、地知る、形知る。人が知らないと思って、内緒事をしていると、悪いことをしても天は見ている。大地も見ている。何よりも、お前が知っているじゃないか。だから、人が見ていないからといって、不正、悪事ははたらくな。
一体どうやって、こんなに近くからライオンとその子を撮ったのだろうかと不思議な写真があります。よほど著者はライオン一家から信用されていたのでしょう・・・・。
 たとえば、私が誘惑と脅迫に屈したとする。そうすると、私の心の傷、これは態度、挙措  にも出てくるだろう。そして、自分の生き方に自信を失うから、それは子どもに響くはず。子どもは親の後ろ姿を、背を見て育つと言うけれど、背中だけでなく、やはり親の生き方、片言隻句からも子どもは影響しているはず。今は分からなくても、やがては、と大いなる楽観を持っている。
 さすがに、偉大なる先人の言葉は含蓄深いものがあります。雄大な大自然の躍動する野生動物の写真に、目も心も洗われます。ぜひ、手にとってご覧ください。
 
(2010年3月刊。3500円+税)

わが記者会見のノウハウ

カテゴリー:社会

佐々 淳行  著 、文芸春秋 出版 
 確かに不祥事は、いかなる団体、組織にもつきものです。それが発覚したとき、トップはいかに対処すべきか、また、部下は上司に対してどう進言したらよいか、日頃から考えておくべきことでしょう。
 私も、前にも書きましたが、弁護士会の役員をしていたとき、2回にわたって苦しい記者会見をさせられました。そのとき、日頃なじみのある記者も、ない記者からも厳しい質問が飛んできました。これは立場の違いから、仕方ありません。もっとも、日頃の飲みにケーションも私は不十分だったのは事実です。なにしろ、当時も今も、二次会には行かない主義ですから。それより私は一人で本を読んでいたいのです。
 そのとき私が心がけたのは、テレビカメラの回っている場なので、第1に自分からは決して席を立たないようにしよう、後ろ姿を撮られて「逃げるのか」という罵声を浴びせかけられるようなことはしないこと、第2に、質問に対しては出来るだけ誠意をもってカメラ目線で正面を向いて答えようということでした。記者会見は2回とも思ったより長く、30分以上もかかってしまいましたが、幹事の記者から、「これでおわります」という言葉が出て、カメラが閉じられるまで席を立ちませんでした。成果の報告、売り込みならニコニコしてやれるわけですが、なにしろ不祥事にともなうものでしたから、笑っているわけにもいかず、苦虫をかみつぶしたような顔で終始していなければならず、それも大変でした。
ちょっとした交通事故を息子が起こしたときに、どうするか?
 しかるべき地位にいて多忙な父親が、多すぎず、少なすぎずの額の現金をもって率直な謝罪に行くことがポイント。金額は、当座の費用として加害者が持ってくるだろうと先方が思っている金額の2倍が目安。本人に命じて、残高ゼロの預金通帳を差し出す。現金は10万円でも30万円でもいい。モノを言うのは、残高ゼロの通帳である。
 なーるほど、こういう手もあったのですね・・・・。
ひとたび問題が起きたときは、最初の動きが非常に重要である。危機管理の記者会見は、最初の一言で勝敗が決する。
 不祥事や失言など、問題の起きたときの「守りの記者会見」こそ、広報担当官の真価が問われる。このときは、すべての記者を敵に回すような、逆境での記者会見になる。
 正しいユーモア感覚の持ち主でないと厳しい攻撃的な記者会見は乗り切れない。隠したがり屋や杓子定規な官僚タイプの人、自分のコントロールができてない人も向かない。
 事前に打ち合わせをして、言ってはいけないことを確認してから発表の場にのぞむ。何でも聞かれたことには答えているかのように見せかけつつ・・・・。なるほど、なるほど、です。
 記者会見は、言葉による危機管理であり、言葉のたたかいである。言葉はたたかいの武器であり、平和を回復させる手段にもなる。単に前例を踏襲すると失敗する。緊急会議に集まった5人なら5人の、人生50年の集大成みたいな一言、これが組織の危機を救う。
 謝るのなら、誰に向かって謝るのか、はっきりさせておく必要がある。
 一語一句に注意を払いながらも、誠意と人間味をもって対応する。
 ネバー・セイ・ネバー。危機管理の鉄則である。「決して」と「決して言うな」。二度と決してこのようなことは起こしませんとは、絶対に記者会見で言ってはいけない。どれだけ最善を尽くしても、また起こってしまうことがある。努力してもゼロには出来ないことがある。
 新聞記者と犬と責任は、逃げると追ってくる。これを肝に銘じる。社会部の記者は猛獣である。それほどでなくても、政治部の記者も半ば猛獣である。手なずけているつもりでも、ガブッとやられる。猛獣然としていないだけに、かえって危険な面がある。
 ただ、「一切しゃべるな」では、口止めにならない。これは話してはいけないという、ネガティブリストの作成なしに「一切言ってはいけない」では、口止めにならない。あの全裸事件を起こした直後の草なぎ剛の謝罪記者会見のとき、最長28秒の沈黙があり、5秒ほどの沈黙は10回もあった。このことについて、ワイドショーは、自分で言葉を選びながら誠実に答えていたと評価した。普通なら、28秒もの沈黙は許されない。
いろいろ大変勉強になる本でした。  
(2010年2月刊。1524円+税

福岡県弁護士会 〒810-0044 福岡市中央区六本松4丁目2番5号 TEL:092-741-6416

Copyright©2011-2025 FukuokakenBengoshikai. All rights reserved.