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三国志逍遥

カテゴリー:中国

著者:中村 愿・安野光雅、出版社:山川出版社
 「三国志」は、私も学生のころ愛読しました。「水滸伝」と並んで、中国大陸の広大さと、そこに生きる人々の活力に圧倒され、躍動する心を抑え切れないほどでした。
 その「三国志」の現地へ出かけています。そして、絵を安野光雅が描いています。それがまた実に味わい深く、つい現物を見てきたかのように活写されているのです。
 曹操は悪者ではなかった。曹操は、周公の立場で26歳も年下の皇帝を誠心誠意、補佐した。董卓や袁術や袁紹などのように、おのれの権力欲を満たし、栄華を夢見て皇帝の座を手に入れようと目論んだ軍閥・輩とは異なるのだ。
 曹操は、自らが皇帝となるのを願わなかった。漢の遺臣であり、周公の立場に徹するという信念があった。
 曹操は66歳のときに病死しました(220年)が、その墓が発見されたと中国政府が発表しました。本当だとしたら、大変なビッグ・ニュースです。
 曹操の頭蓋骨まで残っているということです。ぜひとも確認してほしいところです。
 それはともかくとして、中国の「三国志」の世界にイメージたっぷり浸ることのできる楽しい本です。
(2010年3月刊。1900円+税)

戦国鬼譚・惨

カテゴリー:日本史(戦国)

 著者 伊東 潤、 講談社 出版 
 
 うまいですね、すごいです。やっぱり本職、プロの作家は読ませます。日本IBMに長く勤めたあと、外資系の日本企業で事業責任者をやっていた人が執筆業に転じたというのです。異色の経歴ですが、きっと金もうけなんかよりも自分の好きなことをしたいと思って転身したのでしょうね。見事な変身です。賛嘆します。私も見習いたいのですが・・・・。
 武田信玄以後の武田家に仕えていた武将たちの、それぞれの生き方が短編の連作として描かれています。どれもこれも、さもありなんという迫真の出来ばえです。
 戦国時代の末端の武士の頭領たちに迫られた決断の数々が、豊かな情景描写とともに再現されていますので、読んでいるうちに、たとえば木曽谷に、また伊奈谷に潜んでいる武将にでもなったかのような緊迫感があり、身体が自然と震えてくるのです。まさに武者震いです。
 武田信玄が追放した父親の信虎が登場し、また、信玄が死んだあとの勝頼も登場します。しかし、この本の主人公は、武田家を昨日まで支えてきて、主君勝頼を見限って裏切っていく武将たちです。そして、それはやむをえない苦渋の選択だったということを理解することができるのです。戦国時代の武将の心理を考えるとき、なるほどそういうこともありうるかなあ・・・・と、参考にできる小説だと思いました。
 ただ、読み終わったときちょっと重たい気分になってしまうのが難点と言えば難点です。でも、戦国武将の気分にどっぷり浸ってみたいという人には強くおすすしますよ。 
(2010年5月刊。1600円+税)

ビジネスで一番、大切なこと

カテゴリー:社会

著者:ヤンミ・ムン、出版社:ダイヤモンド社
 ビジネスの成功の要は、競争力にある。競争力とは、競合他社といかに差別化できるかである。ところが、その差が細かくなりすぎて、多くの消費者がいぶかしく思う段階に達すると、ある日突然、差別化は無意味になる。
 無意味な差別化が進めば進むほど、嘲笑指数は上がっていく。
 現代社会において、差別化は何を意味するのか考えさせられます。ともかく、同じような中味なのに、店にはいろんな形と色の容器がたくさん並んでいますよね。
 ビジネスの世界では、いかなる戦略であれ、永遠を期待することはできない。
 激動の中に放り込まれると、人間は安定を求める。生活が単調であふれていると、鈍感になる。慣れすぎると、何も見えなくなる。印象の欠落は、知覚の欠落につながる。
 相反する二つのものが結びつくには、バランスがすべてだ。類似性は静止状態であり、違いは活動状態。両者が均衡状態をとりながら存在すれば、すべてはうまくいく。そのとき、人は安定を感じると同時に、刺激も感じる。何の混乱もない毎日が続きすぎると、無関心がひたひたと忍び寄ってくる。ひとは停滞を感じ、不安になる。そして、珍しい果物を渇望している自分に気がつく。
 私たちが類似性に圧倒されているとき、判断力に再び火を灯すのは、小さな差ではなく、歴然とした大きな違いである。
 差別化は手段ではない。考え方だ。姿勢であり、傾聴や観察、吸収、尊重から生まれる。
 かなり難しい表現ではありますが、すごく大切なことが語られている本だと思いました。
(2010年10月刊。1500円+税)

葡萄酒の戦略

カテゴリー:ヨーロッパ

 著者 前田 琢磨 、 東洋経済新報社 出版 
 
 驚きのワイン試飲会が紹介されています。ときは1976年5月、ところはパリ。
フランスのワインスクール主催でワイン試飲会が開かれた。審査員は全員フランス人で、ワイン業界で名の知れた大御所ぞろい。フランス赤ワイン4本、白ワイン4本。カリフォルニアワインが赤6本、白 6本。これをボトルのラベルを隠して銘柄が分からない状態で試飲して20点満点で評価する。結果は・・・・。白ワインの審査結果は、アメリカワインが1、3、4、6、9、10位を占めた。フランスワインは2番手でしかない。そして、次に赤ワインです。これでもアメリカワインが、1、5、7、8、9、10位を占めた。つまり、赤白ともにアメリカワインが1位、金メダルを獲得した。フランスの名士たちにとって、きわめてショッキングな出来事であった。
 著者は、この結果について、1000年以上の伝統をもつテロワール主義ワインに対して、数十年間、科学的研鑽を行いながら技術を進化させてきた「セパージュ主義」ワインが勝利をおさめたのだと解説しています。
審査員は、ワインを目、鼻、口、バランスの4つの観点で評価する。目とは、ワインの外観。ワインの清澄度や色の具合で、その健全性を確認する。鼻とは、香りのこと。一般的にブドウ由来の第一アロマ、発酵由来の第二アロマ、熟成由来の第三アロマといった、さまざまな香りとその強さを確認する。口は味わいのこと。風味、酸味、苦味、甘味、タンニン、アルコール度などが確認ポイント。バランスとは、個別に目、鼻、口でとらえたことを全体的な印象で総合評価する。うむむ、これって簡単なようで、とても難しいことですよね。
 「セパージュ主義」的ワイン造りは、科学技術による。いい苗木を手に入れたら、その苗木にあったテロワールを選択し、できるだけブドウ本来の美味しさを引き出す生産技術によって、質の高いワインをつくりあげる。
世界のワイン生産量は284億リットル。その内訳はフランス53億リットル、イタリア47億リットル、スペイン40億リットル、アメリカ23億リットル。そしてアルゼンチン15億リットル。これら上位5ヶ国で、全世界のワイン生産量の6割を占める。
 2006年の統計によると、日本人は一人あたり年間3本のワインを飲み、フランス人は
73本を飲む。
 さあ、今夜も赤ワインを飲みたくなってきました。ブルゴーニュのぶどう畑を思い出しながら飲むことにしましょう。
(2010年10月刊。2400円+税)

長崎年金二重課税事件~間違ごぅとっとは正さんといかんたい!

カテゴリー:司法

税理士江﨑鶴男著  清文社  2010年
今年7月6日、最高裁第3小法廷で「年金型生命保険金の受給権に相続税を課税した上で、更に個別の年金に所得税を課税した更正処分が法の禁止する二重課税に当たるものとして、その更正処分を取り消す」旨の判決が出された。
著者は、平成14年分の所得税の確定申告から始まり、更正処分、異議申立て、裁決を経て、長崎地裁の勝訴判決、福岡高裁の敗訴判決、そして今回の最高裁の逆転勝訴判決に至るまでの長い道のりを納税者と共に闘いぬいた税理士である。私もまた、その闘いに共感し、支援者として訴訟に参加した。著者は、判決宣告から5か月を経て、その闘いを振り返り、本書を上梓した。
考えてみれば、税務訴訟とは不思議な法分野である。弁護士からは「私は税法は苦手だから」と敬遠され、税理士からも「私は裁判を知らないから」と敬遠される、いわば鬼っ子である。勝訴率が低いことの一因も、この辺りにあるのであろう。このことは、本裁判の主任弁護士として活躍された当会の丸山隆寛弁護士も、本書の巻頭言で「エアポケット」という言葉を用いて、同趣旨のことを述べられている。私たち弁護士が、正しい課税のために税務訴訟を勝ち抜くためには、税理士との共同作業が必要であるとの思いは深い。
私どもは、最高裁に本件を上告した時、実質論に立脚すれば必ず最高裁は応えるであろうと思いつつ、他方でルールなき実質論は法的安定性を害することも懸念し、どのようなルールを最高裁に提示すべきかで大いに悩んだ。そして率直に申すならば、私どもは、二重課税の是非を判断するための明確なルールを最高裁に提示するには至らなかった。この辺りの悩みは弁護士に特有のものであり、江崎税理士たちは「必ず勝てる」とひどく楽観的であったことが印象に残る。
良い風が吹き始めたのは、上告後、金子宏東京大学名誉教授から、本件について現在価値の概念を持ち込み、「運用益から切り離された元本部分に対する課税は二重課税に当たるであろう」とのご意見をいただいた時期からである。金子教授の意見は明確なルールの提示であり、結局は最高裁もこのルールを採用した。
上告審の弁論で思い出に残る場面がある。それは江崎税理士が居並ぶ最高裁判事の前に「私は煙草を吸う。現在の課税の実務と高裁の判決は、私が一箱の煙草を買う時に税金を課し、更に私が一本の煙草を吸う時に税金を課すことを認めるものにほかならない。このような不当な実務と判決は、断固是正されなければならない」と口頭弁論を行ったことである。これは比喩であるが、本件の本質を射抜いている。
さて本書は、以上のような7年間にわたる闘いを納税者である未亡人と共に闘った税理士の自分史であるが、さまざまな苦労が描かれているものの、そこに一貫して流れている論調は、「間違ごぅとっとは正さんといかんたい!」という至って素朴な副題に見られる、ひどく明るい楽観主義である。訴額わずか2万円の訴訟を支えてきたのは、このような素朴な正義感なのであろう。
私たち弁護士は正義を実現するためにこの職業を選んだはずであるが、現実社会の中のさまざまな壁に阻まれて正義を貫くことに苦痛と苦労を感じ、時に正義に懐疑心を抱く。しかし、このような壁を打ち破る最大の原動力は、その正義感そのものであることを、本書とその著者の闘いに見たと思うのである。

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