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進化の運命

カテゴリー:人間

著者    サイモン・コンウェイ=モリス 、 出版   講談社
 この広大な宇宙のなかで地球上に存在する人間は進化の必然だったのか。必然だったとすれば、この広い銀河のどこかに別のよく似た存在がいてもおかしくはない。では、どこにいるのか・・・。どこにもいないとしたら、人間は宇宙における偶然の産物にすぎないというのか。そしたら、それは意味も目的もないということになるのか・・・。
 こんな問題意識のもとで、宇宙において人間が実在する意味を問い詰めようというものです。
モリブデンは生命にとって欠くことのできない元素である。さまざまな酵素で大切な働きをしている。しかし、地球においてこの元素がどれくらい手に入るかというと、とてつもなく乏しく、その産出量は実際にもわずかでしかない。
 意外なことに、生命の基本ブロックの少なくとも何種類かは、太陽系形成のはるか以前に合成されている。合成された環境は星間空間である。生命がすめそうなところではない。そこでの有機合成プロセスは、極低温・高真空で、放射線にさらされた中で進行する。有機物だけでなく、水(氷)やその他の揮発性物質が豊富に含まれている窒素質隕石や彗星などの地球外物質のかたまりがなかったなら、地球上に生命は現れなかっただろう。地球外物質がなければ、何十億年もの進化を経て、意識をもつ種が少なくとも一つ現れ、生命の起源について考え始めることはなかっただろう。
 揮発性物質とともに生命の前駆物質が天から何度も初期地球の表面に降ってこなかったら、地球上には海も大気もなかっただろう。
 生命は実験室の中でつくることは出来ないし、出来そうなきざしもない。生命の誕生は、百京回に1回のまぐれ当たりだった。生命の出現は、ほとんど奇跡だった。
 月面が今のような姿になったのは、太陽系の歴史初期を襲った激しい衝突事故による。大衝突によって、月面は何度もぼろぼろの瓦礫の山にされ、表面が粉々にされ、クレーターがつくられた。
地球は質量が月の百倍もあって重力も大きいから、さらに激烈な衝突に見舞われた日が設定されている。厳しい衝突期の終わりごろ、いずれも海洋を蒸発させ、おそらく地球を無事に産みだした。
過去10億年で居住可能領域は大幅に縮小した。しかも、これから10億年たつと、居住可能領域は地球から外れてしまう。
銀河の中心は、星が非常に高密度に集積しているので、安全ではない。どうしても爆発は避けられないし、もちろんブラックホールも待ち構えているだろう。
計算によると、もし人間が複眼をつかって今と同じ視覚を確保しようとしたら、その幅は少なくとも1メートル、望むらくは12メートル以上が必要になる。
 人間が色を見分けることができるのは、樹上性だった人間の祖先が適切な色の果実や葉をどうしても見分ける必要があったからだと一般に考えられている。
 ハダカデバネズミにはあきらかに視力がないので、通常なら視覚に用いられる脳の領域が、体性感覚皮質に取って代えられている。ハダカデバネズミは、おそらく歯をつかってものを「見て」いる。
ボーア戦争の少し前のころ、南アフリカにジャックというヒヒがいた。事故によって両膝から下を失くした男性の下で、ジャックは鉄道の仕事を手伝っていた。さまざまな信号を一つ残らず理解し、どのレバーを引けばよいか覚えていた。間違えたことは一度もなかった。このほかにもポンプで水を汲んで運んだり、庭いじりをしたり、ドアに鍵をかけたりしていた。これは、知性は人間だけにあるのではないとうことを実証する事実だ。
 イルカの鳴き声は複雑で多様である。水が不透明であることから、顔の表情を利用することはかなり限られる。そこで、音を出す音響方式が優先されたのだろう。イルカは、かなり離れた場所との間でも交信することができる。イルカにとって、半球睡眠は群れの仲間とはぐれないためらしい。
 なぜ、進化は繁殖期の終わった女性の存在を「許して」いるのか?
 アフリカゾウではメスのなかでも一番の長老が概して一番賢く、よそから来たゾウのことをもっともよく覚えていて、必要な社会の知識を自分の「家族」に伝えていくことができる。
 このような母系社会の一族でもっとも大きい最年長のメスを殺すのは愚かなことだ。なぜなら、蓄積された知識が群から奪われ、繁栄が妨げられてしまうからだ。
 いろいろ難しいこともたくさん書かれていますので、もちろん全部は理解できませんでしたが、この広大な宇宙に果たして人間と同じような知性をもつ生命体がいるのかいないのか、改めて考えさせてくれた本でした。
(2010年7月刊。2800円+税)
アジサイが咲き、ホタルが飛びかう季節となりました。我が家から歩いて5分あまりのところに毎年ホタルが出る小川があります。ふわふわと漂うように音もなく軽やかに明滅するホタルの光は、いつ見ても夢幻の境地を誘います。なくしたくない自然です。すぐ近くまでバイパス道路が迫っているのが心配です。
軒からヘビが落ちてきました。屋根裏のスズメの巣を狙ったのでしょう。数日後、急にスズメたちがやかましく鳴き騒いでいました。
自然が身近な生活はヘビとの共存も強いられることになります。こればかりは勘弁してよと言いたいのですが・・・。

ともしびをかかげて

カテゴリー:ヨーロッパ

著者    ローズマリ・サトクリフ  、 出版   岩波少年文庫
 心おどる活劇の本です。
 イギリスはかつてローマ帝国に支配されていました。すごいことですよね。イタリアの首都ローマから発した軍団がフランスを支配し、次いでドーバー海峡を渡ってイギリスまで支配していたのですから・・・。
 2世紀はじめのことです。まだ、イギリスではなく、ブリテンと呼んでいました。ローマの軍団はワシの旗印をかかげています。ブリテンに住むケルト族はブリトン人(ブリテン島の住民という意味です)と呼ばれて、ローマ文明を受け入れ、ローマ化されていきました。征服者のローマ軍団の方は、逆に徐々にブリトン人に同化していました。
 そして、3世紀には、大陸から新たにゲルマン民族の一派であるサクソン族がブリテン島に侵入してくれるようになりました。この物語では「海のオオカミ」と呼ばれています。
 ローマのワシは、400年以上もブリテンを支配したあと、ブリテンから撤退します。そこで、この本の主人公アクイラはブリトン人としてローマから離れて生きるのを決断し、悲劇が始まるのでした。
 じっくり味わい深い、手に汗にぎる展開となって話は進んでいきます。
 子どものころに水滸伝を読んでいたときの胸騒ぎを思い出しました。
 ローマン・ブリテン四部作の一つだということです。
(2008年4月刊。680円+税)

まんが原発列島

カテゴリー:社会

著者   柴野 徹夫 ・向中野義雄  、大月書店  出版   
 福島第一原発の大惨事が起きて、22年前(1989年)に刊行されたマンガ本が復刊されました。
 22年前に指摘されていた原発の危険性が、今や現実のものとなったわけですが、原発について「絶対安全」だなんて大嘘ついて推進してきた東京電力をはじめとする電力会社のドス黒い体質も鋭く告発されていて、読みごたえのあるマンガ本です。
 新聞記者として、日本の原発の実態について潜入・徘徊・取材を重ねてきた著者は、電力会社から尾行され、脅迫されていたのでした。
 今から22年も前に、
① 現在の原発は未完成で、致命的な未来のない巨大な欠陥商品である。
② アメリカの世界支配戦略として押し付けられた原発によって、日本はさらに対米従属を深める。
③ 放射能廃棄物の処理は膨大で危険きわまりない。
④ 国と電力会社による専制的な地域支配・監視管理、秘密主義が進行している。
⑤ 原発の底辺労働者は日常的に奴隷のように被曝労働を強いられている。
などなど、目下、現在進行中の大惨事を予測していたのでした。
国と電力会社は日本の将来を奪いつつあると言って決して言い過ぎではありませんよね。東電の社長が6月に交代するようですが、年俸7200万円というのですから、莫大な退職金が予想されます。しかし、とんでもないことです。むしろ歴代の社長全員から退職金を吐き出させて、被災者支援にまわすべきではないでしょうか・・・・。
今、強く一読をおすすめしたいマンガ本です。
(2011年4月刊。1200円+税)

不破哲三・時代の証言

カテゴリー:社会

著者  不破 哲三    、中央公論新社 出版   
 日本共産党のトップが、あのヨミウリで自分の半生を語った新聞連載が本になりました。
 「意外な新聞社からの意外な話」だと著者も述べていますが、いかにも意外な組み合わせです。しかし、準備に半年かけ、1回の取材に3時間をかけて10回ものインタビューに応じたというのですから、共産党や国会の裏話をふくめて密度の濃い内容になっていて、とても読みごたえがあります。
30回の連載をもとに、さらに記述を膨らましてあるようですので、新聞を読んだ人にも、恐らく重複感は与えないと思います。日本の現代政治史を考える資料の一つとして大いに役立つ内容だと思いながら、私は一気に読了しました。
著者は、幼いころ、虚弱体質、腺病質だったとのこと。泣き虫で、悲しいにつけ、うれしいにつけ、床の間に行ってこっそり泣くので、「床の間」というあだ名がついた。うへーっ、そ、そうなんですか・・・・。とても感情が豊かな子どもだったのでしょうね。私は小学校まで笑い上戸だといって、家族みんなから笑われていました。
そして、著者は本が好きで、小学校3年生のときから小説を書いていたというのです。どひゃあ、恐れ入りましたね。いかにも利発そうなメガネをかけた当時の顔写真が紹介されています。
 戦争中は、ひたすら盲目的な軍団少年だったとのこと。まあ、これは仕方のないことでしょうね。それでも、やはり早熟なんですよね。なんと、16歳、一高生のときに日本共産党に入党したというのです。そして、婚約したのも早く、19歳のときでした。いやはや、早い。
会費制の結婚式を駒場の同窓会館で挙げたとのこと。私も大学一年生のとき、そこで開かれたダンスパーティーに恐る恐る覗きに行って、尻込みして帰ってきました。踊れないので、輪の中に入る勇気がなかったのです。本当は女子大生の手を握って踊りたかったのですけど・・・・。
 著者が共産党の幹部になってから、ソ連や中国共産党からの干渉と戦った話は面白いし、さすがだと感嘆します。大国の党の言いなりにならなかったのですね。アメリカ政府の言いなりになっている自民党や民主党の幹部たちのだらしなさに改めて怒りを覚えました。
 著者は国会論戦でも花形選手として活躍したわけですが、対する首相たちも真剣に耳を傾け対応したようです。
質問していて一番面白かったのは田中角栄だ。官僚を通さず、自分で仕切る実力を感じさせた。このように、意外にも角栄には高い評価が与えられています。大平正芳も真剣に対応したようです。
 この本で、私にとって興味深かったのは、宮本顕治へ引退勧告するのがいかに大変だったか、それが語られていることです。私の敬愛する先輩弁護士のなかでも、引け際を誤って、老醜をさらけ出してしまった人が何人もいます。本人はまだ十分やれると思っていても、周囲はそう見えていない、ということはよくあるものです。老害はどこの世界でも深刻なんだよなと、つい思ってしまったことでした。
 かつて共産党のプリンスと呼ばれたことのある著者も今や80歳。70歳のときにアルプス登山は卒業しました。そして、今、インターネットを通じて社会科学の古典を2万5千人の人に教えているそうです。すごいことですよね。
 先日、毎日新聞の解説員が絶賛していましたが、原発問題についての講話はきわめて明快で、本当に出色でした。目からウロコが落ちるとはこのことかと久しぶりに実感したことでした。小さな小冊子になっていますので、ぜひ手にとってご覧ください。老いてますます盛んな著者の今後ともの活躍を期待します。
(2011年3月刊。1500円+税)

裁判を住民とともに

カテゴリー:司法

著者    板井 優  、 出版   熊本日日新聞社
 私と同世代の熊本の活躍している弁護士の半生記です。ええっ、早くも自伝なんか出したの・・・、と驚いていましたところ、地元新聞(熊日新聞)が45回にわたって「私を語る」という連載記事をまとめた本でした。それにしても、たいした人物です。こんなに社会的影響のある事件で勝ち続けているなんて・・・。改めて見直しましたよ。
 沖縄出身です。幼いころはナナワラバー(沖縄弁で悪ガキ)と呼ばれていたそうです。今を知る私なんかも、いやはや、さもありなんと、妙に納得したことでした。
 一般民事事件で相手方となったことがありますが、著者のもつド迫力に、私の依頼者は恐れをなしていました・・・。
 著者の両親は沖縄出身ですが、終戦直前に沖縄を離れていて助かり、大阪で結婚し、戦後、沖縄に戻って著者が生まれたのでした。ですから、私と同じくベビーブーム、団塊世代ということになります。
たくましい母親の姿には圧倒されました。土木所を営む父親が気の優しさから保証倒れで差押えされるのを見て、自ら合名会社を設立し、経営の実権を夫から奪って、オート三輪を乗りまわして会社を切り盛りしていたのです。日本の女性は昔から気丈なんですよね・・・。これは何も沖縄に限りません。私の家でも似たようなものです。小売酒屋を営んでいましたが、亭主(父)は酒・ビールの配達に出かけ、母ちゃん(母)が財布をしっかり握っていました。
 沖縄の激戦地でシュガーローフのすぐ近くで育ったとのこと。この『沖縄シュガーローフの戦い』は以前に紹介しました(光人社)。
 小学校は1クラス60人の21クラス、中学校は1クラス60人の18クラスだった。私の場合は、小学校は1クラス50人の4クラス、中学校は1クラス55人の13クラスでした。沖縄のほうがはるかに多いですね。
首里高校2年生のときに生徒会長になったそうですが、私も同じく県立高校で生徒会長(総代と呼んでいました)になりました。何ほどのこともした覚えはありませんが、他校訪問と称して四国や広島の高校まで泊まりがけで出かけたこと、役員になって先輩たちと楽しい関係が出来たことだけは良い思い出として残っています。
著者の場合は、国費で日本留学(大学入学)したのでした。ええーっ、という感じですが、まだ当時の沖縄はアメリカ軍の支配下にあって日本に返還されていなかったのです。
 著者は熊本大学に入り、そこで、今の奥様(医師)にめぐりあいました。弁護士になってから、水俣に法律事務所を開設し、水俣病訴訟を第一線で担いました。9年近い水俣での活動は大変だったようです。それでも、アメリカやギリシャ、そしてブラジルのアマゾン川にまで行って日本の水俣病問題を訴えたのです。すばらしい行動力です。そして、大変な努力のなかで水俣病の全面勝訴判決を勝ちとっていったのでした。
 また、税理士会の政治献金問題訴訟(牛島訴訟)にも関わり、見事な判決を引き出しました。この判決は憲法判例百選に搭載され、司法試験問題にまでなったというのですから、本当に大きな意義をもつものでした。
 ハンセン病訴訟でも実に画期的な勝訴判決を得ています。熊本にある菊池恵楓園があるのに、福岡で提訴する動きがあったそうです。やはり、地元の裁判所でないとダメだと主張して熊本で裁判はすすめられ、裁判官の良心を握り動かすことができたのでした。
川辺川ダム問題にも取り組みました。熊本地裁で敗訴したものの、福岡高裁で逆転勝訴しました。流域2000人の農家の調査をやり遂げたということです。その馬力のすごさには頭が下がります。
 以上で100頁たらずです。あと300頁は、著者の論文集が話を補充するものとして搭載されています。関心のある部分を読めば、さらに理解が深まります。
 板井先生、これからもますます元気でご活躍ください。
(2011年3月刊。2000円+税)

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