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紛争屋の外交論

カテゴリー:社会

著者    伊勢崎 賢治  、 出版   NHK出版新書
 日本は、まだまだ平和だ。しかし、平和は、壊れはじめるときには、なかなか気がつかない。そして、気がついたときには、もう手遅れのことが多い。
尖閣列島のようなことが起きると、メディアがまず熱狂する。中国の脅威を煽る。何にでも一言いわざるをえないコメンテーターが芸能ニュースのノリで吠える。加えて、評論家、軍事専門家、国際政治学者、大学の先生たちが好戦アジテーターと化す。こういうときに、国の民主主義が、民衆の人気とりだけに奔走する衆愚主義に陥ると、増悪の熱狂が戦争という政治決定にたやすく転じてしまう可能性がある。熱狂をあおる人々に対して、尖閣なんてちんけな問題だと言い放ちたい。著者は、このように断言しています。
 そんな領土紛争は昔からどこの国も抱えてきました。それを戦争にまで持っていってしまったら、世界中が戦争だらけになってしまいます。そうならないようにするのが外交であり、政治です。
 戦争がなくならないのは、戦争はもうかるから。戦争が起こると稼げるのは、まず、軍需産業だ。しかし、それだけではない。戦争を伝えるメディアも、破壊された国土を復興する建設業者も、ひいては人道援助NGOにまでお金が入ってくる。このように、戦争は現実の利益をもたらす。しかし、平和はもうからない。貧困だけが戦争の原因ではない。
貧困対策は、紛争を予防できない。むしろ、貧困を拡大してしまう大きな可能性すらある。
 民衆の熱狂は恐ろしい。民衆を熱狂させる煽動行為があると、民衆に襲いかかる。それは、大量破壊兵器以上の殺傷能力がある。このことがルワンダのケースで立証された。
 日本のメディアの特性は、政治的な裏の世界が支配するのではなく、ただ、民衆の怒りや不満を先取りすることにある。どうなんでしょうか。月1億円を自由につかえる内閣官房機密費などによってマスコミのトップが政府に「買収」されてきたというのは日本における歴史的事実なのではないでしょうか。だから、裏の支配者が支配したとまでは言えなくても、強い影響力を行使してきたこと自体は間違いないことだと私は考えています。
 アメリカは、「民主主義と人権の守護者」を標榜しながら、人を殺し続けている、恐らく世界最大の国家の一つである。イラク、アフガン戦でのアメリカの戦死者は、既に6000人をこえている。友人や家族、親戚のなかに、たいてい戦死者が見つかるほど、戦争はアメリカにとって日常的な存在になっている。
 日米同盟についていうと、実は、アメリカのほうが日本以上に日米同盟に依存している。日米同盟が解消されたら、アメリカは世界の覇権国から滑り落ちてしまう。アメリカにとって、日米同盟は不可欠なものである。
 世界各地の危険な紛争地域に出かけていき、身体をはって紛争減らしに尽力してきた実績のある人の発言ですから、重みがまるで違います。とても考えさせられる、コンパクトな良書です。ぜひ、ご一読ください。
(2011年3月刊。780円+税)

森のハヤブサ

カテゴリー:生物

著者  与名  正三    、 出版  東方出版 
 日本は奈良、その高山の里に棲みついているハヤブサの写真集です。大自然の生き物であるハヤブサの伸びやかな生き様がよく写し撮られています。日本の山に、こんなにも身近にハヤブサがいるのですね。その躍動する姿をとらえた感動の写真集です。どうぞ、ぜひ手にとって眺めてみてください。
 ハヤブサは留鳥。毎年、同じ場所に生息している。しかし、8月から10月は行動圏が広がって、営巣地の近くで姿を見ることは少ない。ハヤブサの獲物の一つがハト(鳩)。レースバトです。ヒヨドリも、ツグミも、ハヤブサのエサになります。
 小鳥を獲るときのスピードは時速300キロ以上にもなる。メスが卵を温めているときには、オスが狩りをする。メスはオスと交代して抱卵する。オスがメスに獲物の小鳥を受け渡す行動は、求愛の行動であり、メスがヒナに対して給餌するための一環でもある。
狩りに疲れたオスが休息をとろうとすると、メスがやって来て、鳴き叫び、早く狩りに行くように促す。うへーっ、これって、まるで人間と同じではありませんか・・・・。男はつらいよ、ですね。
 ハヤブサのオスとメスは、同色なので識別は難しいが、オスの喉の部分は真白なのに対して、メスの喉にはゴマ状の斑点がある。
獲物の管理は、メスが主導権を握っている。古来、日本の家庭では、妻が家計を握ってきました。まるで、同じですね。ハヤブサに親近感を覚えます。
ヒナが成長すると、獲物の形を認識させるため、親鳥は獲物を解体せずに生きたままで与える。だから、獲物となったスズメが逃亡に成功することだってある。
 巣立ったばかりのハヤブサの幼鳥はなかなかと飛ぼうとしない。飛翔力を高めるため、親鳥(メス)は獲物の肉片をもって周囲を飛びまわり、幼鳥を飛び立たせようと努力する。親鳥は、幼鳥の飛翔力を高めるため、すぐには獲物を渡さない。
 奈良の森に棲みつくハヤブサの生態がよく撮られた写真集です。
(2011年2月刊。1500円+税)
 きのうの日曜日、雨の中を年に2回恒例のフランス語検定試験(1級)を受けてきました。結果は本当に惨々です。1問目分からず、2問目も3問目も全滅。4問目の小問にやっと一つだけ正解にあたりました。動詞を名詞に変えて文章をつくりかえたり、慣用句など、まるで歯が立ちません。後半の長文読解で少し点が取れるようになり、仏作文は少し手ごたえがあるかなというレベルです。それでも小休止のあとの書き取りはかなりうまくいき、聞き取りも、まあまあでした。やはり毎朝の書き取り練習がモノを言います。
 自己愛みちみち大甘の自己採点で61点(150点満点ですから、やっと4割)でした。
 挑戦することに意義があるとは言うものの、終わると毎回どっと疲れを感じます。大学の同じ構内の別の校舎で漢検もあっていました。そちらの方が受験生は多そうです。

天魔ゆく空

カテゴリー:日本史

著者    真保 裕一  、 出版   講談社
 『ホワイトアウト』など、社会派の推理小説作家とばかり思っていた著者が、このところ歴史、時代小説にも進出していたとは、ちっとも知りませんでした。
 ときは室町時代。足利将軍はとっくに権勢を喪い、細川や山名という有力武将が激しい抗争を展開していた。
 八代将軍の足利義政は政治から逃げ、その正室(妻)の日野富子が幕府の実権を握っている。その子、九代将軍・足利義尚、そして十代将軍・足利義材、さらには八代将軍の兄の子である十一代将軍は、いずれも将軍家の実力を伴っていなかった。すべて武将たちの争闘のなかに漂流する存在でしかない。
 そんな京都の政治のなかで、本書の主人公の細川政元が次第に力をつけてのしあがっていくのです。一度は将軍の座に就いた者(足利義材)を追い落とすために八千の軍勢を率いて細川政元は出撃した。そして、比叡山延暦寺に焼き打ちをかけた。
 うひゃあ、織田信長よりも70年も前に根本中堂を火攻めした武将がいたのですね・・・。そして、細川政元の最期は信頼していた臣下に裏切られたのです。これまた信長と同じです。
 室町時代の情景が活写された本として面白く、一心に読みふけってしまいました。
(2011年4月刊。1700円+税)

源頼朝の真像

カテゴリー:日本史(鎌倉)

著者   黒田  日出男   、 出版    角川選書  
 かの有名な源頼朝がどんな顔をしていたのか、少しでも日本史に興味をもつ人なら、知りたいところですよね。著者は日本史の教科書にのっている源頼朝は別人のものだと断定します。それは、室町幕府の将軍であった足利直義(ただよし)の肖像だというのです。しかも、鎌倉時代ではなく14世紀半ばに製作されたとします。ところが、いま福岡で公開されている展覧会でも、依然として源頼朝の顔として紹介されています。学会で通説がひっくり返っても、教科書レベルの書き換えは至難のことのようです。
 では、源頼朝はどんな顔をして人物だったのか。著者は甲斐善光寺にある像が源頼朝だとしています。そして、源頼朝の実子である源実朝像との類似点も指摘されています。なるほど、この二体はまさに親子だと思わせます。似ているんです。
 では、なぜ、甲斐善光寺に源頼朝像が安置されていたのか、その謎を著者は探ります。信濃にあった善光寺を根こそぎ甲斐へ移し、甲府の地に建立したのは武田信玄の宗教的、政治的な大事業だった。そして武田信玄の死後、善光寺如来は京都に入り、そのあと40年ぶりに信濃に帰った。しかし、信濃からもたらされた源頼朝像は、そのまま甲斐善光寺に残っていた。
信濃善光寺は3度炎上したが、甲斐善光寺の大火は1度だけだった。そして、この甲斐善光寺にある源頼朝像の造像を命じたのは北条政子であった。
 通説の源頼朝の顔はいかにも貴族的ですが、甲斐善光寺の源頼朝像はとても人間臭い顔つきです。
眉間を厳しく結んだ目元は、どこか憂いをおびつつも、何かを見すえたような表情を示す。また、厳しく結んだ口元は、意思の強さを感じさせ、頬やあごのしっかりした骨格は、堂々とした貫禄を感じさせる。活動的で威圧的な風格を感じさせる像である。
 なるほど、かなりの人物だと思わせる像であることは間違いありません。そして、実朝像との類似点も指摘されているとおりだと私は思いました。学者って、すごいですね。
(2011年4月刊。1800円+税)

「フィデル・カストロ」 (上)

カテゴリー:アメリカ

著者   イグナシオ・ラモネ   、 出版  岩波書店 
キューバのカストロが自分の一生をジャーナリストとの対話のなかで振り返っています。存命中に歴史と伝説のなかに迎えられる光栄に浴することのできる人物は、きわめて少ない。カストロはその一人であり、国際政治の舞台に残る最後の「聖なる怪物」である。
カストロは、世界でもっとも長く政権を担った国家元首だ。32歳だったカストロが当時のバチスタ政府軍を打ち破って1959年1月にハバナに入城したまさに同じ日に、フランスでドゴール将軍が第五共和制の最初の大統領に就任した。カストロは、それから、アメリカの10人もの歴代大統領と対峙した。
 アメリカは、キューバ体制の転覆を目ざして活動している組織に一貫して財政援助をしてきた。その総額は6500万ドルにもなる。2004年に8000万ドルの基金をつくり、また、2005年には240万ドルを支出した。フロリダ州内には、カストロ政権転覆を目ざすテロ組織の訓練基地があり、そこが対人テロなどをキューバに定期的に送り込まれている。アメリカ当局は、受動的ながら、これらのテロ組織と共犯関係にある。
 しかし、キューバ人の全員でなくとも大多数が革命に忠誠をちかっている。これが政治的現実である。それは愛国主義を基盤とする忠誠であり、アメリカの併合主義の野心に対して抵抗してきた歴史に根差している。
 カストロは、キューバ人を飢餓から解放しただけでなく、読み書きできないことからも、物乞い根性からも、犯罪からも、帝国主義への屈従からも開放した。
カストロが、私服を肥やすために地位を利用することのない数少ない国家元首の一人だということは、政敵の多くも認めている。
 一日の睡眠時間は4時間で、週7日間働いている。好奇心は無限で、思考し沈思し、常に警戒し、行動し、新たな闘争を開始する、永遠の反逆者である。カストロの文学上のお気に入りの英雄はドン・キホーテである。
カストロは、孤立した農村で、富豪だが保守的で教育のない両親から生まれ、選良の子弟専用のカトリック上流社会にあったフランコ派の学校でイエズス会士による教育を受け、大学の法学部でブルジョア階級の弟子と対等に付きあっていた。大学予科生のときにはスポーツマンで、最優秀スポーツマンとして表彰された。大学生になったころは政治的に無知だった。反逆精神と基本的な正義の観念をいくばくか抱いてハバナ大学に進学し、革命家になり、マルクス・レーニン主義者になった。それはいくつかの書物のおかげでもある。授業にはまったく出なかった。そして法学部の学生代表に賛成181票、反対33票で当選した。しかし、大学内では学生同士のケンカに見せかけて殺される危険が迫った。なるほど、若いときからたいした人物だったのですね。
 モンカダ兵営の襲撃要員として訓練したのは1200人で、そこで募集を打ち切った。みな若く、20~24才だった。襲撃当日はカーニバルの日だった。それを選び、夜明けと同時に制圧する計画だったので、成功するはずだった。しかし、現場で手違いが起き、結局、失敗した。
 カストロが革命戦争に勝ったのは、軍事戦術と政治戦略の両方のおかげだ。敵は相手が捕虜を殴らず、辱めず、ののしらず、とりわけ殺害しないが故に相手を尊敬する。カストロの革命軍は捕虜を拷問しないことも原則としていた。その手法は潜入して証拠をつかむというもの。肉体的暴力は有効に機能しない。敵の大物暗殺は問題を解決しないどころか、反動勢力は殺された人物を殉教者に仕立て、別の人物を後釜に据えてしまう。
大物の暗殺をせず、市民に犠牲者を出すことなく、テロの手段を行使しない。アフリカのアンゴラにキューバは5万5千人もの軍隊を送った。そして、南アフリカの侵略を食い止め、南アフリカのアパルトヘイトの崩壊にも貢献した。
カストロの語りに詳細な解説がついていて、とても分かりやすい本になっています。
(2011年2月刊。3200円+税)

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