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カテゴリー: 司法

地域弁護士を生きる

カテゴリー:司法

(霧山昴)
著者 稲村 晴夫 、 出版 ちくし法律事務所
二日市で長く活動してきた稲村晴夫弁護士は、この4月から小郡市で、妻の鈴代弁護士、娘の蓉子弁護士と一家3人で法律事務所を構えています。この本はそれを記念して晴夫弁護士の二日市での38年間の活動を振り返っています。
なにより表紙の晴夫弁護士の慈愛あふれる笑顔がいいんです。法廷では「敵」の大企業を厳しく追及する晴夫弁護士は、カラオケをこよなく愛する、心優しい多趣味の人です。
著者は、弁護士になったことを後悔したことは一度もない、弁護士の仕事が嫌になったことも一度もないと語っています。私も同じです。弁護士こそ天職です。
自由で、自分の信念に従って生きることができて、それなりの収入も得ている。人権・正義・公平を武器にしてたたかえる職業は、他にはそんなにないのではないか。弁護士になって本当に良かった。じん肺の患者や中国人労工たちのため、長く汗水流し、涙を流した。それは少しも苦労ではなかったし、むしろ生きがい、やりがい、そして喜びでもあった。このように真情を吐露しています。
私は、このことを若い人たちにぜひぜひ伝えたいと思います。企業法務だけが弁護士の仕事ではありません。地域弁護士を生きることは、大きな生き甲斐、そして大きな喜びとともにあるのです。そのことを本書は実感させてくれます。
著者は馬奈木昭雄弁護士の下で5年間イソ弁をつとめたあと、二日市駅前に独立・開業しました。二日市というところは、裁判所があるわけでもない。弁護士が、みな裁判所の周辺に法律事務所を構えているというのに、福岡市のベットタウンにすぎない二日市駅前に事務所を構えて、果たして喰っていけるのかと心配する人がいました(私自身は心配無用と思っていましたが…)。ところが、たちまち稲村事務所は繁盛し、弁護士を次々に迎え入れて大きくなっていったのです。
稲村弁護士の地域での活動の多彩さには、目を見張ります。
ちくし法律事務所は、ロータリークラブ、ライオンズクラブ、中小企業家同友会、青年会議所、商工会、社会福祉協議会、後見サポートセンターといった団体とつながっています。
稲村弁護士は、筑紫平和懇、九条の会、アンダンテの会(いい映画をみる会)、民主商工会(税金裁判をともにたたかった)、「士業学習会」(二次会のあとカラオケへ)。
そして、著者の弁護士としての活動として特筆すべきことは、じん肺訴訟などの集団訴訟で大いに学び、またおおいに活躍したことにあります。
2002(平成14)年12月の『週刊朝日』は、「勝てる弁護士180人」を特集したが、そのなかに著者が選ばれている。選抜基準は「画期的な判決」を勝ちとったかどうか。著者については、「2001年7月の福岡高裁において、じん肺にかかった炭鉱労働者に対する国の責任が問われた筑豊じん肺訴訟で国と三井鉱山ら三社に勝訴。総額19億円の賠償金を獲得した」と紹介された。
著者は、自分にとっての集団訴訟は、正義・人権のために志を同じくする原告団・弁護団・支援者とともにたたかうことのやり甲斐と喜びを感じることのできる場だった。そこは筋書きのないたたかいのなかで、怒り・悲しみ・失望・不安・喜び・達成感など、さまざまなドラマを体験させてくれた場でもあった、としています。
この本を読んで驚いたエピソードを二つ、紹介します。
その一は、久留米の暴力団・道仁会の事務所に一人で乗り込んだこと。私はこれはまずいと思いました。結果としては、「よく出てきた」と言われて、うまく解決したようですが、危険な賭けですから、後輩がマネしたらケガすると思います。複数で行くべきです。私も馬奈木弁護士に誘われて、暴力団組長宅に行ったことがあります。玄関から入ると、正面に虎のはく製がドーンとあり、さすがにびっくりしました。
「電話の先で偉そうに色々言いやがって、出てこい」
「今から行くから待っていろ」
こんなやりとりのすえに事務所に出かけていったとのこと。どうやら平日、昼間の話ではあるようですが、「良い子は決してマネしてはいけません」。
もう一つ。スナックで著者たちが楽しく飲んでいると、客の男が店の包丁を手にして仁王立ち。包丁を持っていない男も刺すなら刺せよと居直って、一触即発の状況。そこへ著者が「やめなさいよ」と言いながら近づいていって、包丁をさっと取りあげた。そして、もう一人の男を店から追い出した。いやあ、これは危ないシーンです。こうなると正義の味方も命がけです。
38年間つとめた「ちくし法律事務所」が、感謝の気持ちこめて一冊の立派な本に仕立てました。海鳥社の制作による本づくりは、体裁も内容もすばらしい出来上がりになっています。ぜひ、みなさん、ご一読ください。
(2022年3月刊。税込2200円)

マルクス主義とキリスト教を生きる

カテゴリー:司法

(霧山昴)
著者  下澤 悦夫 、出版 ロゴス
 いやあ、すごいですね、こんな裁判官もいたのですね・・・。まさに反骨そのものの生き方を貫いた裁判官です。
 なにしろ裁判官40年間、ずっとずっと現場の裁判官を続けました。しかも、同期(18期)が次々に地裁所長となり、高裁長官になっていくなかで、それらとは全く無縁、それどころか裁判長(部総括)に指名されることもなく、いつまでもヒラの裁判官。そして、任地たるや、いつだって地方と支部ばかり。
岐阜地裁多治見支部に3年、水戸地家裁に4年、山形地家裁に6年、津地家裁に5年、名古屋家裁に5年、名古屋地裁一部支部に4年・・・。何ということでしょう、信じられない移動先と在勤期間の長さです。実は、私の活動する支部にも、引き取り手がなく5年もいた裁判官がいました。これは、まさしく身から出た錆で本人の責任だと私は考えていました。気の毒なのは本人ではなく、そんな裁判官を支える職員と裁判にかかわった市民でした。私はひたすら5年間、耐え忍びました。
なんで、そんなことになったのか・・・。著者は東大法学部を卒業し、民間大企業に就職内定、司法試験にも国家公務員上級職試験にも一度で合格しています。こんな三つの選択肢で悩んだというのですから、成績が悪いはずはありません。裁判官になったのは24歳ですから、まさしく最短エリートコースに乗ることもできました。
 しかし、大学時代では、マルクス主義の文献を読み漁り、無教会キリスト教にはまった著者は青法協(青年法律家協会)の裁判官として、また、青法協が消滅すると、裁判官ネットワークの熱心な会員として最後まで活動したのです。もちろん、著者は最高裁による差別を苦にすることなく、意気軒高です。それでも、40年間の裁判官を退任したときの退職金が9千万円もらっている同期生より3千万円も少なかったというのには、これまた驚かされました。
 給与は、同期生が判事1号になっているのに、判事3号のまま16年間ずっとそのまま昇給してなかったというのです。これほど露骨極まりない差別を受けたというのには言葉もありません。
 青法協の会員裁判官は1969年当時300人。著者が裁判官になったときは判事補の3分の1が会員だった。1971年には250人の会員裁判官がいた。それが1984年には150人となり、会員が青法協から脱退し、任意団体をつくったが、やがて消滅した。裁判官ネットワークは20人の会員から増えることはなかった。つい先日、そのうちの有力メンバーだった裁判官が滋賀県の長崎市長に当選するという、華麗な転身をみせて注目を集めています。住民本位の市政を実現してほしいものです。
著者は裁判官ネットワークが広がらなかったのは、裁判官組合の方向を目指さなかったからだとしていますがそうなのでしょうか・・・。
 今や、反共を売り物にする連合会長のように労働組合とは労働者の利益を守って戦う存在だという認知に乏しい日本で、裁判官組合が若手の裁判官に受け入れられるものなのか。申し訳ありませんが、私にはまったくピンときません。
 40年間現場の裁判官として頑張ってこられた著者に心より敬意を表したいと思います。と同時に、それに続く心ある裁判官が出てくることを私は本心から待ち望んでいます。
(2022年2月刊。税込1980円)
 いま、庭のチューリップは満々開です。いくつか雑草に埋もれてしまったのもありましたが、だいたいの花を咲かしてくれました。これから咲くのもありますので、だいたい1ヶ月近くは楽しむことができます。
 日曜日の午後、雑草取りに精を出していると、ウグイスが遠くで鳴いていました。もう、ずいぶんうまく鳴いています。
 アスパラガスを今年はじめて収穫しました。店頭にあるのよりは細いのですが、水洗いして電子レンジに1分かけて食べます。シャキシャキした春の味を楽しめました。
 自宅から事務所に行く途中にカササギの巣が3つあります。電柱の高いところによくもうまく巣をつくるものです。九電は、いつも子育てが終わったら巣を撤去しますから、毎年、巣づくりします。誰からも教えられなくて、本当にうまくつくるものです。
春爛漫の候です。ロシアの戦争を一刻も早くやめさせたいです。

生涯弁護人(1)

カテゴリー:司法

(霧山昴)
著者 弘中 惇一郎 、 出版 講談社
「無罪請負人」として名高い著者が、自ら手がけた刑事・民事事件についての教訓に富んだ苦労話を語った本です。
著者が手がけた刑事事件は著名人のオンパレードです。本の表紙にも、三浦和義、村木厚子、小澤一郎、鈴木宗男の顔写真が並んでいて圧倒されます。
まずは三浦和義事件。このとき、一審の東京地裁は「氏名不詳の第三者と共謀して妻の一美さんを殺害した」として無期懲役を言い渡した。この判決について、著者は「証拠は何もないが、とにかくお前が悪い」と言ったのに等しいと批判しています。まったく同感です。第三者を特定することもなく「共謀」を認定するなんて、とんでもない判決です。
また、三浦氏が妻の死亡保険金1億5千万円に手をつけていないことについて、一審判決は「お金に困っていたわけでもないのに保険金殺人をしたのだから、非常に悪質で許せない」としたというのです。これについて著者は、「まことに珍妙な理屈」と非難していますが、これまた同感です。「お金に困っていた」から保険金を得る目的で第三者に妻を殺させたというのなら常識的ですが、その逆なのですから…。
「日本中が有罪と信じているこの事件で、どうして裁判所だけが無罪を言い渡せるか」と担当した裁判長は言っていたそうです。裁判所は世論の動向に弱いことを、はしなくても自白したということです。
三浦和義事件は『週刊文春』が1984年1月から7週連続で大々的に、実名で報道したのがきっかけでした。それをテレビのワイドショーや雑誌、スポーツ紙が、連日連夜、「ロス疑惑」として報道したのです。スプリング砲も間違うことは、やはりあるのです。
著者によると、三浦氏は、酒をのまず、ギャンブルしないし、美食家でもない。ただ、女性関係は派手だった。それでも妻の一美さんとそれで揉めていたわけでもない。なので、女性関係のもつれから妻を殺さなければならないという動機もなかった。
東京高裁は三浦氏について逆転無罪の判決を出した。このとき、次のような付言がある。
「報道に接した者が最初に抱いた印象は簡単に消えるものではない。それどころか、最初に抱いた印象を基準にして判断し、逆に公判廷で明らかにされたほうが間違っているのではないかとの不信感を持つものがいないとも限らない…」と。
これは、裁判と無関係な市民の一人として私もあてはまります。三浦氏について、なんとなく犯人だろうという思い込み(すりこみ)が私にもしっかりありましたので、逆転無罪判決が出たとき、「意外」に感じたのは事実です。
無罪判決を書いた東京高裁の3人の裁判官は、秋山規雄・門野博・福崎伸一郎です。裁判官に恵まれたのですね。
三浦氏は、テレビ局や週刊誌などを被告とする名誉棄損の民事訴訟を、なんと530件を起こし、その8割で三浦氏は勝訴あるいは勝訴的和解をした。
三浦氏の逮捕から無罪の確定まで14年半もかかったとのことですから、本当に異例の裁判です。
それにしても、日本で無罪が確定しながら三浦氏がサイパンで逮捕され、ロサンゼルスの警察署内で「自殺」したというのも不可解な結末でした。
次は、村木厚子事件。供述調書というのは、検察官の「作文」。被疑者がしゃべったことをまとめるのではなく、そのなかから検察のつくったストーリーに都合のいい部分だけを取りあげ、いらない部分は全部捨ててしまう。そして、検察官自身の想像や妄想もふくめて文章化したもの。
でたらめな調書が取られている要因の一つは、調書の信用性に対する裁判官の判断が甘いから。そうなんです。そのとおりです。
長期の勾留中、村木さんは不利益な調書を取られることなく、一貫して否認を通した。村木さんは、聡明であると同時に精神的に非常にタフだった。
「検察の土俵では、自分は勝てない。でも、勝たなくても負けなければいい。でたらめな供述調書にはサインしなければいいんだ」
いやあ、これは本当に大切なことです。
そして、この事件では前田恒彦検事がフロッピーを改ざんしていたことが発覚し、特捜部長、副部長とあわせて3人の検事が最高検察庁から逮捕されるという前代未聞の不祥事となり、検察官の威信は丸つぶれでした。
著者は医療被害、薬害訴訟にも心血を注いでいます。その一つであるクロロキン訴訟について、弁護団会議を最高裁判決が出るまでの20年間、毎週、開いていたとのこと。これには驚きました。しかも、訴状を提出する直前は、朝9時半から翌日の朝6時ころまで延々と、討議したとのこと。恐るべきロングラン会議です。
著者が扱った100件もの医療過誤裁判のなかには敗訴判決もあるようです。ある事件で、問題の医師について、足かけ3年、合計9回の公判で尋問したというのには驚きのあまり、声も出ません。私も刑事裁判で恐喝「被害者」について、毎回3時間、4回も尋問したことがあります。その結果、この「被害者」は信用ならないとして無罪となり、検察官は控訴せず一審で確定しました。
著者は、やり場のない気持ちを抱えて苦しんでいる人たちの話に耳を傾け、アドバイスできることはアドバイスし、調べられることは調べる。そうすると、最終的に裁判に負けたとしても、依頼者の気持ちが落ちつくことはかなり多いとしています。裁判の勝ち負けよりも、被害者の気持ちに寄り添い納得してもらうことが大事だと考えている。この点についても私は、まったく同感です。
500頁をこえる部厚さですが、執筆のサポートをした構成ライターのおかげもあるのでしょうか、とても読みやすくて、休日の朝早くから読みはじめて、午後までには読了しました。
著者は私より4年だけ先輩になりますが、さすが「無罪請負人」の体験にもとづく話は、どれも大変含蓄に富んでいて、今さらながら勉強になりました。休日に丸々つぶして読みあげるに足る本として、強く一読をおすすめします。
(2021年11月刊。税込2750円)

嘘はつかない、約束は守る(第2集)

カテゴリー:司法

(霧山昴)
著者 萬年 浩雄 、 出版 LABO
弁護士は、日々の仕事で信用第一の仕事をしていないと、目的を達することができない。信用第一とは、嘘はつかない、約束は守る、この2点につきる。第2集で、やっと本のタイトルの意味が判明しました。
企業のかかえる債務について、任意整理をすすめるとき、不動産売却の方法が問われる。弁護士の公平・中立を保持するため、コンペ形式がよくとられる、しかし、それは弁護士の保身でしかないと著者は言います。では、どうするのか…。知り合いの不動産業者に情報を流し、そのときに一番高い買値をつけた企業に買取価額を明記した買付証明書を出してもらう。この買取証明書を関係者に広く情報提供し、買値をつりあげていく。そして、不動産業者と癒着していると思われないよう、手数料は3%ではなく、一律に2%としている。接待やバックリベートは絶対受けない。なーるほど、ですね。
著者は、銀行の顧問もしていますが、銀行には、企業を育成し、成長させるという公共的使命があることを忘れないよう再三強調しています。経営者、そして銀行には、従業員の雇用を確保し、その生活を守っていく公共的使命がある。これを何度も強調しています。まったく同感です。
著者は、銀行との交渉は、かけひきなしに誠実にやっていれば、うまくいくと考えているとのこと。本当に、それでうまくいくものでしょうか…。私の数少ない経験では、そうとも言えませんでした。
都銀と信用金庫のいずれか債権回収率が高いかというと、信用金庫のほう。というのは、都銀のほうが債権回収の方法を熟考しているあいだに、信用金庫のほうは走りながら回収策を講じるからだ。うむむ、なーるほど、そうかもですね。
事業承継には、適任の経営者をどうやってみつけるかという難問がある。なので、事業承継は本当に難しい。プロパー社員を社長にしてみたとき、果たして、その人が社長の器であるか、否かは、実際にやらせてみないと分からない。人間の器をみて、後継社長の器であるかどうかを決断するのは、ある意味、冒険である。うむむ、これは本当にむずかしいでしょうね。
会社の成長のカギは、従業員に愛社精神があるか否かにかかっている。
最近の判決について、著者は、バランス感覚からみて、結論がなんとなく納得感に乏しい判決が増えているように思えるとしています。これまた、まったく同感です。本人たちは自覚のないまま、訴訟が増えている。
裁判官が原告勝訴の判決を書くのは、心証が圧倒的であるとき。そうでないときには、原告勝訴の判決は書かない。51%といった、50%より少し上回る程度では書けないし、書かない。
福岡の名物弁護士として自他とも認める著者による、読んで元気の出てくる事件がらみのエッセー集です。帝国データバンクによる「帝国ニュース・九州版」に2021年9月まで30年間連載していたものが本になったのです。私もよく知る著者の息づかいが身近に感じられる本になっています。第1集にひき続いて、出版社より贈呈を受けました。いつも、ありがとうございます。
(2022年2月刊。税込2530円)

太平洋法律事務所30年の歩み

カテゴリー:司法

(霧山昴)
著者 太平洋法律事務所 、 出版 太平洋法律事務所
1990年に設立された太平洋法律事務所は消費者問題で日本最先端を走ってきたし、今も走っているとして高く評価されています。この記念誌のなかで、30年間の取り組みを50頁にわたる座談会で詳しく明らかにしていて、大変勉強になりました。
その座談会を紹介する前に、太平洋法律事務所には、伝統芸能部なるものがあり、文楽公演を楽しんでいるというのです。これには驚かされました。「仮名手本忠臣蔵」は私も知っていますが、「傾城(けいせい)反魂香」土佐将監閑居の段の意義をめぐって激論がたたかわされたらしいのには、思わずほっこりしてしまいました。
太平洋法律事務所で2年ほどイソ弁した笹谷弁護士は、朝から夜中まで事務所で仕事をしていたので、自宅の電気代が、なんと毎月1000円以下だったというのです。ホンマかいな、こりゃブラック事務所じゃなかろうか、ついそう思ってしまいました。
さて、本題の座談会です。太平洋法律事務所創立の前年に「消費者法ニュース」がスタートしています。三木俊博弁護士は、訪問販売法の改正問題そして商品先物取引被害に取組んだ。私も九州一円の先物取引被害に取り組みました。さらに、豊田商事国賠請求事件の弁護団事務局長を三木弁護士はつとめました。
PL法の関係でアメリカに視察に行き、悪名高い猫の電子レンジ事件が、実はPL法の事件ではなく、動物愛護法違反の事件で、被告人側から、そんな抗弁が出たにすぎないことが分かったということが紹介されています。なーんだ、そうだったのか…、と思いました。通産省は、PL法を制定してほしくないために、嘘と誇張の調査報告書までつくって逃げ切ろうとしていたのでした。ところが、日本の製品を海外に輸出するとき、PL法がないと日本に信用がないとメーカーが考えて、通産省も次第に押されて考えを改めたとのこと。
茶のしずく石鹸事件では、解決まで8年8ヶ月もかかった。福岡と大阪では原告勝訴となったが、東京と京都の裁判所では科学論争にひきずりこまれて裁判所が惑わされてしまった。そのとき元裁判官で政府の担当者だった升田純弁護士が裁判所を惑わす議論を仕掛けた…。升田弁護士は当会の研修会の講師をずっとつとめていますよね。
信楽高原鉄道事故(1991年5月14日。43人死亡、600人の負傷者)についてJR西日本との裁判では、裁判を通じて、原告弁護団は、ついに政府に事故調査委員会をつくらせた。いやあ、これはすごい成果ですよね。
たとえば欠陥住宅を扱う弁護士がネットワークをつくり、お互いに切磋琢磨して実務のレベルを上げ、良い判決をとって法令等の改正にもつなげていく。三木弁護士は、先物取引被害・証券取引被害の分野で、その中心となってやってきたのが自分の誇りだと述懐していますが、まさしくそのとおりです。
国府泰道弁護士は国会で何度も参考人として発言し、質疑に応答したようです。それが、いろんな立法につながっていったのですから、本当にたいしたものです。たとえば、訪問販売法の改正、PL法の制定、公益通報者保護法…。いやはや、大変な成果をあげた法律事務所ですね。
三木弁護士を中心として紹介してしまいましたが、私は三木弁護士とは大学以来のつきあいで、三木弁護士が最高裁判事になってくれたらいいなと思っていました。
「消費者事件の太平洋法律事務所」という看板にまったく偽りがないことを明々白々にしている貴重な冊子です。
(2021年12月刊。非売品)

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