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カテゴリー: 人間

ゴリラからの警告

カテゴリー:人間

(霧山昴)
著者 山極 寿一 、 出版  毎日新聞出版
ゴリラと比較して、「人間社会、ここがおかしい」というサブタイトルのついた興味深い問題提起が満載の本です。
ゴリラ学者の著者がゴリラ集団に受け入れてもらうためには相当な苦労があったようです。
近づくときには、グックフームという挨拶音を出す。「だれだい」とゴリラ特有の音声で問いかけられたら、必ずこたえる。顔をのぞきこまれたら、視線をそらさず正面から見つめ返す。これがゴリラ社会に受け入れられるときのマナー。
ゴリラは食べるときには、個々ばらばらに分散する。人間は、集まって一緒に食べようとする。
ゴリラは顔と顔を近距離で向かいあわせて挨拶するが、人間は少し距離を置いて、じっと向かいあう。
ゴリラの赤ちゃんは2キロ以下で生まれ、3年から4年は母乳を吸って育つ。人間の赤ちゃんは3キロくらいと重く、2年以内に離乳する。
人間の目には、サルや類人猿の目とちがって白目がある。この白目のおかげで、1~2メートル離れて対面すると、相手の心の動きから心の状態を読みとることが出来る。
ゴリラは3~4年、チンパンジーは5年、オランウータンは7年も母乳を吸って育つ。だから、出産間隔が長く、生涯に数頭しか子どもを産めないし、大人になる子どもも2頭前後。そのため数が増えず、絶滅の危機に瀕している。
人間の赤ちゃんは2年足らずで離乳し、母親は年子を産むことも可能。私も年子です。生涯に10人以上の子どもを育てることが出来る。
人間の祖先は、捕食によって高まる子どもの死亡率を補うために多産になった。
人間の赤ちゃんとちがって類人猿の赤ちゃんは、とても静かだ。ゴリラのお母さんは、生後1年間、片時も赤ちゃんを腕から離さない。赤ちゃんは、ずっと母親にしがみついているから、泣いて自己主張する必要がない。人間の赤ちゃんがけたたましい声で泣くのは、産まれ落ちてすぐに母親以外の手に渡されて育てられるから。
人間がゴリラと違うのは、自分が属する集団に強いアイデンティティーをもち続け、その集団のために尽くしたいと思う心があること。これは、子ども時代に、すべてを投げうって育ててくれた親や隣人たちの温かい記憶によって支えられている。そして、人間が他者に示す高い共感能力も、家族をこえた子どもとのふれあいによって鍛えられる。
相手に何かしてもらえばお返しをしなければという思いや、何かすればお返しがあるはずだという思いは人間独特のものだ。
人間の笑いの多くは、サルたちの遊びの笑いに由来する表情だ。そこには相手と楽しさを共有しようとする気持ちがふくまれている。
アフリカで野生のゴリラとつきあっていると、だんだん自分の顔の表情が乏しくなっていくことに気がつく。人間が類人猿と共通なのは、胃腸が弱く、子どもの成長が遅いこと。
人間が類人猿と違うのは、離乳が早く、思春期に成長が加速して心身のバランスが崩れる時期があること。
生れてはじめて出会う人間に身の回りの世話をしてもらい、何もかも頼って暮らした経験が、人間を信頼して生きる心をつくる。逆に、幼いころに虐待を受けたり、裏切られたりした経験は、子どもの心に大きな傷を残す。
サル真似というコトバがあるが、実はサルは真似ができない。
中身は紹介しませんが、京大理学部のチームが中高生中心の女子タレントのチームと競って京大チームが2度も惨敗したというのが紹介されています。思わぬ発想が世の中では高く評価されることがあるのですね・・・。
京大総長の著者の指摘には、常にうむむと頭をひねって考え込まざるをえません。
軽く一読できる、大変コクのある話が満載の、ゴリラと人間を比較した本です。
(2018年8月刊。1400円+税)

道徳性の起源

カテゴリー:人間

(霧山昴)
著者 フランス・ドゥ・ヴァール 、 出版  紀伊國屋書店
ボノボが教えてくれること。これがサブタイトルです。フランスの高名な動物学者がボノボやチンパンジーの長年の研究から人間の本質に迫っています。
ボノボは、私たちヒトの血筋の特徴が男性優位とよそ者恐怖症だけではなく、調和を愛する心と他者への気遣いでもあることを示してくれる。
ボノボ同士のあいだで、チンパンジーが見せるような死者の出るような攻撃的行為が観察されたことはない。
チンパンジーのオスは身体的な力では、メスを圧倒するが、メスも政治に無知ではないし、関与しないわけでもない。
チンパンジーの社会では、オスとメスとの間には恒久的な絆がないので、原則として、どのオスが自分の父親であってもおかしくない。
チンパンジーが血のつながりのない仲間を助けるのはよくあること。
野生のチンパンジーのオスが脚を傷めたとき、ひっそりと何週間も群れから離れて過ごして傷を癒しているのが観察された。ただし、そのチンパンジーは、ときにコミュニティのただ中に姿を現し、元気いっぱいに突進するディスプレイ(誇示行動)を見せ、それからまた離れていった。霊長類は激烈な競争社会に生きている。そのため、オスは強靭な外見を保つために、体の具合が悪くても、なるべく長くそれを隠さざるをえない。
ヒトの女の赤ん坊は、男の赤ん坊よりも長く他者の顔を眺め、男の子は機械仕掛けのおもちゃをもっと長く見る。その後も、女の子は男の子よりも向社会的で、情動的表現を読むのがうまく、声の聞き分けが得意で、他者を傷つけたあとに良心の呵責(かしゃく)に苛(さいな)まれ、他者の視点に立つのが上手だ。
タイの自然保護地区で2頭のメスのゾウを見た。盲目のゾウは案内役のゾウが頼みの綱で、案内役のゾウが移動すると途端に、低く重々しい声を2頭が発した。盲目のゾウに案内役のゾウが居場所を伝えているのだ。この騒々しいショーは、2頭が再び一緒になるまで続く。それから熱烈な挨拶が交わされる。2頭は耳を何度もばたつかせ、触れあい、匂いを嗅ぎあう。2頭は緊密な友情を楽しんでいた。
カメルーンの自然に暮らす30歳の雌のチンパンジーが心不全で亡くなった。スタッフが手押し車に乗せて、その亡骸(なきがら)を見せると、普段は騒々しいチンパンジーたちが周りに集まってきて、その亡骸を見つめ、互いの体にすがりつき、まるで葬儀に参列する人々のように静まりかえっていた。
ヒトが万物の霊長とは、いったいどこを指しているのでしょうか。人類を絶滅させるしかない核兵器にあくまでしがみつき、戦争を準備しようと叫ぶようなアベ首相に万物の霊長といえる資格は果たしてあるでしょうか・・・。
(2015年12月刊。2200円+税)

腸と脳

カテゴリー:人間

(霧山昴)
著者 エムラン・メイヤー 、 出版  紀伊國屋書店
アメリカにおける肥満率は、1927年の13%から2012年35%へと増大した。
今日のアメリカでは、1億5470万人の成人と、2歳から19歳の子どもの17%、つまり6人に1人の子どもが太り気味か肥満だ。また、毎年、少なくとも280万人が肥満が原因で亡くなっている。糖尿病の44%、虚血性心疾患の23%、各種がんの7~41%は、その原因を太り気味と肥満に求めることができる。
消化器系と脳は、密接に関連していることが判明している。「脳腸相関」というコトバであらわされる。ヒトの消化器系は、これまで考えられていたより、はるかに精緻で複雑で強力だ。
腸は、そこに宿る微生物との密接な相互作用を通して、基本的な情動、痛覚感受性、社会的な振る舞いに影響を及ぼし、意思決定さえ導く。
腸は、他のいかなる組織も凌駕し、脳にさえ匹敵する能力をもつ。腸管神経系と呼ばれる独自の神経系を備え、「第二の脳」とも呼ばれる。この第二の脳は、脊髄にも匹敵する5000万から1億の神経細胞で構成されている。
ほとんど酸素が存在しない暗闇の世界たる人間の腸内には、100兆を超える微生物が生息している。これは赤血球をふくめた人体の細胞の数にほぼ匹敵する。すべての腸内微生物をひとかたまりにすると、重さは900グラムから2700グラムのあいだになり、およそ1200グラムの脳に近似する。
何かに脅威を感じ、不安や怒りを覚えたとき、脳の情動の中枢は、消化管の個々の細胞に指示を送ったりせず、腸管神経系にシグナルを送って日常業務を一時中断するよう指令する。ひとたび情動の発露がおさまると、消化器系は日常業務に戻る。
脳は、さまざまなメカニズムと通じて、腸内で、その種の運動プログラムを実行する。神経回路は、胃腸にシグナルを送り、活動に必要なエネルギーを浪費しないような、内容物の除去を要求する。だから、重要なプレゼンテーションの直前になると、トイレに駆け込みたくなるのだ。なーるほど、そういうことだったんですね・・・。
消化管で集められた感覚情報の90%以上は、意識的に気がつかない。
24時間、365日間、消化管と腸管神経系と脳は、常に連絡をとりあっている。
セロトニンは、腸と脳のシグナル交換に用いられる、究極の分子である。セロトニンをふくむ細胞は、小さな脳と大きな脳の両方に密接に結びついている。
ホロコーストの生存者が生んだ子どもが成人すると、自分自身はトラウマを経験せずに育ったにもかかわらず、うつ病、不安障害、心的外傷後ストレス障害(PTSD)などの精神障害を発症させる高いリスクを与えている。ストレスって、親から子に伝わるものなんですね。
腸の大切さを改めて認識しました。
(2017年10月刊。1600円+税)

学ぶ脳

カテゴリー:人間

(霧山昴)
著者 虫明 元 、 出版  岩波科学ライブラリー
休んでいるときでも、脳は想像や記憶に関わる活動をしている。
最新の脳科学の研究によると、作業したりして活発に精神活動をしているときだけ脳は活発に活動しているのではなく、ぼんやりとしていて、一見すると休んでいると思われる安静時にも活発に活動している。
計算などに関わる脳の場所と安静時に活動する場所は、シーソーのように、片方が動くともう片方が休み、しばらくすると活動する場所が交代する。
安静時にも活発に活動している場所(基本系ネットワーク)は、脳のネットワークの集まる中心、つまりハブであり、脳全体を統合する役割を果たしている。このような安静時の脳活動の発見によって、脳の活動は、休んでいるときにも常にネットワーク単位で切り替わりながら活動し続け、揺らいでいることが明らかになった。
自分の意思どおりに何かをできるという自己効力感は、何を学ぶときにも基本となる喜びである。子どもにとって、遊びは、自発性を促し、達成感を通して学びの姿勢を育む貴重な機会である。
海馬は、大人になっても細胞が新しく生まれる数少ない脳の場所である。つまり、海馬は、ページ数が次々に増える日記帳であり、予定帳のようなものである。ただし、古い記憶は大脳皮質にアーカイブとして記憶され、海馬には依存しなくなる。
人は、一般的に損失については過度に敏感で、損失が回避できるなら多少のリスクを冒しても絶対に損を出したくないと感じる。
生物界においては、遺伝性だけでなく、社会的な相互作用で多様性が形成され、その多様性が大切なのである。
性格は多面的であり、状況によってはいくつも別の性格特性が発現してきても不思議ではない。一人の人間に潜在的に複数の性格特性があり、状況によってそれぞれ違った性格特性が発現してくる可能性がある。
創造性に優れた人ほど、脳のグローバルなネットワークでの情報のやりとりの効率性が良い。
脳と性格、そして人間とはいかなる存在なのかを改めて教えてくれる本です。126頁という薄い冊子ですが、一読して決して損はしません。
(2018年6月刊。1200円+税)

はだかの起原

カテゴリー:人間

(霧山昴)
著者 島 泰三 、 出版  講談社社会学術文庫
現代人の膚がすべすべして、毛皮をまとっていないのはなぜなのか・・・。
サルだって、チンパンジーだって、ゴリラだって、オランウータンだって、みんなみんな毛皮をまとっている。それなのに、ホモ・サピエンスだけ毛皮ではなく、肌はツルツル、どうして・・・。
ひところ、アフリカで湖に入って生活したためイルカのようにスベスベの肌になったという学説があり、私も惹かれていました。ところが、今では支持する学者は皆無のようです。
では、なぜ、人類だけがツルツル肌であり、洋服を着ているのか、それを探ります。
人類が裸で生き残るためには、特別な条件がなければいけない。それは、家、火、そして衣類だ。7万年前に、人間は衣類を発明した。
北京原人が火を使った跡はない。ネアンデルタール人が火を使っていたことは確実である。ネアンデルタールの分布と住居遺跡には、彼らが野生動物だったことを示している。野生動物として生きていくためには、毛皮がなくては不可能である。毛皮は、野生動物にとっての衣類ではない。毛皮は家である。そして、ネアンデルタールは、言葉をもたなかった。
アフリカ高地でしか裸の人間は成立しなかった。アフリカ低地にはマラリアがある。低地で裸の人間が生まれても、生き残る確率は非常に少なかったはずだ。しかし、高地ではマラリア蚊は少ない。
現代人は裸だったからこそ、氷と雪に閉ざされた世界で生き抜くことができた。現代人は、ネアンデルタールと違って、密閉された家をつくる能力をもち、家の中の温度調節をする能力をもっていたし、衣服をつくる能力もあった。
団塊世代の著者は『アイアイの謎』など、動物についてのたくさんの研究があり、いつも注目しています。ただし、東大闘争を扱った『安田講堂』だけは、まったくの間違いを平然とおかしています。自ら、体験しないことを、勝手に憶測していて、残念としか言いようがありません(たとえば、図書館前にいたのは駒場の学生が主体であって、「外人部隊」もいましたが、主として待機していて、全共闘と激しくぶつかりあったのは私たち駒場の学生なのです)。
若いときの間違いを今なおそのままひきずっている点は大変残念ですが、動物学者としての目ざましい活躍には心からの拍手をおくります。
(2018年5月刊。1250円+税)

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