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カテゴリー: アメリカ

誰が中流を殺すのか

カテゴリー:アメリカ

著者   アリアナ・ハフィントン 、 出版   阪急コミュニケーションズ 
 この本のサブタイトルは、アメリカが第三世界に堕ちる日、というものです。アメリカン・ドリームなんて過ぎ去った遠い日話です。弱肉強食、留めるものはますます富んでいく一方なのに、今なお多くのアメリカ人は過去の栄光にしがみつき、現実を直視していないように思えてなりません。
 アメリカが危険な道を歩みはじめたことを何より明確に示すのは、中流層の哀れな状況だ。アメリカの中流層は、今や「絶滅危惧種」と呼んでも誇張ではない。
 アメリカの5人に1人が失業中か不完全雇用の状態にある。9世帯に1世帯がクレジットカードの最低支払額を払えない。住宅ローンの8分の1が延滞か差押えされ、アメリカ人の8人に1人が低所得向けのフードスタンプを支給されている。
毎月12万以上の世帯が破産し、金融危機によって5兆ドルもの年金や投資が消えた。
年収が15万ドル以上だった層の失業率はわずか3%。中所得層では9%。所得が下から10%の層では、失業率は実に31%。
トリクルタウン経済とは、留めるものが富めば、乏しいものにも自然に冨が浸透(トリクルタウン)するという理論。高所得層の低い失業率が、所得の少ない層の雇用に結びついているようには見えない。
 アメリカが第三世界の国への道を歩んでいるように見える予兆は、不要な戦争を戦い、さらに強力な武器をつくるために膨大な予算を使いつづけていること。ローマ帝国の時代から、国力の衰退があらわれるサインのひとつは、ほかに優先事項があるのに、国防費を増やすこと。文明は何かに殺されるのではなく、たいてい自死する。
 2010年だけで、アフガニスタンとイラクの戦争に投じた1610億ドルを、国内でたたかいを強いられているアメリカ人のために使うべきだったのではないのか。でも、ワシントンで、そんな声はほとんど聞こえてこない。
 大学の学費を出せないために多くの才能ある若者がアメリカン・ドリームを追い求められない一方で、アメリカは古くて不要な国防プログラムに大金を使いつづけている。
 アメリカでは、今なお成人の過半数(53%)が自分を中流とみなしている。ええっ、本当でしょうか・・・。日本人は、かつてあった総中流意識はとっくに幻想だと気づいていますよね。
 2000年から2007年に、中流層の平均収入は1175ドル減り、支出は4655ドルも増えた。同じ時期に収入の上位1%の層は、ブッシュ時代の貸金上昇分の65%を手にしていた。
 中流層は、おおむねルールを守り、やがて職を失う。
アメリカの多国籍企業が外国で稼いだ収入は7000億ドルで、それに対して支払った税金は160億ドル、税率は2.3%だった。
 自己破産申立する人の56%が35歳~44歳の層。そして、その圧倒的多数が、失業したために月々の支払いが出来なかったり、高い医療費に困っている中流層だ。自己破産の62%は医療費が原因となっている。すなわち、140万人の破産者のうち、90万人が医療費によるもの。そして、その78%は医療保険に入っていた。医療保険は医療費の高騰をカバーできていない。
 アメリカには、家のない子どもが150万人いる。50人に1人の子どもに家がない。家のない子どもは、病気になるリスクが4倍も高く、学習・発達の面で問題をかかえる可能性が2倍も高い。
 この20年間に、アメリカの刑務所にかかる資金は大幅に増えた。刑務所のなかで暮らす人は200万人をこえ、20年前の3倍になっている。そして、刑務所のなかに15万人もの子どもがいる。中退率の高まりに伴って、アメリカの多くの高校が大学ではなく、刑務所に入るための準備機関になった。
アメリカン・ドリームは、今ではアメリカン・ナイトメア(悪夢)に成り果てている。
いやはや、すさまじい現実です。日本をアメリカのようにしてはいけません。
(2011年11月刊。2000円+税)

死刑囚弁護人

カテゴリー:アメリカ

著者   デイヴィッド・ダウ 、 出版   河出書房新社 
 なんでもありのアメリカです。でも、死刑囚の弁護を専門にしている弁護士がいるなんて・・・。驚きます。いったい、それで食べていけるのでしょうか?
 著者は、1980年代後半から、テキサス州で死刑囚の弁護に従事しています。死刑囚の処刑を中止させるため処刑時間のギリギリまで粘って、裁判所に書類を提出するのです。でも、やがて、最高裁の書記官から電話が入る。「追加の書類は不要です。訴えは棄却されました」。そして、すぐに死亡宣告の連絡が入るのです。
 なんとなんと、こんなことが日常生活に起きるなんて、すごいストレスですよね。信じられません。
 1989年3月9日、木曜日、夜12時37分。デリック・レイモンドの処刑を著者は2人の地元記者などと一緒に見守った。いやはや依頼者が死に至る状況まで見守るとは・・・。
 死刑囚と話すとき、とにかく相手に希望のかけらも感じさせたくない。余計な希望をもたれると困る。本人が、「最後は、きっと勝てる」と思っているところに、「だめだった」と電話するなんて・・・。かすかな希望すら打ち消しておきたかった。まもなく死ぬ相手に、死ぬ覚悟ができているほうが、はるかに楽なのだ。
 たいていの殺人犯は、中肉中背。どこをとっても普通。殺人するような人間は怪物のような顔をしているはずだと思いたい。しかし、現実には、会ってみると、しごく普通の顔をしている。
 死刑囚の監房には、自動販売機が数台置かれていて、ジャンクフードやソーダ類が売られている。面会に来た人は誰でも買うことができる。小銭を入れ、ボタンを押す。商品を看守に取り出してもらい、そのまま死刑囚に届ける仕組みだ。紙幣を刑務所に持ちこむのは禁じられている。
死刑執行日が決まったことを電話や手紙で連絡しないようにしている。死ぬ日を電話で知らされるか、直接言われるか、何か違いがあるかと問われたら、たぶんない。しかし、その点にこだわる。
通常、死刑がからむ事件で上訴弁護人が最初にすることは、徹底的に調べ直すこと。
死刑囚の生活について、快適だという人がいる。午前中は、ウエイトトレーニングをして、夜はテレビを見て、1日3回ちゃんとした食事が出て、コンピュータの利用も読書もできて、いいことずくめだと。しかし、それは間違いだ。死刑囚監房は、ただの狭い檻みたいなものだ。
心に留めるべきことは、死刑囚は必ず、その残された短い時間のある時点で、心のなかまでも檻に囲まれてしまうということ。そうなってしまったら、思いもよらない刺激にも反応する。音のないミュージカルを見るようなものだ。気が狂いそうになるだろう。
死刑囚の多くは、子どものときに、自分の家族から隔離されるべきだった。だが、そうはならなかった。誰からも、一切関心をもたれず、誰からも関心をもたれなかったために、危険な人物となる。そのときになってようやく、社会は彼らに目を向けるのだ。もし、誰かがもっと早く気がついて関心を払っていれば、彼らの命は救われたかもしれない。
 刑務所の職員は、死刑囚と弁護人以外の来訪者と面会をひそかに録音している。弁護士との面会は録音しないことになっているが、やっていないはずはない。
死刑囚は三種の薬物のカクテルで処刑される。一つ目の薬物はバルビソール剤で、これにより死刑囚は意識を失う。二つ目の薬物で身体が麻痺し、最後の薬物で心臓が停止する。二つ目の薬物は、立会人のためのもの。もし死刑囚が麻痺状態にないと、三つ目の薬物で心臓が止まるとき、水揚げされた魚のように、のたうつことになる。一つ目の薬物は死刑囚のためのもの。もし、それが十分でないと、二つめの薬物で横隔膜が麻痺するとき、窒息死の苦しみを味わう。三つ目の薬物は、激しい痛みを伴う。傷口に塩酸を注ぐようなものだ。
人を絞首台に送る陪審員や裁判官は、自らの下した判決をきちんと見るべきであり、死刑の執行に立ち会うべきだ。死刑を支持する控訴裁判所の裁判官は一人残らず死刑囚監房を訪れ、自らのその知らせを伝えるべきだ。死刑の執行延期を拒む最高裁判所の裁判官も、死刑執行室まで陰湿な廊下をはさんで8歩の待機房で死刑囚に自ら伝えるべきだ。助手をつかって、その死刑囚弁護人に電話で伝えるのはやめるべきだ。
この社会において処刑を継続するのなら、それが無慈悲かつ無責任に他人の命を奪った人間にたいする妥当な刑罰と考えるなら、執行を止める権力を有する人間は、その刑罰を科す責任、少なくとも、その刑罰を否定しないことの責任を負うべきである。
 他者の決断により、他者が手を下すのなら、人を死に追いやるのは容易だ。現在の死刑制度は卑怯な精神をよりどころにして機能している。
大変重たい指摘だと受けとめました。死刑の存廃をめぐってはもっと大いに議論すべきです。何となく死刑賛成の日本人が多い気がしてなりません。ぜひ、あなたも一読してください。
(2012年8刊。1900円+税)

続・アメリカ医療の光と影

カテゴリー:アメリカ

著者   李 啓充 、 出版   医学書院 
 アメリカで、なんら医療保険を有しない無保険者が年々増え続けているのも、「負担の逆進性」が医療保険制度の隅々に張りめぐらされていることが大きな原因。
 つとめていた企業をレイオフされたり病気で失職すると、収入が減るだけでなく、保険料負担に耐えかねて、無保険者になってしまう。
 医療保険制度を市場原理で運営したとき、弱者が容易に切り捨てられ、無保険者となってしまう事態は避けられない。弱者の典型は、高齢者・障害者・低所得者であるが、これらの弱者が医療へのアクセスを拒否される事態を放置したら、社会そのものの存立が危うくなりかねない。
 「アメリカの医療は世界一」というイメージとは裏腹に、ことアクセスに関しては、アメリカは先進国中で最悪である。無保険者が国民の7人に1人(4600万人)という現実は、それだけで悲惨だ。
 国民の6人に1人といわれるメディケイド被保険者(5000人)を潜在的無保険者として数えると、アメリカでは実に国民の3人に1人が無保険者あるいは潜在的無保険者になっている。
 アメリカが公的医療保険の運営に投じている税額は国民1人あたり年額2306ドルに上り、これだけで日本の一人あたり医療費総額2130ドルを上回る。
 アメリカの「2階建て」医療保険制度は、社会全体としてべらぼうに高くつく制度となっている。医療保険制度を市場原理に委ねることの愚かさは明らかである。
 1970年の段階では、カナダもアメリカも医療費支出はGDPの7%ほどで同じだった。しかし、国家として「公」の医療保険制度を整えてきたカナダが、現在、GDPの9%しか医療費に支出していないのに対し、頑迷に「民」の医療保険制度を保持しているアメリカはGDPの15%を支出するまでになった。しかも、カナダでは、国民の医療へのアクセスが完全に保証されているのに対し、アメリカでは国民の7人に1人が無保険者であり、「公」と「民」の医療保険制度は、21世紀の今、完全に明暗を分けている。
だから、GMなどアメリカの大企業のホンネは、ヨーロッパやカナダ、日本のような「公」の医療保険制度をアメリカにもつくりたいというところにある。
 しかし、それを拒んでいるのがアメリカの保険会社である。市場原理の下で、アメリカの保険会社は、健常者を優先的に保険加入させる一方、医療サービスの質と量に厳しい制限を課す「利用審査」とか、患者の受療意欲を削ぐためのあの手、この手によって「医療にお金を使わない」ことに全力を傾涙している。
 アメリカの民間保険に個人で加入したときの保険料は、たとえば年間160万円と、日本では考えられないような高額なものとなる。それでも、保険料が高くても加入できればまだいいほうで、既住疾患を理由に保険会社が加入を断ることを認めている州のほうが多い。たとえば、子どもがニキビで高価な抗生物質を使用したことが「既住疾患」にあたるとして、家庭全体の保険加入を断られる例が続出している。
 ところが、その一方で、保険会社のCEO(経営者)には、220万ドル(2億2000万円)のボーナスを払っている。日本の財界も同じシステム、超高給とりを実現しつつありますよね。労働者の非正規雇用を増やして、自分だけはいい思いをしようというのです。
 アメリカの50歳以上の壮・高年層は全人口の4分の1を占め、その半数3500万人がAARR会員である。このAARRが巨大なパワーをもって医療や年金を守っているアメリカの団塊世代に比べて、学生時代をヘルメットをかぶってゲバ棒をもって暴れ回っていた日本の団塊世代は、自分たちの命を守るべき医療がおかしな方向へ向かっていることに、なんでこんなにおとなしくしていられるのか、不思議でならない。
そうなんです。今こそ私たち団塊世代は怒りをもって声をあげ、行動に移すべきです。かつてのように首相官邸を大きく取り囲むべきでしょう。
 最後は、池永満弁護士との対談でしめくくられています。アメリカのように日本はなってはいけないと痛切に思いました。
(2009年4月刊。2200円+税)

政府は必ず嘘をつく

カテゴリー:アメリカ

著者   堤 未果 、 出版   角川SSC新書  
 アメリカって国は、とんでもない偏見にみちた国だと思います。なにしろ、国民皆保険を志向する人を「アカ」だなんていう、とんでもないレッテルを貼ってしまうのですから、始末が悪い。病気になったとき、大金持ちは救われても、そうでない人は野垂れ死にして当然だなんて、とんでもないことでしょう。ところが、それでいいのだと、大金持ちならぬ貧乏人が大きく手を叩いて支持するのです。なんという矛盾でしょうか・・・。
 アメリカで、がんは医療費が高すぎて、ほとんどの保険でカバーされていない。肺がんは手術代だけで1000万円をこえてしまう。
 うへーっ、1000万円だなんて・・・。医療費債務のために自己破産したというのは20年以上も前から聞いていましたが、ますます深刻になっているようです。
 2011年のイラク戦争は、アメリカ政府とマスコミが始めた戦争だ。2011年11月の終了宣言までに1兆ドルの税金をつぎこみ、のべ150万人が派兵された。4500人の戦死者と3万2200人の戦傷者を出した。帰還兵の2人に1人は脳障害や被曝に苦しみ、過半数を占める385万人が、今なお仕事に就けないでいる。
 イラク国内では100万人が死亡し、470万人が難民となった。
 国際機関IAEAは、原発推進、放射線利用の促進、核拡散分野での査察の3分野がある。その主目的は原発推進にある。
 日本の五大新聞はそろって、TPP推進という社説を書いた。人間の歴史をふり返ると、ファシズムをもっとも強力に生み育てるのは、いつだって大衆の無知と無関心だ。
答案用紙に正しい回答を書く能力は高くとも、批判的志向をせず、理不尽な権力に対して抗議せず、物事に対して好奇心や疑問を持たないロボットのような子どもたちが大量に生み出される社会。民主国家に不可欠の「市民」を育てる場所であるはずの教育現場が、市場原理を効率よくまわすための「従順な国民」をつくっていく。
テレビをみていると、人間の脳波は動きが鈍くなり、ある種の睡眠状態になる。冷静、客観的にものを考えることが難しくなる。その結果、人々は無意識に分断されていく。
 フェイスブックもツイッターも民間企業が運営している政策内容をぼかすという重要なステップは、ワンフレーズとセットでやってくる。
 アメリカでは、医療保険がないため4万人の患者が死に、保険がありながら100万人の被保険者が破産し、薬の副作用で30万人が生命を落としている。
 アメリカの危険な現実をつきつける本でした。
(2012年3月刊。780円+税)

リンチンチン物語

カテゴリー:アメリカ

著者   スーザン・オーリアン 、 出版    早川書房 
 テレビで「リンチンチン物語」をみたという記憶はありません。それより、「名犬ラッシー物語」のほうは、今でもはっきり覚えています。庭のある広い家の食堂で、少年が登場して新鮮なミルクを大きなグラスで腹一杯のんで立ち去る光景です。アメリカ人って、なんて豊かな生活をしているのだろう、そんな憧れを抱きました。
 このリンチンチンはジャーマン・シェパードです。ドイツで軍用犬として誕生して活躍していました。この本は、ジャーマン・シェパードの誕生から、戦場での活躍ぶりまで調べて詳細に教えてくれます。もちろんアメリカでの無声映画、トーキーそしてテレビのドラマに出演するまでも明らかにしています。犬派の私には、こたえられない一冊でした。
 第一次世界大戦には、1600万匹の動物が配置された。さまざまな種類の動物だ。イギリスのラクダ部隊は、何千頭もの気性の激しいラクダを誇っていた。騎兵隊は100万匹近い馬を使っていた。何千頭ものラバが荷馬車や梱包した荷物を引いていた。何十万羽もの伝書鳩が伝言を運んだ。
犬はいたるところにいた。ドイツでは1884年に世界初の軍用犬訓練学校が設立され、3万頭の犬が任務についた。アメリカ以外のすべての国が戦争で犬を利用していた。アメリカ軍が犬の価値を評価したときには、もはや手遅れだった。そこで、必要に応じて、アメリカはフランス軍やイギリス軍から犬を借りた。
 犬はメッセンジャーとして働いた。衛生犬とか救助犬として知られる赤十字の犬は、戦いの終わったあの戦場で活躍した。犬たちは、医療品を手に入れたサドルバッグをつけたまま死傷者のあいだを歩きまわった。死体犬もいた。犬は兵士が生きているか、死んでいるか、においで嗅ぎわけた。煙草犬もいた。煙草を詰めたサドルバックをつけたテリアは、隊員のあいだを回って煙草を配るように訓練されていた。
 世界中の人々がジャーマン・シェパードを初めて目にしたのは戦争で、だった。
 ドイツ軍は、犬を高く評価しており、犬は「重要な将軍」とみなされていた。
 リンチンチンは、1918年9月に第一次大戦の激戦地であったフランス東部の戦場で生まれた。
 1920年代、映画はほとんどすべてのアメリカ人の世界に根をおろしていた。アメリカ人2人のうち1人は、毎週、映画をみた。動物は映画で人気だった。人間に都合が良かった。すぐに手に入り、出演料を払う必要がなく、簡単に指示したり、自由に操ったりできた。
 リンチンチンは、たった一本の映画で有名になった。リンチンチンあてのファンレターが何千通も毎週、映画製作会社(ワーナー・ブラザーズ)に配達された。当時、テレビはなく、映画が新しいエンターテインメントの形だった。ヒット映画は、誰もが見たがるショーであり、全国的なイベントだった。リンチンチンが映画のスクリーンに登場するきっかけになったのは、その運動能力だ。しかし、スターにしたのは演技力だった。
 1920年代の半ば、映画ビジネスはアメリカの10大産業の一つに成長していた。人口1億1500万人なのに、毎週1億枚近いチケットが売れた。おもにリンチンチンのおかげで、ワーナー・ブラザーズは繁盛していた。
 オスカーは獲得できなくても、リンチンチンは始終ニュースにとりあげられていた。ペットの王、映画の有名な警察犬、奇跡の犬、スクリーンの奇跡の犬、世界一の奇跡の犬、傑出した知性をもつ犬、驚嘆すべき映画犬、アメリカでもっとも偉大な映画犬・・・・。
 初めてリンチンチンが有名になったころ、世界中の大半の犬はおすわりすらできなかった。犬は仕事をするものだった。羊を集めたり、見知らぬ人間に吠えたり。だが、行儀よく振るまうという考えは、まったく存在しなかった。犬は農場や牧場などの戸外で暮らしていたので、エチケットはほとんど要求されなかった。それもあって、リンチンチンの映画や舞台での行動は驚異的だとみなされた。
 1939年にナチス・ドイツの電撃戦が始まったとき、ドイツは20万匹の犬の軍隊を所持していた。ヒトラーは、ジャーマン・シェパードを溺愛し、同じベッドで眠らせていた。
 犬について、さらに認識を改めさせてくれる本でした。
(2012年5月刊。2500円+税)

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