法律相談センター検索 弁護士検索
カテゴリー: 社会

先制攻撃できる自衛隊

カテゴリー:社会

(霧山昴)
著者 半田 滋 、 出版  あけび書房
安保法制が施行されて3年たった。日本は戦争に巻き込まれていない。では、あのとき私たちは取り越し苦労をしたのか・・・。安心するのは、まだ早い。今は、たまたまアメリカが戦争をしていないから、日本も静かなだけ・・・。
アメリカが世界のどこかで戦争をはじめ、日本に応援を求めてきたときには、日本はすぐに自衛隊を世界中のどこにでも送り込み、アメリカと一緒になって戦争することになる。
アメリカが戦争していないからといって、安保法制は休眠してはいない。南スーダンで「駆けつけ警護」が命じられた。ところが、それが本格的に実施される前に自衛隊は撤退した。
それは、安倍首相が国会で自衛隊員に死傷者が出たらどうするかと追及されて、責任をとると明言したから。死傷者が出ないように撤退させたわけだ。
そして、自衛隊のアメリカ軍防護活動も始まっている。しかし、その状況は国民に公表されていない。
日本はアメリカから攻撃型武器をどんどん買わされている。かつては毎年500億円ほどだったのが、今では桁ちがいの7000億円にまではね上がった。
武器を売り込みたいアメリカにとって、日本は文句ひとつ言うことなく、ハイハイと、どんな高額かつ欠陥品であっても買ってくれる天国のような国になっている。
アメリカは、日本の国土を自分に都合よく利用させてもらっているので、その片手間に日本の防衛も手伝うといっているにすぎない。これが日米安保条約の真の姿。なので、日本が世界最高額のアメリカ軍経費を負担しなくてはいけない義務なんてない。
かつては外務省にも良心的な幹部官僚がいたようです・・・。
アメリカも日本も、軍部と支配・権力層は絶えず、「敵」を探している。「敵」がいないと、とたんに防衛費は削減され、武器や隊員も削減されること必至なので、「敵」つまり「日本に対する脅威」なるものを必死で探し求めている。しかし、見つけられない。
秋田と山口に建設されようとしているイージス・アショアは、当初は1基800億円だとしていましたが、今では1340億円の購入費のほか、維持・運営費を加えると、5000億円近い。そして、日本の秋田と山口に建設するのにこだわっているのは、実は、アメリカのハワイとグアムを防衛するために立地上として都合がいいからであって、日本防衛とは関係がない・・・。うむむ、なんというバカげたことでしょうか・・・。5000億円もの予算を教育・福祉にまわせば、日本社会もどんなに住みやすくなることでしょう・・・。
軍事予算をどんどん増やしていけば、福祉予算の切り捨ては必至です。介護保険料を引き上げ、生活保護費の引き下げはまったなしで実現することでしょう。まさしく、お先真っ暗です。
なんのために軍事予算を増大させようとしているのか、どうして年金に頼って生活できないほど年金額が低いのか・・・。
いったい、教員はまともに日本という国の政治を子どもたちに教えているのか・・・。
自分たちの生活の実際を直視し、年金問題では、各人が2000万円を積み立て投資が求められていることを自覚すべきだ。いやはや、そんなことが、自覚したとしても出来る人が日本全国にいったいどれくらいいるでしょうか。
軍事的機能、軍事予算そして生活費に与える多大なマイナス影響・・・。これを考えたら安倍改憲なんて、まっぴらゴメンだということになります。
今、ひとりでも多くの人に読んでほしい本です。
(2019年5月刊。1500円+税)

アイヌの法的地位と国の不正義

カテゴリー:社会

(霧山昴)
著者 市川 守弘 、 出版  寿郎社
アイヌそしてコタンとは何者なのか、何なのか、本書を読んでようやく理解することができました。著者は北海道の弁護士ですが、アメリカに留学して、アメリカのインディアンの法的地位を学んでおり、それと比較しながら検討していますので、認識を深めることができます。
私は沖縄に、本土と異なる民族がいるとは考えていませんが、アイヌはたしかに本土とは別の固有の民族文化があったと思います。たとえば、アイヌは、死者の埋葬後、墓地に墓参りはしない。それは、静かに眠ってもらい、決してその眠りを妨げてはならないという決まりがある。埋葬時には、本でつくったクワ(墓標)を立て、クワは朽ちるにまかせ、故人の慰霊はコタン(集落)内でする。なので、「無縁墓」というような「放置され、誰も墓参りに来ない墓」という考えは出てこない。
「○○家」の墓地はなく、亡くなった順に埋葬していくだけ。死者を祀るのは家ではなく、コタン全体でする。遺骨を誰が相続するかとか、墓について相続人で協議するということもない。
先住民族としての権利を考えるとき、「アイヌ民族」という言い方は曖昧で、不適切だ。
日本政府は、自らがコタンという集団を壊しておきながら、もはやこのような集団は存在しないから、集団の権限は認められないというもの。そんなことを国が主張することに正当性(正義)が果たしてあると言えるのか・・・。
アイヌについて徳川家康は黒印状を発布している。そこでは、蝦夷(えぞ)のことは蝦夷次第、アイヌの人は自由と明記されている。すなわち、上下関係でなく、対立する関係と定められた。
江戸幕府は、幕藩体制の外にアイヌ社会を置いた。それによって松前藩の独占的交易権を確保した。
幕府体制下におけるアイヌは、一方で交易の相手方を松前藩に限定されながらも、他方では本土の和人のように人別帳(にんべつちょう)に記載され、移動を制限されたり、課税されたり、賦役(ふえき)を課されることはなかった。
アイヌは、幕府や松前藩による直接の法的規約を受けることはなく、コタンの長をトップにして自由な意思決定を行っており、この自由な意思決定は、一定の法規範をもって規律され、かつコタン内において強制力を有していた。つまり、対外的主権は制限されたものの、対内的には各コタンによる自由な意思決定が保持されていた。その意味で、対内的主権は維持され、それが明治になるまで存在していたと評価できる。
アイヌの人たちは、1869年(明治2年)まで、「化外(けがい)の民」として支配されていなかったにもかかわらず、その2年後に「日本国民」として編入され、明治政府によって直接支配されるようになった。したがって、支配者(権力者)に対して憲法の人権を主張することは当然に認められるべきである。
アイヌ集団としてのアイヌコタンとそのアイヌコタンが有していた先住権は、明治以降、日本政府によって侵略されながらも、依然として失ってはいない。なぜなら、それは、アイヌコタンという集団の意思にもとづいてのみ「失われる」ものであって、アイヌコタンという集団は、この権限を過去において放棄していないからである。
アイヌコタンは、日本という国からみれば、前国家的存在であり、アイヌ先住権とは、前憲法的権限なのである。
まず、基礎単位としての数家族からなる「小コタン」が存在し、それらを一つの河川で束ねる「河川共同体」としての集団(部落集団)があり、それら複数の河川共同体を束ねる「河川共同体連合」というものが成立していた。つまり、コタンというのは、単なる小さな集団だけを意味するのではなく、それらを束ねる大きな共同体のことでもある。さらには、コタンを束ねる大きな共同体をさらに連合させた集団もコタンということになる。このように、コタンという主権をもった集団が重層的に存在していた。
アイヌの亡くなった人々の頭骨などが北大をはじめとして各地に分散・保管されているが、それらの遺骨管理権もアイヌの先住権の一つとして認められるものである。
アイヌとコタンについての本格的研究書として大いに参考になりました。市川弁護士の今後さらなる健闘・健筆を心から大いに期待します。
(2019年4月刊。2100円+税)

警察庁長官狙撃事件

カテゴリー:社会

(霧山昴)
著者 清田 浩司、岡部 統行 、 出版  平凡社新書
1995年(平成7年)3月には、オウムによる地下鉄サリン事件が起き、その10日後の3月30日に国松警察庁長官狙撃事件が起きた。
地下鉄サリン事件のほうは犯人であるオウムの信者たちは死刑となり、13人はすでに処刑されているのに対して、警察庁長官狙撃事件は犯人が逮捕されないまま、「迷宮入り」してしまった。
この本は、その犯人は中村泰という人間だと名指し、本人も自分が犯人だと言っているということを明らかにしています。つまり、犯人はオウムではないのです。
中村真犯人説がなぜ成り立つのかを検証していったのがこの本です。
国松長官は20メートル離れたところから4発うたれています。しかも、その銃は特殊なものでした。
この狙撃には三つの謎がある。特殊な弾丸。特殊な拳銃。高度な射撃技術。
真犯人の中村泰(ひろし)は1930年4月生まれ、事件当時65歳。旧制水戸高校から東大に入り、2年生のとき中退。警察官を射殺し、また、大阪と名古屋で銀行を襲撃し、現在は岐阜刑務所に無期懲役で服役中。
拳銃のコルト・パイソンは、車でいうとキャデラック、時計でいうとロレックス。高価で、希少価値がある。とても精巧につくられていて、正確に標的を撃ち抜くことができる。
ナイクラッド弾は、訓練用の銃弾。弾頭をナイロンでコーティングしている。
中村は銃の持ち方から身のこなしまで、完全に銃のプロ。警察学校の教官よりうまい射撃技術を身につけていた。
では、中村の犯行動機は何か。それは、犯人がオウムだと思わせて、警察がオウムつぶしに動くことを期待していたということ。ええっ、そ、そんなことが動機になるものでしょうか・・・。
この本には真犯人と名指しされた人物の顔写真までありますので、よほど自信があるようです。ぜひ、司法の手で真相を解明してほしいものです。
(2019年2月刊。860円+税)

暴君

カテゴリー:社会

(霧山昴)
著者 牧 久 、 出版  小学館
新左翼・松崎明に支配されたJR秘史。これがサブタイトルです。ようするに革マル派の最高幹部でありながら、東京中心のJR東日本の「影の社長」とまで言われた松崎明の実像をあばいた本です。
公共交通機関であることをすっかり忘れ去ったJR九州に対して、私は心の底から怒っています。今や、JR九州は金もうけ本位、それだけです。もうからないローカル鉄道はどんどん切り捨て、新幹線のホームには駅員を配置しない。しばしば列車ダイヤが乱れるのは、維持・管理の手抜きから・・・。要するに乗客不在でもうからないことは一切やらない、安全軽視の民間運送会社になり下がってしまっています。
そして、社長は、いかに金もうけができたか、その自慢話を得意気に語る本を相次いで出版しています。安全第一・乗客第一の交通機関である誇りを忘れてしまったサイテーの経営者としか言いようがありません。本当に残念です。
今では大事故が起きないのが不思議なほどです。
同じJR北海道では、歴代社長が2人も自殺してしまったとのこと。よほど責任感が強すぎたのでしょう。JR九州には、ぜひ一刻も早く目を覚ましてほしいものです。
松崎明は、「国鉄改革三人組」、井手正敬、松田昌士、葛西敬之の三人を次のようにバッサリ切り捨てた。
この三人のなかに立派な人はいない。目的のために常に手段を選び、人間が小心、ずるがしこい。この「三人組」にとって、国鉄改革とは、まさしく立身出身の手段そのものだった。したがって、その後の「悪政」は必然の道だった。
まあ、歴史的事実としては、そんな「三人組」と大同小異なのが松崎明だったということなのでしょう・・・。
松崎明は、2010年12月9日、74歳で病死した。
松崎明は2000年4月、ハワイのコンドミニアム(マンション)を3300万円で購入した。寝室3つ、浴室2つの豪華マンションである。その1年前にも、同じハワイに庭付き一戸建て住宅2630万円を購入している。日本では、埼玉県小川町の自宅マンションのほか、東京・品川区の高級マンションをもっている。さらに、群馬県、沖縄、宮古島の保養施設3ヶ所も実質的に松崎が所有していた。
2005年12月、警視庁公安部は松崎の自宅などを業務上横領の疑いで家宅捜索した。4日間、80時間ほどをかけ、徹底したものだった。そして、2007年11月、警視庁は業務上横領で松崎明を書類送検した。ところが、同年12月末、嫌疑不十分で松崎明は起訴されなかった。
JR東日本の社長となった松田は、松崎明が革マル派を抜けていないことを本人に確認したうえで、利用した。共産党や社会主義協会派とたたかわせるためには、革マル派を使うほかにないと考えたのだ。
JR東日本ではストをやらせない、今後もやらせない。少々高いアメを松崎明たちにしゃぶらせても、結局は、その方が安上がり。こういう考えだったのです。
驚きました。JR東日本の松田社長は松崎明が革マル派の最高幹部だということを本人の告白によって知っていたのです。えええっ・・・。
元警察庁警備局長(キャリア組)の柴田善憲は、松崎明に完全に取り込まれた。JR東日本の本社、各支社には20人以上の元警察庁幹部が定年後に、「総務部調査役」として入っていた。その仲介役が柴田善憲だった。
10年間ほど、警察庁警備局は、「危ないのは中核派だ。中核派を重点的に調べろ」という指示を出した。それで、革マル派は警戒対象とならず10年間ほど、空白の期間があった。
ところが、革マル派のもつ埼玉県のアジトでは公安警察無線を傍受していた。
革マル派なんて、とっくに消滅してしまっているんじゃないの・・・。そう思っていると、おっとドスコイ、今も細々ながら生きのびているということです。
500頁近い大変な力作であり、恐るべき本です。新幹線をふくめて、主要なJRに今なお革マル派が巣喰っているだなんて、信じられませんよね・・・。
(2019年4月刊。2000円+税)

ふたつの日本

カテゴリー:社会

(霧山昴)
著者 望月 優大 、 出版  講談社現代新書
いつのまにか私たちのまわりにはたくさんの外国人がいるのに、私たちの認識はその現実にきちんと対応していないように思います。
いま、日本には264万人の外国人が存在している。これは全人口の2%。「永住権」をもつ外国人だけでも100万人をこえている(109万人)。そして、1980年代半ばまでは韓国・朝鮮籍の人が8割以上を占めていたが、今では2割にみたない。
世界的にも日本は世界第7位の「移民大国」となっている。日本の人口が1億2千万人なので、日本人はそんなに「移民大国」となっている実感をもっていない。
いまの安倍政権は「移民」の定義をごまかしています。そして「永住権を増やさず、出稼ぎ労働者を増やす」政策をとっている(ローテーション政策)。これは、外国人を「人」として扱わず、「モノ」としてみている。「人」として扱うのには、相応のコストがかかる。
たとえば、コトバの問題。外国人2世の子どもたちが日本語をうまく話せない、ましてや1世である親は十分でない。それを国として放置していいはずはない。教育システムをつくって運営するには相応の費用がかかる。医療・年金そして社会保障システムのなかで外国人をどう位置づけるのか、きちんとした対策を日本政府はとっていない。
外国人の1位は中国で74万人(28%)。2位が韓国で45万人(17%)。3位はベトナム(11%)、そして4位がフィリピン26万人(10%)、5位のブラジル20万人(7%)と続く。
日本には109万人の「永住移民」がいて、155万人の「非永住移民」、131万人の「移民背景の国民」がいる。合計すると400万人だ。このほかに、「非正規移民」(超過滞在者)が7万人いる。
技能実習生が29万人近くいて、その1位はベトナム13万人。2位は中国7万人、3位フィリピン3万人、4位インドネシア2万人、5位タイ1万人と続く。ベトナムだけで、全体の47%を占めている。
「移民」を否認する国は、「人間」を否認する国である。排除ではなく、連帯する方向へすすむべきだ。これは「彼ら」の問題ではない。「私たち」の問題なのである。
コンパクトに問題点が整理されていて、改めて問題がどこにあるのか、認識することができました。
(2019年3月刊。840円+税)

福岡県弁護士会 〒810-0044 福岡市中央区六本松4丁目2番5号 TEL:092-741-6416

Copyright©2011-2025 FukuokakenBengoshikai. All rights reserved.