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カテゴリー: 社会

ストライキ消滅

カテゴリー:社会

(霧山昴)
著者 大橋 弘 、 出版  風媒社
フランスでは、現在、マクロンの年金改革に反対して大々的なデモがあり、なんとなんと弁護士をふくめてストライキが頻発しています。ストライキはまさしく市民生活に定着した年中行事です。みんな迷惑しているけれど、権利主張なら仕方ないと国民の多くが我慢しているのです。
ところが、日本ではストライキは完全な死語になっています。
日本では、2017年に半日以上のストライキに入ったのは381件、参加人員7953人。2016年は31件、2383人。2015年は39件、2916人。これではストライキのない国と言えるだろう。
かつての労働省には労政局長というポストがあり、筆頭局長だった。労政局は、労組に関する情報を収集し、対策を立案していた。ところがストライキがほぼなくなってしまうと、労政局は軽視されはじめ、ついに今の厚労省には労政局がおかれていない。
1975年11月26日の始発から同年12月30日の終列車までの丸々8日間、国鉄全線がストップしてしまうストライキがあった。私が弁護士になって2年目の秋のことです。当時、鎌倉の大船に住んでいた私はストライキに参加しなかった京浜急行にたどりつき、それに乗って勤め先である川崎の法律事務所に出勤しました。通常なら片道1時間かからないところを3時間以上かけたと思います。乗客の多くは不満たらたらでしたが、駅で暴動が起きることもなく、大人しくあきらめていたように思います。いえ、マスコミはストライキに突入して乗客にひどい迷惑をかけたとして、国労などの労働組合を叩いていました。迷惑行為はやめろ、権利主張なんて、とんでないというものです。そして、労組が順法闘争を始めて、安全確認・優先のためにノロノロ運転していると、国民の怒りは労働組合のほうへ向き、政府や大企業の経営者は安穏(あんのん)としていたのです。
スト権ストと呼ばれるこの8日間のストライキは見事なものでしたが、当時の三木政権は三木首相がスト権の確立に同情的姿勢を周囲全部から抑えこまれ、スト権は認められないとの声明を出し、労慟組合側は全面的に敗退してしまったのです。この結果、日本からストライキが事実上消滅してしまったかのような状況になっています。さらに、日本最強だった国鉄労組はたちまち労組員が大きく減少し、存亡さえ危ぶまれる状況にまで陥ってしまいました。
この本は、国労の委員長だった富塚三夫と武藤久にロングインタビューしたものを編集して読みやすくなっています。私もこのスト権ストを体験した者の一人として、本書は大変貴重なものだと考えます。
国労などの労働組合の弱体化を狙った「マル生(せい)運動」については、録音していたものが暴露されたので、たちまちしぼんだ。このときはマスコミも労組側に好意的だった。ところが、逆に労組側がおどりたかぶっていた状況が映像化されていた。それによって労組側は世論から一挙に非難されるようになった。現場はまともに働いておらず、管理者は労組員の言いなりだというマスコミによる報道ばかりの日本が出現したのです。
そのなかで、国鉄改革3人組なるものがもてはやされました。いずれも民営・分割後のJR各社で社長になっていきます。
その結果、労組というのは権利主張ばかりで、他人に迷惑ばかりかける存在だというのが日本国民の意識のなかにすっかり定着してしまいました。日産労組の塩路一郎も悪いほうのイメージ定着に一役買ったようにも思います。
それがエスカレートしていって、権利を主張したら悪いことかのような錯覚まで日本社会に定着したのです。この点については、当局(権力)側の意向を無批判にたれ流したマスコミの責任は重大だと思います。
ただ、本書を読むと富塚三夫、武藤久は、反省すべきところを十分に語り尽くしてはいない気もしました。
ストライキは労働者、そして国民の権利であり、甘受すべき義務があるものだという発想への切り換えが今こそ必要だと思います。45年も前の出来事を振り返った貴重な証言録だと思いつつ、重たい気分で、なんとか読了しました。
(2019年7月刊。1800円+税)

企業不祥事を防ぐ

カテゴリー:社会

(霧山昴)
著者 國廣 正 、 出版  日本経済新聞出版社
日本のメーカーも、あちこちでインチキしていることが次々に暴露されて、なあんだ、日本のメーカーもたいしたことないんだなと、何度も思わされました。
法令を形ばかり順守していたらいいんだろ、そんな企業の姿勢では不正はなくならない。もっと前向きに考えるべきだと著者は提案しています。
その内容は、まさしく前向きで、楽しく取り組めそうです。
コンプライアンスという言葉には暗いイメージがあり、「またコンプラかよ」といった面倒くささ、「やらされ感」がつきまとっている。
それではいけませんよね・・・。
法律の条文から話をスタートさせるのが、コンプライアンスをつまらなくさせる元凶の一つだ。
再発防止策を「こなす」ことに時間を奪われると、社員の士気を下げ、かえってコンプライアンスを軽視する風潮を助長することになりかねない。
「盗む不正」は、行為者が所属する企業に対する裏切り行為。「ごまかしの不正」は、そうではない。
甘い処分は、身内意識のなせる技だ。
多くの企業で、小会社の社員は非主流・傍流とみられている。すると、社員のやる気が低下し、不正に対する心理的な抵抗感が薄れる場合がある。
問題を起こしたときの記者会見では、その時点で知り得た情報を開示するとともに、世間の共感を得るためにはどう行動するのが適切か、という視点を欠いていたらダメ。
物事は、すべて前向きに考えるのが言いようです。
(2019年12月刊。1700円+税)

サービスの達人たち

カテゴリー:社会

(霧山昴)
著者 野地 秩嘉 、 出版  新潮文庫
この本を読むと、サービス業の一種である弁護士として、いささか反省させられることばかりです。この本に紹介されるのは、さすがにおもてなしの神様ともいうべき達人たちですから、生半可にマネできるものではありません。
日本が「おもてなしで一番」なんて、日本人の大きな勘違いでしかない。
現金商売の店で従業員が売上金を自分の懐(ふところ)に入れてしまうのは、経営者をまねしているということ。経営者が売り上げを抜いているのを見て、従業員がそれを見習う。税務署が気がつく前に、それが横行し、そのうち店はつぶれる。
ソムリエがワインを客にすすめるとき、ワインリストをもって銘柄を紹介するのではなく、まず、世間話から入ったりして、まずは客に受け入れてもらう。客に、おっ、こいつはオレたちを歓迎しているなと感じてもらい、緊張感をほぐす。なーるほど、ですね。
繁盛する店、いい店とは客をちょっとだけびっくりさせること。感動とは、びっくりさせることなんだ。
カツオ節があるのに、マグロ節はない。なぜか・・・。カツオだけ赤身の成分が複雑なので、だしが出る。
宅配便の運転手にとって何が大切か・・・。先日、イギリス映画『家族を想うとき』をみましたが、宅配ドライバーの過酷な生活の一端を垣間見た思いがしました。昼の休憩もなければ、トイレに行くヒマもないほど働きづくめで、しかも配達先の人たちとトラブル頻発というのですから、本当に辛い仕事ですよね・・・。
配達の技術面でいうと、もっとも重要なポイントは車の運転ではない。多くの荷物を一日で運ぶために習得しなければならないのは、スタート前の積み込み作業だ。宅配便ドライバーとして食べていくためには、運ぶ前に荷物をどう入れるか、並べておくか、これを短時間でやり遂げなくてはいけない。優秀なドライバーは、ここが上手だ。荷物の並べ方がドライブルートそのものであり、効率的に回ることができるかどうかを決めるには、積み込みができていなくてはならない。
宅配便の現場での最大の問題は、届けたときに人がいないこと。あるいは、ベルを押しても人が出てこないこと。一日の荷物が100個だとすると、だいたい20個は不在。再配達の割合が2割を占める。家にいても、出てこない人がいる。
どんなサービス業も大変なんですよね・・・。
(2019年6月刊。520円+税)

歴史のなかの東大闘争

カテゴリー:社会

(霧山昴)
著者 大窪 一志、大野 博、柴田 章ほか 、 出版  本の泉社
1968年6月から1969年3月まで、東大では全学部がストライキに揺れ、この間、ほとんど授業がありませんでした。
東大闘争というと安田講堂攻防戦しかイメージしない人が多いと思いますが、私をふくめて当事者にとっては画期的な確認書を勝ちとったことの意義を再確認したいところです。この本は、その点が欧米との比較でも論じられていて、大変参考になります。
アメリカのコロンビア大学では1968年4月に1週間の校舎占拠、警察機動隊の導入と学生の大量逮捕があった。そして、コロンビア大学には、今も学生代表をふくむ大学評議会という全学的な意思決定機関がある。1960年代のアメリカの学生運動は、大学の管理運営の民主化に少なからぬ痕跡を残している。
フランスでも1968年の五月革命のあと、大学評議会が成立して学生参加が公認されている。学生は、もはや未成年者ではなく、自立した市民としての成人と認め、学内における政治的自由が公認されている。
欧米と日本の違いはどこから来ているのか・・・。西ヨーロッパ各国では、その後、学生参加などに親和的な左翼政権や中道左派政権が成立したことにもよる。それに対して日本では、東大確認書の破棄を迫った自民党政権が続いた。
では、東大確認書はどうなっているか。東大駒場の教養学部自治会は全学連から脱退しているが、今もHPには東大確認書がアップされている。そして、学生の懲戒に関しては学生懲戒委員会が存在するが、その手続のなかに参考人団による審議がなされることになっていて、学生団員5人を選出するにあたっては学生4人から成る学生参考人会があって、そのなかから互選で選ぶことになっている。これは、今もちゃんと機能している。
つまり、このように東大確認書は今も生きているのです・・・。
次に、東大闘争に東大生がどれだけ関わっていたかを確認してみます。
大野博氏によると、デモに71%、討論に85%、ビラまきに40%、ヘルメット着用したというのは34%というアンケート回答がある。そして、東大闘争によって人生観が変わったと答えた学生が70%いた。
東大法学部についてみてみると、6月から12月までのあいだ、毎週のように学生大会が開かれていて、定員数300人のところ、毎回、その倍の600人から最高821人の法学部生が参加していた。そして、無期限ストライキ突入を決議した10月11日の学生大会には、午後2時に始まり翌朝午前6時半まで、延々16時間以上も学生大会は続いた。このとき、629人の参加があり、うち430人が朝まで議場に残っていた。これって、今ではまったく信じられないほどの参加者ではないでしょうか・・・。
1969年1月の秩父宮ラグビーでの七学部代表団と加藤一郎代行ほかの大学当局の大衆団交には、教職員1500人、学生7500人が参加していた。全東大から9000人もの参加のある団交って、すごくありませんか。そして、駒場の自治委員長選挙の投票率は60%をこえ、最高80%にまで達していたのです。
このように、東大闘争では、きちんと議論もしていたのであって、警察機動隊に対してゲバ棒でふるう東大全共闘が東大闘争だというのは、まったくの誤解なのです。この本を読むと、その点がかなり理解してもらえると思います。
ちなみに、民青同盟員は全東大に1000人いたとのことです。これまたすごい人数です。その人たちは、その後、そして今、どうしているのでしょうか・・・。
(2019年10月刊。3200円+税)

呪いの言葉の解きかた

カテゴリー:社会

(霧山昴)
著者 上西 充子 、 出版  晶文社
子どもたちへの道徳教育に異常なほど執着している安倍政権ですが、自分たちは道徳を守ろうとははなから思っていない様子で、膚寒い思いがします。その意味で、人間にとって他人との意思疎通のために不可欠な言葉があまりにも軽くなっています。安倍首相のへらへらした口調で語るコトバの何と薄っぺらなことが、この人は道徳教育よりも前に小学生の国語からやり直すべきでしょう。
ところが、もう一方で、激しい悪罵を他人に投げつけて喜んでいる人もいます。残念ですが、それも現実です。
私たちの思考と行動は、ともすれば無意識のうちに「呪いの言葉」に縛られている。
本書で、著者は、そのことにみんなが気がつき、意識的に「呪いの言葉」の呪縛(じゅばく)の外に出ようと呼びかけています。思考の枠組みを縛ろうとする、そのような呪縛の外に出て、のびやかに呼吸できる場所にたどりつこうと誘っています。大賛成です。
「嫌なら辞めればいい」という言葉は、働く者を追い詰めている側に問題があるとは気づかせずに、「文句」を言う自分の側に問題があるかのように思考の枠組みを縛ることにこそ、狙いがある。
「呪いの言葉」とは、相手の思考の枠組みを縛り、相手を心理的な葛藤の中に押し込め、問題のある状況に閉じ込めておくために、悪意をもって発せられる言葉だ。
悪質なクレームについては、相手の土俵に乗せられないように、心理的に距離を置きながら対応するという心構えが必要だ。
たとえば、「野党は反対ばかり」という人には、「こんなとんでもない法案に、なぜ、あなた方は賛成するんですか?」と切り返す。このとき、「賛成もしています」では単なる弁解であり、相手の土俵に乗ってしまっている。
呪いの言葉を投げかけてくる相手に切り返していく。それができたら、より自由に、より柔軟に、状況を把握し、恐れや怯(おび)えや圧迫から、心理的に距離を置いたうえで、状況への対応方法を考えられる。
権利要求には「発声練習」の場が必要なのだ。
三の目の選択肢がある。言うべきことは言い、自分たちの会社を自分たちの手で、より良いものに変えていくという選択肢がある。
著者は駅前や街頭などの公共空間で届出することもないまま(届出は必要ありません)国会審議の映像を公開しています。パブリックビューイングといいます。安倍首相や菅官房長官などが、意図的に論点をずらし、くだくだしい説明をし、野党とその背後にいる国民を愚弄(ぐろう)する答弁を続けている国会審議を国民に見てもらう、これが日本の現実を知るのに一番だと考えるからです。
11月8日の田村智子議員(共産党)の安倍首相との質疑応答は私も日本国民必見のものだと思います。ユーチューブで簡単に見ることが出来ます。30分間があっというまです。いつまで「桜」をやっているのかという野次に対しては、安倍首相が辞めるまでと私は切り返すことにしています。今よまれるべき価値ある本です。新年に読んで、心も軽やかに生きていきましょう。
(2019年6月刊。1600円+税)

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