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カテゴリー: 社会

はい、わかりました

カテゴリー:社会

著者:大野勝彦、出版社:サンマーク出版
 ごしんぱいを おかけしました
 両手先 ありませんが、
 まだまだこれくらいのことでは 負けません
 私には しなければならないことが たくさんありますし、多くの人が 私をまだまだ必要としているからです
 がんばります
 これは、45歳のとき、農作業しているとき、ちょっとした自分の不注意から両手を失った著者の初めての言葉です。すごいですね、心がふるえるほど感激しました。
 この本のタイトル、「はい、わかりました」は、両手のない人生をはじめた著者が、いちばん大切にしている言葉です。言われたことは否定せず、まずは受けとめよう。心を閉ざさずに肯定しよう。
 そうやって受け入れる人生を歩みはじめると、それまで見えなかったことが、見えるようになった。
 なーるほど、ですね。この詩画集にのせられている絵は、どれもこれも、実に生き生きと躍動しています。いかにも、いま生きていることが楽しい。そんな感じの線であり、色あいです。派手目の色が今にも飛び出してきそうなほど輝いています。
 昔のわたしは理屈ばかり言っている人間だった。説得力とは実践だ、と言わんばかりに、眼光は鋭く、けっして笑わない。笑う男は軽いヤツだとまで思っていたほど。たくさんのやさしさに囲まれている今のわたしが思うこと。笑顔必携、やさしさ持参。人に会うたびに、人間の顔はすごいなあと気づかされる。
 著者の生き生きした絵を見ると、きっと両手を喪う前から絵を描いていた、あるいは幼いころ絵描きを目ざしていたと思います。ところが、著者によると、絵心なんて昔からあったわけではないというのです。色をつかう発想も最初はなく、墨をうすめて水墨がのようなタッチで窓から見える山の風景とか身のまわりを描いていた、といいます。
 それが、今では1年365日、絵を描かない日はない。どこかへ行ってすわったとたん、もう義手が鉛筆を握っている。無意識のうちに、風景を見ていると、ワクワク、ドキドキしてきて、デッサンしたあと、さささっと水彩絵の具で、色をつけてしまう。理屈ではなく、からだが反応してしまう。
 そんな著者の絵が、阿蘇にある大野勝彦美術館にはたくさんあるそうです。ぜひ、一度行ってみたいと思いました。
(2007年7月刊。1600円+税)

先生とわたし

カテゴリー:社会

著者:四方田犬彦、出版社:新潮社
 恩師を賛美する美しいエピソードにみちた本だろうと思いながら、期待もせずにパラパラと頁をめくりはじめました。すると、そこに展開するのは、後世、畏るべし、とでもいうような、師が秀でた弟子に長く接することが、いかに難しいかというテーマでした。私も、世間的にはベテラン弁護士と目されるようになっていますが、その内実は、法解釈もよく分からず、新しい法理論を咀嚼するなんて、とてもとてもといった有り様です。債務不履行、履行遅滞、不完全履行、履行不能、瑕疵、瑕疵修補に代わる損害賠償・・・。いったい、どう違うのやら、とんと忘れてしまいました。そんなときには若手弁護士に教えてもらうしかありません。所内で恥をかいてしまえば、外で恥をかかなくてすみます。
 師とは、由良君美(ゆらきみよし)東大名誉教授。英文学者です。1990年に、61歳という若さで亡くなりました。
 著者は私より5年あとに東大駒場に入学しました。浅間山荘で連合赤軍が警官隊と派手な銃撃戦を展開し、その逮捕後に、いくつものリンチ殺人事件が明るみに出た年の4月でした。
 著者が大学にいた4年間は、常に内ゲバが身近にあった。異なるセクト同士、たいてい革マル派と解放派か中核派との抗争です、で殺しあっていました。
 由良君美は駒場の英文学の助教授。東大出身ではなく、慶応大学出身。
 由良ゼミは、90分の公式的なゼミが終わると、一研にある個人研究室で続けられた。紅茶にたっぷりのオールド・パーを入れて由良は飲んだ。ちなみに、私も少し甘みのある紅茶にブランデーを入れて飲むのが好きです。
 学生に由良は次のように訊き、次のように言った。
 ところで、最近の収穫は何かね?何か新しい発見があったかね?いいかい、どんなに疲れて帰宅したときも、洋書の目次だけはキチンと目を通しておかなければいけないよ。
 ええーっ、うそでしょ、そんなー・・・。
 イギリス風に優雅に背広を着こなし、パイプを手離さない由良は、駒場の学生からベストドレッサーに選ばれた。女子学生に圧倒的な人気があった。
 君美とは、実は新井白石の幼名である。父親の由良哲次は、京都大学で西田幾太郎の教えを受けた哲学者である。
 教師とは、単に、みずから携えている知識や技術を他人に手渡すだけの存在ではない。知の媒介者であるか、先行者として振るまうことを余儀なくされる。みずから知の範例を示すことを通して教育という行為を実践する。そして、師とは過ちを犯しやすいものである。
 著者は自問する。はたして自分は現在に至るまで、由良君美のように真剣に弟子にむかって語りかけたことがあっただろうか。弟子に強い嫉妬と競争心を抱くまでに、自分の全存在を賭けた講義を続け、ために自分が傷つき過ちを犯すことを恐れないという決意を抱いていただろうか。
 英文学者として高名だった由良君美が、実は、あまり英語は得意ではなかったという衝撃的な事実が語られています。うむむ、どういうことなんだ・・・。
 流暢な英語を駆使するものの、他人を押しのけてまで内容空疎な質問しかない輩が存在する。その反対に、深い思慮と経歴をもちながら、英語をしゃべるのに慣れていないということでつい発言をためらう人がいる。日本だけでなく、イタリアにも中国にもいる。よく読み、よく思考する者が弁論の場でしばしば消極的だということがある。外国語の会話能力は、つまるところ、その言語のなかの生活時間の長さに比例する問題にすぎないのだ。
 およそ世界に対して無上の知的好奇心を抱いている限り、若き日に一度は、師と呼ぶべき人物に出会うはずだ。由良君美は、著者にとってそのような人物であった。
 私にとって、それはセツルメント・サークルでの先輩たちでした。私は必死で彼らの語る言葉をノートにとったものです。社会に大きく目を開かせてくれた彼らに今でも感謝しています。
(2007年6月刊。1500円+税)

団塊世代の同時代史

カテゴリー:社会

著者:天沼 香、出版社:吉川弘文館
 団塊の世代という言葉を造り出したのは堺屋太一です。1950年生まれの著者は、このネーミングを嫌っています。私自身は、それほど悪い言葉ではないと思って使っていますが、この本によって団塊世代って、まるで極悪人集団であるかのように言われているのを知って、イヤーな気分になりました。団塊世代をそんなに人非人(にんぴにん)みたいに言うなよな、おい、っていう感じです。まあしかし、歴史用語として、すっかり定着してしまった団塊世代です。私はこれからも使っていくつもりです。
 「現代用語の基礎知識」(2006年版。インターネットにおされて売れないため、廃刊になるそうです)には、「彼らは一見、新時代の創造者のようにみえるが、実は時代の破壊者だった。全共闘をつくって学生運動に事実上の終止符を打ち・・・」とあるそうです。いやあ、ひどい定義です。でたらめもいいとこ、でしょう。時代の破壊者だというレッテルを貼って悪者にするなんて、やめてほしいですよ。それに一部の人たちが全共闘をつくったのは間違いありませんが、学生運動の全盛期は、もう少し続いていたと思います。「事実上の終止符を打ち」というのは、いったい何を指しているんでしょうかね。連合赤軍事件のことなら、あれは学生運動とちょっと別のものだと私は思いますけど、どうなんでしょうか・・・。
 宮台真司准教授(首都大学東京)は、団塊世代について、次のように罵倒しているとのこと。信じられません。
 「団塊世代は、いまだに日の丸に一体化する輩が右で、赤色旗に一体化する輩が左だ、といった稚拙な認識のまま。右も左も、国家だ、党だ、と大いなるものに寄りすがる腰抜けばかり。既成図式に寄りかかって思考停止に陥る輩しかいない。利他のフリをしたエゴイスト・・・」
 ええ、腰抜けで悪うございますよ。なんとでも言いなさい。
 市川孝一・文教大学教授は、次のように言う。
 「団塊世代は、別名、全共闘世代とも呼ばれ、その後、成長する過程の節々で何かと問題を引き起こすことになる世代でもある」
 いったい、我々が、節々で、どんな問題を起こして世間様にご迷惑をおかけしたというんでありゃんすかねえ。とんと見当もつきません。
 団塊世代の名付け親である堺屋太一は、団塊世代は従順なのが特徴だと決めつける。
 「親や兄姉たちがつくった戦後のコンセプトに対して非常に忠実で、疑問も持たない。団塊の兄姉たちは安保騒動のときに、岸内閣を倒せと叫んで体制変更の議論をした。団塊の学園紛争では、学園のここが悪いとかで、佐藤内閣を倒せと言ったやつはいない。全体の大きな体制に対しては極めて従順な世代。みんなが塊として行動した」
 とんでもない事実誤認ですよ、これって。でも、まあ、会社人間と化した団塊世代が今の世の中の動きに対して、もっと怒るべきなのに沈黙を守っているというのは少々あたっているのかもしれません。そして、著者は次のように言います。
 団塊世代の多くは、真面目に、それなりの責任感をもって、地道に、バブルの恩恵などに浴することもなく、平凡な後半生を送った。「食い逃げ」などという、さもしい行為は、したくてもできなかったのが大多数の団塊世代だった。
 うんうん、この指摘はあたっていると私も思います。
 そして、いま、団塊世代は三つのWがあたっている。割のあわない、分かってもらえない、侘びしい世代である。これは、私の属する団塊男性の一部にものの見事にあてはまる呼称だ。
 いやあ、まいりました。私は、この三つのWから抜け出すべく、この書評を毎日せっせと書いているわけです。なにしろこれからが人生の華なんですからね。精一杯、楽しみたいと思います。
 それにしても、団塊世代の体験した大学闘争を詳細に再現した神水理一郎『清冽の炎』(第1〜3巻。花伝社)が、ちっとも売れないそうです。あのころのことは思い出したくないという団塊世代が、実は、想像以上に多いということが判明しました。まだまだ、あのころのことが心の奥深くでトラウマになり、封印されているようです。もっと、その封印を解き放って、おおらかに生きていきたいものだと思います。みなさん、ぜひ『清冽の炎』を買ってやってください。本屋で注文したら、すぐ入手できますので・・・。
(2007年9月刊。1700円+税)

悪人

カテゴリー:社会

著者:吉田修一、出版社:朝日新聞社
 佐賀県内で実際に起きた殺人事件をモデルとする小説です。現代日本社会のドロドロとした内情がよく描かれていますが、読んでいるうちに、だんだん気が滅入ってきました。
 この本は久留米の富永孝太朗弁護士のおすすめで読みました。
 ケータイの出会い系サイトで簡単に男と女が出会うことのできる環境があります。また、福岡でいうと、天神界隈に若い男女が集まり、お互いに接点を求めています。そんななかで、偶発的にせよ、犯罪も生まれます。
 親に愛されないまま、少なくとも愛されたという実感のないまま育った子どもたちが大勢います。彼らにも愛を求める権利があります。その衝動を抑えることはできません。
 寂しい思いを胸にぐっと秘めたまま一日一日を過ごしている男女が何と多いことか。この本を読みながら、私は毎日の弁護士としての生活を思い出していました。
 自己破産の申立を決意して生活を必死で立て直そうとしている人たちを励ますのが、私の毎日の仕事です。ホント、大変なんです。50代そして60代になると、ろくな仕事はありません。求人がないのです。離婚して独身生活の人も多く、男性だと食事は毎食コンビニ弁当という人が珍しくありません。ホント、食うや食わず、そして、食生活が偏ってしまいます。一家団らんという言葉とは縁遠い生活です。うつ病など、精神的な病いをふくめて、病気もちの人も多いですね。癌を三つも四つもかかえている。そんな人が何人も依頼者のなかにいます。
 そんな寂しい人々が、見知らぬ人からであっても、ちょっとした優しい言葉をかけられたとき、無防備のまま尾いて行ったとして、誰がそれを責めることができるでしょうか。
 結果を見て、犯人を厳罰に処せ、と叫ぶのは簡単です。日本もアメリカのように重罰化の方向へひた走っています。おかげで、刑務所は全国どこでも超満員。だから、経費削減、安上がり方策として、刑務所の民営化もついに始まりました。もっと社会が全体として弱者に優しくしなければ、ますます犯罪は増え、おちおち夜道は危なくて歩けない、といったアメリカのようになってしまいます。
 先日、博多でマイケル・ムーア監督の最新作の映画『シッコ』をみました。アメリカって、お金持ちには世界最高水準の医療を至れり尽くせりです。でも、貧乏人は医療保険もなく、高い病院代が支払えないと、入院先の病院から追い出され、文字どおり路上に放り出されるという悲惨な、信じがたい現実があります。アメリカのような日本になってはいけません。ところで、この映画では、同時に、カナダやフランスそしてイギリスまでも、医療費がタダで、市民は安心して診てもらえるということも紹介しています。そうなんです。同じ資本主義国家といっても、アメリカが異常なんです。日本はその異常なアメリカばかりを手本として、医療費の自己負担率を引き上げ、さらに保険会社にガッポガッポともうけさせようとしているのです。とんでもないことですよね。
 日本社会の現実を、小説を読みながら、いろいろ考えさせられました。
(2007年4月刊。1800円+税)

職場砂漠

カテゴリー:社会

著者:岸 宣仁、出版社:朝日新書
 サラリーマンが職場で悩むことのトップは、昔も今も、人間関係だ。
 職場のメンタルヘルスを低下させる要因として、もっとも影響が大きいものは、職場での上司と部下、同僚同士のコミュニケーションの希薄化があげられる。成果主義が企業に浸透するようになって注目されているのが、パワーハラスメント、つまり上司による部下いじめだ。
 おまえら、やる気のないやつは、ガンガン言って自殺しても平気だ。オレは冷淡だよ。
 仕事しないで給料高いのは、辞めてもいいよ。結果がでないのなら、辞めろ。
 結論は数字でしょう。プロセスなんかは、どうでもよい。
 いやあ、ひどいですよね。こんなことを大勢いる前でガンガン言われたら、気が変になってしまいますよ。ノイローゼにならないほうが不思議でしょ。
 成果主義の浸透やリストラの常態化などで、日本の会社の上司はおしなべて「強大化」した。そして、「強大化する上司」に目をつけられたら、その部下は確実に悲劇を迎える。
 今また、終身雇用を支持する声が増えた。
 英語大好き、外国人大好き、ごますり大好き、そして仕事は知らない。外資系企業を渡り歩く外資屋がいるが、むしろ英語屋と呼ぶべき。この英語屋は、本国に向けて業績の数字だけを上手に見せることに気をつかい、国内の社員に対しては居丈高な態度をとる。
 パワーハラスメントは日常茶飯事だ。最近では、中国への投資資金を確保するため、日本法人により高い収益を求める外資系企業が増えている。外資系に勤める日本人社員は 100万人をこえた。そこでは収益至上主義が強まり、退職強要などが激しくなる可能性がある。
 会社は過労死(自殺)などが世間に公表されないよう、労基署で業務上認定されないよう、労災申請の取り下げを条件として、巨額の補償金を支払うことがある。当初、労災申請を取り下げたら1億円出すと会社側が言ってきたのに対して、2億円を要求したところ、1億4000万円を支払った会社がある。それほど会社は労災認定を恐れている。
 いやいや、ひどい会社の内情です。「働きすぎ時代の悲劇」というサブ・タイトルのついた本ですが、ホント、考えさせられます。
 朝、雨戸を開けようとしたら、ヤモリがポトリと肩におちてきました。ヤモリは慌てて逃げ去りました。わが家の窓によく貼りついているヤモリ君です。外で百舌鳥が甲高く鳴くのを聞くと秋の気配を感じます。庭には赤トンボも舞っています。来週ころから稲刈りが始まりそうです。
(2007年7月刊700円+税)

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