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カテゴリー: 社会

マネー資本主義

カテゴリー:社会

著者 NHK取材班、 出版 NHK出版
 NHKスペシャルで放映された内容が本になったものです。それにしてもサブプライムローンの破たんから派生したリーマンショックを引き金とする全世界的金融危機のすさまじさは想像をこえるものがありました。しかし、私にとってなによりショックだったのは、大勢のまじめな市民が生活の本拠である家まで失っているというのに、投資銀行の経営者たちは70億円、30億円、28億円、16億円といった、まさに天文学的なボーナスをもらっていたという事実です。これが資本主義の強欲な本質なのですね。
 そして、このことを日本経団連の御手洗会長をはじめとして誰も批判しないどころか、依然としてアメリカのようになりたいと高言してはばからないのですから、とんでもない世の中です。まさに資本家は「我が亡きあとに洪水よ来たれ」という、マルクスが『資本論』で書いたことを文字通り実践しているわけです。ほとほと嫌になります。
 この本の最後のところで、原丈人という1952年生まれの日本人実業家が登場して、いいことを言っています。まったく同感です。
 金融危機の原因をつくった一番の原因は、株主至上主義と市場原理主義が結合し、会社は株主のために存在するという思い上がった考え方が世界を席巻したから。
 会社の目的は利潤の最大化であり、株主の権利を守ることであるという考え方が欧米だけでなく、日本にまで広がっている。
 しかし、企業は短期的な利益を求める株主のためにあるのではなく、社会全体の利益を優先させるべきだ。
 経営陣と株主が莫大な利益をぬれ手に粟のように手に入れ、多くの従業員はリストラや減俸によって不安定な立場に追いやられ、会社の体力は低下し、社会全体の活力を失わせている。
 株主中心の経営が所得格差を広げていった大きな要因となっている。1980年代に一般社員と社長の所得格差は30倍。今では400倍以上になっている。日本は10~15倍。会社の目的は利益を出すことだが、その利益を何らかの形で社会に貢献していく。社会に恩返しすることこそ民間企業の使命とし、そのために経営陣も従業員も、そして資本家が協力する、こんな会社を目指すべきだ。
 まったく同感です。著者は、これを公益資本主義と名付けています。
 会社の利益が社会に公平に分配されていること、経営が持続すること、改善されていることが大切なのだ。
 本当にいい指摘です。
 かつて有名なソロモンブラザーズは、1980年代に投資銀行のトップを走り、業界を熾烈な競争に巻き込んだあと、1997年に消滅した。ソロモンブラザーズは、債券発行による売り上げで、並みいる名門企業を追い抜き、2位を大きく引き離してダントツの1位となった。その売り上げは212億ドルだった。
 ソロモン衰退と前後して大きく躍進したのがゴールドマンサックスなどの名門投資銀行だった。リーマンブラザーズは150年をこえる歴史に幕を閉じ、それを引き金として全世界で株価が暴落し、市場は無限の信用収縮に陥った。ゴールドマンサックスは銀行に転換、モルガンスタンレーも同じく銀行へ、メリルリンチとベアースターンズは買収され、リーマンブラザーズは倒産した。ところが、2009年夏、ゴールドマンサックスは史上最高益を記録した。
 うひゃあ、まったくこりていないのですね……。
 年金マネーは巨大だ。2007年に総額2500兆円。世界のGDPの半分にあたる。
 こんな無軌道な、ルールなき資本主義が長続きするはずはありませんよね。また、長続きさせてはいけません。日本経団連に怒りをぶつけましょう。
 
(2009年9月刊。1200円+税)

東京大学、エリート養成機関の盛衰

カテゴリー:社会

著者 橘木 俊詔、 出版 岩波書店
 東大は江戸時代末期に体制派内の学校として誕生した組織に期限がある。当代の歴史は一環として体制派として存続しつづけてきた。もっとも、反体制派ないし反権力派で活躍する卒業生や教員も少なからず輩出しているから、体制派一色ではない。
 東京大学の誕生は1877年(明治10年)。教育による階層固定化の現象が著しかったのが戦前の日本である。それを生んだのは森有礼による教育改革だった。
戦前の日本は階級社会であって、しかもそれは固定化していた。明治11年の東大の在学生の4分の3が士族であった。没落士族の子弟が給費制度を利用して進学していた。授業料を支払う必要もなく、衣食住のための給付金も受けていた。
 東京帝大生の高等文官試験合格者に占める比率は常に6割前後だった。
 官庁での出世は、本人の能力より東大卒というのがもっとも影響している。それに対して上場企業での出世は、大学名より、本人の能力と努力が死命を制する。
 つまり、官界においては東大卒が出世の条件であり、民間においてはそれはさほどの条件にならない。
私も、その点はまったく同感です。弁護士の世界でも実力一本勝負です。東大卒なんて肩書はまったく通用しません。
現代に至って、東大のトップは揺らぎ始めている。
 「官僚の東大」という伝統の中にあっても、法学部以外の学部の卒業生は役所ではトップまでほとんど昇進できない。法学部が圧倒的に有利なのである。
 社長の輩出率は京都大学がトップであり、東大は4位にすぎない。社長の絶対数で言うと、1位が慶応、2位が東大、3位が早稲田と続く。ただし、現在、東大卒の知事が全国の知事のうち半数ほどを占めている。
 国会議員についても、東大出身者が多いが、この30年間に40人ほど減った。かわって慶応大学出身者が24人から75人へと3倍に増えている。
 今や、東大出の官僚経験者が首相になる可能性は非常に低い。
 東大生の官僚志望の低下、政治の世界における東大卒業生の不振が言える。
 東大法科では、司法の世界への人気が高まっている。一番人気は法科大学院、二番人気が外資系企業への就職、三番人気は日本の大企業への就職となっていて、公務員は人気がない。2008年の東大合格者のなかで、東京出身者は3割にまで低下している。
 東大に合格するには、慶応大学並みの家庭の裕福さが必要となっている。これは、階層固定化現象を助長する恐れにつながっている。
 東大生の昔と今を地道に分析している本です。参考になりました。
 
(2009年9月刊。2600円+税)

時をつなぐ航路

カテゴリー:社会

著者 井上 文夫、 出版 新日本出版社
 渡辺謙主演の映画『沈まぬ太陽』を見て、久しぶりに日本映画界の良心に触れた気がしました。
 今の日本には、これだけ失業と貧困、格差の問題が騒がれているのに、労働組合の存在があまりにも軽く、金持ちとそれをバックとするテレビなどの大手マスコミだけが大手をふって歩いている気がしてなりません。お金のない、力のない弱者はまとまってこそ声が大きくなるのですが……。
 この本は、日本航空をモデルとしていると思われる「N航空」が舞台です。航空現場に働く人々の大変な労働環境が詳しく紹介されています。よく飛行機を利用する私としても、実感として分かります。
 ファーストクラスは客席こそ11席しかないが、乗客へのサービスも多岐にわたり、豊富な業務上の知識だけでなく、細やかな気配り、乗客へのもてなしにさりげなくのぞかせる教養といったものまで必要とされる。
 なーるほど、ですね。といっても私はファーストクラスを利用したことは残念ながらありません。
 外国籍の客室乗務員は1年単位の契約社員で、賃金は日本人よりずっと低く、何年働いても最初の契約条件のままである。外国籍の客室乗務員は、コスト削減のために会社が採用した。日本人の客室乗務員に比べ、賃金や労働条件はひどく悪いので、ある程度の乗務経験を積むと、より条件のいい航空会社を探してさっさと転職する。
 契約制客室乗務員は、基本給もなく、また正社員に保障されている月間64時間分の乗務手当の最低保障もない。だから、乗務しない限り賃金の上乗せはないし、そのうえ乗務手当の1時間あたりの単価は、正社員の半分程度でしかない。契約制客室乗務員の手取り額は総じて月20万円前後である。有給休暇も、正社員は年間20日なのに、契約制客室乗務員は10日しか与えられない。
 航空性中耳炎は、0.8気圧程度で巡航している航空機が着陸する際に、急激な気圧の変化によって中耳に圧力がかかり、炎症を起こす病気である。乗務のたびに離着陸を繰り返す客室乗務にとって、航空性中耳炎は職業病ともいえるものである。
ニューヨークのホテルの部屋に入ると、まずドアを半開きのままスーツケースで止めて、窓の両側に括られたカーテンの裾にじっと目を凝らす。それから、洗面所の扉を開けて中を見回す。次に、上半身を払ってベッドの下をのぞきこむ。これらは北南米のどこのホテルに滞在するにしても客室乗務員が入室の際に行うものだ。不審者がいないことをそうやって確かめる。過去に、部屋で待ち伏せしていた侵入者に暴行を受けた客室乗務員やベッドの下に見知らぬ死体が横たわっているのを翌日になって発見したという事例があるので、慎重にならざるをえない。ルームサービスさえ怖くて頼めないという客室乗務員は多い。
 うへーっ、そ、そうなんですか……。ホント、怖い思いをするんですね……。
いま、日本航空の経営危機がさかんにニュースになっています。ともかく、飛行の安全第一を願っています。よろしく頼みます。
 
(2009年10月刊。2000円+税)

憲法9条と25条、その力と可能性

カテゴリー:社会

著者 渡辺 治、 出版 かもがわ出版
 この本を読みながら、何度も、なるほど、そうなのか、そういうことだったのかと思いいたり、また何かしら元気が湧いてきました。久々に空気の入る思いがしました。空気が入るとか、空気を入れるというのは、私の学生のころに流行していた言葉です。少しばかり元気のない状態にカツを入れて、闘争心を取り戻す、取り戻させることを指す言葉です。
 先日、著者の講演を聞き、そのあとにこの本を読んだのですが、とてもよく分かる本でした。さすがだと感心、感嘆してしまいました。
 民主党は、かつて論憲から創憲といって、改憲を明記していた。ところが、今回の選挙では争点とすることを避けた。ただ、これは自民党も同じだった。いずれも、今、選挙のときに改憲を打ち出すのは国民受けしないという判断からだった。
 鳩山首相は、民主党切っての改憲派であり、祖父鳩山一郎以来の悲願でもあったが、いま改憲を言いだせない状況に置かれている。
ところで、憲法9条や25条は形骸化しているのではないか、役に立っているのか、機能しているのかという疑問を持つ人は多い。9条は日本の自衛隊の海外派兵のときに隠れ蓑として使われているだけではないのか……。
 しかし、よく考えてほしい。もし、9条や25条が醜い現実を覆い隠すイチジクの葉の役割しか果たしていないのなら、なぜ、政府・自民党は必死に改正を目ざしてきたのか。やはり、憲法9条が戦争や貧困を拡大するような政治にとって大きな壁になっているから、また25条が醜い現実を変え、人間らしい暮らしを実現するための武器になっているからだ。
 現実に起きている権利侵害や不平等を座視しているような市民にとっては、憲法がどうであろうと関係がない。しかし、ひとたび現状に不満をもち、それを直そうと立ち上がろうとしたときには、大きな違いが出てくる。立ち上がった人間にとって9条や25条のあるかないかは、雲泥の差がある。そして、そこで確保された人権は、立ちあがった市民だけでなく、立ち上がらなかった広範な人々にも及ぶのである。
 なーるほど、ですね。よく分かる指摘です。
 憲法9条は、もともと東アジアの平和保障のためにつくられたものである。マッカーサーは、非武装条項を単なる理想ではなく、平和保障のための実効的な枠組みとして考えていた。
 先日、アメリカのオバマ大統領がノーベル平和賞を受賞しました。プラハ演説で核廃絶を呼びかけただけで、まだ何の実績もないのにおかしいと批判する人もいますが、私はそうは思いません。1994年、佐藤栄作首相が日本人として初めてノーベル平和賞を受賞しました。非核三原則を堅持する決意を再三言明したことが評価されたからです。核兵器を造らず、持たず、持ち込ませずという非核三原則が実態にあわないものであることは、ノーベル委員会も認識していたと私は思います。それでも、この非核三原則は大切なことなんだ、それを再三、日本の国会で明言したことは、内実がどうであれ評価すべきことなんだというメッセージが発せられたわけです。私は、大賛成です。これが佐藤首相はからめとられて、建て前どおりの行動を余儀なくされたのです。核密約の内実が今明らかにされていますが、現実に合わせて理想を変えたり、捨ててはいけないのです。
 もう一つ。日本の防衛予算は世界の中でも突出して大きいものです。ところが、GNPのなかに占める割合は下がり続けています。そして、海外侵攻用の兵器は持てませんし、軍需産業には大きな制約が課せられています。しかし、このことが日本企業の競争力を強化し、東南アジア諸国の警戒心をゆるめていったという大きな効果もあげたのです。
 この本を読んで本当に勉強になりました。一人でも多くの人にこの本が読まれることを心から願っています。
 
(2009年10月刊。1700円+税)

思い出を切りぬくとき

カテゴリー:社会

著者 萩尾 望都、 出版 河出文庫
 萩尾望都の漫画家生活はもう40年になるそうです。すごいですね。私の一つ年下のようですが、私の母と著者のお母様は女学校の友だちとして親しかったので、私もお母様とは顔を合わせることが何回もありました。最近、著者の顔写真を新聞で拝見して、私の記憶にあるお母様にあまりに似ているので、びっくりしてしまいました。もちろん、これは我が家のアルバムにあるお母様の顔写真も脳裏に焼き付いているからでしょう。
 この本に書かれているエッセーは、実はかなり古いものです。一番古いものは1976年とありますから、昭和でいうと51年です。まだ私が横浜弁護士会に登録していたころです。
 私が駆け出しの弁護士になったばかりのころ、既に著者は人気の漫画家でした。それも当然ですよね。『ポーの一族』なんて、すごいですよね。しびれてしまいますね。あとになりますが、『残酷な神が支配する』という漫画は、どうやってこんなストーリーを思いついたのか、不思議でなりませんでした。
 著者は、漫画家志望の子に対して、本をたくさん読むように、劇をたくさん観るようにすすめています。その点は、私もまったく同感です。想像力を働かせるには、自分の体験だけでは足りないと思うからです。
 そして著者は、何かのストーリーを描いているときにうける「ほんの15分のインタビュー」や「ほんの5分で描けるカット」の依頼をなぜ断るのかについて語っていますが、これまた、弁護士である私にも同感至極です。
 頭を切り替えるのは簡単ではない。漫画のストーリーを考えているのを止めて、カットのほうに気を入れなければいけない。この気持ちの切り替えだけで半日かかったりしてしまう。ストーリーを考案しているときには精神を集中する必要がある。その集中力をいったんとかないといけない。
 渡部昇一の『知的生活の方法』にも、仕事している最中に電話でそれを中断されると、仕事のボルテージが極度に下がってしまうと書かれている。まさしく、そのとおりなのだ。
 そうなんです。だから私は事務所にいても電話で話すのは必要最小限にとどめています。相手によっては私は出ずに、事務局でそのまま対応してもらいます。私はそばにいて、「こう返事しなさい」と耳元でささやくだけです。それでいいのです。私は頭を切り替えるムダを省いて、本来の、やりかけの書面作りに専念できるからです。
 著者は福岡県大牟田出身ですが、いまは千葉在住のようです。今後、ますますのご活躍を同年輩の一人として心から祈念しています。
 全国クレサラ集会のとき二宮厚美教授の基調講演のなかで印象に残る指摘がありました。
 それは日本は経済危機が深刻だといってもアメリカや中国とは決定的に異なっている。つまり日本の国債は日本国民自身が自分の貯蓄の中で買い支え得ているとうこと。
 IMFなど外国資金によって支えられているわけではないので自国内で解決できる。だから福祉を充実させて内需を拡大することで解決の展望があるのだということでした。なるほどですね。
(2009年11月刊。570円+税)

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