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カテゴリー: 社会

不幸な国の幸福論

カテゴリー:社会

著者:加賀乙彦、出版社:集英社新書
 私よりも20歳も年長ですし、お会いしたこともありませんが、著者に対して私は一方的に親近感を抱いています。というのも、学生時代にセツルメント活動をしていたという共通点があるうえに、40年前の東大闘争について、学生と教官との違いはあっても参画し、その体験をふまえて自伝的小説を書きすすめているところも同じだからです。しかも、フランス語を話せる(私は、ほんの少々でしかありませんが・・・)ことまで似ているからです。
 80歳を過ぎても、こんなに素晴らしい本を書いておられることに対して人生の先達として心から敬意を表します。
 なんと、75歳のとき、韓国語を始めたというのです。
 記憶力が衰えるのは脳をつかっていないからだ。何か新しいことをやれば活性化するのではないかと思い立った。年をとると生命力も枯れていくのか、好奇心や他者に対する関心が薄れ、どうしても自分とその周辺のことだけに心が向きやすくなる。だからこそ、意識して、これまで興味をもったことのないものに挑戦したり、初めてのものを見たり、聞いたり、味わったりしたほうがいい。そうすれば、昨日と同じ今日の繰り返しに慣れてしまっていた脳が大いに刺激され、活性化する。
 とっくに還暦を過ぎてしまいましたが、幸いなことに好奇心だけは薄れることがありません。次からが、この本のメインです。
 現代人は、問題に直面したとき、それをどう解決していくかという内省力、しっかりと悩み抜く力に欠けている。
 真に悩み、悩み抜くということは、自身の苦悩を材料に考え抜くということでもある。ふだんから何か問題が起きたとき、その遠因と近因を多角的、客観的に分析し、今の自分にできる対策は何かと考える習慣のある人は、自己憐憫の罠や自分の不幸を誰かのせいにしたくなる心の動きに、そう簡単に飲み込まれはしない。
 残念ながら、日本人は、概して自分の頭で考え抜くという作業が苦手である。
 しかも、現代社会は私たちから「考える」という習慣を奪いつつある。
 日本とフランスの統合失調症の患者の悩みがまるで正反対というのに驚きました。フランス人は、他人と顔や心が同じになってしまった、みんなと同じになった、自分の独自性がなくなったといって悩む。ところが、日本人は、みんなと違ってしまった、だから嫌われ、仲間はずれにされてしまうといって悩む。たしかに日本人は横並び思想って、根強いですよね。
 親に知られない秘密をもつ権利、つまりプライバシーの権利への要求こそ、最初の他者である親と自分との境界を確立し、自我意識を発達させるためのもっとも重要な要素なのだ。
 秘密をもち、それが保たれることで、母親と一体化していた幼い子どもの内に「自我」が芽生える。自分と親、ひいては自己と他者とのあいだに境界線が引かれ、自分という存在を意識するようになり、一人ひとりの人間を唯一無二の存在たらしめている人格の中枢部分が発達しはじめる。
 だから、子どもが秘密をもったら、親はその子が自立心を養いはじめたあかしとして喜ぶべきなのである。
 なーるほど、そういうことなんですか・・・。
 日本人本来の性向としては集団主義が好きでは決してないのに、日々の生活のなかでは無理をして集団主義的にふるまっている。
 人間にとって、他者に認められることは大きな喜びだ。だからといって、自分の評価を他人だけにゆだねてしまってはいけない。自分を自分で評価できること、自分という人間がこれから変わっていく可能性を秘めていることを忘れてしまったとき、人は自らを不幸へと追いやることになる。
 自殺者は年間3万人をこえる。10年間の累計は36万人に近い。日露戦争のときの戦没者は8万8千人。3年に一度、日露戦争をしているようなもの。日本の自殺率は主要先進国のなかでは突出している。アメリカ、カナダの2倍、イギリスの3倍。そして実は未遂者が10倍はいると推定されている。日本は年に30万人もの人が自殺をはかっている国なのである。
 幸福を定義しようとしてはいけない。幸福について誰かがした定義をそのままうのみにしてもいけない。
 本当によくよく考えさせられる、味わい深い本でした。一読をおすすめします。
(2009年12月刊。720円+税)
 青森県にある三沢基地を小雨の中見てきました。湖に面して巨大な通信傍受施設があります。ゾウのオリと呼ばれていますが、なるほど圧倒されるほどの大きさです。おもいやり予算(年に2千億円)で作られた立派なアパート群も見ました。アメリカの将兵は本当に大切にされています。
 案内してくれたタクシー運転手の男性は私と同世代でしたが、アメリカ軍と三沢氏は共存共栄している、普天間基地の代わりを引き受けてもいいという口振りでした。三沢市長は公式にそのように言っているそうです。三沢市民の5人に1人がアメリカ軍の将兵と家族だそうです。何の産業もないところですので、生活の糧になっているようです。
 それでも私はアメリカ軍の基地が日本にあるのはおかしいし、戦争を招くだけだと思うのです。皆さん、いかがでしょうか。

日本のモノづくりイノベーション

カテゴリー:社会

著者:山田伸顯、出版社:日刊工業新聞社
 日本は世界に冠たる貿易立国として、国際収支の黒字を続けている。輸出の大きなウェイトを占めるのが製造業で生み出した財で、そのうち機械金属の工業製品が76%を占める。
 そのモノづくりの地位が低下しつつある。さあ、どうするか・・・。
 東京都大田区にある中小零細企業が日本のモノづくりを支えていること、まだまだ日本も捨てたものじゃないことがよく分かり、門外漢が読んでも元気が出てきて、大いに応援したくなってくる本です。
 量産体制を成り立たせるには、それを支える技術(支持産業)が必要である。次々と変化する時代の先端的産業を担う特殊技術や製産分野の中間技術を下支えする底辺の技術で、この基礎的技術が、産業技術全般の発展には不可欠である。これが不十分だと、その国の産業の自立的発展が困難となる。この技術を基盤技術という。
 日本の産業が国際競争において圧倒的に優位だったのは、この基盤技術がしっかりしていたから。ところが、現在、この基盤技術が揺らいでいる。この習得には時間と根気を要する熟練技能そのものであるが、苦労して技能を受け継ごうとする若者が少なくなっていることにもよる。
 大田区の工場は、1983年がピークで、9190、2003年に5040、2005年には4778になった。20年間で4000以上の工場が消滅してしまった。
 海外進出しても、生産技術の生まれる生産拠点を日本国内に温存し、国内を空洞化させないことが日本の企業にとって重要な経営戦略である。
 高校生に工場に入って現場で実戦させる教育がすすんでいることに感嘆しました。そうですよね、これが必要ですよ。
 1年は2週間のインターンシップを年に3回、2年生は2ヶ月の長期就業訓練、3年生も2ヶ月だけど、希望によりさらに2ヶ月の訓練を受けられる。
 職場体験学習が広まることにより、子どもが社会に対する認識をもち、生きることの目的を考えるようになる。受け入れる企業の側では、未熟な若者に教える経験を通して、工程を見直して分かりやすくするなど改善し、社内に新たな刺激をもたらしている。
 そうなんですね。未熟の若者に教えるのは企業にとっても、単なるボランティアだけでなく、それなりのプラス面もあるわけです。
 特許についても、小さな町工場が超大企業と対等の立場で契約したり、見える理論部分だけ特許をとって他の人には分からない電子回路についてはあえて特許を取らないという工夫が紹介されています。町工場が生き抜いていく知恵ですね。
 町工場のいろんな工夫が盛りだくさんに紹介されている面白い本です。
(2009年1月刊。1800円+税)

在日米軍最前線

カテゴリー:社会

著者  斉藤 光政  、 新人物文庫 
 日本とアメリカによる3年かかりの壮大なガラガラポンの果てに姿を現したのは、アメリカ軍によるさらなる基地強化、つまり日本列島の前線化にほかならなかった。それは、戦略展開拠点ニッポンの現実だった。
 「世界の警察」を自認し、世界中のどこにでも即時に出撃することを前提としているアメリカ軍は150万人の大兵力を世界の5つの地域に分けて展開している。この統合軍で最大規模を誇るのが、ハワイに司令部を置く太平洋軍だ。
 太平洋軍の総兵力は30万人。在日アメリカ軍は、陸軍2千人、海軍5千人、空軍1万4千人、海兵隊1万8千人の計3万9千人。このほか、太平洋艦隊第7艦隊1万2千人がいるので、太平洋軍の6分の1、5万人が日本列島を拠点に活動している。
 私は、近く(5月末に)青森の三沢に出かける予定です。この三沢にはアメリカ軍の第35戦闘航空団が常駐しています。
 三沢基地には、戦闘機F16Cファイティングファルコン40機が配備されている。この航空団は、敵防空網の制圧と制空権の確保が目的であり、全軍の露払いを使命とする。
 三沢基地には、「ゾウのおり」と形容される巨大な円形アンテナと、14基の大型パラボラアンテナが林立するパラボラアンテナのうち4基は秘密通信傍受システム「エシュロン」に使われていて、軍事スパイ網の要となっている。
 アメリカは、青森県を「友好的で、アメリカ軍基地に対する抵抗感が強くなく、機密保持に適した場所」とみている。三沢基地には、アメリカ軍がF16を2個飛行隊かかえ、自衛隊がF2を2個飛行隊かかえる。つまり、80機の攻撃飛行隊が集結する。こんな基地は世界でもまれだ。このように三沢基地は、対地攻撃に特化した一大拠点になろうとしている。
1960年代、三沢のアメリカ軍基地では、1年間に2000発以上の核模擬弾を消費していた。三沢は「核漬け」の状態にあった。1961年9月から1963年8月までの2年間に、6機ものF100戦闘爆撃機が訓練ルートで墜落した。これらの事故の多くは公にされることはなかった。
 核攻撃任務を与えられていたのは三沢基地だけではない。埼玉県の入間、福岡県の板付、愛知県の小牧、沖縄県の嘉手納も同じである。
 嘉手納の核貯蔵庫から、三沢、入間、小牧、板付に核弾頭が搬出されていた。嘉手納には、予備もふくめて最低200個、通常400個ほどの核弾頭が配備されていた。今、これがゼロだとはとうてい思えませんが・・・・それはともかく、日本がアメリカ軍の最前線基地になっているなんて、とんでもないことです。
 ところが、多くの日本人は今なお、アメリカ軍が日本を守るために日本にある基地を構えているかのように錯覚しています。アメリカが日本を守ってくれるなんて、ありえないことです。むしろ、アメリカの戦争に日本が巻き込まれてしまう危険のほうがよほど大きいと思います。
 そんなことを実感させてくれる絶好のレポートです。小さな文庫本ですが、内容はずっくりと重たいものです。どうか、ぜひ読んでみてください。
 
(2010年3月刊。667円+税)

ゲゲゲの娘、レレレの娘、らららの娘

カテゴリー:社会

著者:水木悦子、赤塚りえ子、手塚るみ子、出版社:文藝春秋
 タイトルを見ただけで何の本か、誰のことか分かった人は偉いですよ。私も、これらの娘さんのお父さんたちのマンガには子どものころ(大学生まで)大変お世話になりました。 ゲゲゲの鬼太郎って、初めのうちはすごく不気味なマンガでしたね。だって、墓場を舞台として、妖怪たちがゾロゾロ出てくるのですから・・・。天才バカボンにはまいりました。イヤミがシェーッと言って飛び上がるのは、大学生のとき、みんなでよく真似をしました。大学の寮で、みんなで回し読みしていたのです。『ガロ』なんかも人気でした。白土三平の「カムイ伝」も良かったです。百姓一揆が初めて具体的にイメージできました。そして、「火の鳥」など、手塚治虫には弁護士になってからも「ブラック・ジャック」など愛読しました。
 娘たちにかかると、偉大なマンガ家も顔色なし、です。案外、娘たちは父親のマンガは読まずに、他人のマンガを読みふけっていて、オヤジたちは、それを気にしていたというのも面白い事実です。
 赤塚不二夫の娘は、高校2年生のとき、パパの彼女と一緒に海外旅行に行ったことがあるといいます。さすがに、それを母親には隠していました。あるとき、それをバラしたら、母親は猛烈に怒って、「不二夫さん!」と電話で怒鳴った。赤塚不二夫は、このときちょうど、NHKの取材を受けていた・・・。あらあら、なんとしたことでしょう。かなりハチャメチャな生活だったようですね。
 「ブラック・ジャック」にでてくるピノコは、手塚の娘がモデル。ちょうど、小学生のときだった。
 水木は、人見知りだし、友だちも多くないし、お酒は飲めず、付きあいはよくない。会社でも家庭でも安心できないとダメ。
 父の偉大さは子どもにはなかなか見えてこないものなんだ。改めてそう思ったことでした。そして、久しぶりにマンガを心いくまで味わいました。それぞれのマンガも挿入されていて、とても楽しい本です。笑いながら、共感しながら、感嘆しつつ車中で一心に読みふけりました。なつかしくも楽しいひとときを過ごせました。ありがとうございます。
(2010年3月刊。1429円+税)

山田洋次を観る

カテゴリー:社会

著者 吉村 英夫、 出版 リベルタ出版
 日本の大学生も、まだまだ捨てたもんじゃないなと安心できる思いのする本です。
 山田洋次監督のつくった映画を大学の教室で見て、教授からその解説を聞き、さらに学生同士でディスカッションできる。なんてすばらしい授業でしょう。羨ましい限りです。この学生たちはみな幸せです。
 この本には、授業に出た学生の感想文が紹介されていますが、それがまた実によく出来ています。なんといっても感受性が鋭いのです。感嘆、感心、感激というしかありません。その学生たちの前に、本物の山田洋次監督が登場し、対話形式による公演が展開します。
 山田監督のつっこみが実に鋭い。学生たちがオタオタするのも無理はありません。うーん、私だったらなんて答えるかなあ……。自信ないなあ、と、つい頭を抱えてしまったことでした。
 映画『男はつらいよ』は、観客を教化するという姿勢をもたない。人間は善なる存在であり、人と人とはつながっており、家族の絆が人間社会の原点であり、仲間たちがいつくしみ信じあうところから、心休まる世の中は生まれてくるという作者の心情がにじみ出ている。
 映画は、もちろん楽しむために観る。音楽は楽しむために聴く。小説は楽しむために読む。これは当たり前のこと。でも、どういうふうに楽しいかという問題がある。楽しみの質の問題がある。そして、人を楽しませるには、すごい才能と努力と修練がいる。
 『男はつらいよ』の第1作で、さくらが兄に対して結婚したいと言ったときの渥美清のシーン。最初は10秒だったのを、2秒のばすためだけで大騒ぎして撮影した。
 この2秒にこめられたさまざまな思い。ああ、妹が俺に許可を求めている、俺が妹にいったい何をしたのだろうという、そんな寅の後悔と悲しみと、もう一つは喜び、ああ、妹がこんあ幸せな顔をしている、ああ、よかったんだ、そんな内面の葛藤をこの12秒の画面で表現した。
 映画は、そんな想像力を観客に伝える芸術なのである。
 うむむ、たしかに、寅の顔はすごく微妙な表情です。なんとも言えません……。
 大学生の反応が生き生きと伝わってくる本です。それ自体に感動します。良い映画は、10年とか20年たっても、感動があせて消えてしまうことはないのですよね。
 私が『男はつらいよ』第一作を観たのは1969年5月のことでした。五月祭のとき、大教室で観たのです。大爆笑でした。1年近くの大闘争後、まだ殺伐とした雰囲気の色濃い大学で、清涼感あふれるさわやかな風が吹き抜けていきました。
良い本です。一気に読みました。
 
(2010年1月刊。2200円+税)

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