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カテゴリー: 社会

教育の豊かさ、学校のチカラ

カテゴリー:社会

著者   瀬川 正仁 、 出版    岩波書店 
 橋下「教育改革」は、要するにエリート教育を重視しようというものです。グローバル化社会に勝ち抜く人材を養成しようというのですが、早くから差別と選別を教育分野に取り入れていいことは何ひとつないと私は思います。
 文部省の「日の丸」・「君が代」による教員統制は、子どもの学力を全体として伸ばそうというものではなく、国家にとって必要な人材を確保するために、教師を画一化し、強力に有無を言わさず統制しようとするものです。
 でも、現実の子どもたちは大半がそんなエリート養成教育からはみ出しています。そして、そのはみ出した子どもたちと格闘している教師集団がこの本で紹介されています。
 まずは静岡県の南伊豆町にある「健康学園」です。ここは、東京都中央区立の上東小学校の分校です。全校児童31名が、寮生活をしながら学んでいる。生徒は中央区に住民票のある小学3年生から6年生まで。教員は6名。ここでは心身の健康の回復を第一にしているため、学力を身につけることは期待されていない。だから、授業は伸び伸びした学びの場になっている。好奇心旺盛な小学生時代に、生きた知識や興味をどのように伝えるかに苦心がある。
 教師は一人ひとりに目配りできるし、しないわけにはいかない。
寮にテレビは一台のみ。そして、1時間だけ。テレビゲームもなし。公衆電話はなく、ケータイは禁止。だから手紙を書くしかない。寮生活を支えるのは、保育士の資格をもつ16人というスタッフ。中には発達障害児もいる。そして、この学園で自己肯定感を育てて子どもたちは伸びていく。
児童自立支援施設、そして海外にある日本人学校の様子も紹介されています。世界各地にある日本学校は88校。
 福島県三春町の学校も登場します。3.11の前のことです。
 沖縄には70代生徒の通う夜間中学校があります。そう言えば、山田洋次監督の映画『学校』は東京の夜間中学を舞台とする感動的な映画でしたね。
 さらに、長野県松本市にある刑務所のなかの中学校(桐分校)の今も紹介されています。いまでは、在日中国人が生徒の大半を占めるというのです。また、中学校を出ていても学力のないものを聴講生として受け入れているとのこと。世相の移り変わりを知りました。
『世界』で連載されていたものが本になりました。エリート偏重教育では決して日本は良くならないということを痛感させられる本でもありました。
(2012年7月刊。1700円+税)

橋下徹の金と黒い人脈

カテゴリー:社会

著者   一ノ宮 美成+グループK21、 出版    宝島社 
 どうして、こんなデタラメな男をマスコミが大々的にもてはやすのか、信じられません。
 この本は、橋下徹の実像を鋭くあぶり出しています。広く読まれたらいいなと思いました。
 橋下市長は当初、原発再稼働に華々しく反対していたのに、いつのまにか再稼働容認に変身してしまった。そして、その変身直後の2週間、ツイッターを2週間も休止した。たたくのは得意であっても、たたかれるのは弱いからだ。
弱いものいじめが橋下徹の身上なんです。これって、いやな性格ですよね。
 自分が批判される立場になると、すぐさま雲隠れしてしまう卑怯な人間なのだ。
 メディアが本来果たさなければならない、権力監視が不十分だからである。橋下の言い分をマスコミはたれ流している。
大阪市民の支持率は、7割近くを誇った府知事時代から54%にまで下がった。
 「大阪市民はぜいたく」だと言い放って、市民サービスの予算を3年間で488億円も削減する。ところが、橋下のブレーンを特別顧問・参与として、合計50名に対して総額680万円も支払った。
維新の会は、全国で300人候補者に出すという。合計30億円をどうやって工面しようというのか。実は、候補者本人が選挙資金を自分で出せるかどうかが選考の基準になっている。
 橋下徹と維新の会を応援する財界は財界アウトサイダーである。紳士服のアオキ、ドトール、家具のニトリ、人材派遣のパソナなど・・・。
 橋下市長は、原発再稼働容認をうち出す前、ひそかに関西経済団体のトップと会食した。これで財界から取りこまれてしまったようです・・・。
 橋下市長は、サラ金特区そしてカジノ(ギャンブル)特区を提唱しています。ひどいものです。もっと実体をあばいてほしい、マスコミもきちんと正確な実情を伝えてほしいと思ったことでした。
(2012年7月刊。993円+税)

ガリ版ものがたり

カテゴリー:社会

著者   志村 章子 、 出版    大修館書店 
 ガリ版というと、私にとっては大学生時代に切っても切れない関係にありました。高校生のときには、日本史の教師から手作りの日本史の流れの早わかりをもらって重宝していました。大学生になると、自らカッティングしなければいけなくなりました。自分の考えを他人に知ってもらうためには、どんなに下手でも自らカッティングするしかありません。鉄筆を握って、ヤスリ版の上においたロウ厚紙に一字一字ていねいに字をカッティングしていくのです。一字は四角います目に納めるような方眼紙になっていますから、私の字も次第に読みやすい、丸っこい字になっていくのでした。これって、ちょうど、今の学生にとってパソコン入力できなければ何も意思表示できないのと同じ状況です。世の中、現象的には変わっても、本質的には変わらないものだと、つい思ってしまったことでした。
 ガリ版の魅力は、その仕事にたちまち自らの魂が乗り移ってしまうことにある。これは、活字その他の版式の遠く及ばないガリ版の独壇場である。
1930年代の日本。ガリ版印刷がこなせなかったら小学校教員の資格はない。謄写技術の習得は絶対に必要とされた。
 映画『二十四の瞳』には、検挙された綴方教師の文集が教頭によってあわてて焼き印される場面がありました。戦前の教師はガリ版で学級通信をつくったりして、子ども、そして親たちとの交流を密にしていました。そのことで国民的に評価された女教師が、あとになってアカという烙印を押されてしまうといった悲しい悲劇も発生したのです。このガリ版印刷なんていっても、今どきの若者には理解できないものでしょうね。
 先のとがった鋼鉄製の鉄筆ロウ厚紙に字を書き、孔をうがちます。ロウ厚紙は、極薄葉和紙(雁皮100%の手抄き)にパラフィン加工したもの。有名なのは四国厚紙です。
 2011年現在、新品を入手できるのは、鉄筆とローラー分野だけ。ロウ厚紙を書くのを、厚紙を切る(カッティング)、「刻む」と表現した。
 第一次世界大戦、ドイツの捕虜を収容した日本各地の収容所で、ドイツ人は有料ガリ版ニュースを発行した。2年間で55万枚を印刷したというから、すごいですね。最大発行部数は300部だった。
 なつかしい、学生時代とは切っても切れないガリ版を思い出させる本でした。
(2012年3月刊。2400円+税)

ひさし伝

カテゴリー:社会

著者   笹沢 信 、 出版    新潮社 
 井上ひさしは、私のもっとも尊敬する作家の一人です。憲法9条を守れという九条の会の呼びかけ人であったのもすごいと思いますし、「ひょっこりひょうたん島」には、今なおお世話になっています。というのも、弁護士会の役員を一緒にやった仲間の集いは「ひょうたん島」グループと命名されているのです。博士もガバチョも、そして村長もいます。
 この本を読むと、その「ひょうたん島」が実は、死んだ子どもたちの新しい世界が舞台になっているという、実に衝撃的な裏話が紹介されているのです。ええーっ、ま、まさか、とのけぞりそうになりました。
 人形劇「ひょうたん島」がNHKで放映されたのは、昭和39年(1964年)4月から。昭和44年(1969年)まで、5年間続いた。私が高校生のときから大学2年生までのことです。夕方に15分間だけでしたが、この人形劇は本当によく出来ていました。「ひょうたん島」について、食糧問題を考えていないと非難した人に対する弁明として、井上ひさしは平成12年に次のように弁明したのでした。
 「あの登場人物は、みな死んだ人たち、死んだ子どもたちなのだ。死んでいるからこそどこにでも自由に行ける。死んだけれど、死にきれないでさ迷っている人たち。いわば、お化け集団なのだ。だから、ひょうたん島には食料問題はない。あの番組のなかで親たちの生き方を根本から批判して、新しい時代の人間関係をつくるというルールを考えていた。議論はするけれど、ケンカはしないのが、これからの時代だ。意見が合わなくても、一つの目標が共通なら、一緒になれるんじゃないかというのが『ひょうたん島』のテーマだ。
 『ひょうたん島』の明るさは、実のところ、絶望の果ての明るさ、死後の明るさなのだ」
ええーっ、そ、そんなバカな・・・と私は思いました。底抜けの明るさの背景には、こんな絶望があったんですね。ここにも著者の非凡な発想と才能がみちあふれているのでした。
 『吉里吉里人』(新潮社)は、昼寝の枕代わりになるとも言われた分厚い本です。東北の一地方が独立国家をつくるという、奇想天外のストーリーです。東京オリンピック開催のころ(1964年)、NHKラジオで放送されたところ、「冗談にしてもひどすぎる」と批判された。このあとNHK芸能部から声がかからなくなったというのですから、冗談話ではなかったのでした。
 井上ひさしは、東北地方の孤児院に弟とともに3年ほどいたのでした。父親が早く死に、母親も苦労していたからです。この孤児院の神父たちは自ら汗を流して子どもたちを励ましていたようで、偉いものです。これが、後に上智大学に入って出会った神父たちの「墜落」になじめなかった原因をつくり出したのでした。
一家離散の悲しくも厳しい生活を思春期にしたことが井上ひさしの作品の原点になったようです。希望や愛を語るひさしではなく、絶望を語るひさしがいる。
ひさしは、4年のあいだ住み込みの倉庫番をしながら、脚本懸賞に応募していた。145回の応募のうち、入選18回、佳作39回。3割9分3厘の打率。獲得した賞金は34万6千円。これを上回ったのが藤本義一だった。うひゃあ、上には上がいるのですね。
 井上ひさしの難は、とにかく原稿が遅いこと。並の遅さとはわけが違う。ギリギリまで出来あがらない。むろん、原稿の出来は、ディレクターの思惑をこえて、いつも及第点だった。井上ひさしは、可能な限り資料を渋猟し、資料の表裏を徹底的に分析してからの執筆だから、遅筆は避けられなかった。井上ひさしの考証は徹底している。
なかなかマネできませんね。ともかく、神田の古書店から関係図書がごっそりなくなってしまうほど買い漁るのです。
井上ひさしのユーモアは、過剰なまでの言葉選びによっている。笑いは娯楽であると同時に人々を救うものであるというのが、井上ひさしの思想である。
 井上ひさしは努力の人でもあったのですね。まだまだ読んでいない作品がたくさんあることを思い知りました。さあ、読みましょう。あなたも、いかがですか?
(2012年4月刊。3000円+税)
地域ぐるみの子育て
 稚内そして宗谷というと、今までは南中ソーラン節で全国に有名です、非行に荒れる中学校をたて直していったという背景があります。
 私が稚内に行ったのは、稚内をふくむ宗谷が、地域ぐるみの子育てに取り組んでいることを知ったからです。学校と教育委員会と地域が、文字どおり一丸となって子育てに取り組んでいるのを知って、感動的でした。
 たとえば、小学校の学校だよりが全戸配布されています。サマーフェスタは地域のお祭り。子どもたちも主体的に参加。小中一貫教育もすすんでいます。いえ、施設一体というのではなく、相互に授業内容を公開しあうのです。
 子どもが気軽に校長室に顔を出します。学年だより、学級通信も2日に一度。クラスには市費負担の教員がおかれたり、支援委員というおばあちゃんたちがクラスの「問題児」の対応にあたります。手厚く人が配置されているのです。教育はやっぱり人ですね。そして、それを支えるお金が必要になります。
教育委員会に子ども課
 タテ割り行政で相互連携するというのではなく、子どもに必要なことはなんでもやれる子ども課があります。
 子どもが家を出て帰ってこない、何日もごはんを食べていない。そんな情報が寄せられると、子ども課の出番です。学校よりも機動性があり、保護の必要なときには、すぐ手が打てる。
 大変気骨のある教育長さんの話を聞いて、教育行政の原点を知った思いでした。

学校改革の哲学

カテゴリー:社会

著者   佐藤 学 、 出版   東京大学出版会
 現在、マスメディアとは無縁なところで、公立学校の革命的変化が進行している。「学びの共同体」づくりを標榜する学校改革に挑戦している学校は、小学校で1500校、中学校で2000校というように、公立学校の1割に達している。
 「学びの共同体」としての学校は、ひとまとまりの「活動システム」によって組織されている。どの授業においても、①男女混合4人グループによる協同的な学びを組織すること、②教えあう関係ではなく、学びあう関係を築くこと、③ジャンプのある学びを組織すること、この三つが求められる。
 教師においては、授業を子どもの学びへの応答関係によって組織し、①「聴く」「つなぐ」「もどす」の三つの活動を貫くこと、②声のテンションを落とし、話す言葉を精選すること、③即興的対応によって創造的な授業を追求することが求められる。
 教室において子ども一人ひとりの学びの権利を実現する責任は、学級や教科の担任教師が一人で負うのではなく、その教室の子どもたち全員、学年ごとの教師集団、そして校長と保護者が共有する。
 「学びの共同体」づくりを推進した学校では、どんなに荒れた学校でも、1年後には教師と生徒のあいだのトラブルや生徒間の暴力は皆無か皆無に近い状態となり、生徒たちが一人残らず積極的に学びに参加する状態へと変わっている。そして、改革を始めて2年後には、不登校の生徒が3割から1割に激減する。さらに、「学びの共同体」づくりを推進した学校のほとんどにおいて2年後には成績の低い生徒の学力が大幅に向上し、3年後には成績上位者の学力も向上して、市内トップもしくはトップクラスの学校へと再生する。
 新自由主義のイデオロギーと政策において、もっとも深刻な問題の一つは、教師の仕事を責任からサービスへと転換したこと。しかし、教師と親との関係は、サービスの提供者とサービスの享受者なのか。そうではないだろう。教育はサービスではなく、子どもに対する大人の責任である。子どもの教育を中心において、教師と親とが責任を共有することなしには、教師と親との間の信頼と連帯は形成しようがない。教育が責任からサービスへと転換することによって、教師の尊厳と教職の専門性は危機を迎えている。教師の仕事は「誰にでもつとまる仕事」と見なされ、教師に対する信頼も尊敬も崩壊しつつある。深刻なのは、教師の尊厳が傷つけられていることである。
 「数値目標による経営と評価」は、評価を受ける組織の目標が単一であり、単純である場合には積極的な効果をもたらすが、評価を受ける組織の目標が多元的で複雑な場合には否定的な効果しかもたらさない。教育委員会が「数値目標による評価」を学校に導入したことから、教師の仕事は「学力向上」や「いじめ」「不登校」の解決、「進学実績の向上」という単純で目に見えるものに限定され、その達成の証明と評価の資料作成に多大な労力を注ぐ状況に陥っている。
 一般に、人々は学校の改革を安易に考えすぎている。学校は頑固で頑迷な組織である。決して容易に改革しうるものではない。学校改革は容易な事業ではないし、学校改革を行うことが決して教育の質を改善し、教師のモラール(士気)を高めるものでもない。むしろ、逆の効果をもたらすことが多いのが現実である。学校改革は、数年の単位で遂行するような安易な事業ではなく、また、部分的な改革によって達成される事業でもないし、一部の人々によって達成される事業でもない。
 学校改革は、少なくとも10年単位で緩やかに遂行される長い革命であり、部分的改革ではなく、全体的構造的改革でなければならない。短期間の急激な改革や部分的局所的な改革は、その副作用や反作用によって否定的効果をもたらす危険のほうが大きい。
 不公平で非民主的な学校を改革するためには、学校の構成員一人ひとりが主人公として対等に参加し交流する組織へと学校内のコミュニケーションの構造それ自体を変革しなければならない。一人残らず子どもの学びの権利を実現することは、校長の責任の中核といってよい。この責任を自覚した校長は、職務の大半を教室の観察と教師の支援と研修の活性化に充てるはずである。
教師の仕事は高度の教養を基礎として成り立つ知性的な仕事であり、豊かな市民的教養と高度の専門的知識と実践的な見識を必要とされる複雑な仕事である。「学びの共同体」における教師は、「教える専門家」であると同時に、「学びの専門家」として再定義されている。
人が人と交わるというのは、実は危険な行為なのである。交わりの基盤には、他者を信頼して身体をさらして預けるという危険な関わりがある。
 日本の学校を特徴づけている教師の集団的自治の様式は、職員会議における協同の討議による意思決定と、一校あたり30以上に分業化された校務分掌と学年会あるいは教科会という小集団の自治単位によって運営されており、諸外国には見られない「日本型システム」を形成している。
「学級王国」においては、教師が「天皇」として君臨し、子どもの自主性と主体性を「集団自治」によってリモート・コントロールすることによって成立していた。「学級崩壊」が「学級王国」の崩壊であるとするならば、その現象は必然的であり、むしろ好ましい現象である。問題は、崩壊が新しい学校と教室の装置の新生を準備していない点にある。
 人称関係を剥奪された「集団」から固有名と顔をそなえた「個人」に立ち戻ること、そして個性と共同性を相互媒介的に追求すること、交わり響きあう学びの身体の流れを活性化して空間と関係のすべてを編み直すことが、この窒息し閉塞した状況を組み替える出発点となるだろう。
 とても格調高い教育論であり、心がふるえるほどの感動を久方ぶりに覚えました。
(2012年3月刊。3000円+税)

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