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カテゴリー: 社会

日本の夜の公共圏

カテゴリー:社会

(霧山昴)
著者 谷口 功一 、 出版  白水社
スナックについての本格研究書です。もちろん、私もスナックには行ったことがあります。でも、カラオケ嫌いの私には、あまり近寄りたくない場所でしかありません。うるわしき美女との出会いを期待したい気持ちは少なからずあるのですが、むくつけきおっさんの下手なカラオケの蛮声を聞かされるかと思うと、足が遠のいてしまいます。
スナックは、今では都市部ではなく、地方においてこそ身近な存在となっている。
先輩が後輩を連れてスナックへ行くという文化は、70年代生まれの世代の前後で断絶している。
ガールズバーは、女の子のドリンク代に店側の実入りは大きく依存している。
スナックは、時間無制限で、女性(ママ)は、若くても30代以上。
スナックの名称は、軽食(スナック)による。スナックの前身はスタンドバー。
現在、スナックは10万軒、美容院23万店、不動産屋12万軒、居酒屋8万店。
人口比でのスナック軒数は、上から順に①宮崎、②青森、③沖縄、④長崎、⑤高知、⑥大分、⑦鳥取、⑧秋田、⑨山口、⑩佐賀。つまり、九州方面が圧倒的に多い。最下位は奈良。なぜ・・・。
田舎では、どんな小さいところにも、スナックとフラダンススタジオがある。うひゃあ、そ、そうなんですか・・・。
スナックは始めるのは簡単で、やめるのも難しくない。大きくもうかることは期待できないけれど、ほそぼそとやるにはいい。
スナックのママが女をウリにしていると、案外にうまくいかない。おっさんたちがライバル同士になってしまうから。ウリは、ママかマスターの人柄だけ。
スナックにとって恐るべきは、警察とあわせて税務署。ただし、これも、はやっている店に限る。税務署がおしのびでやってきて、領収書をもらい、あとで台帳に載っているかチェックする。
スナックでは階級差がない。基本は飲んで歌うこと。社長もサラリーマンも、いろんな人が混交している。
私は、見知らぬ土地に行って、ふらっと食べ物屋に入る元気はあるのですが、夜のまちに、知らないスナックに入る勇気はもちあわせていません。カラオケが歌えないからだとは思いますが・・・。
それにしても、なぜ、スナックが九州、西日本にそんなにかたよっているのでしょうか・・・。不思議でなりません。学者の先生方による、真面目なのか、本気なのか、よく分からなくなってくる貴重な研究書です。
(2017年7月刊。1900円+税)

いつも子どもを真ん中に

カテゴリー:社会

(霧山昴)
著者 上田 精一 、 出版  青風舎
私と同じ団塊世代はだいたい定年退職し、嘱託として学校教員を続けている人がいるくらいになってしまいました。
著者は、私たちよりさらにひとまわり上の世代になります。中学校の教員(国語)として、子どもたちと格闘していた日々の出来事が昨日おきたことかのように語られているのに驚かされます。
学級通信では、子どもたちの言葉、それに2行か3行そえたコメント、そして親の反応が紹介されています。そして、大切なものは製本して保存してあり、昔の生徒たちが10年、20年して集まったときに贈呈して喜ばれているというのです。こんな教師にめぐりあえた生徒は幸せです。
学級運営で、口を開かなかった子と交流できるようになった話、つっぱっていた生徒との対話、そして、女子生徒たちから、差別しないように申し入れられた経験・・・。どれをとっても、子どもたちを主人公として大切にしてきた教師としての貴重な体験談です。
さらに、沖縄へ修学旅行に行ったときの様子、平和をテーマとして子どもたちが文化祭で劇に取り組み、成功させた様子など、教師冥利に尽きる話のオンパレードで、読んでる私の心を熱くしてくれました。
やっぱり、教師って、人の生き方を変える力をもっている。これって聖職だよね、そう思わせる本でした。
著者は八代市に生まれ、長く人吉の中学校につとめていました。学校教育の現場に関心のある人には強く一読をおすすめします。
(2017年5月刊。2000円+税)

女性と労働

カテゴリー:社会

(霧山昴)
著者 日本弁護士連合会 、 出版  旬報社
2015年10月に千葉の幕張で開かれた日弁連人権擁護大会のシンポジウムの報告書を要約・加筆して出来あがった本です。
シンポジウム実行委員会はオランダへ現地調査をしたようで、巻末資料として、その報告書がのっています。アムステルダム市はセックスワーカーの権利保護に乗り出しているというのが、私には目新しい話でした。写真で見たことしかなく、現地に行ったこともありませんが、アムステルダムには「飾り窓」で有名な地域があります。そこで働くセックスワーカーは全市5000人から8000人のうち、2000人。今は東欧出身の女性が多い。顧客は年間20万人に近く、アムステルダム在住者は3分の1以下で、半分以上が独身、5人のうち2人はパートナーがいると推測されている。
アムステルダム市の売春政策は①合法的な売春をノーマル化する、②非合法の売春を察知する、③ワーカーのエンパワーメントとケア、④予防という4つの目的がある。ライセンスがなくても、自宅で週に何回か売春することは合法扱いされている。そして、18歳以下の子どもがセックスワーカーになるのは禁止されている。
では、日本はどうなっているか。売買春はもちろん法で禁止されているが、現実には、女性が性的サービスをしている性産業の営業所数は2万2千ケ所ほどあり、1ケ所平均20人として、40万人以上の女性が働いている。ここは、他の職業とは比較にならないほど生命・身体に危害を及ぼすリスクの高い特殊な労働である。
学費が高く、奨学金が貸与制のために、大学生(女性)が性産業で働くケースが多いことは前から指摘されている。
それにしても日本の「人づくり」政策は根本的に間違っていますよね。大学の入学金が国立大学で82万円、私立大学で132万円するなんて、信じられません。
私のときは月1000円でした。ヨーロッパでは学資はタダどころか、学生に生活補助しています。これこそまさしく「人づくり」ですし、「国づくり」です。大型ハコモノづくりとかムダな軍事予算を削って、人材養成にこそ国はお金をつかうべきです。
女性が働きながら子育てしようとするときに直面するのが保育園の確保です。この本によると、保育士の資格をもちながら働いていない潜在保育士が60万人もいるとのこと。もったいない話です。それほど、保育現場の労働環境は劣悪なのです。
そして、教員にも非正規が年々増えている。2005年にして、3%だったのが、2011年には16%になった。
看護師は9割以上が女性で、深刻な過重労働が横行している。
では、日弁連はどうしたらよいと考えているのか・・・。この本では、いろいろ、たくさん問題提起されていますので、かえって要点、ポイントが分かりにくくなっている気がしました。
もっと、男も女も、個性ある人間として社会が大切にしていることを実感させてくれる世の中にしたいものです。そのための貴重な現状告発と問題提起の本です。
委員長の中村和雄先生、よくぞ本にまとめられました。お疲れさまです。
(2017年4月刊。2000円+税)

コブのない駱駝(らくだ)

カテゴリー:社会

(霧山昴)
著者 きたやま おさむ 、 出版  岩波書店
「帰って来たヨッパライ」そして「イムジン河」で有名な(といっても、若い人は知らないのかもしれませんが・・・)フォーク・クルセイダーズの一員として音楽活動をし、その後は、作詞家になり、さらには医科大学を出て精神科医になって、九州大学で精神医学を教えてきた著者が、自らの歩みを精神分析してみた、面白い本です。
タレント本とはまったく異なり、一味(ひとあじ)違った、スルメのようにかみしめるほどに味わい深い本です。
「きたやまおさむ」の名で活動してきた自分を、精神科医の「北山修」がながめて書いている。この出演する自分をながめて、その台本を読みとり、味わうという仕組みは、実は、人が生きていくうえで、とても重要なシステムだ。それで、自らの人生をいわば、「劇」のように、ながめて考えてみることを「劇的観点」と呼んで、提唱している。
精神分析家は、自らを積極的には語らない。いえ、そうしてはならないのだ。精神科医の仕事は、自らが「白紙」になることによって、患者に自由に想像してもらい、正直に思うところを語ってもらうのが基本だ。もし、精神科医が、「私は、こういう人間です」と公言してしまったら、患者にとって、目の前の精神科医は「白紙」ではなくなってしまう。
「劇的観点」を成り立たせるには、それを描き出すための言葉や文章が必要となる。そして、比喩(ひゆ)をうまく使うことは、生きていくうえでも大切なことだ。
「遊び」は、とても重要。仕事だけでなく、食べる、寝るといった生理的な部分だけでもなく、それらとは関係のない時間をもてている人。内的にも外的にも、道草できる領域をもっている人。そうした休息や趣味の領域を確保していることが、実は、人間の健康や創造性にとっても大切なのだ。
人には、暴力的な欲求がある。それを人はコントロールしなければいけない。人間のなかの暴力性をコントロールするためにも、罪悪感をもち続けることは大切だ。
『帰ってきたヨッパライ』はなんと、280万枚を売りあげたとのこと。すごいことです。私が東京で大学生活を始めた年の12月のことです。町を歩いていると、いつでも、どこでも、この曲が流れていました。レコード盤なんか買う必要もなく、音痴の私だって覚えてしまったほどです。
翌1968年10月には、グループは解散します。東大闘争が始まっていて、授業がなくて、私は集会とデモ、そしてセツルメント活動に明け暮れていました(決して全共闘ではありません)。
著者は、1968年10月にヨーロッパ旅行に出かけるのでした。大学2年生のころの私は貧乏でした(1ヶ月1万3000円で生活していました。親は大変だったと思いますが、当時は、親が子どもへ仕送りするのは当然だと考えていました。スミマセン)から、海外旅行なんか、夢みることすらありませんでした。
作詞家と精神科医には似たところがある。作詞は、人間の心の中と交流し、その中にあるものを言葉として紡(つむ)ぎ出していく行為である。精神医学もまた、本人や周囲の理解できない心の現象を言葉で、分析、説明する仕事でもある。
いやはや、さすがは精神分析医だとうならせる言葉に圧倒されてしまいました。かつて歌ってましたという軽佻浮薄なところは、微塵もありません。
心の宇宙は、空よりも広く、海よりも深い。まだまだ、その意味は読みとられて、言葉になるのを待っている。
うひゃあ・・・、そ、そうなんですね。それって、まだ、ぼくの出番だって、あるっていうことなんですよね・・・。そんな読後感が、しばし幸福感をもたらしてくれました。
(2017年5月刊。1800円+税)

めぐみ園の夏

カテゴリー:社会

(霧山昴)
著者 高杉 良 、 出版  新潮社
著者の経済小説は、かなり(全部とは決して言いません)読みました。その丹念な取材による状況再現力(想像力)には、いつも驚嘆してきました。
今度は、自伝的長編小説というのです。どんなものかなと、あまり期待せずに読みはじめたのですが、思わずストーリーの渦中にぐいぐいと引きずり込まれてしまい、裁判の待ち時間も使って、その日の午前中に読了してしまいました。
ときは昭和25年(1950年)夏、両親の別居・離婚に至る過程で4人姉弟が孤児を収容する施設に無理して入れられます。まだ3歳ちょっとの末娘は、まもなく養子にもらわれていくのですが、主人公は兄妹がバラバラにされるのを怒ります。
いま、弁護士として離婚にともない兄弟がバラバラにすることの是非を絶えず問い返しています。幸い、本書では養子縁組は幸せな結果をもたらしたようです。胸をなでおろします。でも、いつもそうとは限りませんよね。「レ・ミゼラブル」のように下女か下男のような扱いを受け、こき使われるばかりというケースも少なくないのではないでしょうか・・・。
主人公は小学生(11歳)の亮平です。スポーツが出来て、成績も良くて、何より人から好かれるという性格なので、施設から学校に通っても、クラスで級長をつとめるようになるのです。
施設生活では、理事長と園長のワンマン経営、そして、そのわがままな暴力息子が孤児たちを脅しまくります。
両親に見捨てられた孤児たちは施設を出てから、まともに仕事をし、家庭生活を送るのに大変な苦労をさせられると聞きます。楽しい家庭生活を体験していないことからくる強い不安があり、これを乗りこえるのに大変な努力を要するのです。
幸い、この施設には、優しい指導員が何人もいて、孤児たちを温かく包容し、励ましてくれるので、主人公はまっすぐに伸びていくことが出来ました。その苦難を乗りこえていく過程がとてもよく紹介されていて、なるほど、それで、次はどんな展開になるのだろうかと、頁をめくるのがもどかしくなります。
結局、主人公は中学生になって母親ではなく、愛人と暮らす父親のもとで生活することを選択するのですが、それに至る葛藤の描写に迫真性があります。
親の離婚が子どもたちにもたらす影響、そして子どもがそれを乗りこえていく力を秘めていること、そのためには周囲の温かい支援が必要なんだということがよく分かる本でした。
読んで、じんわり、ほっこりする小説として、よく冷房のきいたなかで一読されることをおすすめします。
(2017年5月刊。1500円+税)

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