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カテゴリー: 社会

昭和解体

カテゴリー:社会

(霧山昴)
著者 牧 久、 出版  講談社
国鉄の分割・民営化はどうやって実現したのかを30年たって真相をたどった本です。読みすすめむにつれて、どんどん暗い気分になっていき、心が沈んでいきました。日本の民主主義は、こうやって破壊されていったんだな、それを思い知られていく本でもあるのです。
国鉄の分割・民営化を実現したことを自分たちの手柄としてトクトクと語る人々がいます。それは今のJR各社のトップにつらなる人たちです。でも、どうでしょう。JR九州の3月ダイヤ改正は見るも無残です。そこには、公共交通機関を支えているという理念はカケラもなく、純然たる民間会社として不採算部門(列車)を切り捨てて何が悪いのかという開き直った、むき出しの資本の論理があるだけです。過疎地に住む学生や年寄りといった人々の利便など、まったく視野のうちにありません。すべてはもうけ本位。いまJR各社は豪華なホテルを建て、ドラッグストアーを展開し、海外進出にいそしんでいます。
私が弁護士になって2年目の1975年(昭和50年)11月に1週間のスト権ストが打ち抜かれました。日本で最後のストライキと言えるでしょう。この闘争の敗北によってストライキが死語になり、日本の労働運動は衰退してしまいました。
労働者が労働基本権を主張すると、「変なヤツ」と見られる風潮が広がり、それは「カローシ」という国際的に通用する現象につながってしまいました。そしてやがて、「自己責任」というコトバが世の中にあふれました。さらに、貧乏なのは本人の努力が足りないからで、同情に価しないという冷たい心情をもつ人が増えてしまいました。
労働組合が頼りにならなくなり、あてにされないなかで、連帯とか団結という気持ちが人々に乏しくなってしまったのです。
目先の利益に追われ、軍事産業であっても仕事さえくれたら、食べられたらいいという人が増えてしまいました。
順法闘争が起きたとき、マスコミは人々の募った不便をことさらあおりたて、ついに人々は駅舎を襲うという暴動まで起こしたのでした。たしかにストライキが起きると、誰かが迷惑を受けます。でも、それが他の人々の権利行使だと分かったら、少々のことは我慢するしかありません。
たしかに、労働組合の暴走も現場にはあったのでしょう。だからといって、憲法に定められた労働基本権を無視するようなマスコミ報道は許されないはずです。
権力側は、戦後の日本の労働運動を中枢となって進めてきた国労をぶっつぶすことを目標として、あの手この手と周到に準備していたことがよく分かる本です。やはり情勢の正確な認識は難しいのです。
JR九州をふくめてJR各社が民間企業としてもうけを追及するのは当然です。でも、あわせて乗客の利便・安全性も忘れずに視野に入れておいてほしいと思います。九州新幹線のホームに見守る駅員がいないなんて、恐ろしすぎます。テロ対策どころではありません。JR各社には反省して是正してほしいです。
(2017年6月刊。2500円+税)

ご用命とあらば、ゆりかごからお墓まで

カテゴリー:社会

(霧山昴)
著者 真梨 幸子 、 出版  幻冬舎
デパート外商部で働く人々を主人公とする連続小説です。主人公が次々に入れ換わりますので感情移入は難しいのですが、多面的に多角的にデパートの内外で働く(うごめく)人々を描いていて、読みはじめたら最後まで目が離せませんでした。つまり、私の得意とする読み飛ばしは出来なかったということです。
ただし、しっとりとした情緒とか雰囲気を味わうというものでもありません。この人たちの人間関係は次にどう展開していくのだろうかと、関心が先へ先へ進んでいくのです。
いろんな略語が出てきます。そのひとつがトイチです。トイチっていったら、ヤミ金。10日で1割の高利金融のことかと思うと、さにあらず。トイチとは、上得意客をさす。上という漢字をバラすと、カタカナのトと漢数字の一になることから来るコトバ。
デパートの外商とは、店内の売場ではなく、直接、顧客のところへ出かけて行って販売すること。外商という部門は、もともと呉服屋のご用聞き制度がルーツ。店舗では、店員と客は、その場だけの関係だが、外商と顧客の関係は、それこそ一生もので、「ゆりかご」から「墓」までお世話するのが外商の仕事。ある意味で、執事または秘書とも言えるし、顧客の話し相手になったり、日々の相談に乗ったりするのも外商の仕事なので、コンパニオンとも言える。
外商は究極の営業職だ。なので、誰かれ構わず愛想を振りまいていては、いざというときにエネルギー不足になる。エネルギーは、大切なお客様のためにとっておかなければならない。だから、優秀な外商は、めったやたらに笑うことはないし、口数も少ない。
なるほど、そういう仕事なんだと納得させてくれるショート・ストーリーが次々に展開していきます。そして、そこに現代社会の怖い落とし穴まであるというわけです。
でも、デパート自体が落ち目ですよね。今は、どうなんでしょうか。今後も生きのびられるものなのでしょうか・・・。外商を支えてきた超富豪は日本でも増加する一方なので、恐らく生きのびてはいくのでしょうが・・・。
軽い読み物とは思えない、ホラーストーリーのおもむきもある本でした。
(2018年1月刊。1400円+税)

告白、あるPKO隊員の死

カテゴリー:社会

(霧山昴)
著者 旗手 啓介 、 出版  講談社
この本を読むと、日本はつくづく検証というものをしない国なんだと思いました。私のなじみの言葉で言うと総括していないということです。ただ、総括という言葉は、例の連合赤軍事件での大量リンチ殺人事件のときに冒用(誤用)され、今では嫌な響きをもつコトバになってしまいました。とても残念です。
ことが起きたのは1993年5月4日の午後のこと。カンボジア北西部の国道691号線を走っているとき、突然ポル・ポト軍の部隊に襲撃されたのです。日本人警察官1人(高田警部補)が亡くなりました。このとき、日本政府は箝(かん)口令をひいて関係者に沈黙を命じました。ところが、日本以外の国は、ちゃんと事件を検証した結果を報告書としてまとめているというのです。
その場に同じようにいたスウェーデンでもオランダでも、カンボジアPKOに関しての検証がなされ、報告書がつくられて公表されている。また、ストックホルム国際平和研究所は、カンボジアへの文民警察官派遣は失敗だったという報告書を刊行している。しかし、日本ではすべてが闇の中である。
それをNHKスペシャルの取材班が掘り起こしたのです。日本政府の怠慢というか、秘密主義には、あきれるというより怒りを覚えます。
今のアベ自民党とちがって、まだまともだった宮澤喜一首相、そして官房長官の河野洋平も、日本政府としてカンボジアPKO派遣の実態をしっかり検証することなく、闇の中に置いて、国民の忘却を待ったのでした。
カンボジアPKOに日本の丸腰の警察官を派遣したのはカンボジアにはいちおうの平和があるということが前提でした。しかし、現地ではポル・ポト派の軍隊が健在で、実際には内戦状態は続いていたのです。そこへ丸腰の日本警察官75人がカンボジア全土に散らばったのでした。選挙監視が主たる任務です。自衛隊600人は施設大隊としてまとまっていましたので、安全面では、はるかに恵まれています。ところが、丸腰の日本人警察官は、75人が数人ずつカンボジア全土にばらまかれたのですから、どんなに不安だったことでしょう・・・。
当時は、今と違ってスマホもケータイもありません。電気などのインフラもありませんので、本部との通信が出来ないのです。これではたまりませんよね・・・。
ポル・ポト派の現地幹部だった人の証言もありますが、どうやら襲撃したのはポル・ポト派の一派で、日本人を殺害するのではなくて人質にとろうとしていたようです。ところが、日本人たちの車列にしたオランダ人将校が自動小銃で反撃したことから銃撃戦になり、ついに日本人が1人死んだということのようです。さもありなんと思いました。
総括されていな点では司法界、とりわけ裁判所でも同じことです。戦前の法務官僚が当然のような顔をして最高裁判事になったりしています。ひどい話です。戦前の日本軍が中国をはじめとする東南アジア各地で虐殺していたことを掘り起こすと、そんなのは「自虐史観」だとか言って、事実から目をそらそうとする日本人が少なくありません。これもまったくの間違いだと私は思います。そして、今、戦前の日本軍を美化して、同じように海外へ戦争をしに出かけようとする勢力がうごめいています。結局は、金もうけのためです。やめてほしいです。そんなことは・・・。
(2018年3月刊。1800円+税)

子どもの貧困対策と教育支援

カテゴリー:社会

(霧山昴)
著者 末 昌 芽 、 出版  明石書房
いい本です。学校教育に関心のある人には、ぜひぜひ読んで欲しいと思いました。
日本の学校現場はいま大変なことになっていると思います。子どもの貧困の多くは親の貧困から来ています。また、親に経済力があっても子どもを大切にしているとは限りません。子どもたちが愛されている、大切にされていると感じられること、家庭に居場所がると実感できること、それが必要ですし、大切です。
では、家庭にそれが欠けていたり、不十分だったとき、学校は何もしなくていいのか・・・。
大阪の高校には昼休みと放課後に開く校内カフェがあるそうです。いいことですよね。21の高校にあります。非行、メンタルやフィジカルな障害、不登校、経済弱者など、困難をかかえる生徒の多い高校のようですが、困難をかかえる生徒の居場所が高校内にあるって、すばらしいことです。家でも学校でもない居場所、サードプレイスがあるのは大切です。ゲームセンターではダメなのです。
ヨーロッパでは、幼稚園や小・中学校にコミュニティ・カフェがあるのも珍しくない。保護者や地域の人々が利用している。
生活保護を受けている家庭の子どもたちの学習支援もいい試みだと思います。しかし、子どもたちは、ここに来てるって言ってないし、言いたくないのです。生活保護をうけていることを恥と考えるような子ども社会があるからです。
簡易宿泊所(ドヤ)がたくさんある地区をかかえる小学校では、子どもたちを労働福祉センターに見学に連れていきました。子どもたちは、困ったときには福祉で支えてもらう場所があることをしっかり学んだようです。今の日本では必要な知識です。
そして、漠然と怖いように思っていた地区が、そこに住む外国人から外国にある怖い町と比べたら、まったく怖くないと聞かされたら、むしろ自分たちのまちを好きになったとのこと。いい経験です。
50年前、私が大学に入ったとき、国立大学の学費(授業料)は月1000円、年1万2000円でした。ちなみに、家賃も同額(もちろん食費は別です)。ところが、今では国立大学は50万円、私立大学は文系100万円、理系150万円、専門学校は70万円です。とんでもないことです。しかも、奨学金が有利子の貸与制です。私も月3000円の奨学金を受けていて、弁護士になって返済しました。月5000円の給付型奨学金は適用を受けられなかったのです。昔の育英会は、今では学生支援機構と名称を変えていますが、利用者は134万人と多いのです。給付型奨学金を大幅に拡充する必要があると思うのですが、世論調査の結果は必ずしも支持していないというのに驚きます。ここでも「自己責任」の論理が幅をきかしているのでしょう。困ったことです。
この本は、日本の学校は、基本的に排除の文化を生成する仕組みを有していると指摘しています。この指摘は重要です。大人社会の反映でもあると思います。
日本の学校には、子どものかかえる問題や困難を見えにくくし、いつのまにか、困難をかかえる子どもたちを排除してしまう文化や仕組みがある。
学校そしてクラス内で、人と人とのかかわりにおける温かさはや安心感、相互支援、居心地の良さが必要。この学級適応感の高まりが学習意欲の向上に結びつく。子どもの学級適応感を高めるのは、被受容感であり、それは教員の受容的、共感的態度によって高められる。
380頁もの密度の濃い論文等をテンコ盛りした労作です。その割には2600円と、少々割高ですが、明るい将来展望を少しだけでも、その光を見出すことができました。学校の先生方、これからも無理なく楽しくやってください。
(2017年11月刊。2600円+税)

英語教育の危機

カテゴリー:社会

(霧山昴)
著者 鳥飼 玖美子 、 出版  ちくま新書
英語をコミュニケーションに使うというのは、会話ができたらいいというものではない。いまの学校は、文法訳読ではなく、会話重視なので、読み書きの力が衰えて、英語力が下がっている。
これまで、まとはずれの英語教育改革が繰り返されてきた。
いま、教える人材の確保が不十分なまま、見切り発車する小学校の英語教育・・・。小学生が可哀想。何も分からない子どもたちが、あまり自信のない先生から、中学レベルの英語を習うことになる。中学校にすすむころには、英語嫌いになっている子どもが今より増えている恐れは強い。
日本の英語教育は、1990年代から基本的に方針が変わった。昔の英語教育とちがって、今は「英語の授業は英語で行うことが基本」とされている。しかし、日本語で説明したって分からない生徒に対して、英語だけで、どうやって教えたらいいのか・・・、現場の英語教師は困惑している。
英語だけの授業では内容が浅薄になりがちで、生徒の知的関心を喚起しない。それは、ことばの不思議さや奥深さに気づかせることが難しくなる。むしろ、英語を英語で教えるというには、時代遅れなのである。
「学習指導要領」の定める小学校「英語」と中学校「英語」の目標は、違いがすぐには分からないくらいに似ている。
一昔前は、大学を受験する高校3年生は、英検「2級」というのが常識だった。しかし、今は、高校生の半数以上が「準2級」という目標にも達していない。これは、大学1年生の英語力が落ちていることに反映している。大学では、中学レベルの英文法基礎の補習授業を余儀なくされている。
大学のほとんどでは、10年後に専任教員を増やす見込みがない。そのなかで、外国籍教員の割合を増やしたら、日本人教員の数を減らすことになる。
文法はコミュニケーションを支えるもの。
英語教育とは、英語という外国語を通して、学習者を未知の世界に誘い、心を豊かにし、人間を育(はぐく)むものである。私もフランス語を毎日勉強していますが、フランスの歴史や地理、文化を学ぶことによって、世界を知り、日本を知るという楽しみを日々実感しています。単に店先でペラペラ会話して買物ができるという以上のものを学校英語には期待したいものです。
(2018年1月刊。780円+税)

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