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カテゴリー: 人間

心友、素顔の井上ひさし

カテゴリー:人間

(霧山昴)
著者 小川 荘六 、 出版 作品社
井上ひさしが亡くなったのは2010年4月9日。75歳だった。飾り花は一切ない祭壇。棺のなかには、花の代わりにたくさんの芝居のチラシが入れられた。骨壺には、愛用の丸いメガネと太い万年筆が入れられた。
著者は上智大学以来、54年間、ずっとずっと井上ひさしと親密に交際していたことがよくよく分かる本です。そして、著者の娘さんが井上ひさしの秘書をつとめていました。すごいです。
それにしても、井上ひさしは、まことに天才的人物ですよね。私にとっては、手塚治虫に匹敵する人物です。
著者が井上ひさしに出会ったのは1956年(昭和31年)4月、上智大学文学部のフランス語学科です。男子学生ばかり15人ほど。井上ひさしは、いちどドイツ語科に入って、そのあとフランス語科に入りなおしたのです。ところが、井上ひさしは、フランス人の神父さんから中学・高校のときフランス語の基礎を叩き込まれていましたので、それほど苦労せずフランス語はできたのでした。
しかも、入学当初から、浅草フランス座(ストリップ劇場です)の文芸部員であり、放送作家のアルバイトもしていたのです。そんな井上ひさしは、学生仲間のくだらない遊びに率先して参加していたというのです。なーるほど、さすがユーモアあふれる作家は実践の人だったのです。
そして、著者の実家のある横須賀まで、金欠病の井上ひさしたちは巧妙なキセルで通い、麻雀にいそしんだのでした。往復300円かかるところを90円ですませたのです。
私も東京での大学生のとき何回かキセルをしましたが、そのうちに、そのスリルのドキドキ感がバカらしくなってやめました。そんなことより安心して車中で本を読むのに集中したかったのです。
ところが、井上ひさし自身は麻雀をしないで、徹夜組につきあっていたというのです。これまた驚きます。実家の稼業であるもやし栽培の手伝いをしていたようです。そのほかは、世界文学全集を徹夜で読んでいたというのですから、さすが偉大な作家は違います。
井上ひさしには家庭の団らんの経験がなかったこともあり、貧乏学生にとって「天国のような所」だったと振り返っています。
井上ひさしは、大学について、こう語った。
「大学で必要なのは、学問の中味ではなく、そこで誰に会ったか、誰と友だちになったか、誰とつきあったか、そして自分の人生を生きていくための新たな基本的な姿勢といいますが、それをつちかっていくというのも大事なこと、大事な役目だと思います」
まったく依存ありません。私にとって、それはセツルメントというサークルでしたし、セツラー仲間でした。あれから50年だった今も大切にしています。
井上ひさしの人形劇「ひょっこりひょうたん島」が始まったのは1964年(昭和39年)4月。私の高校1年生のときでしたが、夕方、楽しみにみていました。視聴率25%というお化け番組で、ついには40%近い視聴率になった国民的な人気番組でした。
ところが、その内容が左翼思想で、拝金主義を揶揄したものになっているというのにNHK上層部が気がついて、5年も続いたあと打ち切りになったのでした。
このころビデオ録画ができなかったというのが、本当に残念です。それが出来ていたら「寅さん」シリーズのように何度も繰り返し再放送されていることでしょう。
井上ひさしは、本を速く読むコツがあるかと著者がたずねたとき、「あるよ。速く読もうとすればいいんだ」と答えたそうです。私も同じです。井上ひさしほど速くはありませんが、年間500冊の単行本を30年来、読んでいるのは速く読もうとつとめているからです。でも、これ以上は、速く読むつもりはありません。頭に何も残らなければ意味ありませんからね…。
井上ひさしは、高いところは大の苦手で、飛行機も大嫌い。
井上ひさしは、旅行するときには、記録用の新しいノートを必ずもっていく。私も海外旅行するときには、毎回、小さなノートブックを購入し、肌身離さず日時とともに記録していました。そして、帰国してから写真と一緒に冊子をいくつもつくりました。こうすると、行く前、行ったとき、帰ってから、3回も楽しみがあるのです。
すばらしい本でした。おかげで井上ひさしという偉大な作家の雰囲気をたっぷり味わうことができました。ありがとうございます。
(2020年7月刊。2200円+税)

根に帰る落葉は

カテゴリー:人間

(霧山昴)
著者 南木 佳士 、 出版 田畑書店
著者の作家生活40年を記念して出版された文庫本のようなハンディーサイズの本です。
落葉帰根。おまえも、もう 根に帰ったらどうだい、と葉っぱたちに諭(さと)されて、なんだかうれしくなった。そんな著者の最新エッセイ集なのです。
ことばが、からだが、しみじみ深呼吸する。こんなフレーズ(文章)がオビにありますが、まさしく、それを実感させられます。
最近、映画になった『山中静夫氏の尊厳死』はみていませんが、映画『阿弥陀堂だより』は20年ほど前にみて、心を揺さぶられました。
著者は団塊世代より少し遅れた世代(1951年生まれ)なので、勤めていた病院は既に定年で退職し、今は嘱託医として週4日間だけ働いているといいます。
医師である著者は芥川龍之介の手紙を読んで、発熱、胃痛、下痢、神経衰弱という身体状況の描写から、胃痛はヘリコバクター・ピロリ感染胃痛と診断し、こんな患者には旅に出ることをすすめるとし、また、神経衰弱というのは恐らく「うつ病」にあったのではないかと推測しています。なるほど、と思いました。
著者は、小説を書く、という行為の業の深さを思い知ったとしています。そうですか、だから私には本格的な小説が書けないということなんですね…。本当に私は、そう思います。
よい小説を書きたかったら、まじめに暮らすこと。これは、著者に向かってベテラン編集者が放った言葉でした。この点、私も、言われてみたら、すごくもっともな指摘だと思われます。
ある程度の年齢の人には、人生を考え直させるきっかけが満載の小さな本でした。
(2020年5月刊。1300円+税)

食の歴史

カテゴリー:人間

(霧山昴)
著者 ジャック・アタリ 、 出版 プレジデント社
人間にとって、食事は本当に大切なものだと思います。
食事中の会話は、きわめて重要だ。親は子どもが食卓でしゃべるのを禁じてはいけない。会話は、健全な食事を促す。
ギリシア人にとって、食事は何よりもまず会話の場だった。食は、すなわち言葉だった。
ユダヤの伝統では、食卓で子どもはおとなしくするのではなく、反対に発言するように促された。
フランス人は、1日に食事で2時間11分を過ごす。これはアメリカ人の2倍。そしてフランス人は食事中にテレビを見る人の割合が低い。朝食事に10人に1人、昼食時に5人に1人、夕食時に4人に1人。
食べ過ぎないためには、時間をかけてゆっくりかんで食べる。そうすると、食道や胃腸の負担も軽減できる。ゆっくりかんで食べると、摂取カロリーは15%も減り、菌を健康に保つことができ食べすぎを防げる。
ところが、今日の大半の若者にとって、食よりも衣服、娯楽、ケータイのほうが大事だ。
肥満が原因で、毎年280万人のヨーロッパ人が亡くなっている。赤肉よりも健康に良くないのは加工肉。つまりハム・ソーセージなど。加工肉の発ガン性は間違いない。
1万年前のヒトの食は5000種もの植物にもとづいていたが、今日では60%は4種類の食物、つまり小麦、トウモロコシ、ジャガイモそして米だけで確保されている。
2019年の世界の人口は76億人。毎年910万人が栄養失調で亡くなっている。1億5千万人の子どもは栄養失調のため、発育不全の状態にある。
アメリカでは、年間40万人(主として最貧層)が食生活を原因とする心臓病で亡くなっている。
世界の食品業界の主要企業は相変わらず、アメリカ系かヨーロッパ系だ。食品業界の上位10社のうち5社はアメリカ企業だ。
世界でもっとも人気のある国の料理は、1位のイタリア料理、2位が中国料理、3位は日本料理、第4位はタイ料理、そして5位のフランス料理へ続く。
2018年、地球で生産された食料の3分の1、13億トンの食糧がゴミとして捨てられた。
いま、昆虫食が注目されている。フランスの会社は昆虫からステーキをつくっている。
食事は大切だと私も考えていますが、平日の夜は、いつも新聞を読みながら夕食をとっています。ちなみにテレビは全然みません。昼も、さっさと食べ終わったら、パソコンに向かい、メールやFBをじっくり眺めています。
コロナ禍のおかげで、会食の機会が激減しましたので、食事に2時間もかけるなんてことは、とんとなくなってしまいました。残念です。
(2020年3月刊。2700円+税)

荘 直温伝

カテゴリー:人間

(霧山昴)
著者 松原 隆一郎 、 出版 吉備人出版
岡山に備中高梁(びっちゅうたかはし)という駅があります。岡山県高梁市です。知らないと、ちょっと読めませんよね。そして、この本の主人公は荘 直温(しょう・なおはる)と読みます。これまた、読めません。
松山というと四国の松山をすぐに思い浮かべますが、こちらは備中松山です。荘直温の先祖は、備中松山城主だった庄(しょう)為資(ためすけ)です。庄がいつか荘に変わっているのです。
この庄(荘)一族の歴史を、まったく縁のない経済学者である著者が調べに調べて、ついに書きあげたのが本書です。
備中松山城は今では天空の城として有名です。私もコロナ禍がおさまったらぜひ一度は行ってみたいです。戦国時代は西の毛利氏、北(山陰)の尼子氏、そして、東から羽柴氏(のちの豊臣秀吉です)が攻めてきます。有名な備中高松城の水攻めが始まるとき、その北側遠くに備中松山城は存在していたのでした。
江戸時代には、農民となり、庄屋として代々存続します。
荘直温は、明治・大正に松山村長そして高梁町長を歴任するのでした。
直温は8歳で庄屋見習いとなり、11歳のとき野山西村の一揆(暴動)騒動を体験した。そして、支那学を学び、故郷の郡役所に奉職して、あとは行政を生涯の仕事とした。
直温が高梁町の2代目町長になったのは35歳のときで、このときの町長は名誉ではあっても無給だった。37歳のとき松山村長になり、20年間つとめた。
そして、備中高梁駅が大正15年(1926年)6月に開業することができた。
直温は昭和3年(1928年)6月に高梁町長を病気のため辞任し、8月末に亡くなった(享年72歳)。
驚くべきことに、20年間も村長とか町長をつとめていた直温が亡くなると、莫大な借金があった。遺族は、この借金のため貧乏な生活を余儀なくされ苦労した。祖父のしたことに誇りをもつ孫娘の執念から、このような立派な本が出来上がったのでした。
実は、私もこの本ほど丹念に調べ尽くしたのではありませんが、母の生い立ちを少し調べると、母の父が久留米市史にも登場してくる高良内村の助役だったことが判明し、腰を抜かすほど驚いたことがありました。
先祖をたどるというのは、単なる懐古談を楽しむという以上に、自分は何者なのか、どこから来て、どこへ行こうとしているのかを考えるきっかけを与えてくれる大切な作業(営み)だと私は考えています。その意味で、荘(庄)家の過去、現在を探る旅を興味深く読みすすめたのでした。
(2020年4月刊。3000円+税)

読み聞かせ絵本100

カテゴリー:人間

(霧山昴)
著者 佐藤 亮子 、 出版 玄光社
男女4人の子ども全員を東大医学部(理Ⅲ)に入れた佐藤ママおすすめの絵本100冊が紹介されています。私の子どもたち、そして今は孫に読んで聞かせているのもチラホラありましたが、この大半は知らない絵本です。
あぐらをかいて小さい子どもをそのなかに座らせて本を読み聞かせするのは、人生の至福のひとときだと、私もつくづく思います。
佐藤ママは、絵本の読み聞かせをすることで、「この世の中は楽しいよ」ということを小さな子どもたちに伝えられたらいいですね、と書いています。まったくそのとおりです。
現実には、いろんな嫌なこと、大変な苦労もさせられるわけですが、それでも人生って、笑って過ごせるものなんだよと子どもたちに伝えたいと本気で思います。
絵本は淡々と読むのではく、高めの声、低めの声、かわいい声、怖い声、いろいろ変化をつけて、登場人物になりきって読んであげるもの。佐藤ママも声色は大事ですと言っています。
悲しい話を読んでいると、途中で声が詰まってしまうことがあります。先日も、孫が「あれっ」という顔をして私を見つめました。
佐藤ママがおばけの話をおどろおどろしく読んでいると、子どもたちの顔が不安でいっぱいになっていく。そして、クライマックスに来たとき、突然大きな声を出す。すると、みんなびゅーっと遠くに一目散に逃げていく。毎回同じなのに何度もやっても同じ反応をするので、佐藤ママは、そんな子どもたちの様子が可愛くて大笑い。すると、ママが笑っているのを見て、子どもたちは安心して戻ってくる。
本当にそうなんですよね…。こんなことがあるから、本当に楽しい絵本読み聞かせです。
佐藤ママは、4人のこども全員に1万冊の絵本を読み聞かせしたとのこと。たいしたものです。この本は、そのなかで選び抜いた絵本を100冊紹介しています。
私の大好きなかこさとしの絵本や滝平二郎の絵本が紹介されていないのが少し残念でしたが、世の中には、こんなにステキな絵本の世界が広がっているというのをまず大人が知って、それを子どもたちにも広め、一緒に楽しみたいものです。
佐藤ママの配偶者(弁護士)から、いつものように贈呈していただきました。いつも本当にありがとうございます。
それにしても、写真と文章と、その組み合わせのすばらしさに驚嘆しました。さすが編集のプロが扱うと、こんな素敵な本ができるのですね。
(2020年4月刊。1600円+税)

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