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カテゴリー: 人間

百姿繚乱

カテゴリー:人間

(霧山昴)
著者 嵐 圭史 、 出版 本の泉社
前進座で活動していきた嵐圭史の舞台生活70年の雄姿を紹介する写真集です。そのすごさに思わず息を呑みます。
嵐圭史の初舞台は、なんと1948年。私の生まれた年です。8歳で初舞台とは…。そして80歳の今も、前進座こそ離れましたが現役の役者です。すごいものです。並の根性ではありません。残念なことに、私が前進座の舞台を観劇したのは2回か3回ほどしかありませんし、何をみたのかも覚えていません。
ながらく前進座を支える柱である幹事長をつとめていて、70歳のときに後進に託したとのこと。いさぎよい身の退き方です。たくさんの舞台が見事な写真で紹介されています。1972年の「子午線の祀り」の嵐圭史は凛々しい若武者です。
1991年には「国定忠治」を演じ、唐丸籠(とうまるかご)に入れられています。
1997年に新しい国立劇場がオープンしたときには「夜明け前」を加藤剛とともに演じています。
嵐圭史が佐倉宗五郎を演じた「佐倉義民伝」はみた気がしますが、定かではありません。
嵐圭史が太閣秀吉をコミカルに演じた「大いに笑う淀君」という舞台があるそうです。
時代劇も嵐圭史の雰囲気にぴったりですよね。「瞼(まぶた)の女」の忠太郎は、いなせな浪人姿で決めています。
私は、ひところ山本周五郎にしびれていました。嵐圭史も「さぶ」を演じています。ぜひ、みたかったです…。
私の敬愛する井上ひさしの「たいこどんどん」では、アホな若旦那役を嵐圭史は見事に演じました。楽しい舞台だったと思います。
ちょっと変わったところでは、嵐圭史は親鸞になったり、日蓮になったり、また蓮如にも、と大忙しです。また、鑑真にもなっています。プロは本当になんにでもなれるのですね。さすがです。100頁足らずの濃密な写真に圧倒されました。
(2020年8月刊。2700円+税)
 
 歩いて5分の小川にホタルが乱舞しています。孫たちと一緒に見に行きました。ちょうど目の前に飛んできたので、両手でそっと包みこみ、孫の手のひらに移してやりました。小学1年生の孫は、つまんでみようとしますので、「見るだけ、見るだけ」と注意します。2歳の孫のほうは初めてのホタルに、少しおっかなびっくりで、こわごわ兄の手のひらのホタルをのぞきこみました。上の孫が、そっと手を開いてやると、ホタルはフワフワと飛び去ります。いつ見てもホタルはいいですよ。童心に返ることができます。

ちひろ、らいてう、戦没画学生の命を受け継ぐ

カテゴリー:人間

(霧山昴)
著者 小森 陽一 ・ 松本 猛 ・ 窪島 誠一郎、  出版 かもがわ出版
2020年の秋、「信州安曇野・上田、文学美術紀行」というツアー旅行が企画され、そのときの対談が本になっています。
私は日本全国、すべての県に行ったことが自慢の一つなのですが、まだ信州・安曇野にある「ちひろ美術館」をはじめとする美術館めぐりをしていません。実は昨秋、行くつもりだったのですが、コロナ禍によって流されてしまいました。そこで、今回はツアーの記録を読んで追体験しようと思ったのです。
この本で語られているのは、予想以上に深いものがありました。びっくりしました。
まずは、ちひろの絵です。「枯葉のなかの少年」で、男の子の服装が白いのは、秋の空気の色合いを見せるため。そして、足元に赤がないと絵が締まらないので、靴下は赤。なーるほど、ですね…。
ちひろが丹下左膳など剣豪を描くのが好きだという話には腰を抜かしてしまいました。ちひろのかれんな絵と剣豪の絵のイメージとのミスマッチからです。ところが、剣豪が瞬間的にピッと斬るときの気合がちひろには分かったという。いわさきちひろの絵は気合の勝負の絵なのです。
ちひろは、画用紙に向かって描き始めるまでの時間が長い。しかし、筆をおろしてからは早い。多くの場は、いっきに描いてしまう。そして、締め切りが必要だった。
ちひろは、「見せない」、「隠す」ところがあって、みる人の創造力をかきたてる。ふむふむ、すべては書き尽くさないのですね…。
少女の微妙な心理を連続した絵で描いたり(「あめのひのおるすばん」)、男の子の悲しみを表現するために、紙がむけるほど消しゴムで消しては描いている(「たたずむ少年」)。いやあ、こんな解説を聞かされると、ちひろの絵の深さにしびれてしまいますよね…。
らいてうの本名は平塚明子(はるこ)。夏目漱石の教え子だった森田草平と駆け落ちし、心中未遂事件を起こした。そして、漱石は森田草平をひきとって、自宅に2週間かくまった。さらに、漱石はらいてうの親に対して、草平が小説を書くことを了承しろと迫ったというのです。教え子の草平の苦境を救うためでした。
ところで、漱石の「草枕」に出てくる女性(那美)は、らいてうをモデルにしていたというのです。みんな同時代に生きていたのですね…。
この本の最後は、「無言館」の窪島誠一郎と小森陽一の対談です。これがまた読ませます。窪島の実父は水上勉。35年たって実父と面会し、また実母とも再会した。しかし、実母とは2回しか会わなかったというのです。いろいろあるものなんですね…。
窪島誠一郎の実父が水上勉だと分かってまもなく朝日新聞が大スクープとして紙面に紹介したいきさつは、不思議な人間社会の縁を感じさせます。要するに、このとき朝日新聞のデスクをしていた田代という人が、水上勉と同じ東京のアパートの隣室に暮らしていて、窪島のおシメを取り替えたこともあったというのです。こんな偶然も、世の中にはあるのですね…。
コロナ禍のせいで、思うように旅行できませんが、ますます信州の美術館めぐりをゆっくりしたいと思いました。このツアーに参加した元セツラー仲間から贈ってもらった本です。ありがとう。いいツアーでしたね。うらやましい。
(2021年3月刊。税込1870円)

腸内細菌が健康寿命を決める

カテゴリー:人間

(霧山昴)
著者 辨野 義己 、 出版 インターナショナル新書
cacaミュージアムが福岡で開催中。これが先週のフランス語教室で話題になりました。フランス人講師は、フランスでは考えられないと断言します。でもでも、日本の子どもたちには、「ウンコ・ドリル」が大人気で、みんなベストセラーになっているようです。
この本の著者は私と同じ団塊世代。23歳から、この道一筋で研究してきた、「便の」先生です。なにしろ日本人2万人のウンチ(大便)を集めて、分析してデータバンクをつくりあげたというのです。すごいことです。
長寿の家系だと聞いたら、島に渡って、祖母・母・娘という三代の女性のウンチをいただいて帰って、分析するというのです。それが、まったく臭くない話なのですから、こうなると著者の人徳なのでしょうね。これまで著者が書いた本は150冊、研究論文は350報。これまた、すごいですね…。
腸は考える力をもつ重要な臓器。
医学的には、肛門から排泄されるのに72時間かかると便秘。24時間以上かかるのは便秘傾向。
日本人も欧米人も腸の長さは変わらない。人間は人種や食習慣が異なっても、腸の長さに違いはない。世にある誤解を解消すべき。私も誤解していました。肉食と穀物食の違いからくるものと思っていましたが…。
大腸が吸収するのは水分とミネラルくらい。その重要な仕事は、飲食物のカスをウンチに加工して留めておくこと。それでも、大腸は、よりよく生きるためには大切な臓器。
大腸は、病気の種類がいちばん多く、また多くの病気の発生源になっていたり、身体の調子を左右する臓器だ。
腸内細菌は、少なくとも500種以上、おそらく1000種類はある。ウンチ1グラムのなかには、なんと1兆個もの細菌がいる。うひゃあ、す、すごーい。それにしても、1兆個いるって、どうやってカウントするのでしょうか…。
1グラムのウンチのなかに、6000億個から1兆個近い腸内細菌がふくまれている。
良いウンチは酸性のもの、肉をたくさん食べる人のウンチはくさくなる。野菜や果物中心の食生活をしている人のウンチは、あまり臭わない。
便秘をしていない人に宿便はない。小腸の粘膜は3日毎に再生されている。腸壁から古い粘膜がはがれてウンチになって排泄されるから…。
腸は、人体のなかで最大の免疫臓器。腸は、免疫系の主戦場。また、人体のなかで最大のホルモン生産器官。
がん細胞のほとんどは大腸で生じている。野菜を食べないと、がんになるリスクが高まる。なので、食べた肉の3倍は野菜を食べたほうがいい。
腸から脳へ情報が伝わっている。
腸のセロトニンは、腸全体に運動の指示を出して、ぜん動運動を起こさせる役割を担っている。
腸内細菌は、人間の脳はもちろん、感情や健康に関与している。
もともと、脳の大もとは腸だった。
いやあ、すごい学者がいたものですね。同世代ですが、心から尊敬します。
(2021年2月刊。税込880円)

マンガ万歳

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(霧山昴)
著者 矢口 高雄 、 出版 秋田魁新報社
「釣りキチ三平」で有名なマンガ家が自分の生い立ちからマンガ家として成功するまでの人生を語っています。手塚治虫と同じく、私の大好きなマンガ家です。この本の初めにカラー図版で紹介された原画にも圧倒されます。ともかく繊細ですし、大自然のなかの人物(生物)が生き生き輝いています。
生まれたのは奥羽山脈の貧しい農家の長男。小作人のせがれですから、本当は高校にもいけないほどの家庭に育ちました。
カジカの夜突きというのを母親と一緒に行ったというのにも驚きました。お母さんがカジカの夜突きが大好きだったというのです。このお母さんは長生きして96歳で亡くなりましたが、教育熱心で、勉強するなら農作業は手伝わなくていいと言ってくれたのだそうです。偉い母親です。
そして、中学校では優等生だった著者は、高校に行かずに就職するつもりでいたところ、中学校の担任教師が自宅を訪問して、両親に「高校に行かせてほしい」と頼み込んだというのです。父親が「学問が何の足しになるのか。うちにそんなお金はない」と拒絶し、夜まで話し合いが続いたところで、母親がこう言ったのです。
「父さん、おらたちが死に物狂いで働けば、何とかなるべ」
いっや、すごい、すごいです。母親も担任教師も、どちらもです。
高校に入ったら、夏は自転車で25キロの道を通学。さすがに冬は下宿。下宿代はクズの葉を売ったお金で支払う。集落から高校に行ったのは第1号で、村の大人から「高校に行って天皇陛下になるつもりか」とひやかされたとのこと。
そして、高校を卒業して地元の銀行に入ります。この12年間の銀行員生活もあとで「9で割れ」というマンガになっています。
支店長が著者にこう言った。
「きみのマンガがうまいのは認める。でも、そんなものにうつつを抜かすようでは、ろくなもんにならない」
面と向かって言われ、著者は心底から怒った。
「そんなもの?それならプロになってマンガで勝負してみようじゃないか」
銀行を依願退職したとき、著者は31歳。
妻は、「やってみなさいよ。ただし、子どもたちや私を路頭に迷わすことは絶対しないでね」と、あっさり同意した。これにも驚きますね。ただ、著者はずっとマンガを描いていました。その姿を見ていたからでしょうね。
「釣りキチ三平」の連載が「少年マガジン」で始まったのは1973年(昭和48年)のこと。私は司法修習生でした。もうマンガは卒業した気分ですから、たまにしか読んでいません。
毎日15時間以上、机にかじりついてマンガを描いていたとのこと。10年間、連載は続いた。これまた、すごいですね。
中学1年生の国語の教科書にエッセー「カジカの夜突き」が載り、カラーのイラストもついているとのこと。マンガはすっかり教育的なものとして定着しているわけですよね…。
10年間も続いた「釣りキチ三平」は累計で5千万部も売れたというから、すごいものです。
漫画家生活50年。72歳になって病気もし、筋力をなくして2012年に創作活動は廃業。
「横手市増田まんが美術館」には著者の原画4万2千枚があるそうです。これはぜひぜひ見学に行きたいものです。そのためには、コロナ禍が収束してくれなければいけません。
81歳で2020年11月に亡くなった著者をしのぶ絶好の本です。
(2020年12月刊。税込1430円)

心の歌よ

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(霧山昴)
著者 伊藤 千尋 、 出版 新日本出版社
世界中を取材して歩いているジャーナリストの著者は、日本ほど歌の種類が豊富な国は珍しいと断言しています。そして、全国民がなべて歌う文化を持つのは、日本のほかにはヨーロッパのバルト三国くらいだとも言います。
歌は人生と時代の産物。どの歌にも、生み出した人の人生や思考が反映されるし、歌が生まれた時代や社会などの背景を投影する。歌を追求すると、日本と日本人が見えてくる。
なるほど、この本に取り上げられている歌は日本人の「ふるさと」そのものだという気がしてきます。著者は、その点をジャーナリストらしく足で運んで調べあげ、言葉として表現してくれました。読んでいると、いつのまにか耳の奥に歌が流れてくるのです。その心地良さに浸りながら平日の昼に、昼食をはさんで長い昼休みをとって一気に読み上げました。
「赤とんぼ」を作詩した三木露風は、実際に5歳のときに母親と生き別れてしまったのでした。それで、毎日、母が今にも帰ってくるかと山道を駆けのぼって待ち続けたというのです。この歌は、その心境を言葉にしたものでした。
著者は、「童謡赤とんぼのふる里」まで出かけていき、三木露風に宛てた実母の巻紙(手紙)の実物をみています。5歳で母と生き別れになったあと、母に代わって露風の世話をした子守の娘(姐(ねえ)や)が実際にいたのですね。この姐やは、15歳になってお嫁に行き、実母からの便りもなくなったという実話を元にしているというのです。5歳の孫が身近にいる身なので、涙が止まりませんでした。ともかく、そのころは、何をさておいても母が一番なのですから…。
そして、この「赤とんぼ」の歌は立川にあったアメリカ軍基地の拡張に反対して起きた砂川闘争のとき、警察機動隊の前で学生50人が歌って武力衝突を防いだという伝説の歌だというのです。なるほど、この歌をしみじみ聞いていたら、猛々(たけだけ)しい心も沈静化してしまいますよね。
灯台守(とうだいもり)の夫婦をテーマとする映画「喜びも悲しみも幾歳月」の主題歌の話も心にしみるものがありました。福島県の塩屋崎灯台で夫婦して仕事・生活をしていた人の手記が映画化されたのです。初めは佐田啓二と高峰秀子、そしてリメーク版は加藤剛と大原麗子の主演です。
なにしろ、水道も井戸もなく、雨水を貯めての生活。お産は、夫が赤ん坊のへその緒を切った。ところが、それでも子どもは10人うまれ、娘3人は灯台と関係した人生を歩んだというのです。著者は娘さんたちにも会って取材しています。さすがです。
千昌夫が歌った「北国の春」。作詞は「いではく」。作曲は遠藤実。歌詩をうけとると5分で作曲した。「北国の春」の作詞家、作曲家、歌手の3人に共通するのは、少年時代が「冬の時代」だったこと。貧しい家庭に育ち、母の手で育てられ、「しばれる冬」を体験した。でも、北国の人特有の粘りと努力で、春を求めてはい上がった。
こんな歌の背景を知れば、歌うときの姿勢も変わってきますよね。聞くほうも、心のもちように違いがあります。
綺羅(きら)星のような歌の成り立ちを知れば、涙のあとに生きる勇気が湧いてくる。このオビのフレーズは、まさしくそのとおりです。
週刊「うたごえ新聞」に月1度のコラムを連載中の著者が一冊の本にまとめました。ちょっとコロナ禍で疲れたなという気分の人には特に一読をおすすめします。
(2021年2月刊。税込1760円)

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