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異端

カテゴリー:社会

(霧山昴)
著者 河原 仁志 、 出版 旬報社
 本のタイトルからは、何をテーマとする本なのか、見当もつきません。
 新聞記者たちが有力者や社上層部の意向に従わず、思ったことを、事実にもとづいてニュースにして報道する。これが異端。でも、読まれるし、ついには社会を動かしていく。
 昨今のSNSで、オールドメディアと決めつけられ、軽く馬鹿にされている風潮があるのは、活字大好き人間の私にはとても残念です。ただ、NHKが典型的ですが、権力の言い分をそのまま垂れ流しているとしか思えない記事があまりに多いというのも情けない現実ではあります。
 西日本新聞の傍示(かたみ)文昭記者の名前を久しぶりに見ました。弁護士会が大変お世話になった記者です。当番弁護士や被疑者の言い分を知らせる報道に大いに力を入れてくれました。
 1992年2月、2人の小学女児が殺された事件の報道では、久間(くま)三千年(みちとし)被告を犯人と決めつける報道ばかりでした。ところが、本人は一貫して否認していて、当時、始まったばかりのDNA鑑定もきわめて杜撰なものだったのです。
 久間被告は、それでも死刑判決となり、刑が確定すると2年後には執行されてしまいました。異例のスピードです。傍示記者は、自らがスクープを放った身でありながら、事件を再検討する企画を立て、社内の異論を抑えて連載記事を始めました。たいしたものです。
 次は、沖縄防衛局長が記者たちとの懇談の場で、オフレコとされているなかで、「犯す前に犯すと言いますか」などと、いかにも下品なたとえで、辺野古埋立の環境アセスメントについて語ったことを報道した琉球新報の内間健友記者の話です。
オフレコと断った場での発言であっても報道することが許されることがあることを私は改めて認識しました。政治家などの公人が「オフレコ発言」をしたとき、市民の知る権利が損なわれると判断させる場合には、報道してもかまわないのです。
 オフレコ発言であっても、公共・公益性があると判断した場合、メディアは報道する原則に戻るべきなのです。なるほど、そうですよね…。
 オフレコ発言だとあらかじめ宣言されていたとしても、無条件で何を言っても書かないとメディアが約束しているのではないということです。
 中国新聞は週刊文春の記事と張りあいました。自民党の河井克行・元法務大臣と妻の河井案里の選挙違反報道です。このとき、広島の議員、首長に対して、広く現金がバラまかれました。自民党の県議に対して1人50万円の現金が「当選祝い」として手渡されました。やがて、その出所は首相官邸つまり安倍晋三首相のもとであることが疑われはじめました。例の内閣官房機密費から1億5千万円が出たとみられています。
 前に、このコーナーで河井克行元法相が出獄後に刊行した本を紹介しましたが、河井元法相は、今なお事件の全貌を明らかにせず、深く反省している様子もありません。そして、中国新聞を左翼の新聞とばかりに非難しています。呆れたものです。
 この本を読みながら、やはりジャーナリズムに求められるのは権力の腐敗を暴き、それによって庶民の目を大きく見開かすことにある、そう確信しました。
(2024年11月刊。1870円)

追悼ー大石進さんー

カテゴリー:社会

(霧山昴)
著者 大石進さん追悼文集 編集委員会 、 出版 左同
 日本評論社の社長・会長を歴任した、布施辰治の孫である大石進が亡くなったのは2024年2月のこと(享年89歳)。
大石進は若いころ、日本共産党員として、山村工作隊員の一人だった。オルグ活動の一環でリヤカーに映画ファイルを積んで、関東近郊の農村に出かけて無声映画の弁士をしたこともあった。つまり、暴力革命を信奉して活動していたこともあったということなんでしょう。中国共産党の毛沢東の影響が日本に強かったころのことです。「農村から都市を包囲する」というのは、広大な中国大陸ではありえても、狭い国土の日本でうまくいくはずもありませんでした。この体験が『私記・白鳥事件』にも生かされていると私は思います。
つまり、戦後まもなくの混沌とした社会情勢のなか、戦争(兵隊)体験者がうじゃうじゃいた世相とともに白鳥事件の真相に迫ったのです。同時に、白鳥事件を担当した上田誠吉弁護士(私も親しくさせていただきました。偉大な先輩として、今も敬愛しています)の苦悩にも言及しています。
 大石進は布施辰治の孫であることを長らく周囲に口外していなかった。祖父のことを話したのは1983年、石巻市での布施辰治30回忌追悼会が初めてではないかとされています。大石進が48歳のときですから、ずい分と長く、祖父のことを語っていないわけです。
 大塚一男弁護士の息子さん(茂樹氏)の紹介文には驚きとともに、なるほど、そうかも…と思いました。
 「父思いではない息子」とあり、「大塚(一男)も、息子には無理筋の追及および罵倒を惜しまないのが日常的だった。60年代はパワハラなど当たり前の時代であった」
 まあ、私なんかも胸に手を当てて、息子に対してどうだったのかと、いささか反省もさせられました。申し訳ないことです。真剣ではあったのですが…。
 私は、亡父の昭和初めの東京での7年間の生活を本にして刊行しました(『まだ見たきものあり』。花伝社)が、そのなかで布施辰治が弁護士資格を奪われ、治安維持法違反で逮捕されたとき、両国警察署の留置場内で盛大な歓迎会が開かれたことを紹介しています。信じられない実話です。どうぞ私の本もお読みください。
 石川元也弁護士、そして森正先生より贈呈していただきました。ありがとうございます。
(2025年2月刊。非売品)

采女、なぞの古代女性

カテゴリー:日本史(古代)

(霧山昴)
著者 伊集院 葉子 、 出版 吉川弘文館
 采女(うねめ)は、律令で定められた女官。地方の行政組織である郡から、上級の役職である長官(大領)、次官(少領)の姉妹または娘が選ばれて都に赴き、朝廷に仕えた、地方エリート層出身の女性。条件は、形容端正であることと、13歳以上30歳以下であること。ただし、定年はなく、生涯現役で働くことも出来た。また、親や自分の病気などを理由として退任することも可能だった。
采女を選ぶのは、中央から任命されて赴任してきた国司。采女の名簿は天皇にまで報告された。中央の大貴族ほどの出世は難しかったが、才覚と能力次第では、女官組織の管理職にもなれた。ウネメの語源は不明。
采女は、出仕したあと天皇の傍らに仕えて、さまざまな用向きを処理した。『日本書紀』には、雄略天皇の時代に、子どもを育てながら宮廷で働く采女がみえる。
 皇室の新しい建物ができたときには、それを言祝(ことほ)ぐ宴(うたげ)が広くおこなわれた。この新室の祝いは、単なる宴会ではなく、神事であった。古代社会において建築・造営は高度な技術を駆使した重要なものだった。
 これまで、采女は、地方豪族から服属の証として朝廷に「貢進」された、いわば人質として考えられてきた。
 日本古代は、男女の格差が少ない社会である。男女個人がそれぞれ財産をもち、処分もできた。夫婦や親子であっても財産の保有は別々であり、男女とも父方母方双方から財産を相続できた。父方と母方とを区別する考えもなかった。
権力においても、政治から女性を排除する社会通念は乏しかった。したがって、女性を「みつぎもの」として扱う社会観は共有しにくい。
渡来人の活用は、倭国が先進国である朝鮮半島諸国を追い抜く原動力だった。繰り返し工女の渡来を求めたのは、新しい技術を摂取するため。
 河内の倭飼部は、乗馬の風習が朝鮮半島から伝来してきたこととあわせて、渡来系の氏族だったことを裏づけている。
 古代日本では、男女の性的関係が始まったときから、それは婚姻だと認識された。
 万葉集には「女郎」が登場するが、イラツメと読まれた。
 郎女と女郎は、成り立ちも意味も異なっている。郎女はイラツメと読み、男性を指す郎子の対義語。万葉集には、郎女も女郎も混在している。
 女郎は、江戸時代の初めには、身分ある女性を指すコトバとして通用していた。もともとは女性への敬称である「女郎」が、今日では遊女の別称となり、定着してしまった。
 ところが、中国では女郎は年若い女性のことで、遊女の代名詞にはならなかった。
 中国で采女(サイジョ)は、宮女の代名詞だった。「日本書紀」に記された采女(ウネメ)の姿は、中国の采女(サイジョ)とは、まったく異なる。
 日本では、豪族の女性たちが男性とともに政治的行動を担い、役割を果たしていた。古代東アジアの「女郎」に、日本で近世以降にイメージされる「遊女」の意味は、まったくない。
 古代の日本では、推古天皇をはじめ8代6人の女帝が誕生し、統治した。女帝は普通のことで、その存在を排除する通念は乏しかった。
 采女の正体に迫ったという気にさせる本です。
 
(2024年9月刊。1870円)

鳥の惑星

カテゴリー:生物

(霧山昴)
著者 日経サイエンス編集部 、 出版 日経サイエンス社
 鳥は恐竜の子孫というより、恐竜そのもの。しかも、小型肉食恐竜が進化した生き物。鳥は獣脚類恐竜から進化したというのが現在の通説。
 これまでは白亜紀末の大絶滅(大きな隕石の衝突によるものというのが現在の有力説)よりあとに鳥類が恐竜のなかに誕生したというものだったが、最近では大絶滅の前に鳥類は誕生したと考えられている。すると、どうやって大絶滅から生きのびることが出来たのかという疑問が生まれる。この謎は今なお解明されていない。
 オオソリハシシギはアラスカのツンドラから太平洋を縦断して1万2千キロ先のニュージーランドまで少なくとも7昼夜も飛び続ける。毎年、数万羽が無事に渡っている。
 オオソリハシシギは、1万3千キロを1回の休憩もなく、11日間ぶっ通しで、アラスカからタスマニア島まで飛び続けた。時速50キロで、1日24時間、ずっと飛び続けた。地上にも海上にも降りることなく、食べも飲みもせず、ひたすら羽ばたき続けた。
 どうやって、何の目印もない海の上を飛び続けて迷い鳥にもならず、目的地にたどり着けるのか…。
 渡り鳥は、天体をナビゲーションの手がかりとして使い、また、地磁気(融解した地球コアによって生じた磁場)を検知して飛んでいる。
 鳥の眼の中には光化学反応によって「ラジアル対」という短寿命の分子ペアが形成されていて、鳥のコンパスは、このラジカル対に生じる微妙で本質的には量子的な効果に依存している。
渡り鳥は、視覚と嗅覚そして磁気感覚を頼りとして飛んでいる。磁気に反応するクリプトクロムというタンパク質は、蝶のオオカバマダラや哺乳類のクジラにも見つかっている。
 鳥の羽の拡大写真は思わず息を呑みこむほど見事です。そして、羽の先端に切れこみが入っていると、それは飛ぶうえで特別の効用があるというのです。
フクロウの無音飛行にも、翼の前縁の羽毛に櫛(くし)のようなふさふさのフリンジ(ふさ)があることによって音が生じない。
 羽毛と空気の相互作用による振動が起こらないので音が発生しない。
 ホバリングの得意なハチドリは、非常に高い羽ばたき周波数と蜜を吸いながら花の前でホバリングする際の独特の羽ばたき動作に適応するためハチドリの羽毛はきわめて硬い。
 キンカチョウは、お互いの地鳴きに含まれる小さな違いを聞き分け、お互いの性別やアイデンティティーなどの情報を交換しているらしい。そしてメスもオスと同じように歌う。オスとメスのペアが高度に入り組んだデュエットを歌う。人間の耳には、連続した単一の歌のように聞こえる。
 カレドニアガラスが賢い鳥だというのは有名です。道具を使ってエサをとるのです。そして、なんとチームを作って作業できるというのも判明しました。
 カササギは、鏡に映った自分の姿を検分できる。
 いやあ、鳥という生き物の驚異的な能力には圧倒されてしまいます。しかも、鳥は、かの恐竜の一種だというのですからね…。
(2024年12月刊。2200円+税)

一身にして二生、一人にして両身

カテゴリー:日本史(戦前)

(霧山昴)
著者 石田 雄 、 出版 岩波書店
 東大の社会科学研究所(社研)の教授であり、政治研究者として高名な著者が父親のこと、戦後日本のことを語った本です。
父親は戦前、内務官僚として警視総監もつとめました。熊本の五高時代からの親友である大内兵衛(東京帝大経済学部教授)が治安維持法違反で特高警察に逮捕された。
 人民戦線事件。前年まで警視総監をして管内各署を巡視していて、すべてを知り尽くしていたと思っていたところ、大内兵衛が留置されていた淀橋警察署に出かけて想像もしない状況を見聞した。自分の親友が狭い雑居房でスリや強盗と一緒に劣悪な条件でスシ詰めにされていたのを知った。それを知った父親はすぐに警視庁に行き、そのときの警視総監である安倍源基(特高の警察の元締として悪名高い)に会い待遇改善を要請した。大内兵衛は「憎むべき」思想犯なので、安倍警視総監が快く改善に乗り出したとは考えられない。ただ、先輩の頼みなので、無下には扱えず、淀橋署より混み方の少ない早稲田警察署に大内兵衛は移された。そういうことがあったのですね。留置場のひどさは想像できます。 
日本の敗戦後、父親は、「たくさんの人を縛った罪滅ぼし」をするため、刑事被告人の国選弁護人をしはじめた。そして、国選弁護人として何回も小菅刑務所(東京拘置所)で被告人に面会し、話しているうちに、犯罪者に対する観方が180度変わった。
 権力の側から見ていたときは、被疑者・被告人は悪い人間で、それを捕えて罰するのは必要だし、当然のことだと思っていた。ところが、被告人の眼で見ると、彼らは、まさしく社会的矛盾の被害者だと考えられる。また、死刑囚の弁護をしているうちに、死刑制度は廃止すべきだと考えるようになった。
 そうなんですね。昔も今も、目の前の現実をしっかり受けとめると、考え方が180度変わってしまうことがあるのですね…。
 著者は、「政治改革」をマスコミと多くの学者が礼賛するなかで、結局、小選挙区制が導入されたことを苦々しく振り返っています。今の日本の政治をおかしくしている原因の一つが、この小選挙区制です。元の中選挙区制に戻すか、全国完全比例代表制に変えて、民意が国政に正確に反映されるようにすべきだと思います。
 日本人が第二次世界大戦の被害者であることは間違いありません。しかし、同時に加害者側でもあったことを忘れてはいけないと、著者は再三強調しています。まことにそのとおりです。朝鮮半島そして中国大陸への侵攻だけでなく、東南アジアへ広く進出していって、多くの罪なき民衆を殺し、資源を奪い、市民生活を破壊していったのです。
 それは、戦後の朝鮮戦争そしてベトナム戦争についても言えます。日本は明らかに加害者であり、戦争による利益を受けたのです。
考えさせられる事実、そして指摘がありました。
(2006年6月刊。2400円+税)

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