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ホットスポット

カテゴリー:社会

著者   NHK・ETV特集取材班 、 出版   講談社
 3.11のあと、福島第一原発事故からどれだけの放射能が日本全国いや世界中に流出していったのか、想像を絶します。この本で紹介されているテレビ番組は日頃テレビを見ない私もビデオにとって、しっかり見ていました。
 放射能汚染というのは、決して単純な同心円状にはならず、とんでもないところに高濃度汚染のホットスポットが生まれるということを、その番組を見て実感しました。
 この本は、番組製作の舞台裏も紹介していて、とても興味深いものがあります。NHK
の上層部から取材そして放映を中止するような圧力がかかったそうです。
ホットスポットとは、局部的に高濃度の放射能に汚染された場所をあらわす言葉。
 同じ双葉町の中で、わずか1キロほど移動しただけで、空間線量率が毎時300マイクロシーベルトから40マイクロシーベルトに変わった。汚染は同じ同心円状に広がったのではなく、斑(まだら)状になって分布していた。
 取材班は、高線量が予測される地帯は50歳以上で担当するというのが暗黙の了解となっていた。取材が終わって宿に着いたら、真っ先に風呂に入る。そして、合羽やゴム長をていねいに水で洗い、大浴場で頭や手足を入念に洗う。内部被曝が恐ろしい。衣服や靴、皮膚に放射性物質が付着し、そのまま屋内にもちこむと、知らず知らずに拡散し、体内に取り込んでしまう恐れがある。
放射能の雲は原発から50キロの、100万人が住む福島県の中通りを襲い、雨や雪とともに大量の放射性物質を地上に沈着させた。そして、そこには今も人々が普通に生活している。
 3月15日。東京で毎時0.809マイクロシーベルトの放射線量が観測されて大騒ぎになった。福島市内は、このとき242マイクロシーベルトまではねあがり、16日まで20前後の高い数字が続いた。事故前の500倍になる。しかし、30万人の住む福島市民への避難指示は出なかった。
本当にこれでいいのでしょうか。学童だけでも疎開させる必要があるのではないでしょうか。人体実験だけはしてほしくありません。
子どもの被曝リスクは大人の3倍高く考える必要があるからです。
 放射能は、沿岸の海底に堆積し、ホットスポットのような放射能のたまりが出現している。そして、それが沿岸流という海流に乗って南下している。
 福島県だけでなく、岩手、宮城、新潟、茨城もふくんで東日本一円に放射能は拡散し、雨や雪によって土壌を汚染し、そこで育つ農産物に入り込み、さらには川を伝って各地の海を汚染し、それが魚介類に入りこんで消費者の食卓を脅かす「魔のサイクル」が現れてきた。
 いやはや、原発の底知れぬ恐ろしさを実感させる映像でしたし、その背景を知ることができました。民主党政権が今なお全国各地の原発を再稼働させようと執念を燃やしていることに心底から怒りがこみあげてきます。どこまで人非人なのでしょうか。目先のお金のためなら人類の生存なんてどうでもいいという無責任さです。私は絶対にそんなことを許すことができません。
(2012年3月刊。1600円+税)

ヒトの見ている世界、蝶の見ている世界

カテゴリー:生物

著者   野島 智司 、 出版   青春新書
 視覚を通して人間と昆虫など他の生物との異同を考えている面白い本です。
 人間の視覚にとって、脳は非常に重要な役割を果たしている。脳の3分の1から2分の1の部位が、視覚情報の処理に費やされている。人間が大きな大脳をもっているのは、実のところ物を見るためと言って過言ではない。
実際には、網膜上に映った像をそのまま見ているのではなく、本来は見えていないはずの部分も推測で補ったり、あまり重要ではない情報はあえて意識しなかったりしている。
 ヒトは、自らの生活にとって必要な情報を瞬時に取捨選択している。
 昆虫の複眼は、ショウジョウバエという小さなハエで800、アゲハチョウは1万2千、トンボに至っては5万もの個眼から成っている。
 複眼には網膜がない。個眼全体が光ファイバーのようになっていて、一つの個眼に入ってきた光を、内部の視細胞層で受けとる。
 個眼には複数の視細胞が入っているが、その内部に像を結ぶわけではなく、個眼に入った光は内部の視細胞を一様に刺激する。したがって一つの個眼に入った光は、一つの情報いわばデジタルカメラの画素に相当する。
 もし、複眼の視力をヒトの視力に換算すると、0.1に満たない。ミツバチは、ヒトと同じ三原色で世界を見ているが、赤、緑、青の三色を感じる視細胞がなるのではなく、緑、青、紫外線の三色を感じる視細胞をもっている。だから、紫外線を感じることができる代わりに、赤を見ることができない。
 ミツバチやアリは、景色だけを頼りにしているわけではなく、方角を理解する能力がある。
 ミツバチやアリ、そして多くの昆虫が、偏光を見分けることができる。
 景色に目印の乏しい砂漠に住むアリは、偏光を使った方角と自分の歩いた歩幅を積算することで、現在地の巣からの相対的な位置を把握することが分かっている。
 鳥は、他の動物に比べると大きな眼球をもっている。その重量は脳のそれをこえることさえ少なくない。巨大な眼球をもっているため、眼球そのものを自由に動かすのは難しい。鳥は見る方向に眼球を動かすのが得意ではない。イヌワシの視力はヒトの8~10倍もある。
 鳥の眼は、一度に広い範囲にピントを合わせられ、近くも遠くもヒトよりずっと広い範囲を同時に見ることができる。
鳥の9割が、紫外線反射によってオスとメスを識別することができる。
 渡り鳥は太陽コンパスを用いている。同時に、星の分布と時刻によって方角を知ることも可能だ。
ハトは、磁気を感じることもできる。ハトなど長距離を飛行する鳥は、太陽や星座、磁気、景色などを手がかりとして総合的に方向を判断して飛行ルートを決めている。そのうちのどれか一つということではない。
 眼の誕生が、カンブリア紀の生き物の爆発的な進化を引き起こした。視覚の登場が、生き物たちの暮らす世界を大きく変え、そのことが急速な種分化を引き起こしたと考えられる。
 なにげなく見ている風景も、よくよく考えると、大変な進化の産物なんですね。見ることの意義を改めて考えさせられました。
(2012年2月刊。943円+税)

兎の眼

カテゴリー:社会

著者   灰谷 健次郎 、 出版   理論社
 大阪で橋下流の教育改革がすすんでいます。最低・最悪の「改革」です。ところが、マスコミは、橋下「改革」をもてはやすばかりで、その重大な問題点をまったく明らかにしようとしません、情けない限りです。
いまの教育の現状に満足している日本人は、わたしを含めてほとんどいないと思います。しかし、橋下はさらに悪い方向へ引っぱっていこうとしているのです。とんでもない方向なのに、それに気がつかない人、目をつぶってはやしたてるマスコミの多いのにあきれます。
教育の手が込んだ、面倒なものだというのは当然のことです。だって、人間を扱うのですから。たとえば、人間は誰だって反抗期を経なければいけません。口先だけは反抗していても、本当は甘えたい。そんな矛盾した心理を見抜いてうまく対処するのが大人であり、教師です。
そして、貧乏という問題があります。お金がないと、何かと困ることは多いわけです。お金がないと家庭での親子の会話も乏しくなることが多いのです。そうすると、子どものボキャブラリーは貧しくなり、学業成績にもマイナスに影響します。
この本は1974年に刊行されたものです。今から38年も前の本ですが、いま読んでも古さをまるで感じません。
橋下がしているように教師をいじめたら、結局は子どもたちをいじめるのと同じです。「ダメ教師」を排除するということは、「ダメ生徒」を排除すると同じです。トップのエリートだけを育てればいいというのでは公教育ではありません。
 教育の現場は面倒くさいもの、それにつきあうのは大変だけなもの。それをじっと我慢して見守るのが大切なことなんです。
いい本でした。読んで心が洗われる気がしました。
(1978年3月刊。1200円+税)

法律相談のための英語ノート

カテゴリー:司法

著者   宇都宮 英人 、 出版   林田印刷
 すごいです。本職は弁護士なのに、子どもたちに空手を教え、さらには英語にも中国語にも堪能なのです。3年前に『法律相談のための中国語ノート』を刊行していますが、今回は英語ノートです。昨年、『空手と護身の英語ノート』を出していますので、英語ノートとしては第2弾になります。
 子どもたちに英語を教えるほうでも、その成果が本にまとまっています。8年前の『体と心を鍛える日の里空手スクールの実践から』(海鳥社)と、3年前に出たそのパートⅡです。
 著者の空手は、さすがに京大空手部の主将だったというだけに、何も分からない素人の私が見ても、いかにもぴしっと型が決まっています。決して一朝一夕にはできない体型です。
 この英語ノートは、とても実践的な内容です。弁護士が法律相談を受けて直面するだろうという質問を英語で回答するとこうなるというものです。
 たとえば、近所にいる80歳の一人暮らしのお年寄りが訪問販売からいろいろ物を買わされているようだが、という質問があります。民生委員を利用するとか成年後見申立をするというのがその回答になっています。まったくシステムの異なる国から日本に来て働いている人にとって、日本のシステムはとても複雑で分かりにくいと思います。
 解雇など労働契約が解除されたときにともなう質問に対しては、労働審判制度が説明されています。
具体的な質疑応答のほか、ボキャブラリーということで司法の専門用語についての英訳もあります。これで助かる人も多いと思います。
 著者の引き続きのご活躍を期待します。
(2012年3月刊。1600円+税)

レーガン

カテゴリー:アメリカ

著者   村田 晃嗣 、 出版   中公新書
 在任中は、あれほど人気のなかったレーガンが今ではアメリカ史上最高の大統領だと評価されているそうです。そんなことを聞くと、アメリカって本当に変な国だと思います。
 レーガンは自分がアルツハイマー症にかかったことを自ら公表しました(1994年11月)。そして、レーガンの生前から神格化が始まったのでした。
 レーガンは、大統領在職中は、知性に欠けるもとB級映画俳優と軽蔑され、危険なタカ派として、その政策やイデオロギーは激しい非難にさらされた。ヒトラーや吸血鬼ドラキュラと並んで嫌われたことすらある。
そうなんです。私もそのように見ていました。この本で、B級映画俳優としての実像、そして映画人組合長としてFBIにこっそり情報を提供し、アカ狩りに加担していた内情を詳しく知ることができました。
 レーガンは、貧しいアイルランド移民の末裔として生まれ育った。レーガンは離婚歴をもつ、史上初(唯一)のアメリカ大統領である。
 子どもたちとの関係は緊張をはらんでいたものの、レーガンは大統領として家族の絆の大切さを説いた。さらに、信仰の必要性を語りながらも、自らは教会に足を運ぶことはほとんどなかった。
 「小さな政府」と「強いアメリカ」を標榜しながら、結果として着任時の3倍にのぼる膨大な財政赤字を残し、ソ連との和解に着手して冷戦の終結に貢献した。
 レーガンの曾祖父はマイケル・オリーガンという。アイルランド風のオリーガンをレーガンに改めた。
 レーガンの父親は靴のセールスマンであり、放浪し、飲食におぼれていた。ただし、父親は黒人やユダヤ人への差別を憎む人でもあった。レーガンにとって、父は反面教師であり、母は心の故郷であった。父のアルコール依存症は深刻な問題であったが、レーガンはそれを知られないように陽気で社交的に振る舞わなければならなかった。
 レーガンは写真撮影のように書物を鮮やかに暗記できる記憶力があった。レーガンは書簡の人であり、生涯に1万通以上の手紙を書いた。
レーガンの出世の第一歩は、スポーツ・アナウンサーだった。その声は、重要な生計の糧となった。機転と当意即妙の話術を身につけた。そして、レーガンは黄金の声をもち、抑揚や口調を工夫して技術を磨いた。
 レーガンの映画デビュー作は実は犯罪映画だった。カトリックの背景をもちながら、レーガンは典型的なプロテスタントに見えた。
レーガンは葬儀に出席することを嫌った。葬儀の重苦しい雰囲気は、レーガンの楽観主義と相容れなかった。
 レーガン一家はニューディール政策によって救済されたにもかかわらず、政府が平時に税金で社会福祉を拡大することには反対した。
レーガンは優れたエンターテイナーだったが、優れた俳優とは言いがたかった。レーガンは俳優として大統領を演じたにすぎないという評価は、政治家としてのレーガンを過小評価するのみならず、俳優としてのレーガンを過大評価するものである。
 なーるほど、そのように評価すべきなのですね・・・。
 レーガンには戦前、共産党シンパの友人がいて、共産党への入党も考えていたようです(本人は強く否定)。そして、戦後、レーガンは映画俳優組合の委員長に就任します。しかも、5期連続の委員長です。ところが、こっそりFBIに情報を提供していました。つまり、FBIのスパイだったわけです。
 マッカーシー旋風のとき、公聴会ではレーガンは証言を拒否した。だから、リベラル派をふくむ多数の好感を得て委員長に連続して再選された。ところが、裏ではFBIのスパイをしていた。同じ反共主義を標榜しても、マッカーシーにとっては政治的方便だったがレーガンにとっては確信だった。
レーガンは賭博場やナイトクラブを好まず、仕事以外では、読書に没頭した。レーガンはかなりの読書家だった。レーガンは「リーダーズ・ダイジェスト」などからエピソードやジョーク、統計を拾い出しては丹念にメモをとり、自ら原稿をかいて、スピーチに磨きをかけた。スピーチライターの原稿を読むだけの政治家とは、演説修行の練度が違う。
 これには驚きましたね。レーガンはスピーチライターだったし、実況中継アナウンサーとして当意即妙に話しが出来たというのです。これは、ブッシュ(子)とは大違いです。しかも、レーガンは中国の孫子だけでなく、レーニンの本まで読んだというのです。うへーっ、すごいです。
レーガンは決して偉大な知性の人ではなかった。しかし、ひとかどの読書人であり、実務的な知識や応分の教養は身につけていた。そうでなければ、あれほどのユーモアのセンスは発揮できない。レーガンの知性を過小評価するのは危険だ。ただし、レーガンはもっぱら自分の信念を確信し、補強するために読書する癖があった。それがレーガンの知的限界だった。
 権威や体制への順応は、レーガンの変わらぬ資質の一つだった。カーターは、レーガンに対して、自分の知性と知識の優越を確信して討論会にのぞんだ。だが、勝負を決したのは、知性や知識ではなく、自信とビジョンそして表現力だった。
 レーガンは決して人種差別論者ではなかった。そもそもレーガンは人種問題にほとんど無関心だった。
 かつて演説原稿を自ら起草してきただけに、レーガンの加筆・修正は要点をおさえていた。危機や悲劇に際して共感と希望を平易に語ることは、指導者の重要な資質である。
レーガンという人物を正しく知るうえで大変有益な本だと思いました。
(2011年11月刊。880円+税)

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