(霧山昴)
著者 聴波 弘 、 かもがわ出版
私が大学生になったころ(1960年代後半)は、それより前のソ連びいきの学生は少なく、なんとなく中国びいきの人が多かったような気がします。中国の毛沢東を中国を統一した英雄として崇拝する日本人が少なかったと思います。それが、文化大革命のなかで、その実態を知らないまま毛沢東を讃美し肯定する毛沢東主義者(マオイズム)をうみ出したのです。ところが、ソ連のほうは、フルーシチョフのスターリンに関する暴露秘密報告が伝わるにつれ、スターリンって、とんでもない男だったし、ソ連型の「社会主義」って、自由のない官僚優先、人民抑圧型社会だという認識が広まっていって、ソ連は人気のない国になっていたのでした。
私も大学生のころ、マルクス・エンゲルスとあわせて、レーニンの本をたくさん読みました。切れのいい文章(もちろん日本文です)にしびれました。弁護士になってから、レーニンが皇帝一家を裁判にかけることもなく暗殺するよう命じたことを知り、「レーニン、お前もか…」と思いました。
レーニンとトロツキーは、長く対立態勢にあったが、1917年の2月革命のあとは良好で、10月革命の政治面の指導はレーニン、軍事面の指導はトロツキーがおこなった。
トロツキーは外相としてドイツとの講和交渉にあたり、赤軍の創設者になる。1905年革命のとき、ペトログラード・ソビエトの代表にも選ばれている。
レーニンは、ソ連共産党の党首になったことは一度もない。ただし誰もがレーニンを最高の指導者だとみていた。
ソ連共産党は、長きにわたって派閥の連合体だった。
レーニンの死を目前とする直後にその後継者は誰になるのかを取材してまわった日本人のモスクワ特派員がいた(大竹博吉)。彼は、トロツキーだとした。知識層のなかではトロツキーの支持が圧倒的だった。
ところが、スターリンは、知識層が党に入るのを許さなかった。そして、やくざ者まで動員してトロツキー支持派に乱暴狼藉(ろうぜき)を加えた。トロツキーは、スターリン支持派から野次(やじ)られ、その演説は聞こえなかった。そして1929年にトロツキーは除名された。
このようなひどい妨害があったことを初めて知りました。
結局、スターリンによって、ソ連共産党は「独裁者党」に変質し、国際的な「言論の自由」まで封殺した。
ロシア人は、他民族より優越した「強いロシア」をつくったという強烈な国民意識をもった民族。大ロシア主義の歴史観をもつ。ロシアは、外敵を異常に恐れるだけでなく、病的な外国への猜疑心(さいぎしん)と潜在的な征服欲をもつ国。
スターリンは、ソ連に亡命した各国の共産党の指導者を死刑に処し、また投獄した。日本についても、スターリンは北海道に親ソ政権をつくり、ソ連の「勢力圏」にすることを狙った。いやあ、そうならなくて、本当に良かったですね…。
レーニンは、ウクライナを放棄することを決断した。
今のウクライナ戦争(ロシアの侵略戦争)は、ウクライナをロシアがとるか、アメリカかとるかの米ロ覇権争いの軍事的な場となっている。
70年あまり存在したソ連が「人民抑圧」の専制主義社会だったことは間違いない。しかし、わずか70年ほどしか存在しなかった。だから、何かの「経済社会構成体」として学術的に規定するのには無理がある。なるほど、そうなんですか…。
ソ連共産党は各国の共産党にお金を与え、ばらまいていました。それは党のお金だけでなく、国のお金も含まれていました。日本でも野坂参三と袴田里見(元共産党副委員長)からもらっています。1962年7月に2600万円、1963年に1800万円です。これは大金です。党としてではなく、個人としてもらったようです。いったい何に、こんな大金を使ったのでしょうか…。
このタイトルにこたえた内容の本になっています。それにしても、プーチンのロシアはひどいです。一刻も早くウクライナ戦争を止めてほしいです。
(2026年2月刊。2420円+税)


