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1945最後の秘密

(霧山昴)

著者 三浦 英之 、 出版 集英社

 真珠湾攻撃に参加した海軍航空兵の一人(山川新作氏)は、48期11人のうち敗戦まで生きのびた、ただ一人だった。

1942年5月、アフリカの東側にある大きな島、マダガスカルを日本軍の潜水艦3隻で攻撃した。出撃したのは2人乗りの小型・特殊潜航艇2艇。魚雷2発を積んでいた。うち1艇がイギリス海軍の戦艦に魚雷を命中させて大破し、またタンカーを撃沈した。チャーチル首相は、その回顧録で被害を認めている。アフリカ沖まで日本軍が出撃していたなんて知りませんでした。

 ミッドウェー沖海戦で、日本海軍は主力空4隻を沈められ、航空機300機を失うという大敗北を喫した。ところが、大本営発表では逆に米海軍を撃破し、日本は1隻喪失しただけという、とんでもない嘘を発表した。

 このとき、航空母艦「赤城」も撃沈されたが、幸いにも救出された乗組員がいた。日本に戻ってからは、「軍の機密」を話すなと厳命された。

 満州国の経済は阿片(アヘン)で回っていた。そして、日本敗戦当時、大量の阿片が現地に残っていた。これをどうするか…。阿片の総量は14トン。当時のヤミ価格では、満州国予算の3分の1から5分の1に匹敵する金額になる。この阿片が行方不明となった。

 GHQが7トン半(時価72億円)を押収したことが当時(1946年3月)の新聞記事で紹介されている。しかし、本当は、やはり阿片は14トンあった。それは満州・奉天の星製薬の倉庫にあった。これを関東軍は日本の厚生省あてに送ろうとした。それが途中で消えてしまったということ。

 この本では、それに岸信介元首相がからんでいたことが示唆されています。岸信介は満州国の最上層に官僚として、阿片にも関わっていたことが、他の文献でも明らかにされています。このような秘密資金をもって戦犯として収容されていた巣鴨プリズンから早々と釈放され、そして自民党の原型をつくるのに力を貸し、ついには日本の首相にまでなったのです。まさに岸信介こそ日本の黒歴史の権化ともいうべき存在なのです。

 日本の戦中、戦後には、まだまだ釈明されていない深い闇が多々あることを知りました。

(2025年6月刊。2200円)

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