弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2024年3月23日

『国家試験』

日本史(戦前)


(霧山昴)
著者 国家試験編集部 、 出版 育成洞

 私の亡父は法政大学法文学部法律学科の学生のころ、高等文官司法科試験を1回だけ受験しました(残念ながら不合格)。1933(昭和8)年6月のことです。このときの合格者には川島武宜教授(民法)がいます。
 いま、亡父の足取りを調べていますので、このころの司法科試験は何月に、どこで、どんな問題が出題されていたのか、口述試験はあったのか、知りたかったのです。
受験雑誌があったらしいことを知って、ネットで検索してみました。すると、出てきたのが、この雑誌です。今は、国立国会図書館にわざわざ行かなくても、いながらにしてコピーサービスを注文して利用することができます。本当に便利な世の中になりました。
今度、NHKの朝ドラの主人公になる三淵嘉子の伝記によると、当時の試験会場として貴族院も使われていたというのですが、1933年の試験会場は今のところは判明していません。それでも、6月末ころ、1日2科目の4日間ということは分かりました。試験科目は私のとき(1972年5~9月)とほぼ同じです。憲・民・刑に商法、民訴か刑訴、そして選択科目2科目(私は社会政策と労働法でした)。
論文式はどうやら事例式ではなく、抽象的な一問を論じる形式のものだったようです。
論文式を無事にパス(合格)したら、口述試験です。これも私のときと同じです。この受験雑誌には口述試験の状況を再現した合格体験記も載せられています。私のときには『受験新報』が花盛りでしたが、この雑誌にも詳細な口述試験の問答が紹介されています。
このころの試験官といえば、末弘厳太郎、穂積重遠、牧野英一、鳩山秀夫など、そうそうたるメンバーです。
合格するために必要な精神状態についても、先に合格した先輩が次のように書いています。
あせらず、あわてず、粛々と堅実な歩みをすすめていくしかない。
そして、試験に合格したいという希望が必要、意思が堅固でなければいけない。私のころ、そして今でも通用する心がまえが求められています。
亡父は司法科試験のために猛勉強しすぎて神経衰弱になったとこぼしていました。私もちょっぴり、そうなりました(ほとんど1日、寝て、なんとか回復しました)。
有名な伊藤塾の塾長(伊藤真弁護士)に、戦前も受験雑誌があり、口述試験の問答が詳しく再現されていると話したことがあります。さすがの伊藤弁護士も知らなかったとのことでした。調べてはみるものなんですよね...。
(非売品、国会図書館コピーサービス)

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