(霧山昴)
著者 山本 周五郎 、 出版 本の泉社
いやあ、しびれます。久しぶりの周五郎の2冊目です。短編ですので、毎晩、寝る前に2編ずつ読み、幸せな気分で安らかに寝入ることができました。
町人の人情話もいい(えがった)のですが、武士と女性たちの話も、胸にストーンと落ちて泣けてきます。
自分の暮らしさえ満足でないのに、いつも他人のことを心配したり、他人の不幸に心から泣いたり、わずかな物を惜しみもなく分けたり…、ほかの世間の人たちとはまるで違って、哀しいほど思いやりの深い、温かな人たちばかりでした…。
貧しい者は、お互いが頼りですから、自分の欲を張っては生きにくいというわけだろう。
他人を押しつけず、他人の席を奪わず、貧しいけれど真実な方たちに混って、機会さえあれば、みんなに喜びや望みをお与えなさるあなたも御立派です…。
人を狂気にさせるほどの恋も、いつかは冷えるときが来る。恋を冷えないままにしておくような薪(たきぎ)はない。友達を憎むことで、いっとき愛情をかきたてた。しかし、それも長くは続かなかった。憎悪という感情のなかには、人間は長く住めないもののようだ。
あやまちのない人生というやつは味気のないもの。心になんの傷ももたない人間がつまらないように、生きている以上、つまずいたり転んだり、失敗をくり返したりするのが自然。そうして人間らしく成長していく。でも、しなくてすむあやまち、取返しのつかないあやまちは避けるほうがいい。どんなに重大だと思うことも、時がたってみると、それほどではなくなるものだ。
いやあ、しびれるようなセリフのオンパレードです。俗世間にまみれた心がきれいさっぱりと洗い流される気分に浸ることができます。
そして、この本の究極のセリフは次です。
「もし、およろしかったら、お泊りあそばしませぬか。久方ぶりで、下手なお料理を差し上げましょう。そして、若かったころのことを語り明かしとうございますけれど…」
わけあって遠くに行ってしまった初恋の女性に久しぶりに会ったとき、その女性からかけられた言葉です。ああ、なんという幸せ…。これぞ、まさしく小説を読む醍醐味というものです。
(2022年4月刊。税込1320円)
山本周五郎、人情ものがたり(武家篇)
