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ヒトラー、権力までの180日

カテゴリー:ドイツ

(霧山昴) 

著者 ティモシー・W・ライバック 、 出版 草思社

ヒトラーがヒンデンブルク大統領によって首相に任命されるまでの危っかしい状況を刻明に明らかにした本です。

そのころ、ヒトラーは決して順風満帆とは言えない状況にありました。むしろ、危機的状況というべきでしたが、ヒトラー自身は内心の動揺を隠して、大衆の前では相変わらず大言壮語、自信に満ちた様子で演説をぶっていました。

何が危機的だったのか…。まずは仲間割れです。ヒトラーに次ぐナチス党の大物シュトラッサーが離党しました。また財政的にも危機に陥っていました。お金がナチス党になかったのです。そして、選挙でナチス党の得票は減っていました。これは、どうみたってピンチです。

そこで、ヒトラーは起死回生の秘策に出ます。「天敵」のようなパーペンと秘密裏に会談します。ところが、情報が漏れていて、写真を撮られ、マスコミに報道されます。ヒトラーがパーペンにこっそり面会するなんて、ナチス党支持者からするとありえないことです。報道されてヒトラーがどうしたかというと…。「事実無根」だとうそをつくのです。嘘も百遍言えば真実になるというやり方です。

お金はどうしたか…・ドイツの財閥たちに無心したのです。すると、ドイツの財閥はヒトラーに気前よく大金を投資したのでした。社会党や共産党が議席・得票は伸ばしていることについての危機感からです。

そのとき左翼はどうしていたのか…。武力蜂起を画策していたようです。各地で、街頭で、ナチス党員と共産党員との暴力的な衝突が頻発しました。でも、やはり、軍隊には勝てません。国防軍のほか、ナチスは親衛隊も擁していました。

ヒトラーが首相になると、ヒトラーは国会を有名無実の存在とします。全権委任法です。国会を開かなくても決められるようにしたのです。国会議事堂放火事件がきっかけとされていますが、それこそヒトラーの自作自演です。

いま、自民党の高市政権が緊急事態条項なるものを設けて、同じことをやろうとしています。それこそ麻生副総裁の「ナチスの手口に学ぶ」を地で行っているのです。怖い話です。

当初、ナチ党員だというと、「嘲笑され、馬鹿にされた」ものの、今や笑う者は一人もいない。同じことがヒトラーについても言えます。当初は、それこそ馬鹿にされる存在でしかなかったのです。

ヒトラーの演説は、一般的な人々が理解し記憶できるように、重要な論点をしつこく繰り返す。この点、ヒトラーは演説についてプロからしっかり叩き込まれています。

ナチ党員は1925年に2万7千人だったのが、1931年には80万人となっていた。

シュトラッサーに勧誘されてナチ党に加入したのは、ヒムラー、レーム、ゲッベルスがいる。

ヒンデンブルク大統領は84歳だった。

ヒトラーの父は、未婚女性の私生児として生まれ、シックルグルーバー姓を名乗っていた。ハンブルグに暮らすヒトラーの兄は重婚や窃盗で有罪判決を受けている。ヒトラーの家系にはユダヤ人の血が混じっているという噂もあった。ヒトラーは純粋なアーリア人の家系であるという証拠を自らは提示できなかった。

ヒトラーは選挙に立候補したことがない。自身が市民権のない移民だったから。ヒトラーは、ドイツの市民権を獲得するのにひまがかかったのです。

ヒトラーが首相になるまでの過程については、今日の私たちも学ぶべき教訓が多々あると改めて

実感しました。

(2026年2月刊。3850円)

ながい 窖(あな)

カテゴリー:社会

(霧山昴) 

著者 手塚 治虫 、 出版 法政大学出版局

手塚治虫のマンガはかなり読みました。この作品は全集にもれているものです。1970年初出といいますから、まだ私は大学生のころです。司法試験の受験 勉強をしているところでしょう。マンガなんか読むヒマもゆとりもなく、精根つめて法律書と取っ組みあいをしていました。

このマンガの主人公は戦中、鉱山で働かされていた朝鮮人です。 「チョーセン、帰れ」と叫ぶ日本人がいます。本当に残念です。私の父も「三井」の労務係として朝鮮へ「人狩り」に行っていました。戦時中、多くの 朝鮮人は日本に来たくて来たのではありません。甘言につられ、 欺され、そして強制的に連れてこられたのです。そんな事情も知らずに「帰れ」だなんて、無神経すぎます。

ヘイトスピーチをしている人の大半は、自らが差別されているという不満を心のうちにかかえ、 そのうっぷん晴らしで、差別的な言動によって、一時的な優越感に浸って、心の安らぎを保とうとしているのだと思います。可哀想ではありますが、許されないことです。

考えてみれば、差別用語は私たちの身の回りにはごろごろころがっています。アカ、オカマ、あいのこ…、いろいろあります。そして、戦時、日本人はアメリカ人から ジャップ とか イエローモンキーと呼ばれていました。映画「猿の惑星」に出てくる「猿」は日本人をイメージしたものだと知ったとき、私は少なからずショックを受けました。

なお、私の父が連れてきた朝鮮人は化学工場では使えなかったと言っていました。それはそうですよね。化学工場では化学反応を基本としますので、相応の知識が必要になります。そこで 炭鉱や鉱山で働かされました。それは、連合軍俘虜房も同じです。危険な仕事内容で、させられるので 重労働ですから、病死や死亡者が続出するのも当然です。

大牟田の捕虜収容所では連合軍の捕虜の死亡者が続出したことから、所長2人が戦後 、死刑宣告され、実際に処刑されました。ところが、朝鮮人労働者の虐待は裁判にかけられることもありませんでした。

この本の主人公は厳しい鉱山での労働を生きのび、戦中は土地投資がうまくいって大会社の専務にのしあがります。しかし、息子や娘とは、関係がうまくありません。

手塚治虫の「失敗作」だと評されているようですが、 いつものさすがの絵とストーリー展開で、ぐいぐい引っ張られていきました。考えさせられるマンガです。発売2ヶ月で6刷ですから、やはりたいしたものです。

(2026年8月刊。2200円)

なぜ米国はイランに負けたのか

カテゴリー:アメリカ

(霧山昴) 

著者 斉藤貢 、 出版 文春新書

トランプはネタニヤフにそそのかされて、イラン戦争を始めました。イスラエルの諜報機関モサドの情報によって、イランの 最高指導者と軍トップが会合している建物にミサイルを撃ち込んで全員爆殺に成功。あとはイラン民衆が反政府行動に決起してイラン政府を転覆させるという筋書きでした。 でも、ベネズエラとは違って、そういう展開にはなりませんでした。なぜなのか…。

イランとイスラエルの大使館の双方に勤めた元イラン大使だった著者の解説は明快です。

イランは、「最高指導者一人が実権を握る独裁体制」の国ではない。なので、最高指導者を暗殺しても体制崩壊にはつながらない。

イランは、分権的で多元的な集団指導体制の国。複数の権力主体が相互に牽制しつつ体制全体を支えている。イランには、堅固な官僚制が整っている。

戦術的には「見事」だった斬首作戦は、戦略的には無意味だった。

イランはドローン戦のパイオニア的な存在で、長年にわたって ドローンの大量生産体制を築き上げてきた。イラン製のドローン「シャヘド」は1機が数百万円しかしない。町工場でもつくれて、1万機のストックがある。

アメリカのミサイルSM6は1発4.5億円、パトリオットは1発6億円。パトリオットの製造能力は月に50発でしかない。

イランは、現実的で、冷静で、打算的。戦略的思考に長(た)けている。イランの人々は非常に頭が良く、物事を理性的に判断する。イラン人の指導者の6割は理系大学を卒業している。

イランの支配体制は「羊の皮をかぶった狼」。「羊の皮」とは、最高指導の率いるイスラム革命体制で、「狼」とは、革命防衛隊による軍事独裁体制。イランの実質的な最高権力は、軍事、治安、 政治、経済を掌握している革命防衛隊にある。革命防衛隊は、単なる軍事組織ではなく、営利を優先する近代的な財閥であり、その経済規模はイランのGDPの3分の1を占める。

イランの権力構造は多元的で健全。イラン人は、2500年の歴史のなか、何度も異民族に征服されたにもかかわらず、民族的アイデンティティをほぼ失うことなく保持した世界的にも稀有な民族。

イラン国内には有力な反政府組織は存在しない。

イランの国境地帯は、険しい山脈が連なり、首都テヘランのある中央部は「天然の要塞」となっている。したがって、地上侵攻は不可能。

トランプ大統領の不人気の原因の一つが「ガソリン価格の高騰」にある。日本の高市政権は、これまで6千億円もの税金を投入して、ガソリン価格の上昇を抑えていますが、アメリカでトランプはそれが出来ていません。 ちなみに、日本の司法予算は3200億円です。その2倍近くを高市政権はガソリン価格の上昇をくい止めるために使っているのです。目先の支持率の下落を食い止めるだけに税金を使うなんて、間違いではないでしょうか…。

イランは周囲の国と陸続きですので、アメリカによる経済制裁はそれほどの打撃は受けません。イラン産原油をもっとも多く輸入しているのは中国。

イランと日本とのあいだには、1953年の日章丸事件 以来、強い結びつきがありました。1970年代は、イランからの原油輸入が日本の輸入の4割を占めるほどです。

イランは「親日国」として有名です。現在のイラン外相のアラグチは駐日大使だったこともあります。「新久地(アラグチ)」 という名刺をつくっていました。

日本が果たすべき役割は大きいです。といっても、トランプへつらうばかりの高市首相には残念ながら期待できませんね。本当に残念です。

とても分かりやすい本です。ご一読をおすすめします。

(2026年7月刊。1100円)

神社建築のカタチ

カテゴリー:社会

(霧山昴) 

著者 海野 聡 、 出版 祥伝社

出雲大社には2度行ったことがあります。すごく大きくて、高い社殿に驚かされました。伊勢神宮にも行きました。昔のお伊勢参りとか御師(おんし)が活躍した門前町のにぎやかさは今はありませんので想像するだけです。

多くの日本人は神社と寺院の違いが分かっていないと思います。もちろん、私もそうです。

この本によると、全国に神社は10万社以上あるそうです。我が家から歩いて15分ほどの森の中にも無人の神社があります。以前は、正月子どもたちとお参りしていました。

鳥居(とりい)は、神社のシンボルです。これは寺院と神社を明確に区別する。鳥居は神社のシンボル。

神社建築とは、自然の中に潜む神を「かたち」にした最初の「場」である。神社建築の概念一つとして、「神は永住せず、移動する存在である」という思想がある。神は一定の地にとどまらず、祭祀のたびに仮の殿舎に迎え入れられる。社殿は恒久的な建物ではなく、神を一時的に宿す仮設性という側面を有する。

伊勢神宮には式年遷宮(しきねんせんぐう)がある。20年ごとに建て替える。もっとも重要な心御柱は古制を守って、伊勢周辺の山から切り出している。他の多くは、木曾から供給されている。

多くの神社は、「随時改修理(ずいじかいしゅうり)」の原則によっている。損傷したら修理するというもの。木は腐るか、燃え尽きる。朽(く)ちても、同じ技法で再生できる。この可変性が日本の建築文化の根底にある。

神社の多くは、垂直構成が単純。神社建築の特徴は、寺院建築のように重厚な組物で装飾性を高めるのではなく、必要最小限の構造で建築を成立させ、それをそのまま表現することにある。

神社建築には「簡素の美」が息づいている。神社建築には土壁を用いない。

神社の境内には、明確な柵や堀などの構築物がない場合が多く、自然と調和した空間が広がっている。本殿よりも拝殿が大きいことは珍しくない。拝殿は人のための空間。本殿では丸柱を基本とし、拝殿では角柱となる。角柱よりも丸柱が上位になる。

古代に仏教が伝来してきたとき、日本人は仏教を排除せず、既存の神祇(じんぎ)信仰と調和させた。

本地垂迹(ほんじすいじゃく)説とは、神を仏の表現形とする。

熊野那智大社にも参拝しました。熊野古道はとてもいいところなのでまた歩きたいと思っています。

(2026年5月刊。1100円)

老いと病でみる幕末維新

カテゴリー:日本史(江戸)

(霧山昴) 

著者 宮地 正人 、 出版 人文書院

いま幕末維新のことを一生懸命に調べています。とても参考になる本でした。

驚いたのが初老、中年、老人です。江戸時代にも70歳以上生きる人は少なからずいました。でも、それは文字どおり古稀(稀つまり珍しいことでした。

明治・大正期に至るまで、人々の平均寿命は40代後半で、50歳代は老人扱いされた。初老というのは40歳ころの人を指す。中年は、それより前の30代の人を指している。40代は真正「老人」としてあつかわれた。

西郷隆盛は、維新のとき40代後半に入ったばかりだったが、すでに「老西郷」とか「西郷老人」と呼ばれていた。

今の日本では100歳以上の人が5万人超いますから、100歳でも「古希(まれ)」ではないのです。世の中、変わりました。

ちなみに私は現在77歳で、現役の弁護士です。被疑者弁護も被害者弁護も担当しています(国選弁護人です)。同世代でも、少なくない人が現役の弁護士として活動していて、周囲も当然視しています。

江戸時代の病気として多いものの一つに、痔疾があった。畳の上に長時間すわる生活をしていて、食物繊維もたくさんとっていたから。孝明天皇も痔に苦しんでいたとのこと。

この本によると、孝明天皇は江戸幕府を打倒するなどと考えたことはなく、攘夷といっても庶民の生活がどうなるか心配してのことであって、排外主義を考えにこり固まっていたわけではないとしています。問題を先送りする思考が強い方であったために、結果として、江戸幕府の倒壊に手を貸したとみています。

幕末の時代は緊張度が高く、公家を含めて暗殺が横行していたので、人々は酒色におぼれるのも必然だったとしています。その結果、梅毒や淋病も流行していました。

伊勢参りも盛んで、隠居身分の女性達の旅は19世紀に入ると飛躍的に増加した。福岡からも何人もの女性が伊勢参りの旅に出て旅行日記を公刊しています。1週間ではありません。3ヶ月も4ヶ月もの長旅です。1日に7里も歩くなどまことに健脚です。

白米を常食とすると、脚気に苦しみます。これを「江戸患い」と言いました。麦飯を食べたらなおりました。同じく口内炎に苦しむ人も多かった。

江戸末期の人々の生活の実相をしっかりイメージすることができる本です。大いに勉強になりました。

(2014年7月刊。2860円)

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