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オマルの日記

カテゴリー:ヨーロッパ

(霧山昴)

著者 オマル・ハマド 、 出版 海と月社

 イスラエルのガザ侵攻が始まって2年以上たってしまいました。2023年10月7日、ハマスがイスラエルを襲撃したことに対する「反撃」というのですが、あまりにも度が過ぎています。イスラエルは直ちにガザ地区から全面撤退し、攻撃を止めるべきです。イスラエルのネタニヤフ首相は、私から見ると狂っているとしか言いようがありません。ただ、問題なのは、イスラエルの国民の半数ほどがネタニヤフを依然として支持しているようなのです。残念です。

 この本にも、ナチス・ドイツがユダヤ人にしたことを、今、イスラエルはアラブの人々に同じことをしていると書かれていますが、まったく同感です。

 この本は、ガザの戦火の下で27歳の薬剤師の青年が書きつづった日記を紹介しています。ガザ地区のあまりにも悲惨な状況が伝えられていて、言葉も出ません。

イスラエル軍は強い破壊力を持つ1トン爆弾を繰り返しガザ地区に投下した。ダム爆弾と呼ばれる誘導不能の爆弾を人口密集地区や、避難キャンプに投下して、膨大な犠牲者を出した。爆弾の威力で、遺体はバラバラになり、遺族は、それ(肉片)をビニール袋に拾い集めて埋葬した。

 ガザの人口の45%は、14歳以下の子ども。ガザ地区の水源は、地下の帯水層。塩分が強く、未処理の排水で汚染されていて、ほとんど飲用に適さない。これを飲むと深刻な腎機能障害を引き起こし、透析患者が多い。また、肝炎が蔓延している。

缶入りコーラは1缶10ドル(1500円)もする。

 水が自由に使えないため、シャワーを浴びるのもままならない。そのため皮膚病と肝炎が広がっている。ガザ地区で犠牲となったジャーナリストは170人をこえる。

ネタニヤフ首相の命令で10万人ものアラブ人を殺しているのはテロリストと呼ばないのか…。ハマスだけがテロリストなのか、本当に疑問です。

 250人もの人質を2年間もガザ地区の地下トンネルに隠し続けることが出来たということは、ハマスがガザの人々の支援を受けていることの何よりの証拠だと私は思います。食料・水・その他、人質の健康を維持するために大変な努力を要したことと思います。解放された人質の足取りがしっかりしていて、健康そうに見えたことから、私はハマスの力を決して侮ってはいけないと思いました。

 ハマスの指導者たちをイスラエルは次々に暗殺していますが、そんなことをしてもハマスを抹殺できるはずもありません。暗殺しても暗殺しても、次から次に替わりの人は生まれるに違いありません。オサマ・ビン・ラディンの暗殺によってアルカイダが抹殺できなかったのと同じです。

 アメリカのトランプ大統領はイスラエルへの支援を止めて、本気で停戦させ、イスラエル軍の完全撤退と攻撃中止を申し入れるべきだと改めて思います。それが出来ないのにノーベル平和賞がほしいだなんて悪い笑い話でしかありません。

(2025年12月刊。1980円)

「新しい戦前」のなかでどう正気を保つか

カテゴリー:社会

(霧山昴)

著者 金平 茂紀・大矢 英代 、 出版 かもがわ出版

 今、日本社会全体がすさまじい勢いで正気を失いかけている。まったく同感です。ですが、その責任の一端がマスコミにあると言えるのではないでしょうか。

もちろん、すべてのマスコミ(人)がひどいというのではありません。でも、たとえば関西万博について報道するとき、これがカジノ施設への前座・露払いをするものであること、「黒字」というのは、実はまったくのごまかしであること、マスコミがきちんと報道したとは思えません。

そして、高市首相の台湾有事は日本有事であり、存立危機事態と考えられるかのような国会答弁について、その危険性を掘り下げて、国民に分かりやすく報道・解説しているとは思えません。それより中国当局の対応がひどいというほうにばかり熱心であるように思えます。さらに、日本が集団的自衛権を行使するというのは、アメリカと一緒になって、アメリカの手先として戦争を仕掛けることだという危険性の報道もまったく弱いと思います。

戦前、日本国民の多くが熱狂的に戦争を支持するなかで悲惨な戦争に日本は突入していったという教訓をマスコミは今、十分に生かしきれていないとしか思えません。

1960年代の学生運動が日本では今に引き継がれておらず、むしろ「恥ずかしい歴史」みたいに見られているという指摘がなされています。その渦中に身を置いていた一人として(私はリーダーなんかではありません)、「恥ずかしい」という思いはまったくありません。全共闘のなれの果てが連合赤軍のリンチ殺人事件であり、「あさま山荘」事件であり、凄惨な内ゲバ殺人であることは、残念ながら歴史的事実です。でも、全共闘一色に塗りつぶすのは止めてほしいものです。民青(民主青年同盟)をはじめとして「ノンポリ」学生も全共闘の暴力と対峙しながら学園民主化闘争をしていたのです。

世界報道自由度ランキングで、日本はなんと68位。G7のなかでも最低の評価だというのは、私はまったく同感です。

「日本のジャーナリストは、政府に対して責任追及する役割を十分に発揮していない」

本当にそのとおりです。デリケートな問題については、厳しく自主規制している。

たとえば、政権与党となった維新の会が、今、「比例議席の削減」を強硬に主張しています。大阪府議会の成功を国政レベルで実現しようというのです。いま大阪府議会で維新の占める割合はなんと7割。ところが、実は得票率は3割以下なのです。このギャップは小選挙区です。維新は全体の定数を減らしただけでなく、小選挙区をたくさんつくったのです。つまり、小選挙区は多様な民意を反映させない仕組みなのです。

大阪のマスコミは、この根本的な問題に焦点をあてることなく、維新を今なお持ち上げるばかりのようです。まさしくジャーナリズムの塊が抜き取られてしまっています。

いえいえ、私はジャーナリストには大いに期待しているのです。とくに新聞記者の皆さんには、ぜひもっとがんばってほしいのです。

(2024年3月刊。1760円)

逃げ続けていたら世界一周していました

カテゴリー:人間

(霧山昴)

著者 白石 あづさ 、 出版 岩波ジュニア新書

 人気ライターが奇想天外な旅の経験をつづる、抱腹絶倒旅行記!

 本のオビに書かれていることに、正真正銘ウソはありません。いやぁ、日本の女性はたくましい。つい言葉を失ってしまいそうです。でも、意を決して以下、ホメ言葉を書きつらねます。

 悩みがあるなしにかかわらず、今から「人生をいったん放り投げて、とりあえず逃げる」ための準備をコツコツしてほしい。そのためには、普段から、ちょこちょこ「小さく」逃げておくこと。そして、コツコツ「夜逃げ先リスト」を増やし、月に1000円でもいいから、「夜逃げ旅貯金」をしてほしい。何か死ぬほど辛いことがあっても逃げたいと思っても、逃げた経験や逃げ方を知らないと、まじめな人ほど苦しんでしまう。

 私はこれを読んで、高橋まつりさんを思い出しました。あの「デンツー」でさんざんいじめにあって、ついに自死した若い女性です。「デンツー」なんか、こんなつまらない会社からさっさと逃げ出して、著者のように旅に出たらよかったのです。「デンツー」なんて、命に比べたら、なんでもないガラクタ同然の会社ですよ。

 著者は27歳のとき、東京駅から大阪行きの夜行寝台列車に乗って旅立った。中国に行き、アメリカ、南米そして南極など、3年間も放浪したというのです。ええっ、南極って、一般人も行けるところなの…と、つい疑ってしまいました。

 27歳のとき、それまで1万日生きてきたこと、82歳で3万日になるとしたら、もう人生の3分の1が過ぎていることを知って、愕然としたというのです。私は、そんなこと考えたこともありません。

 世界を放浪している途中、アフリカ(ナミビア)では刑務所にも入っています。そこで、人々の優しさに感銘を受け、救われるのです。日本の刑務所は、なかで他の収容所から殺されるようなことはまず心配ありません(アメリカでは囚人同士の殺人事件が頻発していると聞いています)。ところが、ガンジガラメの規則で縛られ、息が詰まりそうになってます。でも、ナミビアでは、女性だったら、お化粧も踊りも自由です。看守まで一緒になって踊りだすというのです…。

 著者は美術大学の入試(3日間の実技試験)のとき、必要な道具一式を電車の棚で盗られてしまい、手ぶらで学校で試験を受けることになりました。幸い7千円の手持ち現金で最低限の道具を買いそろえて、何とか提出。ところが、ダメかと思っていたのに合格。よほど奇抜な出来具合だったのでしょうね。

 著者は幼稚園でも小学校でも、行動が鈍く、団体行動も出来なかった。飛び箱は飛べないし、と競争もダメ。それでも高校から大学に入ります。そして、意味なく勉強するのに見切りをつけて放浪の旅に出たのでした。いやぁ、まことにまことに勇気があります。

 行った先々で、人々の親切に助けられます。女一人旅なのです。夜なんか怖くなかったのでしょうか…。男の私には、とてもそんな勇気はありません。そこで、自分の経験を踏まえて冒頭の呼びかけになるのです。

 不登校の子や、悩みをかかえて苦しんでいる子どもたちに読ませたいジュニア新書です。

(2025年9月刊。940円+税)

本なら売るほど(2)

カテゴリー:社会

(霧山昴)

著者 児島 青 、 出版 KADOKAWA

 古本屋「十月堂」シリーズの2巻目です。

アイデアが枯渇したマンガ家がふらりと街中のホテルに立ち寄るというストーリー展開で登場するのは「丘の上のホテル」という名の、実は山の上ホテルです。このホテルは廃業するまで、私の定宿でした。私の住む町のシェフのお兄さんがフロントで働いていたので、紹介されたのが始まりです。文化人のホテルとして有名ですので、自称モノカキの私にぴったりということで愛用していました。有名な天ぷらの店にも一度だけ入りましたが、たいていは地階の居酒屋兼バー風のカウンターで食事をしていました。独特のキー、そして部屋の内装があまりにも写実的なのに驚いていると、作者は泊まったときにスマホで写真を撮ったのだそうです。落ち着いた雰囲気のホテルで、気に入っていたので廃業したのが私にとっても残念です。隣の明治大学が買収したと聞いています。

「読み終わるまで死ねないくらい面白い本」を探し求めている客が登場しています。じゃぁ、私は何だったのかなと思ったとき、一番に頭に浮かんだのが『トゥイーの日記』(経済界)でした。私より少しだけ年長のベトナム人医師(女性)がベトナム戦争に自ら志願して、解放戦線(ベトコン)の一員としてジャングルでアメリカ軍と闘う様子を日記に書きつづっていくのでした。1970年6月、アメリカ兵に撃たれて死亡(27歳)したあと、その日記がアメリカに渡り、そこで英訳され、それが評判となってベトナムで紹介されると、「50万人が号泣した」というほど評価されたという本です。ほとんど私と同世代ですし、大学生のころはベトナム反戦のデモと集会を体験していた者として、私も身につまされ、読みながらおいおいと泣いてしまいました。一読をおすすめします。

次に泣いたのは『ザリガニの鳴くところ』(早川書房)という、アメリカの小説です。こちらは映画も見ましたが、アメリカで500万部も売れたそうです。動物学者の女性が69歳で執筆した初めての小説とのことですが、たまらなく切ないストーリー展開で、心が震えるほど、泣けてしかたがありませんでした。

そして、つい最近読んだのが韓国の人権弁護士の本です。全頁、赤いアンダーラインを引きまくりましたが、身体の芯から燃えてくる本でした。やっぱり、こんな出会いがあるので、連読・多読はやめられません。今年も11月半ばで400冊近くを読破しています。電車に乗って出かけるのが前より減りましたので、年間500冊には達しそうもありません。そこで、この本です。面白いマンガ本で、売れているようなのが、何よりです。

(2025年6月刊。760円+税)

翔んでベトナム30年

カテゴリー:ベトナム

(霧山昴)

著者 小松 みゆき 、 出版 そらの子出版

 私と同じ団塊世代で、ベトナムで30年暮らしていた元気な女性がベトナムでの生活を振り返った本です

 認知症の母親とベトナムで暮らしていた状況は『越後のBaちゃんベトナムへ行く』で面白く紹介されていて、私は観ていませんが、松坂慶子主演の映画にもなっています。そして、ベトナム残留日本兵とその家族の状況を描いた『動き出した時計』も興味深く読みました。

 ベトナムに行く前には、東京で法律事務所に事務員として勤めています。そのとき、新聞切り抜きも仕事の一つだったと書かれています。私も新聞切り抜きは40年以上欠かしていません(台紙に貼るのは事務員の仕事です)。

 ベトナムといえば、私の大学生のころはベトナム反戦のデモと集会は日常的な光景でした。アメリカの若者たちがベトナムのジャングルのなかで泥沼の戦いに従事させられ、5万5千人もの戦死者を出しました。もちろん、ベトナム人の戦死傷者はその10倍ではすみません。桁(けた)が2つ違うほど甚大でした。

 この本のなかに、ベトナムの寺にあった鐘がなぜか銀座の古物商の店頭にあるのが発見され、日本の弁護士(渡辺卓郎弁護士)や松本清張などが呼びかけ人となってベトナムへ返還する運動が取り組まれ、ついに実現したこと。そして、著者は、そのベトナムに帰った鐘の行方を探り当てたという話があります。すごい執念です。

 著者は30年ものあいだベトナムで何をしていたのか…。初めは日本語教師としてのスタートです。たまたまベトナムで日本語教師を求めるという張り紙を見て応募して赴任したのでした。そして「ベトナムの声」放送(VOV)に関わって暮らしていたのです。すると、日本からベトナムへやって来る人々の接待要員としても活躍しています。天皇夫妻や皇族のベトナム訪問のときにも対応しています。たいしたものです。

 越後に住んでいた母親が認知症になったとき、居場所のない母親を引き取ってベトナムに一緒に住むようになって、「スパイ」容疑から、晴れて「親孝行の娘」に昇格したという話は笑えます。やはり、どこでも「よそ者」は警戒されるのですよね。

 認知症といっても当初は軽症だったようで、言葉の通じないベトナム社会にたちまち母親は溶け込み、幸福そうな笑顔が見れたのは良かったと書かれています。人と人との密接で、温かい社会環境のなかで母親は天寿をまっとうされたようです。13年間もベトナムで一緒に生活したとのことで、本当にハッピーエンドでした。

 それにしても著者の疲れを知らない行動力とタフさには驚嘆させられます。

 30年ぶりに日本に帰ってきて、戸惑いもあるようですが、3年たたないうちに、こんな見事な半生記をものにしたという文章力にも敬意を表します。

 文中のイラストも素敵です。

(2025年10月刊。1760円)

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