(霧山昴)
著者 辻浩和 、 出版 吉川弘文館
昔から、売春は最古の職業だとよく言われています。売春は人類の歴史に普遍的なものだというのです。著者は、これは歴史的事実ではなく、神話に過ぎないと言います。このように言ったのは、イギリスの19世紀の小説の中でのことであって、学者が研究した成果ではないというのです。
日本では、売春が成立するのは、平安時代、9世紀後半以降のことであって、奈良時代より前には、売春という概念は存在しなかった。
遊行女婦(ゆうこうじょふ)という存在がある。貴族たちの宴会に同席し、歌をよんだり歌ったりする専門職人。遊行女婦と男たちの性的交渉は通常の男女関係と区別されていなかった。これは、売春として婚姻と区別する概念がそもそも成立していなかったということ。遊行女婦は遊女と同一視できない。
11世紀の遊女は、歌手として認識されていた。 芸能が重視されていた中世遊女にあっては、報酬が事後的に渡された。 売春が主目的となると、報酬は事前の交渉で取り決められる。
中世の遊女は、宿泊業や歌謡を重要な生業として営んでいたが、売春も重要な生業の一つだった。
中世の遊女に触れる史料のなかには、例えば、高齢の遊女が存在する。50歳ほどの遊女がいる。当時は寿命が短く、40歳から老いた人とみなされるので、40代、50代の遊女は、かなりの高齢ということになる。 つまり、中世遊女の生業を売春だけで理解することはできない。
中世の遊女は、家業を営む自営業者だった。 遊女集団は年功序列によって成り立っていた。 遊女集団は、メンバーの生活を守る、相互扶助的な側面をもっていた。 遊女集団はトラブルにおいて集団防衛を辞さなかった。
遊女は、一家の大黒柱だった。 遊女の長者は世襲された。
事前の交渉において重要なことは、客が気に入らないときには、その場で交渉が不成立となること。これは、客側の立場を強くし、客側が遊女を選ぶという意識の強化につながる。 遊女は、その見た目と価格とを比較した上で選ばれる「商品」になっていった。
中世の遊女なるものの実体を理解することができました。
(2026年4月刊。1980円)


