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『種の起源』を読んだふりができる本

カテゴリー:生物

(霧山昴)

著者 更科 功 、 出版 ダイヤモンド社

 チャールズ・ダーウィンの『種の起源』が書かれたのは江戸時代の末期ころというのに驚かされました。1859年にイギリスで初版が刊行されたのです。日本の江戸時代末期というのは、まさしく激動の時代です。桜田門外の変が起きたのは、1860年だったと思います。安政の大獄があっていたころに、『種の起源』が書かれていたなんて、信じられませんよね。

 ダーウィンの存命中に、第6版(1872年)が出ています。日本は明治維新に突入しています。原書は本文だけで500頁ほどもある大作だそうです。

 そして、『種の起源』は一般人には、とても読みにくかった。なぜなら、神学書なのか科学書なのか、はっきりしない本だったから。

 ダーウィンは初め敬虔(けいけん)なキリスト教信者だった。ところが、晩年は、キリスト教への信仰を完全に捨てたのです。

 「神が生物を創った」と、19世紀のイギリス人は考えていた。それには2つの考えがある。その一は、「すべての生物を神が創った」というもので、もう一つは「最初の生物だけを神が創った」というもの。ダーウィンは、後者の考えを信じて表明した。

ダーウィンは、イギリス海軍の測量船ビーグル号に乗船して世界を一周し、その経験が進化論の形成に大きな影響を与えている。

 ダーウィンは、進化理論を創り上げるのに、20年もの年月をかけている。すごいことですよね、これって…。

 人間の血液型に4つがあり、地域によって、割合はさまざまだ。これは、どの血液型も他のものより有利でも不利でもなかったことから自然淘汰が働かなかったことによる。なーるほど、ですね。ちなみに、本書のテーマとははずれますが、血液型占いが流行っているのは日本だけのようです。まったく科学的根拠のないバカバカしい「占い」です。

 屋久島の縄文杉は樹齢2千年とか3千年という。しかし、屋久島のスギの平均寿命は1年未満でしかない。ほとんどの種子は発芽しても、1年以内に枯れてしまう。生存競争に勝ち続けたスギだけが2千年も3千年も生きることができる。

 自然淘汰というのは、自然界で実際に働いている。そして、品種改良により自然淘汰のほうが、はるかに強力だ。遺伝による変異が生じる原因は突然変異。それもDNAに起きる突然変異が重要。

 ダーウィンが幸運なのは、ダーウィンの理論に反対しながらダーウィンの友人であり続けたり、協力した人がたくさんいたこと。まさしく、ダーウィンの人徳なのでしょうね…。

 海洋島にすんでいる生物の特徴の一つは、コウモリ以外の哺乳類と両生類が少ないこと。生物は自然淘汰によって進化し、共通祖先から分岐することによって、現在のような多様で豊かな生物の世界をつくり上げてきた。

 なんとなく分かった気にさせてくれる本ではありました。

  

(2025年8月刊。1980円+税)

エメ・セゼール

カテゴリー:フランス

(霧山昴)

著者 尾立 要子 、 出版 筑摩書房

 エメ・セゼールって、何?という日本人がほとんどではないでしょうか…。ところが、NHKのフランス語講座を長く視聴している私にとっては周知の人物です。

 目下、1月末のフランス語検定試験(準1級)の口頭試問に向けて、必死の努力をしています。今の課題は、いくつかのテーマで簡単に論じるようになれることです。もちろん構文が基本ですが、とっさに重要な単語が頭に浮かぶようにしておく必要があります。これまで、うまくいったときは、手がかりとなる単語がすぐ思い浮かびました。失敗したときは、頭のなかが真っ白になってしまったときです。

 この本を読んで、エメ・セゼールが最近まで生きていたこと、フランス共産党の党員として活動していたことがあることを知りました。エメ・セゼールが亡くなったのは2008年。95歳でした。そう言えば昨年末に亡くなった日本共産党の不破哲三も95歳で亡くなりましたね。

 エメ・セゼールは「ネグリチュード」という言葉を広めたことでも知られます。詩人であり、政治家でもあります。エメ・セゼールは、カリブ海のマルチニーク島の中心都市フォール・ド・フランスの市長を50年以上もつとめていますし、ミッテラン大統領のころ、国会議員でもありました。

 マルチニークは人口35万人の小さな島です。主な産業はサトウキビ栽培であり、それを支えた(ている)のは、アフリカから連行されてきた黒人奴隷(とその子孫)です。

 エメ・セゼールは、1956年にソ連軍がハンガリー動乱に介入したとき、フランス共産党がソ連を支持したことから離党して、マルチニーク進歩党を結成したのでした。フランス共産党はソ連共産党にいつもべったりで、主体性がありませんでした。

マルチニークではクレオール語が話されるのですが、エメ・セゼールは、あくまでフランス語で詩を書き続けましtあ。

 エメ・セゼールは、ネグリチュードという言葉を広め、ニグロであることはポジティブなことだと強調した。それまでマルチニークの人々は、自分たちはニグロではない、ニグロはアフリカにいると思い込んでいたので、衝撃的な指摘だった。

 私のような日本人からすると、アフリカ黒人もカリブ海の黒人も同じように見えますが、実は黒人といっても多様なんですよね。ムラートという肌が浅黒い人々がいます。黒人との混血の人々です。マルチニーク人は、アフリカ系黒人に対して優越意識がありました(す)。

 マルチニークで奴隷制が廃止されたのを復活させたのはナポレオン。というのも、その妻ジョセフィーヌはマルチニーク島の裕福な奴隷農園主の娘だった。このジョセフィーヌの影響力の強さがナポレオンに奴隷制を復活させたとみられています。とんでもない女性です。

 エメ・セゼールは詩のなかで、「決して私をあの憎しみの人にはしないでほしい」と訴えています。憎しみの連鎖を絶つ必要があるということです。

 ベルギー領コンゴから独立したコンゴの初代首相だったルムンバは、1961年1月17日に暗殺された。アメリカのCIAの仕業です。ルムンバの暗殺に現在に至るコンゴの混迷と不幸の始まりだと著者は書いていますが、まったく同感です。

 エメ・セゼールは、いかなる人種といえども、差と知性と力を独占してはいないと書いています。これまた、まったくそのとおりです。

 フランス語の勉強を続けているのは、こうやって視野が広がっていく楽しさがあるからでもあります(ボケ防止がなにより一番なのですが…)。

 

(2025年10月刊。2310円+税)

空飛ぶ微生物

カテゴリー:生物

牧 輝弥(講談社ブルーバックス新書)

空気中に、膨大な数と種類の微生物が漂っているということを初めて自覚しました。部屋のホコリは衣類の繊維から出たものです。

ラスコーの洞窟や平尾台のカルスト地形の地下の鍾乳洞などに人間が入ると、人体から出た微生物が洞窟を汚染するのだそうです。考えたこともありませんでした。

オフィスや学校の空気には、1リットルあたり100以上の微生物細胞が漂っている。ヒトは1日あたり125万個もの微生物を吸い込んで、また吐いている計算になる。あらゆる微生物は、肺の奥にまで到達している可能性がある。

森林には大気微生物が発生しやすいホットスポットがある。雨の降り始めた土のにおいがするのは、微生物由来の成分が空気中を舞うため。

高高度の数千メートル上空を微生物は浮遊している。耐塩性細菌は、過酷な大気中で逆流され、黄砂によって中国大陸の砂漠から日本へ運ばれている。黄砂は、3日から4日かけて、大陸から日本へ飛来してくる。さらに、アメリカ大陸まで飛んでいくが、それには7日から10日かかる。

全大気粒子の80%は生物由来の有機物。雲は微生物のゆりかごになっている。アフリカンガストは、アフリカ大陸のサハラ砂漠で生じた砂塵(さじん)であり、アメリカ大陸やヨーロッパ一円まで、砂塵を運んでいる。黄砂や煙霧は微生物の運搬体になっている。

東日本大震災(3.11)では、原発事故による放射線セシウムが空気中に拡散した。汚染された土壌からキノコが放射線セシウムを吸収し、胞子として大気中に再飛散させていることが判明した。まだ、原発事故の処理は終わっていないのに、高市政権は原発再稼働へまっしぐらです。危険きわまりありません。

マイクロプラスチックが、なんと脳の中にまで見つかったとのこと。恐ろしいことです。

太陽光照射によってマイクロプラスチックが劣化すると、有害物質が放出されていく。マイクロプラスチックは、他の有機物と親和性が高いため、PCBやダイオキシンなどを収着して、それによる発がんが心配されるということです。恐ろしいです。

知らないことだらけでした。目が開かされます。

025年9月刊。1100円)

 日曜日にフランス語検定試験(準1級)の口頭試問を受けました。このところ必死にじゅけんに備えて猛勉強していたのです。口頭試問は試験直前(3分前)に2問が与えられて、うち1問について3分間で自分の意見を述べなければなりません。1問は時事問題、もう一門は身近雑記に関わるものです。そこで、AIを含めたネット関係、インバウンド、外国人労働者、過労死・ストレス問題を想定して、答案を作成して備えました。

 本番では、外国人労働者と世代(親子)間の断絶の2問でしたので、外国人労働者を選択し、なんとか3分間話すことが出来ました。前回は頭の中が真っ白になってまともに話せませんでしたので、1点足りずに不合格でしたが、今回は久しぶりに合格できるものと確信しています。

 30年以上、仏検を受験していますが、いつも口頭試問は本当に緊張します。ボケ防止のため、引き続きフランス語の勉強をがんばります。

女二人のニューギニア

カテゴリー:アジア

(霧山昴)

著者 有吉 佐和子 、 出版 河出文庫

 驚きと抱腹絶倒の滞在記、とありますが、掛け値しに、私もそう思いました。

有吉佐和子と言えば、私には、なんといっても『複合汚染』です。レイチェル・カーソンの『沈黙の春』と並んで、環境汚染の深刻さを世間に知らせ、問題提起しました。

戦前の和歌山県生まれですが、幼少期をインドネシアで過ごしていて、世界各地を旅行しています。その有吉佐和子が、50年前のニューギニアに出かけ、そこになんと1ヶ月も滞在していたのでした。

何しに行ったのか…。作家だから、何かの取材のためかと思うと、全然そうではありません。では、何のためか…。要するに、単に面白そうだからといいうことで、親しい友人の誘いに軽い気持ちで乗ったのでした。未開社会をちょっとだけ覗(のぞ)いてみようという大層気楽な気持ちです。

50年前のニューギニアはまだ独立しておらず、オーストラリアの信託統治領でした。

ニューギニアは、オーストラリアの北にある、世界第二の大きな島。

著者と友人は、荷物運びの現地の人たちと一緒に歩いて出発します。

ジャングルに道はない。人の歩いた跡をたどっていく。すべったり、転んだりして、途中で着換えると、ジーパンのお尻がまるでボロ雑巾のようにビリビリに裂けてしまっていた。著者が覚えたてのピジン語で、「ミー・ハンガラップ」(私はこわれた)と言うと、同行する警備担当は「イエス・ユー・バーガラップ」と返した。いやはや…。

そして、著者は、歩き疲れて動けなくなり、現地の人にまず背中におんぶしてもらった。そして、その次は、ベッドを作って、それで運んでくれた。そのベッドとは…。

2本の手ごろの木を切ってきて、その間に著者を寝かせると、つる草を器用に巻きつけて縛り上げ、つまり仕留めた野豚を担ぐのと同じ要領でかついで「アイヤッ、アイヤッ」と掛け声とともに運んでいった。いやはや、なんという哀れな格好でしょうか…。こんな格好を写真に撮られないだけ幸せでした。

そして、ようやく、ついに相棒の住む御殿に到着した。そこは、本当に広々とした木造の高床式の家。オーストラリア政府が現地のシシミン族を学究調査する人類学者(友人のことです)の居住用に建ててくれたもの。彼女は、オーストラリア政府からすると、シシミン族に対するオトリのような貴重な存在なのだ。だから、彼女の警護のためのポリスも交代しながら常駐する。

 しかし、もちろん、電気も水道も何もない。自家発電機もない。浄水器は持参したけれどなぜか全然ダメ。そして、蚊や虫の大群。痒い、痒い。いやあ、たまりませんよね。

現地のシシミン族の女性たちは若者たちの「御殿」に踏み入るのを許されている。女性は上半身は裸で、腰のまわりは草を垂らすだけ。そして、来ると著者の身体にさわり、撫でさする。言葉が分からないから、追い払うことも出来ない。あきて出ていくのを待つだけ…。話が通じないし、友人の調査を妨害してはいけないのです。

女性は、男性と同じように、鼻があいていて、そこに細い青竹を真一文字にさしている。男と違うのは、片方の耳に、おそろしく太い竹をさしこんで飾りにしていること。

ニューギニアでは河鹿(カジカ)が鳴く。ただし、声は大きいし、数も多いので、すごい迫力。そして、ホタルも大きく、光が大きい。鬼ボタルと名付けたいほど。日本の10倍ほどの大きさで、黄色と紫とピンクと青の4種類の光がある。ええーっ、ホタルが4種類の光を出すなんて初めて知りました。それなら、私もニューギニアに行ってみたい…、って、もちろん嘘です。著者のような苦労をジャングルの中でする勇気はありません。

シシミン語には、水を汲むとか穴を掘るという動詞はあっても、「働く」という概念的な言葉はない。だから、1日働いたら、いくらもらえるというようには考えない。なーるほど…。でも、きっと50年たった今は違うことでしょう。

著者は足を痛めて歩けないため「御殿」にいるしかなく、友人の仕事の邪魔もしてはいけない。それで暇をもてあましてパンツを11枚もつくったのでした。男性はパンツもはかないのです。

いったい、どうやって著者は日本に帰ったのか、心配していると、こんな山の中、著者たちが3日もかけて歩いてようやくたどり着いた「御殿」に、なんと迷い子のヘリコプターが降りてきて、著者はそれに乗って、町に戻ることが出来たのでした。ヘリコプターに乗って町に戻るまでの所要時間は、なんとたったの十数分。いやはや、文明の利器とは、恐ろしいものです。

1ヶ月間も暮らした「御殿」から日本に戻って、著者はマラリアを発症。危うく手遅れになるところでした。

50年前の著者は37歳で、まだ幼い娘を日本に置いての旅でした。そしてこれは1968年3月のこと。私が大学1年のときで、ようやく東京の生活に慣れたころになります。

有吉佐和子は『華岡青洲の妻』を刊行して印税がしこたま入っていて、次なる作品の構想を練っているとき、ニューギニア行きの話を聞いて飛びついたというわけでした。

いやぁ面白くて、恒例の人間ドッグで泊まったホテルで一気読みしました。再刊して、たちまち10刷というのは当然の面白さです。

                                   (2025年12月刊。990円+税)

半うつ

カテゴリー:人間

(霧山昴)

著者 平 光源 、 出版 サンマーク

 読みやすいし、とても分かりやすい、うつ病に関する本です。すでに、6万部も売られているというのも、十分理解できます。それだけ、現代日本社会にうつ病の患者が多いということです。 

弁護士にもうつ病の人は多いのです。私のごく親しい弁護士がうつ病で2年ほど治療を受けていたと聞いていましたが、先日、久しぶりに会ったら、なんとか元気を取り戻したとのことで、ひと安心しました。

 うつ病の人が、「自分は、うつかもしれない」と思って精神科に行くのは、わずか6%だけ。65%の人は内科に行く。胸がつかえ、食欲が減り、動悸やめまい、頭痛がしたり、体調不良になって、本人が悩んでいても、家族は、「気にしすぎだよ」「ちょっと疲れているだけじゃないの」という反応…。ところが、夜に眠れなくなり、風呂に入るのも、歯をみがくのもなんだか億劫(おっくう)になってくる……。

なぜ、うつ病と気がつかないのか…?①自分では気づけない。②家族も少しずつの変化に気がつかない。③医師も専門分野が異なると気がつかない。

「半うつ」とは何か……?

憂うつ以上で、うつ未満の状態にあること。本格的なうつ病になってから治療するより、半うつの段階で適切にケアするほうが何十倍も簡単で、何千倍も多くの人を元気な状態に導くことが出来る。

重要な役割をもつ精神伝達物質は次の3つ。その1は、セロトニン。心のブレーキの役割。その2は、ノルアドレナリン。心のアクセル。その3は、ドーパミン。心のエンジン。

うつ病は、この3つの神経伝達物質の全部が大幅に減ってしまった状態。半うつは、どれか1つ、あるいは2つが不足している状態。つまり、れっきとして生理的な変化によって起きている。これらの神経伝達物質は、ストレス、睡眠不足、栄養の偏(かたよ)り、運動不足などによって過度に消費され、必要以上に減少していく。つまり、現代社会に生きている以上、誰にでも起こりうること。

タンパク質をとらないと、アミノ酸が体に入ってこない。アミノ酸から神経伝達物質への合成は、ほとんど休息や睡眠しているときに行われる。セロトニンが減ると、メラトニンも減り、睡眠がうまくとれなくなる。

現代人の5人に1人は「半うつ」の状態にある。「半うつ」の人は、一見、健康そうなので、日常生活は送れる。

「半うつ」の状態は、まだ選択肢がたくさんある場所にいる。半うつから回復するには、決まった順番があり、一気に回復するものではない。第一段階は、食事と睡眠で、回復の土台をつくる。第二段階は、イライラが減って、不安がやわらぎ、憂うつが改善する。第三段階は、根気が出て、何かに興味がもてる。第四段階は、人生に喜びが感じられ、生きがいを実感するというもの。

毎日のなかの「何の役にも立たない」時間こそ、私たちの心を豊かにしてくれるもの。「ただ心地良い」というだけの時間でいいのです。ムダとか非効率とかいって切り捨ててはいけません。

現代社会において、「本当に強い人」は、自分の限界を正直に認められる、助けが必要なときに、「助けて」と言える、完璧でなくてもそれを受け入れられる、ときには立ち止まる勇気がある人をいう。食事と睡眠は、心にとってのガソリンの役割を持っている。

パチンコや競馬で、本人は「ストレス発散」をしているつもりでも、実際にはギャンブルの興奮や緊張のため、脳はフル回転していて、休んではいない。

著者は、次のように言っています。「死にたいと思うとき、あなたの心は、『生きよう』とする機能を取り戻しはじめている。回復に向かっているからこそ、死にたくなってしまう」

私は、週1回は、仕事から離れて、自分の時間としています。この割り切りが大切だと、この本にも書かれています。わが意を得たり、です。あなたに強くご一読をおすすめします。

(2025年12月刊。1650円)

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