法律相談センター検索 弁護士検索

教養としての量子コンピュータ

カテゴリー:社会

(霧山昴) 

著者 藤井啓祐 、 出版 ダイヤモンド社

インターネットの仕組みも分かっていない私なので、量子コンピュータのことが分かるはずもありません。でも、怖いもの見たさ、ではありませんが、ちょっとでも量子コンピュータのことが分かったらいいなと思って読んでみました。そうなんです。何事にも挑戦してみるのが肝心なのですよね。

量子コンピュータは世界で多数稼働していて、国産の量子コンピュータも、2023年以降、複数が稼働している。海外製の量子コンピュータも含めると、日本はアメリカに次いで世界で2番目に多種多様な量子コンピュータが存在している。

量子コンピュータは単なる速い計算機ではない。それは、自然を深く理解し、人類を次の地平へと押し上げる新しい望遠鏡であり、顕微鏡でもある。

粒子と波の性質をあわせ持っているものを量子という。この二重性を基盤としたミクロの世界を統一的に説明する自然界のもっとも基本的な物理法則が量子力学。

温度がある物質は電磁波を放射している。ヒトの体からも、目に見えないほど長い波長の電磁波、遠赤外線が放出されている。これを感知するのが、サーモカメラ。

ミクロの世界では、粒子はある座標の一点に存在するのではなく、空間に広がりをもった「重ね合わせ状態」として存在する。

量子力学を理解するうえで、「ランダム」という考え方は欠かせない。ランダムとは、どのような結果になるか、まったく予測ができないという状況。

アト秒レーザーとは、数十から数百アト秒という、ほんの一瞬の光をつくる技術で、ミクロな世界の変化を「観る」もの。

アトは、100京分の1。アト秒間に光が進む距離は、0.3ナノ(10億分の1)メートル。

アト秒レーザーの最大の特徴は、超高速の現象を観測できること。

ミクロの世界を支配する量子力学は、状態を元どおりに戻すことが常に可能である。

量子力学では、0とも1とも決まっていない、重ね合わせ状態が存在している。0と1を同時に乗せて、それらの可能性を連続的に変化させることができるという特徴が、量子コンピュータの計算速度を格段に上げている。

量子コンピュータが本当の力を発揮するのは、複数の量子ビットを組み合わせて使ったとき。

現在の量子コンピュータの性能では、とうてい暗号解読はできない。

このところ、スーパーコンピュータの開発に勢いがあるのは中国。2022年のスーパーコンピュータのランキングトップ500には、中国のスーパーコンピュータが173台もランクインしている。アメリカの127台をこえて、最多だ。中国はアメリカに並ぶスパコン所有国になると同時に、量子コンピュータにおいても国をあげた巨額の投資をし、アメリカを追い抜く勢いで研究を進めている。

現在の主流である超伝導型量子コンピュータの心臓部となる超伝導量子ビットは日本で生まれた。

量子コンピュータは、汎用品を買ってきて組み立てたら動くというものではない。チップの設計から組み立て、制御法、ソフトウェアなど、すべてを一からつくり上げなければならない。

冷却中性原子方式では、真空状態の中で原子を捕まえて、それを量子ビットとして使う。電気的に中性の原子を光によって捕まえている。光方式は、光そのものが量子ビットになり、計算に光のかたまりを使う。

主な問題は、宇宙線がチップに当たり、一時的に誤作動(ソフトエラー)を起こす。いやはや、こうなると、さっぱり分かりません。まったくお手上げです。

アナログの側面を持ちつつ、デジタルでもあるというのが、量子コンピュータの特徴。

分からないなりに「教養」を身につけようと、最後まで読んでみました。

(2026年1月刊。1980円)

島津四兄弟の九州統一戦

カテゴリー:日本史(戦国)

(霧山昴) 

著者 新名一仁 、 出版 志学社

戦国時代の島津四兄弟は仲が良かったとか、固く結束していたというイメージが広く流布しているが、本当はどうだったのかを堅実に検証している本です。

島津四兄弟とは、義久・義弘・歳久・家久。似た名まえなのでつい混同してしまいそうになります。

著者は、あとがきで、まとめとして次のようにまとめています。なるほど。と思いました。

わがままで個性的な兄弟が、他の大名家のように、ときに殺し合いや家中分裂に至るような深刻な対立に至らず、曲がりなりにも九州統一するまで至ったのは、ひとえに長兄義久の懐の広さとバランス感覚による。そして、それは義久が太守ではあるものの絶対的権力を持たず、老中らの合議による政策決定を探りつつ、島津家としての方向性を決めていくという政治体制が少なからず影響していた。

島津四兄弟のうち2人は、豊臣秀吉の九州進攻のもとに、家久がまず急死。ルイス・フロイスの記録には、豊臣秀長が毒殺したとしている。もう一人の歳久は、あくまで秀吉に本気で抵抗しようとしたので、義久から自害を迫られ、その首は京都まで運ばれて一条戻橋にさらされた。

義久は慶長16(1611)年まで生き(79歳)、義弘は元和5(1619)年まで生きた(85歳)。

関ヶ原の戦い(1600年)のとき、敵中突破をかけて辛じて生きのびた島津義弘たちを描いた『島津奔る(はしる)』(池宮彰一郎、新潮社)は手に汗握る面白さでした。

著者は、島津氏が九州内で無敵であったかのようなイメージは、事実に反しているとしています。たしかに、大友氏との耳川合戦や龍造寺隆信との沖田畷(おきたなわ)の戦いといった、節目(ふしめ)の主要な合戦で、島津氏は勝利している。しかし、用意周到な作戦によって勝利したのは水俣城攻めぐらいで、ほかは敵の失策やら偶然などで、運良く勝利したもの。戦略のまずさから成果を上げられなかった肥後進攻、筑前進攻もある。

太守義久は病気がちであり、自分に代わる前線で差配できる指揮官がいないことを嘆いていた。

義弘との「両殿」体制は、義弘が豊後進攻に固執したり、うまく機能しなかった。たとえば、秀吉の大軍による九州進攻に対して、義久は勝ち目なしと判断して、早々と剃髪して降伏したが、義弘のほうは抵抗しようとした。太守義久が降伏したからといって、家中ばらばらの降伏とならないのが島津家らしいところ。

ところで、秀吉は島津征伐の九州進攻にあたって、島津家を本気で殲滅するつもりだったようです。豊後まで進攻してきた島津勢を「かけ留(どめ)」しておいて、秀吉本隊を含めた全軍の圧倒的戦力で粉砕するつもりでした。それで、自分が行くまで島津勢と決戦しないことを厳命していた。ところが、先峰軍の仙石秀久たちが島津家の「釣り」(オトリ)にうかつに乗ってしまい、結局、島津勢を逃がしてしまったのでした。

秀吉も、島津側が義久のように頭を剃って降伏してきたので、さすがに皆殺しは出来ません。そこで島津氏はなんとか生きのびることが出来たわけです。

島津四兄弟のうち、歳久と家久は京都に行ったことがありました。家久は29歳のとき、天正3年(1575年)上京日記(道中)を書いて残しています。京都から伊勢までの5ヶ月に及ぶ長旅の記録です。

義久も京都の動向を把握すべく、近衛前久らとの書状のやり取りを積極的にしていたようです。鹿児島にいながらも京の情勢はつかんでいたのでした。大変興味深い分析に満ちている本でした。

(2026年4月刊。3190円)

日米密約史

カテゴリー:アメリカ

(霧山昴) 

著者 信夫隆司 、 出版 中公新書

実に腹立たしい新書です。いいえ、もちろん著者にたいして怒っているのではありません。日本政府のあまりにも卑屈な姿勢に対して怒っているのです。

つい先日、沖縄にあるアメリカ軍基地から史上最悪の化学物質であるPFASが漏出していることをアメリカが認め、日本に通告し、このことを公表していいとしたのに、日本政府はそのことをずっと隠してきた、小泉防衛大臣はPFASの発生源は明確ではないなどと嘘をついていた、このことが暴露されました。沖縄の地元紙による一大スクープですが、本土の大新聞はひっそりと報道するだけです。

PFASって、次の世代にまで重大な健康被害をもたらす最悪の化学物質なんです。日本政府は日本人がどんな健康被害を受けようが、「自己責任」だとして、何らの対策もとっていません。つまり、日本政府は日本国民を守ることはしないのです。それにもかかわらず、日本政府は「国を守る」ためと称して、トマホークをアメリカから購入し、長射程ミサイルを各地に配備しつつあります。それは、「日本国民を守るため」ではなく、「国」と軍需産業そして自分たち与党政治家を守るためなのです。

佐藤栄作首相は「非核三原則」を打ち出し、核のない沖縄返還を実現したとして、1974年12月にノーベル平和賞を受賞しました。ところが、佐藤栄作は、その前、アメリカ大使との会談で、「非核三原則なんて ナンセンスだ」と発言していたのです。

今、高市首相は、同じように「非核三原則」のうちの「持ち込み」を認める、つまり「非核三原則」は、もう止めると公然と言っています。とんでもないことです。いったい、日本に核兵器を持ち込んで、誰から何を守るというのですか...。

日本海側にはたくさんの原発(原子力発電所)があります。核兵器ではない、通常ミサイルを「決死隊」が原発に撃ち込んだら、日本はもう終わりです。

ウクライナと違って日本の周囲は海ですから、陸路を歩いて逃げることも出来ません。

アメリカにとって在日米軍基地を自由に使へること、極東戦略上、譲れないことだった。日本政府は、公式には、寄港・領海通過を含む核持ち込みを拒否してきた。しかし、実際には、核兵器をのせた船舶の日本の港への寄港をずっと黙認してきた。

つまり、アメリカ政府と日本政府は、核搭載船舶の寄港・領海通過について協議の対象外としたのです。

文書で双方が署名したというものはありません。そういうのはなく、「討論の記録」として添付書類にした。国民にバレないようにです。日本政府は文書がないものの、趣旨を徹底するため、歴代の首相や外務大臣にメモを見せて確認させている。

核兵器をのせた船舶の通過・一時寄港は一定期間内であれば、「持ち込み」にあたらないとするというのが日米政府の解釈です。

密約は短期的には摩擦を避け、柔軟な運用を可能にしたかもしれないが、その代償として否定や虚偽答弁に依存する体質を生み出す。そして、国民の政治への信頼を失わせる。

国民や国会に説明できない政策は、長期的には政治の正当性を損なうものである。

核兵器を持てば日本の平和と安全を維持できるなんて、まるで悪い幻想でしかありません。そんなのは高市政権が言いふらす、いつもの嘘です。私たち国民は高市首相に騙されないようにしなければいけません。

(2026年4月刊。1166円)

「アメリカの戦争」と世界危機

カテゴリー:アメリカ

(霧山昴) 

著者 三牧聖子 、 出版 岩波新書

アメリカがネタニヤフと共謀して始めたイラン戦争について、アメリカでは「選択の戦争」と呼ばれているそうです。

それは、イラン戦争が必要に迫られた戦争ではなく、回避可能な、しかもアメリカは得るものより失うもののほうがはるかに大きい戦争だということを意味している。イラン戦争は、ネタニヤフがトランプをそそのかして始まった戦争なので、「ネタニヤフの戦争」とも言える。トランプは、「決定したのは自分だ」と思い込んでいるので、これまでのところ、ネタニヤフの思惑どおりにイラン戦争は推移している。

アメリカ、そしてトランプ大統領の最大の誤算は、イランがこれ強力に抵抗するとは思っていなかったこと。しかし、イランの歴史や戦略についての基本的な理解があれば、こうした強力な抵抗は予測できたはず。

カナダのマーク・カーニー首相は、「もはやルールにもとづく国際秩序も、その擁護者としてのアメリカも存在しない。存在しない古い秩序へのノスタルジーに浸って、行動を変えない理由にしてはいけない。厳しい現実をダボス会議で直視する必要がある、このように訴えた。

アメリカはイラン戦争で13人のアメリカ兵の犠牲を出し、250億ドル(4兆円)の戦費を支出している。

ネタニヤフは、歴代のアメリカ政権が応じることはなかった、敵イランとの戦争にアメリカを巻き込むことに成功し、「トランプ大統領は、歴代のいかなる政権より最も偉大なイスラエルの友人だ」とほめたたえた。

実にけがれた関係です。この二人のおかげで、罪なき多くのイランの人々が殺害されてしまいました。

アメリカ市民の多くは、なぜイランと戦っているのか疑問をつのらせている。

イランは、多様な思想と信条をもつ国民をかかえる、人口9千万人の中東の大国。イランの公用語はペルシア語。ペルシア人は人口の6割。イラン国民の98%はイスラム教徒であり、その9割はシーア派。

イランの女子の就学率は革命前に比べてはるかに上昇し、大学進学率も男子を上回るほど。女性の医師も看護師、そしてエンジニアは半数に近い。

イランの体制のトップや軍幹部が多数殺害されたが、軍部の「分散型」指揮系統は機能し続け、イスラム体制による統治も維持された。そして、イランはホルムズ海峡を武器として利用できることが世界に示された。アメリカの軍事力をもってしても、ホルムズ海峡を力によって開放するのは困難なことが明らかとなった。

日本は原油輸入の9割以上を中東に依存していて、その大半がホルムズ海峡を通過します。なので、高市首相はトランプに対してイラン戦争をすぐにやめるよう直言すべきなのです。ところが、相変わらずトランプの言いなり。

ところが、そんな高市首相の情けない実情を知らず、まだ「支持」している人が少なくない現実があります。とても残念です。

(2026年6月刊。960円+税)

 朝、雨戸を開けると、白い花が一面に咲いています。びっくりしました。ヒガンバナ科のタマスダレです。レインリリーとも呼びます。

 ネムの木も今年何回目かで妖艶な赫い花をさかしています。

 少し先にはリコリスがすっくと立ちクリーム色の花を誇らしげに咲かせています。

 庭にダイコンの種をまきました。1度目は暑さにやられて全滅しましたが、2度目は今のところ双葉が並んでいます。

 間引きしてやり、大きくなるのを待ちます。

総決算・対日戦犯裁判

カテゴリー:日本史(戦後)

(霧山昴) 

著者 永井 均 、 出版 講談社選書メチエ

高市首相は歴史から学ばない、学ぶ必要はない、などと嘘ぶいていますが、それはとんでもない首相だということです。だったら、中学、高校で子どもたちが日本史や世界史を学ぶ意味はないというのでしようか。明らかに間違った考えです。

そんな人が日本の首相をつとめ、半分の支持率を誇るだなんて。信じられません。歴史はきちんと学び、伝承していく必要があります。

戦犯のABC級犯罪を改めて正確に認識しました。

A級犯罪とは、平和に対する罪、B級犯罪とは通常の戦争犯罪、C級犯罪とは人道に対する罪。ABCとは、戦犯として裁かれる人の地位の上下や罪の「重い、軽い」ではなく、犯罪の区分を意味しているだけ。

BC級戦犯を裁く裁判は51ヶ所で特設された軍事法廷ですすめられた。なお、日本軍将兵ら5700人が訴追され、900人以上の将兵に死刑が科せられた。

ところで、今、アメリカのトランプ大統領がICC(国際刑事裁判所)をしきりに攻撃し、赤根所長まで制裁の対象にしています。ICCは、世界初、唯一の常設国際戦犯法廷。戦争犯罪を犯した個人を国際法によって訴追し、処罰する機関です。日本は2007年にICCに加入し、最大の分担金拠出国です。ICCはイスラエルのネタニヤフ首相に対して戦争犯罪の容疑で逮捕状を発行しています。トランプ大統領は、これが気にいらないので、ICC解体を宣言しているのです。

世界に国際法なんて必要ない、すべて力(軍事力)で決すればいいというトランプ大統領に対して高市首相は「残念」というばかりで、抗議しようともしません。本当に情けない、残念な状況です。

さて、戦犯裁判です。いったい天皇ヒロヒトに戦争責任はないといえるでしょうか。「陸海軍を統帥」する天皇に戦争責任がないはずはありません。ところが、アメリカは、戦後日本の統治を平穏に進めるため、早々に天皇ヒロヒトを免責してしまったのです。

ただし、アメリカ政府の指示は、天皇ヒロヒトの刑事訴追は可能としていたようです。

東京裁判では、多数派の判事は、天皇ヒロヒトの言動に触れることを極力避け、日本軍将兵の戦争犯罪について天皇が上官責任を有するかどうかにも触れなかった。

上官責任と実行者責任という考え方があります。上官の命令にしたがって部下が犯罪を実行したとしても、免責は認めない。ただし、量刑においては考慮されるというものです。

では、天皇ヒロヒトに上官責任がないといえるものなのか…。

東京裁判において、検察側は、天皇不起訴という連合国(アメリカ)の政策に配慮し、天皇の責任問題に触れるのを避けた。

敗戦直後、少なくない日本人は、天皇ヒロヒトは敗戦の責任をとって割腹自殺するものと考えていたようです。少なくとも天皇は退位(辞職)するだろうと予想していたのです。しかし、ヒロヒトはどちらもせず、マッカーサー司令官に会ってぺこぺこしたのでした。

中国での日本人戦犯は、まさしく寛大な処遇を受けました。罪を認め、反省したら、一人も死刑にすることなく、日本への帰国を許したのです。これは蒋介石ではなく、毛沢東の深謀遠慮によるものでした。

ICCは国連から独立した国際機関であって、国連の一部門ではありません。ICCの職員は900人で、専門職の日本人は20人もいないとのこと。公募しているのに応じる日本人の法律家が少ないとのこと。残念です。ぜひ若い法律家(弁護士)に応募して、(ICCで)活躍してほしいものです。

戦犯裁判をトータルで捉えることの出来貴重な本でした。

(2026年1月刊。2860円)

福岡県弁護士会 〒810-0044 福岡市中央区六本松4丁目2番5号 TEL:092-741-6416

Copyright©2011-2025 FukuokakenBengoshikai. All rights reserved.