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家に帰ったらクマがいた

カテゴリー:生物

(霧山昴) 

著者 米田一彦 、 出版 PHP新書

最近、アーバン・ベアといって、野生のクマが町を歩きまわることが起きています。宇都宮では民家の庭にツキノワグマが、札幌市内をヒグマがうろうろしていました。恐ろしいです。

どうして、こんなことが起きるのか、日本ツキノワグマ研究所の所長のような著者が解説してくれる本です。実際にクマと出あったときはどうしたらよいのかも教えてくれました。なにしろ著者はクマに9回も襲われて、無事に生還した体験 の持主なのです。信じられない体験談です。これまでの50年間にクマに3000回以上は遭遇し、9回も襲われたのです。50年間というので、ひょっとして…(私が生きた50年の)と思うと、やはり私と同じ団塊世代でした。

クマが食事をしているときは興奮しているので、襲われると危険。また、母グマは、子グマが他のオスグマに襲われないように常に警戒しているので、子グマを見たら、近くにいる母グマに警戒されないようにする。

クマと出あったら、なるべく動かない。うひゃあ、こんなこと出来ますかね…。

著者の活動する西中国山地には、クマは800頭(2025年)。これは適正な頭数。

クマは暑いときは(体を動かさず)凶作の年は早々に エサの確保をあきらめ冬眠に入る。寒いほど、深い眠りに入る。

クマの2歳子は、活発で好奇心が強く、向こう見ずで、走り回って移動し、クマの生息域を広げる開拓者。 いやあ、これって人間の2〜3歳児と同じですよね…。

メスグマは、定着性がきわめて強い。

夏になると、クマはブユに悩まされ、とくに肌が露出している耳の縁をかまれ続けるので、耳かきに忙しい。

クマは、山中を歩く際は鼻先を地面に近づけているが、これはマムシ対策のためでもある。

1歳グマは「山に帰る」ことができない。山すそには、2〜4歳の若グマと母グマが占拠していて、弱い1歳グマが入る余裕はない。

クマは7メートルほどが臨界点。クマがいたら、立ち木の陰に隠れてじっとしている。これを「木化け」という。

メスグマは25歳までは出産する。20歳をこえると毛の赤みが強くなる。

クマは弱ると、腰回りに顕著に症状があらわれ、足腰がふらつく。クマは山中で他のクマに食べられるか、里に出るしかない。

クマは実のところ、小心翼々と生きている。クマは昼寝する。

うしろ足を上げて排尿するのは、オスのクマ。腰を下ろすのはメス。

トラクターが走り回る大農場は、大グマが近寄らないので、若いクマにとっては安全な場所。

クマと突然出あったら、正対しながら後ろに下がるのが一番。

たまに山歩きする私ですが、九州にはクマはいませんので、安心しています。でも、イノシシとハチは怖いので、用心しています。大変面白い本でした。

(2026年4月刊。1320円)

暁斎いきもの尽くし 

カテゴリー:生物・江戸

(霧山昴) 

著者 定村 来人 、 出版 青幻舎

「ぎょうさい」と読むとばかり思っていましたが、「きょうさい」と読むようです。 イスラエル・ゴールドマンという人が集めた作品のみが掲載されています。一人でこれだけ集められるなんて、たいしたものです。よほどの大金持ちなのでしょう。1981年にハーバード大学を出た美術商だと紹介されていますので、まだ60歳代ですよね……。春画のコレクションもあるそうですが、この本はすべて動物です。 

暁斎が活動したのは、幕末から明治にかけてです。 7歳のときから絵師について絵を学んだ9年間の修学のあと独立。

狂斎とも名乗りまた即興的にその場で筆をとる席画も描いています。 幕府を批判する狂画を描いて逮捕、投獄されたりもしています。 

明治22(1889)年に59歳で胃ガンのため東京で亡くなりました。

ゴールドマン・コレクションには五千点近い暁斎の作品が集められているそうです。壮観でしょう。

動物はおしなべて愛らしい。いたずらもするし. 怖さもちょっぴりある。 蛙の絵としては、西南戦争(明治10年)を蛙の合戦として描いています。 大勢の蛙が登場しますが、みんな表情が豊かです。 

暁斎は猫と暮らしていたので、猫もたくさん描かれています。 猫がネズミにやりこまれている絵も得意です。 カラスも猿も登場します。

私はネズミ年の生まれですが、ネズミは十二支の最初なので縁起が良いとされてきたとのこと。ええっ、そうなんですか……。 ニコニコ笑顔のネズミとともに登場している絵は、なんだか心楽しくなってきます。 

キツネとタヌキの化かしあいもあります。 

幕末の日本には、豹(ヒョウ)や虎、それに象が海外からやってきました。目の高い日本人が、それこそたくさん見に集まったことでしょう。 すごい、すごいと思いながら頁をめくっていきました。すばらしい絵です。

(2026年5月刊。3080円)

質量はなぜ存在するのか

カテゴリー:宇宙

(霧山昴) 

著者 橋本省二 、 出版 講談社ブルーバックス新書

重力というのは質量をもつ物質の間に働く引力。

有限の質量をもつ粒子は、決して光速に達することはない。エネルギーが無限大になってしまうから。逆に、光速で進む光では、対応する粒子(光子)は質量ゼロでなければならない。

電子をあらわす波全体がもっている運動量は、その波の波長に反比例する。つまり、波長が短ければ短いほど大きな運動量をもつ。波長が短い波は速く振動する。陽子の質量は電子の1800倍もあって、全然違う。

生成された反粒子は、やがて周囲にある粒子と出会って合体し、その質量に相当するエネルギーを放出して消えてしまう。反粒子をつくるのは今や難しくないが、反粒子を貯めておくのは、ずっと難しい。

電子は今も素粒子だと考えられている。つまり、それ以上は分割できない。

地球は太陽のまわりを回っていて、その向きは北極星の方向から見ると、反時計回りだ。

原子核は陽子と中性子とで出来ていて、それらの数によって、さまざまな原子核がつくられる。原子核は電気的にプラスの陽子と電気的に中性な中性子が集まって出来ている。

電磁気力も強い力も働かないおかげで、ニュートリノは物質を簡単にすり抜けていく。その存在を確認するのは、恐ろしく難しい。宇宙を飛び交っているニュートリノの数はそれこそ膨大なのだが、エネルギーが低すぎて観測にかからないものがほとんどだ。宇宙から降り注ぐニュートリノは、そのほとんどがスーパーカミオカンデでも何も起こさずにすり抜けていくが、そのうちのごくわずかが水の分子にぶつかって検出される。いったい、そこになんの違いがあるのでしょうか。単なる偶然なのでしょうか。

素粒子には、もともと質量がなかった。しかし、現に素粒子は質量を持っている。

素粒子には個性がない。エネルギー(つまり質量)が正確に決まった粒子は、ずっと安定して存在し続ける。

真空中では、クォーク・反クォーク対が生まれたり消えたりしつつ、全体の平均としては、いつもそこに対として存在している。

自発的対称性の破れが宇宙の真空で起きていることは、もはや疑いようがない。

量子色力学の真空は、たしかに対称性を壊しているし、それによって陽子・中性子が質量をもつことも数値シミュレーションの助けを借りて確認された。

光子は質量が0の粒子で、その到達距離は無限大だ。

素粒子の世界は、もっと深くて広い。まったく分からないなりに、ともかく何かを分かりたいと思って読みすすめました。

(2025年12月刊。1320円)

討幕開戦への道

カテゴリー:日本史(江戸)

(霧山昴) 

著者 中村 彰彦 、 出版 中公選書

時代小説の大家が幕末期の政治の実相に迫っている本です。

幕末のころ、将軍家茂と孝明天皇が重大な局面のさなかに相次いで亡くなりました。

まず、将軍家茂です。慶応2 (1866)年7月20日、まだ数え21歳の若さで死亡。「脚気(かっけ)衝心(しょうしん)」とされていたのを、侍医の松本良順は、「心臓内膜炎」とした。これは歯の衛生状態の良くない人が発症しやすいもので、心臓の弁の内壁に細菌が付着、感染して起きる。

家茂は大の甘党で、体質的に虫歯になりやすいところ、虫歯から体内へ侵入した細菌が心臓内膜炎を引き起こし、それが、胸痛とうつ状態の原因となった。見舞品として届けられた甘いものが家茂の虫歯をますます進行させ、征長軍からもたらされる相次ぐ敗戦の知らせが家茂の衰弱した心身に激しい衝撃を与え、ついには死に至った。

続いて 孝明天皇。同年12月25日に36歳で死亡した。痘瘡による死が定説。これに対して 著者は岩倉具視を黒幕とし、女官がヒ素を飲ませて毒殺したとします。

岩倉具視は孝明天皇から遠ざけられていたのですが、天皇の死によって一気に黒幕としての行動を再開し、王政復古、そして徳川幕府の終わりに結びつけていった人です。

でも、そう簡単に天皇を毒殺できるものでしょうか…。

最下級の公家であった岩倉具視は風采(ふうさい)が上がらず短躯(わいく。背が低い)でもあるため、「岩吉」というあだ名をつけられていた。それでも、侍従、従四位上、侍従兼近習と出世していった実妹の堀河紀子は孝明天皇の後宮に入って、兄を引き立てようとした。岩倉具視は公武合体としての和宮降嫁に奔走している。

岩倉具視は孝明天皇から勅勘をこうむっていたが、その天皇が亡んでしまえば、勅勘は自動消滅する。

ヒ素は猛毒だが無色無味無臭で、水によく溶ける。かのナポレオンについても、ヒ素による毒殺説がありますよね…。

孝明天皇の死の直前の状況は急性ヒ素中毒の特徴と合致している。

著者はヒ素を孝明天皇に飲ませたのは女官のトップである大典侍の中山績子(いさこ)だとしています。

岩倉具視の指示によって孝明天皇の死を仕組んだ女官たちは、岩倉の復権とともに公職に復帰して残留し、罪を問われることなく、天寿をまっとうした。

坂本竜馬の暗殺についても、著者は大胆な問題提起をしています。慶応3 (1867)年11月15日、京都見廻組の今井信郎らによって、坂本竜馬と中岡慎太郎は斬殺された。このとき坂本竜馬の居場所を見廻組に教えたのは、薩摩藩の西郷たちではなかったか、というのです。それというのも、西郷隆盛は暴力をもって徳川幕府を倒すことを決意して、着々と布石をうっていました。ところが、坂本竜馬は、なお公議政体案を主張して徳川慶喜を要職に登用する案を主張していたのですから、邪魔な存在だったわけです。

歴史を教科書どおりに表面から眺めるだけでなく、一人ひとりの内面にまで迫って考えていこうとする著者の視点には大変教えられるところが、多くありました。続刊が楽しみです。

(2026年3月刊。3300円)

地を耕し、人をつなぐ、農民.小林節夫の生涯

カテゴリー:人間

(霧山昴) 

著者 矢吹紀人 、 出版 合同出版

世の中には、こんな人もいるんですね。東大農学部を出て、牛を飼って酪農家になり、同じ酪農家が乳価値上げを求めて初めてのストライキを敢行。そして全国の農民運動と連絡を取りあい、農民連の代表として活動し、運動を辞めたあとは、再び米づくり農民に戻りました。

2016(平成28)年に91歳で亡くなった小林節夫の不屈な一生を生き生きと紹介した本です。長野県佐久市に節夫文庫があり、農と食に関する多くの本や資料が閲覧できますし、格安な農業用資材などの販売もしているとのことです。すばらしい活動です。

輸入されている食材が食品添加物まみれ、農薬まみれになっているのに、日本政府はアメリカの言いなりで、検疫もできない状況がありました。それを小林節夫は問題にしたのです。食品分析センターを設立して、検査を始めました。アメリカから輸入されたパンから、有機リン系殺虫剤としての農薬が検出されました。また、中国産冷凍ホウレンソウからも有害な農薬が検出されました。この本には、1997年から2000年のころの話として紹介されていますが、今は果たして安全と言えるのでしょうか…。

1961年2月、佐久酪生産者大会が開かれた。当時の乳価は1升45円。これを1升60円に引き上げることを要望した。これに対して明治乳業の回答は、わずか3円だけ値上げする1升53円6厘。そこで、酪農家は一致団結して1961年2月18日、前代未聞の「牛飼いのストライキ」に突入した。明治乳業にとって、1日くらい牛乳が入らなくても打撃はそれほどではないかもしれないが、社会的には全国的に知れ渡ることとして、社会的な影響力は大きかった。結局は、乳価は1升55円01銭に値上げされた。

「怒りの節夫」は、調査なくして闘いなしとして、乳価をめぐる調査を各方面にあたってすすめていた。近代化、大規模化にこそ農学の未来があると節夫は考えた。しかし、それは間違いだということを後で知った。牛を多頭化すると、耕運機、搾乳機、カッターなどの投資が増えるばかりで、借金は増えるばかり。多頭化すれば経営が良くなるというのはウソだ。1頭でもうからなければ、大規模拡大すれば良くなるというのは、頭のなかで、机の上で考えたことなのだ。節夫は結論づけた。

1974年3月、農業用資材が大幅に値上げされている。ビニールひもは7倍、イチゴパックは5倍、マルチ用ビニール4倍など。これらについて値下げを求めたのです。メーカーはモノがないというのを値上げの口実にしていたが、節夫たちは共産党の国会議員、国の協力も得てトラクターは既に日本に輸入されていて、「モノがない」というのはウソだということを明らかにした。すると、メーカーは「大変申し訳なかった」と謝罪するに至った。やはり交渉するには事実の十分な調査が必要なのです。

オイルショックのときにも、「千載一遇のチャンスだから、この際大いに儲けるべきだ」と、メーカーは仕掛けました。とんでもないことです。

小林節夫は、ヨーロッパにも出かけ、国際的視野から日本の農業の将来を考えました。価格保障があってこそ家族経営があり、家族経営の農学があってこそ環境が守られる。これがヨーロッパの考えだということですが、まったくそのとおりです。

食料自給率38%をそのままにして、減反ばかりして、家族経営の保護・育成をおざなりにする自民党農政を続けさせてはいけません。とても勉強になりました。

(2025年9月刊。1760円)

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