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地球内生命

カテゴリー:生物

(霧山昴) 

著者 カレン・G・ロイド 、 出版 みすず書房 

深海まで潜っていく潜水艇に乗ると、地球の表面とは違った世界に遭遇するはずだ。深海底は思ったより、にぎやかなのだ。

海中では、人間が溺れるくらいあっという間に衛星の信号が 減衰するため、GPSは使えない。潜水艇の投光器では、深海の暗闇に太刀打ちはできないので、周囲数mを照らせるのみ。

地下深部には、すきまからのメタンがプレート運動や侵食によって生じた亀裂を通じて、ぷくぷくと湧き出ている。メタンは、この不毛の地で唯一の高エネルギー食なので、生物が群がっている。

地下生物のほとんどは、地上に見られるいかなる生物とも、まったく異なる。地球の地下は、生物が多細胞であることや、酸素を利用することに固執しなければ、すみやすい場所なのだ。

地球上のあらゆる堆積物は、常に微量の放射性を放っている。微量なので人体に害はないが、水を分解して微生物を養うほどにはある。

一部の地球内生命は、少しずつ酸素を生成している。

地球の生命は、38億年を無為に過ごしていたわけではない。せわしなく進化し続けていた。

地球の生物多様性の大部分は、微生物が担っている。

PHがゼロに近い環境下でも微生物は生きられる。地下については、高PH環境はありふれている。初期の地球では、特にそうだった。

地球最古の同位体化石は38億5千万年前のもの。生命誕生後の数十億年間、地上には微生物しかいなかった。地球が誕生してから、最古の同位体化石が出現するまで、7億年近くたっている。地球は45億年前に誕生したが、岩石の年代は38.5億年前までしかさかのぼれない。

地球の表面は、プレート運動によって、絶えず造り変えられている。

永久凍土にも微生物はいる。地表の炭素の多くは、永久凍土に貯蔵されている。永久凍土が融解したら、地下の微生物が代謝を活発化させ、この土壌中の炭素を気候変動を悪化させるメタンや二酸化炭素に変えてしまうかもしれない。現在、永久凍土に1600ペタグラムの炭素が隔離されている。この数値は大気に含まれる炭素量の2倍に相当し、もしすべてが気体になれば、破滅的な影響が出る恐れがある。

炭素を地下に戻すと共に炭素を掘り出すのをやめる必要がある。

海底にある多金属団塊の採掘が大規模な産業に発展したら、海底の莫大な量の泥が海面に漂い、表層から暗くなり、光合成プランクトンが死滅し、海洋生物に害が及ぶ。すると、海の豊かな生命は生きられないし、人間の生活も成り立たない。結局、地球と人間の生存に破滅制的な影響が及ぶことになる。

恐ろしいことです。しっかり危険性も認識することができました。

(2026年4月刊。3700円+税)

宇宙でウンチ

カテゴリー:宇宙

(霧山昴) 

著者 A・ポンド・ストーンとC・ホワイト 、 出版 あすなろ書房

みんなの知らない宇宙トイレのひみつ。こんなサブタイトルのついた科学絵本です。小学3・4年向けということですが、大人が読んでも楽しく学べます。

おしっこ(尿)のほうは宇宙船のなかで再生して飲用水としていることは知っていました。 

私が大学生のころ、朝一番の自分の尿を飲むと健康にいいという本があり、それを弁護士になって実践している(という)知人がいました。他人の尿ではなく自身のもので、朝一番の尿には雑菌が入っていないので健康にいいと書いてありました。私もその本を昔、読んだのです。

しかし、ウンチ(大便)のほうは再生利用は難しいでしょう。将来、宇宙船のなかで野菜栽培室がつられたら肥料になるのかもしれませんが……。

当初のころの宇宙船にはトイレがなかったそうです。だって宇宙船に滞在する15分以内ほどでしたからね。ところが、15分以内で地上に戻ってこれなかった、機械の不具合から40時間も滞在してしまった飛行士がいたそうですね。もちろん、おもらししたことでしょうね…。

1968年のアポロ7号から1972年のアポロ17号まで、まだトイレは宇宙船になかった。お尻にビニール袋をあてて排泄し、バクテリアを殺す薬品を入れてよくモミモミする。そうしないと、ウンチからガスが 発生して袋がふくらみ、大爆発を起こしてしまいます。うひゃあ、それじゃあ大変ですよね…。

1998年に打ち上げられた国際宇宙ステーションには、トイレが2個ある。今は1年も宇宙船で生活するのですから、当然ですよね。

おむつ以外に、何かいい処理方法がないか、現在も引き続き、模索中のようです。真空パックにしたウンチを地球めがけて打ち出す。すると、地上に到達するまでに燃え尽きてしまう。まあ、当分はそれしかないのでしょうね。ウンチの再利用はなかなか難しいことでしょう。

ウンチといえば、考古学者の本を読むと、同じ食物をとっていても、男女で大便の成分比が異なるので、男便所か女便所か発掘したときに違いがわかるそうです。これまた不思議ですよね…。

(2026年4月刊。1650円)

手塚マンガで憲法九条を読む

カテゴリー:日本史(戦後)

(霧山昴) 

著者 手塚治虫・小森陽一解説 、 出版 子ども未来社

手塚治虫は敗戦の年(1945年) 7月10日に大阪大学医学専門部に入学しますが、アメリカ軍のB29大編隊による爆撃を勤労動員先の工場で受け、すんでのところで爆死するところでした。工場を駆け抜けて淀川の堤防に出ると、そこはもう死体の山だったのです。

思春期のときの残酷で強烈な戦争体験が、その後の手塚治虫の作品に何度となく繰り返し登場します。そして、自分の体験にとどまらず、ベトナム戦争だったり、米ソの核実験や東西冷戦構造抗争も取り入れ、平和の大切さを投げかけます。

1945年8月15日、日本敗戦を聞いて、手塚治虫は、「これで自由にマンガを描ける」と喜びました。そして、1946年1月から四コママンガの連載を始め、1947年2月からはマンガ「新宝島」を刊行し、これがなんと40万部を完売したのです。18歳の手塚治虫は一躍有名になりました。

私の子どものころは、なんといっても「鉄腕アトム」です。マンガはアニメにもなり、夢中になって読み、見ました。高校生から大学生のころは、「ブラックジャック」にしびれました。弁護士になってからは、「アドルフに告ぐ」です。

いかにも正統派の絵ですが、ともかくストーリーの展開が素晴らしいです。よくぞこんなどんでん返しを思いつくものだと、いつもつくづく感心します。

敗戦間近の日本では、特攻機に乗って若者が出撃していきます。しかし、なかには機体は故障して基地に舞い戻ってきます。もう死んで英雄になっているのに生きているのは困ると軍部は考え、再度、特攻を命じるのです。実話でもあります。それでも死なない兵士は閉じ込めて隔離してしまうのです。

「またもや政府がきな臭い方向に向かおうとしている。子どもたちのために、当然大人がそれを阻止しなければいけない。同時に、子ども自身がそれを拒否するような人間になるよう育てなければならない」

「生命あるものすべてを戦争の破壊と悲惨から守るのだという信念を子どもに植えつける教育、子ども文化はその上に成り立つものでなければならない」

手塚治虫の1986年の言葉です。高市首相は戦争する国へ日本を加速しています。とんでもない危険な政権です。国民の生活の大変さを救う政治ではなく、国民がますます苦しくなる方向にすすめている高市首相には一刻も早く退陣してもらいたいものです。

(2026年6月刊。1650円)

キリシタンの生きた「まち」

カテゴリー:日本史(戦国)

(霧山昴) 

著者 五野井隆史 、 出版 吉川弘文館

宣教と弾圧の軌跡というサブタイトルがついた本です。

戦国時代、大勢の日本人がキリシタンの信者となり、その信仰を守って死んでいきました。私の住む筑後地方にも何千人ものキリシタンがいて、久留米には2つの教会堂がありました。今でも久留米に教会堂はありますが、信者は何千人もいないのではないでしょうか…。

キリシタンは、原城攻防戦は別として、殺されることはあっても殺しに行くことはなかったように思います。

ところが、同じキリスト教信者なのにフランスなどでは、カトリックとプロテスタントが相互に殺しあい(聖バルテルミー虐殺)をしています。殺すことによって救済が得られるとでも考えたのでしょうか。カタリ派など、異端とみたら、みな殺しというのも恐ろしいことです。魔女裁判もありました。

近くは、オウム真理教では、殺しをポアするといって相手の魂を救済すると、こじつけていたようです。まことに恐ろしい宗教の世界です。

フランシスコ・ザビエルが薩摩にきたのは、1549年(天文18年)8月15日。大友宗麟(そうりん・義鎮)の支配する豊後府内には1551年に訪ねた。

ルイス・フロイスが信長公の承認を得て京都で宣教活動を始めたのは1569年。江戸にも1599年に聖母のロザリオ教会が設立されている。キリシタン禁教令のあと江戸の教会は1612年にこわされた。1623年12月に、パードレ2人を含む50人が処刑された。1640年に70人が溺死させられているのが江戸での最後。

1632〜33年、長崎でパードレ(神父)18人とイルマン(修道士)2人の宣教師20人が処刑され、以降、潜伏キリシタンは地下に潜った。

ザビエルの来日にあたって通訳をしたのはアンジロー。ザビエルは、協力者としてのアンジローの役割を高く評価している。これは、幕末のころのジョン万次郎のようなんだったんでしょうか…。

神デウスは「大日」とされ、キリスト教の教理は、仏教用語を多用して説明された。

ただし、宣教師たちが男色を激しく非難して仏僧の悪習、倫理的罪悪を糾弾したことから、仏僧に強い警戒心と疑念をかきたてた。

ザビエルの滞日は、わずか2ヶ月あまり。鹿児島を出航してインドに向かうザビエルの船には仏僧2人を含む日本人4人が乗っていた。日本人4人のうち3人は、まもなく日本に帰国したが、残る1人はマラッカに残った。もっと多くの日本人がインドへ行きを希望するとザビエルは見込んだようですが、多くはならなかったとのこと。

ザビエルは日本人の改宗に強い可能性を感じていた。

島津氏は、外国貿易に強く執着したことから、異国船招致のために便宜的に宣教師を受け入れようとした。

ザビエルは、山口(当時の人口10万人)で、2ヶ月間に500人もの洗礼を授けた。

天正15(1587)年6月、秀吉は筑前博多で、突然、伴天連追放令を発布した。

豊後府内では、商人を主とする町衆と住民がキリシタンを嫌悪し、教会を忌避した。キリシタンの大多数は、貧乏者や病人が主なる下層民だった。

ルイス・フロイスは信長の信認の下に京都にとどまった。1569年以降、宣教師たちはことあるごとに信長と接触するように努めた。安土城の城下に信長の援助を得て修院を建造した。

家康もフィリピン・マニラとの貿易を試みたようです。1600年3月にマニラにポルトガル人神父のヘロニモ(ジェロニモ)を派遣した。結局、ヘロニモは病死し、目的は達成できませんでした。

山口では人口10万人のうち1555年9月には2割の2000人がキリシタンだったといいます。それでも、潜伏キリシタンがいたという話は聞きません。

筑後平野では、今なお教会堂のある今村が有名ですが、広々とした筑後平野の一つの村全部が隠れ切支丹として、江戸時代を生き抜いたというのは驚くべきことです。支配層も薄々は知っていたとしか思えません。今村教会堂は堂々たるものです。目下、大改修中ですが、完成したら、ぜひ行ってみたいと思っています。

(2026年3月刊。4950円)

ヤマト王権と難波・河内

カテゴリー:日本史(古代)

(霧山昴) 

著者 吉村 武彦 、 出版 角川選書

皇室典範が改正されました。女性天皇の出現を絶対に認めないというタカイチをはじめとする極右の連中の執念の表れです。

この人たちは、明治以来の「伝統」を、はるか昔からある伝統かのようにウソをまことしやかに言い立てています。日本史を少しでもまともにかじった人なら、女性天皇は昔から日本には8人もいた事実を無視できないはずなのですが……。そして、「126代」万世一系だなんていうのも真っ赤なウソです。継体大王は「万世一系」とは無縁な存在です。

そして、古代の天皇家では、親と子、兄弟同士が殺しあうのがフツーにあっていたのです。平和的に世襲されたこともあったというべきだと私は考えています。

古事記も日本書紀も、女帝で終わっている。古事記のほうは推古天皇で、日本書紀は持統天皇。これを著者は偶然の結果だと考えていません。両天皇とも、孫ないし孫の世代に王位を継がせている。2人とも、ヤマト王権の中で、重要な位置をあたえられた女性天皇だ。 

女性天皇は中継ぎだと軽く見下す考えがありますが、まったくの間違いです。だいたい、日本最古(最初)の王はアマテラス大神という女王なのですよ……。

古い時代には、天皇の生存中に、次の新天皇を指名するという制度はなく、そうではなくて、「群臣推挙」という手続きが必要だった。新天皇は群臣から選ばれるが、新天皇の即位とともに、群臣の地位は、いったん解除され、新天皇によって新しい群臣が任じられ、仕奉(しふ)関係が築かれた。

推古天皇のときの聖徳太子について、厩戸(うまやど)皇子は、まちがいなく天皇位に就いていなかった。

古事記も日本書紀も、ともに初代の天皇とするのは、第10代の崇神天皇である。なぜか……。

7世紀代には、飛鳥に王宮が集中しているのは、蘇我氏の影響が強いから……。

卑弥呼の墓はまだ見つかっていない。箸墓(はしはか)古墳を卑弥呼の墓と比定する人がいるが、それはありえない。

前方後円墳が天皇個人として営まれるのは継体大王で終わり、その後は合葬陵が多い。ヤマト王権は、いくつかの古墳を築造した民族集団から形成された。いろいろ勉強になりました。

(2026年1月刊。2530円)

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