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陰謀論と排外主義

カテゴリー:社会

(霧山昴)

著者 黒猫ドラネコ、菅野完ほか 、 出版 扶桑社新書

先日、近くの小山にのぼった帰り道に小さな集落を通りかかったとき、民家の壁に参政党のポスターがビニールで包装されて張り出してあるのを見かけ、とても残念でした。

参政党といったら、反ワクチンなどの陰謀論をふりまき、日本人ファーストで排外主義をあおり、その憲法改正案たるや国民主権ではなく、明治憲法への回帰の主張です。恐らく、そんなことを全く知らずに、勢いに乗せられて応援しているのだと思います。これを悲しい現実です。それにしても克服するのは容易なことではないと改めて思ったことでした。

国会議員や官公庁に働く公務員を敵視し、中国系の人間で占められているかのような嘘、デマをまき散らしています。近くは韓国の元大統領が国会代議員は北朝鮮に洗脳されていると強弁してクーデターを起こそうとしましたし、アメリカでも戦後まもなくマッカーシズム旋風が吹き荒れたとき、同じように官公庁や国会代議員も「アカの手先」に牛耳られているという、とんでもない嘘とデマをまき散らしたのですよね。韓国では元大統領は逮捕され、有罪となり、アメリカのマッカーシーも追放されました。でも、今やトランプが嘘とデタラメを言い出し放題です。

参政党の神谷代表は、批判されると、今では「外国人差別を許しません」などと言って、ごまかそうとしています。

「移民反対」「外国人排斥」が大声で叫ばれ、その動きに乗って、参政党は「躍進」している。しかし、病院や介護施設では、外国人労働者なしでは施設が維持、機能しないというのが現実。居酒屋も同じ。なにしろ少子化で日本人の若者が少ないうえ、もっと楽でお金になる仕事を望むのも当然なので、穴を埋めてくれる外国人労働者は今の日本には必要不可欠な存在になっているのに……。

少し前まで、参政党はユダヤを中心となる国際金融資本が日本を狙い、侵略し、支配していると強調していた。ところが批判されてから、文章からは削除されている。田母神俊雄・元航空幕僚長は参政党の顧問的立場にあるとのこと。

関東大震災において多くの朝鮮人が虐殺されたことは当局も認めた歴史的事実なのに、小池百合子都知事と同じく否認している。

参政党の支持者の多くは読書習慣がなく、テレビや新聞を批判的に捉えたりしないと指摘されている。要するに、頭がカラッポの状態なので、嘘やデマが入りやすいようです。

「サンクチュアリ教会」なるものがあるそうです。文鮮明の七男が設立した団体です。

大川隆法が死んでだいぶたちました。今では、幸福の科学の信者は3万人以下とみられている。幸福の科学は、南京大虐殺も中国による捏造(ねつぞう)だと決めつけ、従軍慰安婦は韓国による「演出」だとしている。

この本によると、ビジネス・コンサルタントの船井幸雄の「船井総研」も危ないところのようです。

2025年初めから急速に日本が右傾化しているのではないかと著者は感じているとのこと。恐ろしいことです。気をつけたいものです。

(2026年1月刊。1100円)

 日曜日、孫たちと植えつけたジャガイモを掘り上げました。4畝(うね)のうち花を咲かせたのは一つだけでしたので、恐る恐る試しに掘ってみますと、立派に大きくなったのが中から姿を現してくれましたので、この際、全部を掘り上げました。花が咲いていたのはメイクイーンです。あとは、デコボコ頭の丸いダンシャク、そしてちょっぴり赤味をつけるキタアカリです。早速、夕食に美味しいタクレットが出てきました(玉ネギとチーズを組み合わせた料理)。

 ジャガイモは全部でバケツ3杯ほども獲れ、事務所の皆さんに初夏一時金代わりに現物支給しました。

 そして、別のところに畝をつくってサツマイモの苗を植えつけました。ジャガイモは失敗したことがありませんが、サツマイモは難しいのです。地上部分はツルがぐんぐん伸びて勢いもよく葉が茂っているのに、肝心なイモは、せいぜい親指ほどでしかないという悲惨な出来だったことがあります。野菜づくりは楽しいけれど、素人の悲しさも味わうことがあります。

 今年は梅の実は10個ほどしか獲れませんでした。アスパラガスも例年だと毎年1本、2本とれていたのに今年はさっぱりです。

 今、スモークツリーがフワフワした花をたくさんつけています。

人新世の「黙示録」

カテゴリー:社会

(霧山昴)

著者 斎藤幸平 、 出版 安英任

とても衝撃的な問題提起をしている本です。私たちの多くは、デジタル・プロレタリアートになりつつあるというのです。

アメリカの1%の富裕層の資産は下位90%の総資産よりも多い。

華々しい技術革新が続いているのに、生活環境の劇的な変化はなく、経済成長率も低迷。

プラットフォーマーは、マッチングの場を独占することによって、30%という高額の手数料を利用者から徴収している。

ユーチューブやフェイスブック Gmail、チャットGPTのような無料サービスはもはや当たり前のものではない。サービスが無料なのは、私たちが、自分の好みから位置情報まで、膨大なデータを提供しているからだ。プライバシーや個人情報の保護はなく、GAFAMのやりたい放題となっている。

今や、世界を支配しているのは、テクノ資本主義。アメリカの経済成長を牽引しているのは、わずか7社のテック企業だ。アップル、マイクロソフト、グーグル、アマゾン、メタ、エヌビディア、テスラという。

今、技術革新が私たちを貧しくしていき、階級社会が固定化している。

ネットをずっと視聴させることによって、人々の本や動画を読まなくなり、テレビも見なくなる。たれ流される情報の質は下がり続けている。ここに日本では、ネトウヨがはびこる地盤がある。

著者は危機的状況にある現代社会の諸問題を解決するには、エコロジー独裁、社会主義的な総動員体制を発動するしかないと強調しています。「独裁」というと、すぐに暴政とか専制に結びつくイメージですが、本当はそんなものじゃないと著者は強調します。

古代ローマの独裁官は、平時の枠組みでは対応できない危機に対処するための緊急措置としての職。そして、独裁という制度は、あくまで過渡期のもの。

著者は1870年代のパリ・コミューンに学ぶべきものがあるとしています。また、コロンビアやエクアドルにも学ぶべきがあるともしています。

さらに、オーストリア共産党の住宅政策に注目しています。基本的な生活保障(電気・ガス・水道)は毎月一定量まで無償で使用でき、一定量をこえたら、追加料金を徴収されるのです。これもいいアイデアだと思います。

そして、先日スタートした「赤いニューヨーク」です。新市長ゾーラン・マムダニはイスラム教徒であり、民主的社会主義者を自称していますが、「荒々しい個人主義の冷たさを、私たちは集団主義の温かさで置き換えよう」と呼びかけています。

労働者の街としてのニューヨークが目指しているのは、他者との協力から生まれる社会的な拡がり。マムダニ市長は、慎ましやかな善い暮らしを市民に保障しようとしている。これは大切な視点ですね。

今、再び「ファシズムか社会主義か」が問われている。著者は手を取り、温かい社会主義の道を歩んでいこうと呼びかけています。

私は、本を読んで、自分に緊張感が欠けていたことを反省しました。戦争が身近なものになっているとき、自分の意見を表明をためらってはいけないのです。広く読まれるべき本だと思いました。

(2024年4月刊。1870円)

生きものは遊んで進化する

カテゴリー:生物

(霧山昴)

著者 デイヴィッド・トゥーミー 、 出版 河出書房新社

誰だって遊ぶのは好きですよね。それで、人間だけが遊ぶのかと思っていると、生物全般が遊んでいるというのです。もちろん、食べ物が確保されてこそだとは思いますが…。

この本には、意外な動物、それこそ虫や魚たちまで遊んでいることが次々に紹介されています。なーんだ、遊びって、人間だけの特権かと思っていたら、そうじゃないんだね。改めて、そう思いました。

ワタリガラスは飛びながらぐるぐる回転しては仲間どうしで追いかけっこをする。水族館でテールウォーク(尾の力で水面上に体を垂直に打ち上げて立ち泳ぎをする)を覚えたハンドウイルカは、野生に戻ったあと、野生の群れの仲間も一緒になってテールウォークをはじめた。ゾウは、ぬかるんだ斜面を腹ばいになって滑ったり、背中で滑ったりする。

タコは意外に賢い。巣の近くに石を並べると、巣のなかにするりと潜り込み、そのあとで集めた石を引き寄せて入口をふさいだ。侵入者が入れないようにして眠りについた。タコは、いたずらと創意工夫を発揮する。

大人のキツネは、子ギツネと、しかも我が子ではない子ギツネとも遊ぶ。

野生馬では、遊びに費やす時間の長い子馬ほど、その後訪れる最初の1年を生きのびる可能性が高い。

ヒグマの遊びは識別しやすい。遊びの追いかけっこや取っ組みあいは声を出さずにおこなわれる。子グマ時代によく遊んだクマは翌年まで生きのびる可能性が高い。

健康なブタほどよく遊ぶ。遊びはブタの健康を示す妥当な指標である。子ブタが走るのを止め、いきなりでんぐり返しをする。子ブタが期待しているのは、でんぐり返しの直後、体勢を立て直して制御を取り戻す瞬間の体験。その部分が子ブタに満足感を与え、遊びを続けさせる。子ブタのでんぐり返しなんて、私は見たことがありません…。

荒っぽい遊びはケガにつながる恐れもあるが、情動を制御する手段を脳に授けてくれるかもしれない。とりわけ闘争遊びは、不測の事態に備えたトレーニングや、社会的スキルの獲得に必要な練習になる可能性がある。

人間の心を「読む」能力と狩りの力を兼ねそなえたイヌは、ヒトにとって貴重きわまりない存在となった。そしてイヌにとっても、十分に栄養をとれるうえ、世話もしてもらえるのだ。

闘争遊びをするイヌは、特定の合戦ルールにしたがう。力まかせにかんだりせず、しばしば役割を入れ替える。

魚も遊ぶ。魚のする「ひとり遊び」は、のんびりくつろいだもの。ある魚は、水から跳び出し、また水に潜る。これは娯楽である可能性がきわめて高い。

マルハナバチは、オスのほうがメスより、若い個体のほうが年老いた個体よりもよく遊ぶ。

多くの動物は弛緩した口を用いた表情を示して、自分が遊んでいることを示す。そのとき、口を開くのはわずかだけで、犬歯のある動物は、それが見えるほどには開かない。

動物学者は、遊びとは自然選択のようなものだと言う。生命はごく本質的な意味において遊びに満ちたものなのだ。

朝、鳩たちが大勢で飛びまわっているのをよく見かけます。あの鳩の集団にはリーダーがいないそうです。誰かが適当に先頭に立ち、適当に空を飛びまわっているようなのです。

多くのいまの子どもたちがゲームに夢中です。あれって本当に遊んでいると言えるのでしょうか…。機械に遊ばされているだけなのではありませんか…。自分の頭を使っているように見えて、そんなことはない。機械の手のひらの上で踊らされているだけ。頭はまったく機能していないように思えてしかたありません。ゲーム漬けの頭が柔軟な思考力を身につけることは、果たして出来るのでしょうか。

人間とは何かをも考えさせてくれる本でもあります。

(2026年2月刊。2475円)

記憶と脳の探究

カテゴリー:人間

(霧山昴)

著者 櫻井 芳雄 、 出版 岩波ジュニア新書

このジュニア新書シリーズの本は私の愛読書です。中高生というジュニア向けだからといって、もちろん手抜きなんてありませんし、ともかく分かりやすいので、超シニアの私にとっても大変ありがたいのです。

記憶は刺激や経験のコピーでも痕跡でもない。記憶は、外界の刺激や自身の経験などを情報として脳がつくる。情報は、感覚記憶→短期記憶→長期記憶という三つのプロセスを流れていくが、その間に変換され姿を変えていく。

記憶は概念ネットワークとして存在している。しかも思い出すたびににそこから再構成される。これも、記憶は脳がつくるということ。記憶は思い出すたびに少しずつ変わっていく。

何も思い出せないにもかかわらず、実は覚えているという記憶を潜在記憶という。

AIを人工知能と呼ぶのはふさわしくない。なぜなら、知能と言いながら、AIは演算を繰り返しているだけで、何も考えていないから。

初めは文法を思い出しながら意識して話していた英語が、練習すると、考えなくてもスムーズに口から出るようになる。これは陳述記憶が非陳述記憶に移行した結果のこと。

記憶細胞の存在は否定されている。格子ニューロンがつくる場所(住所)の情報にもとづいて、場所ニューロンが特定の場所を記憶し、認識する。

記憶力そのものに個人差はほとんどない。「記憶できるもの」に個人差がある。つまり、誰にでも得意な記憶と不得意な記憶があり、何が得意で何が不得意かは、一人ひとり違う。

私は記憶力が良いほうだと思ってきました。歴史は日本史も世界史も好きで、得意でしたから、よく覚えられました。ところが、私は歌の歌詞を覚えることが全くできません。何ひとつとして歌詞の全部を覚えているものがありません。これは私が音痴で、歌うのが好きでないことに関係していると思います。人の名前も覚えられません。でも、顔は覚えられます。すると、知っている人なのに、その名前が出てこなくて、本当に困ることがしばしばです。

自閉症というのは、他の人や周囲の状況を正しく認識できないという先天的脳の障害。ほとんど学習障害をともなう。映画「レインマン」は私もみましたが、非常に心うたれる映画でした。

記憶をつくると脳が変わる。しかし、記憶で脳がどのように変わるかも、一人ひとり違う。

脳の大きさや重さや形態と脳の能力は関係がない。能力を決めるのは、外側からは見えない脳の中の神経回路の働き。

年齢(とし)をとっても、記憶は脳を変えていく。新たなニューロンが生じる神経新生(しんせい)は、80歳の脳でも生じる。

紙の本よりもデジタル教材を使うほうが学習の成績が悪くなる。紙の本だと、どこに何が書かれていたかという場所の視覚的イメージを記憶できるのに対して、パソコンの画面は自由に動いてしまうのでそれが出来ない。記憶術の一つに場所記憶法がある。

学業成績には遺伝の影響は大きい。しかし、すべてが遺伝で決まっているわけでもない。育った家庭環境や本人の努力も、けっこう影響する。遺伝だけで脳の神経回路をつくることは、まったく不可能。生後の学習などの経験でつくっていくことが必要。

大変勉強になりました。一読をおすすめします。

(2026年1月刊。968円)

時間とは何か

カテゴリー:生物

(霧山昴)

著者 池内了 、 出版 ちくま文庫

時間とは不思議なもの。刻々と過ぎ去っていくのを実感しながら、ときには止まって欲しいと願い、ときに早く過ぎて欲しいと望むことがある。

親から叱られている時間はわずか3分間であっても、30分間にも感じられる。一方、体を動かして遊んだり楽しんでいるときは3時間か30分間としか感じられない。

子供のころは一日が長かったのが、年をとるにつれて一日が短く感じられて仕方がない。

タイムマシンに乗って過去にさかのぼることが出来るとしたら、自分の親たちの出会いと結婚を止められたり、親を殺してしまうことができる。となると、自分は生まれないことになってしまう。それは明らかにおかしい。

アインシュタインが発見した法則によると、非常に速く動く物体の時間は遅れる(つまり、ゆっくり進む)。運動によって時間の流れる速さが異なっている。

アサガオは7月になってから、つるをニョキニョキと伸ばし、花を咲かせる。夏至(6月21日ころ)が過ぎて昼間の時間が短くなり、夜の時間が長くなると花が咲きはじめる。アサガオは昼の時間を測っているのではなく、夜の続く時間の長さを測って花を咲かす。夜の時間が長くなるのを知ってから花を咲かせる。

人間のからだのリズムは、多くが25時間の周期。真っ暗闇のなかで人間の体のリズムを調べる実験によって、人体のリズムはほぼ24時間。人による差異は、せいぜい30分ほど。つまり、人間は地球の自転周期、つまり一日の長さにあわせた時計を内部にもっている。

時間って、つくづく不思議なものですね。私も弁護士生活50年以上になりますが、振り返ってみると、まさに、あっと、いう間です。絵入りでもあり、とても面白い本でした。

(2026年1月刊。880円)

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