(霧山昴)
著者 正木 ひろし 、 出版 公硯舎
人の命は権力で奪えるものか!こんな刺激的なサブタイトルのついた本です。
映画『真昼の暗黒』の主人公が「まだ最高裁がある」と叫ぶセリフで有名な「八海(やかい)事件」の有罪判決に果敢に挑んだ正木ひろし弁護士の活躍を中心とした本です。
老夫婦が殺された強盗殺人事件である八海事件が起きたのは1951年。4人が逮捕・起訴され、一審・二審とも有罪(うち1人は死刑)とされた。本書は最高裁判決が出る前のことで、翌1956年に本書を原作とする映画『真昼の暗黒』(今井 正監督)が公開され、大きな反響を呼んだ。
この裁判は最高裁で2回も差し戻しとなり、3度目の最高裁で4人全員が無罪とされた。
本書は「裁判官」というタイトルですが、その実体は正木ひろしら弁護士の活躍を紹介しているようなものです。本書を読むとそれでも「裁判官」というタイトルには決しておかしくはありません。つまり、裁判官も誤りをおかす存在であること、裁判官は調書に頼るばかりで、殺害現場を自分の眼で確かめようとしないこと、裁判官の判断にはバイアスがかかっていて、自白を過信しがちであり、検察官を信用しがちだということを徹底して暴いています。
70年前の本の復刊ですが、再審そして死刑制度の是非を考えるうえで今、絶好のテキストになっています。つまり、古い過去に反省があったかというだけではなく、まさに今日的課題を考えるうえで、 大いに参考にすべき内容になっています。
一審の裁判長は死刑判決を含む有罪判決を宣告したあと、「私も人間である以上、 誤りはある」と、わざわざ言った。いやあ、こんな言い方は許されないと思います。証拠を十分に吟味して、それでも有罪だとするのなら、こんな自信のない言い方は許されません。
判決のなかでは人物論や心理的観察に関して非常に大きなスペースがさかれている。 「悪性の人柄だから、これこれのこと(犯行)をしただろう」とされている。アリバイについても、「推認の根拠」として、被告人の性格をあげている。性格が悪いからアリバイも嘘で固めているという論法だ。どうでしょうか。今はそんなことはないと断言できるでしょうか…。私は断言 できません。
4人の被告人が事件当夜着ていた衣類からは血痕が検出されていない。洗濯したわけでもないのに…。
弁護士が一個の個人として活動するとき、国家的背景をもち強大な財力と人力と権力を有する検察官たちと 対抗するには、市民の費用でまかなう弁護士の努力だけでは、あまりに微力なのです。
真犯人と目されるYの頭の回転は実は早い。Yはなかなか巧妙、神妙な態度をとるので、人は騙される。Yは村の素人芝居に出ていて、いつも悪役になって、観客を面白がらせることを得意とした。生まれつきの演技派だった。
70年前に刊行されたとはとても思えないド迫力の本です。230頁ほどの薄い本なので、ご一読を強くおすすめします。
(2026年7月刊。2090円)


