(霧山昴)
著者 木内 昇 、 出版 集英社
幕末のころ、長州そして福岡で活動していた勤王志士の一人、野村 望東尼(ぼうとうに)を主人公とする小説です。
私は、今、幕末のころの久留米藩の様子を小説として描くのに挑戦していますので、そこに登場する女性として関心があって読んだのです。
江戸幕府はペリー来航のあと、開港を決めました。ところが、そのころは尊王攘夷を叫ぶ人々の声が高まっていました。開港によって諸物価が高騰して、庶民の生活が苦しくなっていたからです。それでも、幕府の中枢にいた人々は、中国・清がアヘン戦争で敗れて、みじめな状況になっていることを知り、西洋列国の近代的な兵器を前にして、口先で「攘夷」と言うのは簡単だけど、本気で実行したら日本も惨憺たる状況になることを心配していました。しかし、朝廷の側に立つ人々は、幕府はもはやあてにならないと思い始めていました。尊王攘夷とは、倒幕でもあったのです。ただ、公武合体、つまり朝廷と幕府とが一体となって難局を乗り越えようという考えも有力でした。薩摩の島津久光もその一人です。
孝明天皇の妹が将軍家茂に降嫁します。もっとも、それには攘夷を実行することという条件がついていました。幕府は、こんな条件は、実行を先送りしたらよいと考えたようです。
そのころ夫を亡くしたモトは尼僧となった。
桜田門外の変が起きて、大老井伊直弼が暗殺された。やがて生麦事件が起き、薩英戦争が起きた。薩摩もそれなりに健闘したが、城下の大半を焼かれてしまった。やはり西洋の新式大砲にはかなわない。
七卿落ちが起きて、長州勢は押し込められた。攘夷を実行した長州藩は西洋4ヶ国艦隊の砲撃を受け、たちまち砲台を占拠されてしまった。
福岡の勤王党に加勢していたモトは、福岡藩から姫島に流刑に処された。同じころ、福岡勤王党の志士14人が斬首となった。
モトは望東尼と呼ばれた。そこへ高杉晋作が救出しにやってきた。
長州征伐の幕府軍を高杉晋作の率いる奇兵隊が打ち破る。しかし、高杉晋作は病気で倒れてしまった。
面白きこともなき世を面白く、これが高杉晋作の上の句。棲みなすものは心なりけり。これは望東尼がつないだ下の句。
当時の社会状況を踏まえての心理描写はさすがです。
(2026年4月刊。2640円)


