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なぜ米国はイランに負けたのか

カテゴリー:アメリカ

(霧山昴) 

著者 斉藤貢 、 出版 文春新書

トランプはネタニヤフにそそのかされて、イラン戦争を始めました。イスラエルの諜報機関モサドの情報によって、イランの 最高指導者と軍トップが会合している建物にミサイルを撃ち込んで全員爆殺に成功。あとはイラン民衆が反政府行動に決起してイラン政府を転覆させるという筋書きでした。 でも、ベネズエラとは違って、そういう展開にはなりませんでした。なぜなのか…。

イランとイスラエルの大使館の双方に勤めた元イラン大使だった著者の解説は明快です。

イランは、「最高指導者一人が実権を握る独裁体制」の国ではない。なので、最高指導者を暗殺しても体制崩壊にはつながらない。

イランは、分権的で多元的な集団指導体制の国。複数の権力主体が相互に牽制しつつ体制全体を支えている。イランには、堅固な官僚制が整っている。

戦術的には「見事」だった斬首作戦は、戦略的には無意味だった。

イランはドローン戦のパイオニア的な存在で、長年にわたって ドローンの大量生産体制を築き上げてきた。イラン製のドローン「シャヘド」は1機が数百万円しかしない。町工場でもつくれて、1万機のストックがある。

アメリカのミサイルSM6は1発4.5億円、パトリオットは1発6億円。パトリオットの製造能力は月に50発でしかない。

イランは、現実的で、冷静で、打算的。戦略的思考に長(た)けている。イランの人々は非常に頭が良く、物事を理性的に判断する。イラン人の指導者の6割は理系大学を卒業している。

イランの支配体制は「羊の皮をかぶった狼」。「羊の皮」とは、最高指導の率いるイスラム革命体制で、「狼」とは、革命防衛隊による軍事独裁体制。イランの実質的な最高権力は、軍事、治安、 政治、経済を掌握している革命防衛隊にある。革命防衛隊は、単なる軍事組織ではなく、営利を優先する近代的な財閥であり、その経済規模はイランのGDPの3分の1を占める。

イランの権力構造は多元的で健全。イラン人は、2500年の歴史のなか、何度も異民族に征服されたにもかかわらず、民族的アイデンティティをほぼ失うことなく保持した世界的にも稀有な民族。

イラン国内には有力な反政府組織は存在しない。

イランの国境地帯は、険しい山脈が連なり、首都テヘランのある中央部は「天然の要塞」となっている。したがって、地上侵攻は不可能。

トランプ大統領の不人気の原因の一つが「ガソリン価格の高騰」にある。日本の高市政権は、これまで6千億円もの税金を投入して、ガソリン価格の上昇を抑えていますが、アメリカでトランプはそれが出来ていません。 ちなみに、日本の司法予算は3200億円です。その2倍近くを高市政権はガソリン価格の上昇をくい止めるために使っているのです。目先の支持率の下落を食い止めるだけに税金を使うなんて、間違いではないでしょうか…。

イランは周囲の国と陸続きですので、アメリカによる経済制裁はそれほどの打撃は受けません。イラン産原油をもっとも多く輸入しているのは中国。

イランと日本とのあいだには、1953年の日章丸事件 以来、強い結びつきがありました。1970年代は、イランからの原油輸入が日本の輸入の4割を占めるほどです。

イランは「親日国」として有名です。現在のイラン外相のアラグチは駐日大使だったこともあります。「新久地(アラグチ)」 という名刺をつくっていました。

日本が果たすべき役割は大きいです。といっても、トランプへつらうばかりの高市首相には残念ながら期待できませんね。本当に残念です。

とても分かりやすい本です。ご一読をおすすめします。

(2026年7月刊。1100円)

神社建築のカタチ

カテゴリー:社会

(霧山昴) 

著者 海野 聡 、 出版 祥伝社

出雲大社には2度行ったことがあります。すごく大きくて、高い社殿に驚かされました。伊勢神宮にも行きました。昔のお伊勢参りとか御師(おんし)が活躍した門前町のにぎやかさは今はありませんので想像するだけです。

多くの日本人は神社と寺院の違いが分かっていないと思います。もちろん、私もそうです。

この本によると、全国に神社は10万社以上あるそうです。我が家から歩いて15分ほどの森の中にも無人の神社があります。以前は、正月子どもたちとお参りしていました。

鳥居(とりい)は、神社のシンボルです。これは寺院と神社を明確に区別する。鳥居は神社のシンボル。

神社建築とは、自然の中に潜む神を「かたち」にした最初の「場」である。神社建築の概念一つとして、「神は永住せず、移動する存在である」という思想がある。神は一定の地にとどまらず、祭祀のたびに仮の殿舎に迎え入れられる。社殿は恒久的な建物ではなく、神を一時的に宿す仮設性という側面を有する。

伊勢神宮には式年遷宮(しきねんせんぐう)がある。20年ごとに建て替える。もっとも重要な心御柱は古制を守って、伊勢周辺の山から切り出している。他の多くは、木曾から供給されている。

多くの神社は、「随時改修理(ずいじかいしゅうり)」の原則によっている。損傷したら修理するというもの。木は腐るか、燃え尽きる。朽(く)ちても、同じ技法で再生できる。この可変性が日本の建築文化の根底にある。

神社の多くは、垂直構成が単純。神社建築の特徴は、寺院建築のように重厚な組物で装飾性を高めるのではなく、必要最小限の構造で建築を成立させ、それをそのまま表現することにある。

神社建築には「簡素の美」が息づいている。神社建築には土壁を用いない。

神社の境内には、明確な柵や堀などの構築物がない場合が多く、自然と調和した空間が広がっている。本殿よりも拝殿が大きいことは珍しくない。拝殿は人のための空間。本殿では丸柱を基本とし、拝殿では角柱となる。角柱よりも丸柱が上位になる。

古代に仏教が伝来してきたとき、日本人は仏教を排除せず、既存の神祇(じんぎ)信仰と調和させた。

本地垂迹(ほんじすいじゃく)説とは、神を仏の表現形とする。

熊野那智大社にも参拝しました。熊野古道はとてもいいところなのでまた歩きたいと思っています。

(2026年5月刊。1100円)

老いと病でみる幕末維新

カテゴリー:日本史(江戸)

(霧山昴) 

著者 宮地 正人 、 出版 人文書院

いま幕末維新のことを一生懸命に調べています。とても参考になる本でした。

驚いたのが初老、中年、老人です。江戸時代にも70歳以上生きる人は少なからずいました。でも、それは文字どおり古稀(稀つまり珍しいことでした。

明治・大正期に至るまで、人々の平均寿命は40代後半で、50歳代は老人扱いされた。初老というのは40歳ころの人を指す。中年は、それより前の30代の人を指している。40代は真正「老人」としてあつかわれた。

西郷隆盛は、維新のとき40代後半に入ったばかりだったが、すでに「老西郷」とか「西郷老人」と呼ばれていた。

今の日本では100歳以上の人が5万人超いますから、100歳でも「古希(まれ)」ではないのです。世の中、変わりました。

ちなみに私は現在77歳で、現役の弁護士です。被疑者弁護も被害者弁護も担当しています(国選弁護人です)。同世代でも、少なくない人が現役の弁護士として活動していて、周囲も当然視しています。

江戸時代の病気として多いものの一つに、痔疾があった。畳の上に長時間すわる生活をしていて、食物繊維もたくさんとっていたから。孝明天皇も痔に苦しんでいたとのこと。

この本によると、孝明天皇は江戸幕府を打倒するなどと考えたことはなく、攘夷といっても庶民の生活がどうなるか心配してのことであって、排外主義を考えにこり固まっていたわけではないとしています。問題を先送りする思考が強い方であったために、結果として、江戸幕府の倒壊に手を貸したとみています。

幕末の時代は緊張度が高く、公家を含めて暗殺が横行していたので、人々は酒色におぼれるのも必然だったとしています。その結果、梅毒や淋病も流行していました。

伊勢参りも盛んで、隠居身分の女性達の旅は19世紀に入ると飛躍的に増加した。福岡からも何人もの女性が伊勢参りの旅に出て旅行日記を公刊しています。1週間ではありません。3ヶ月も4ヶ月もの長旅です。1日に7里も歩くなどまことに健脚です。

白米を常食とすると、脚気に苦しみます。これを「江戸患い」と言いました。麦飯を食べたらなおりました。同じく口内炎に苦しむ人も多かった。

江戸末期の人々の生活の実相をしっかりイメージすることができる本です。大いに勉強になりました。

(2014年7月刊。2860円)

日本人はなぜ家で靴を脱ぐのか

カテゴリー:社会

(霧山昴) 

著者 井上章一 、 出版 新潮選書

畳の部屋に靴をはいたまま上がるなんて、考えられもしません。板張りの廊下だって同じです。ところから、高級マンションの床張りだったら靴のままで生活する人が、日本人でもいるようです。信じられません。

警察が被疑者宅に捜索・逮捕のために踏み込むときは、どうやら土足のままが多いようです。それは被疑者などが逃げ出したときに直ちに追いかけられるようにするためだと聞いたことがあります。すると、仕方のないことかもしれません。

税務署員のガサ入れも同じでしょうか……。令状のない任意調査のときは、きちんと靴を脱ぐのが当然のことです。

私は事務所に出勤したら、まず靴を脱いでスリッパにはきかえます。そのとき、ついでに靴下も脱いで素足になります。靴下をはいていると、何だか気持ち悪くて落ち着きません。でも、所員の多くは、靴をはいたまま一日を過ごしています。素足を好むのは明らかに少数派です。

この本は日本人はなぜ家で靴を脱ぐのかについて、古今東西と比較しながら考察しています。日本人が昔から清潔好きだからです。外の汚れた泥が家の中、畳の上に持ち込まれるなんて、許せません。欧米人は少しずつ日本人に譲歩していったようです。それでも長靴を短靴に変えるくらいでした。

1932年の五・一五事件のとき、青年将校たちは当チャップリンが来日するのを知って、チャップリンも襲撃の対象としていました。幸いにもチャップリンは大相撲を見に行って難を逃れました。そのチャップリンが歌舞伎役者と対談したときは、日本側が畳の部屋なのに靴のままでよいとしたそうです。

ホテルのベッドに、シーツのよに茶色の小さなシーツをかけているのを見かけます。ヘッドスローと呼ぶそうですが、ベッドの上でも靴を脱がない欧米人の習慣に対応するためのものだというのを、この本を読んで初めて知りました。

スリッパは日本起源のものとみなすべきではない。

日頃、当然のことと思っていることでも、こうやって考察の対象になるというわけです。

(2026年7月刊。1650円+税)

税務署員うつうつ日記

カテゴリー:社会

(霧山昴)

著者 大蔵主税 、 出版 三五館シンシャ

私は40年近く前に税務調査を受けました。調査理由の開示を求めて押し問答しているうちに反面調査で銀行預金を調べあげられ、推計課税されました。もちろん異議申立し、国税不服審判所にも審査請求しました。その成果として、課税(納税)額の3分の1ほどが戻ってきたのですが、それを雑所得として申告していなかったとして再び課税処分を受けました。報復調査・課税の典型です。私は、この一連の経過を、『税務署なんか怖くない』の正・続(花伝社)として刊行したところ好評で、増刷して8千部を完売しました。この本はすでに絶版になっていますが、中古本としては今も入手できるようです。私の一番売れた本ではあります。

さて、この本の著者は、今なお第一線の窓口で働く現役の税務署員です。大変な激務によって、うつ病も体験しています。

税務署では窓口業務が最優先。でも、今年3月、私がいつものように確定申告書を提出に行くと、これまであった納税相談のコーナーはなくなっていました。完全予約制であり、ネット対応を主としているようです。それでは困るという人が少なくないと思います。今の時代、スマホを使えばたいていのことは分かります。でも、スマホを使えない人は多く(私もその一人です)、また、うまく質問できない人は少なくないと思います。

窓口で大声を出す人のクレーム対応は、空き会議室へ場所を移し、問題を拡大させないこと。納税者が1人であっても何人か複数で対応するのです。

滞納者には3つのタイプがある。1つは誠意のある滞納者。2つは誠意のない滞納者。3つは財産のない滞納者。一番厄介なのが財産のない滞納者。この三つを早く見きわめるのが徴収マンの肝(きも)だ。

キャリア官僚が署長として栄転してくることがある。どうやら今では廃止されたようです。まだ20代の若いキャリア官僚が署長としてやってくることがありました。有名大企業やら有名人が集中しているところを管轄する税務署です。現場がどうまわっているのか、観察して勉強するのとあわせて、地域の有力者とコネをつくる絶好のチャンスでした。

税歴表が分厚い会社がある。過去に何回も税務調査されているということは、それだけ何か出ているということ。つまり、安易なおみやげを持たせると、その時は助かったとしても、2年後か3年後に、再び税務調査を受けることになります。もちろん、相応の滞納税金を支払わされるのです。

税務署には、タレコミが少なからず持ち込まれる。そうなんですよね。あいつは気に喰わんと思った人が、その相手について「有ること無いこと」を税務署にたれこむのです。それがときに追徴につながることもありますから、恐ろしい話です。

この一連の「〇〇日記」シリーズはすごいですね。どれもこれもよく書かれ、読まれているようです。巻末のリストは壮観です。私は、いくつも読みました。

(2026年8月刊、1540円)

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