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命のビザを繋いだ男

カテゴリー:日本史(戦後)

著者  山田 純大 、 出版  NHK出版
1940年(昭和15年)、ナチスドイツに追われて逃げてきたユダヤ難民たちが、リトアニアの日本の領事館に日本へのビザを求めて押し寄せてきた。領事代理の杉原千畝(ちうね)は、人道的見地から、本国の指令に反して日本通過を許可するビザを発給した。そして、ユダヤ難民6000人がヨーロッパからシベリア経由で日本の神戸、横浜、東京へ渡っていった。
 ここまではセンポ・スギハラのビザ発給によるものとして、私も知っていました。この本は、日本にやってきたユダヤ難民のその後を扱っています。
 杉原が発給したビザは、あくまでも日本を通過することを許可するビザであり、許された日本滞在期間はせいぜい10日ほど。たった10日間で、目的地の国と交渉し、船便を確保するのは不可能。そして、ビザの延長も拒否された。
 そんなユダヤ難民の窮状を救ったのが小辻節三(こつじせつぞう)だった。この本の主人公・小辻節三はヘブライ語学の博士号をもち、ヘブライ語を自由に話すことができた。そして、60歳のときにユダヤ教に改宗した。
 最近も、外務省の元高官が晩年にユダヤ教に改宗した人がいるという記事を読んだことがあります。日本人でも、インテリにはユダヤ教に魅かれる人が少なくないのですね。この本は、その小辻節三を生い立ちから、その家族の現在に至るまで、よく調べていて、本当に感心します。
 日本が国際連盟を脱退したときの外務大臣として有名な松岡洋右(ようすけ)は、その前は満鉄総裁だった。そして、小辻を顧問として破格の高給で迎え入れた。
どうやら満州にユダヤ人を迎え入れようとする計画があったようなのです。
ハルピンで極東ユダヤ人会議が開かれたとき、小辻は1000人をこえる聴衆の前でヘブライ語で演説をはじめた。ただし、そのヘブライ語は、とても古典的なヘブライ語ではあった。みんな驚いたことでしょうね。日本人が古典的ヘブライ語を話すなんて・・・。
 ユダヤ難民が神戸へ上陸して苦労しているとき、小辻は頼まれて、その局面打開のために東奔西走した。そして、小辻に力を貸したのが、元満鉄総裁であった松岡洋右外務大臣だった。まさしく偶然のおかげでした
 松岡外相は、ドイツとの関係は良好に保ち、アメリカとの戦争は回避したいという立場にあったので、小辻のユダヤ難民の救出に手を貸した。
 その後、小辻は満州に渡り、そこでユダヤ人に助けられた。
小辻に神戸で助けられたユダヤ難民のなかには、アメリカに渡ったあとイスラエルの宗教大臣になった人もいました。
 小辻は、戦後、そのような人々との交流も大切にしたようです。まったく知られていなかった事実を、足で歩いて発掘していった著者に感謝したいと思いました。
(2013年4月刊。1700円+税)

市長「破産」

カテゴリー:司法

著者  吾妻 大龍 、 出版  信山社
私は長く住民訴訟にかかわってきました。残念なことに、一度も勝訴したことはありません。それでも、一つだけ、マスコミの事前予測では「住民側勝訴」というものがあり、事前に取材を受けましたが、当日、「請求却下」判決が出て、がっかりしたこともあります。第三セクターの破綻によって30億円ものムダな公金支出をさせられたことについて、市長個人の責任を追及した住民訴訟でした。
この本は、住民訴訟をはじめ行政訴訟に精通している学者がペンネームで架空市の行政側の内幕をバクロする仕立てになっていますので面白く、分かりやすく、問題点を理解することができます。住民訴訟を担当している人、とくに裁判官にはぜひ読んでほしいと思いました。
 権利放棄議決というものがあります。これは、市長個人に市への賠償責任があるという判決が確定したとき、市議会が市に対する賠償は必要ないと議決して、市長の個人責任を免責するというものです。いわば脱法的な議決です。この有効性が裁判で争われて、最高裁は個々の事案毎に「諸般の事情を総合考慮」して、裁量権の範囲の逸脱または濫用にあたらないかで判断するとしました。権利放棄決議を無効とした判決もあります。
 京都のぽんぽん山訴訟では、元京都市長に一審で4億円の賠償が命じられ、高裁では、それが26億円にアップしました。最高裁でもそのまま認められて確定したため、元市長の遺族は限定承認をして8000万円を市に支払ったとのことです。
 住民訴訟の対象になるものはたくさんあります。要するに、フツーの市民の感覚からして、それは税金のムダづかいではないか、という公金の支出です。そして、失敗しても誰も責任をとらないというときに、住民訴訟という手法をとるのです(その前に住民監査請求をしなければいけません)。
 行政当局側の、市長と担当部局そして法規担当、顧問弁護士の対話がメチャメチャに面白いものになっています。真相は、あたらずとも遠からず、と言うところではないかと思って読みました。
 行政法の権威である阿部泰隆先生の書いた本です。
(2013年7月刊。980円+税)

憲法とは何か

カテゴリー:司法

著者  長谷部 恭男 、 出版  岩波新書
憲法とは何か、改めてじっくり国民に考え直してもらおうという本です。
 憲法はわれわれに明るい未来を保障するどころか、ときに人々の生活や生命をも左右する「危険」な存在になりうる。憲法を変えたとき、われわれの暮らしが良くなるか否かは、憲法をどう変えるかによる。
 憲法にまつわるさまざまな誤解や幻想を指摘したい。
 憲法が権力を制限することで、人々の自由と権利を守る重要な役割を果たすことができる(立憲主義)。立憲主義は、近代のはじまりとともに、ヨーロッパで生まれた思想である。 
 衝突の調停と限界づけを目ざす立憲主義は、中途半端な煮え切らない立場である。立憲主義を選ぶことは、この「中途半端」な立場にあえてこだわることを意味する。立憲主義は、人間の本性に反している。というのは、人は、もともと多元的な世界の中で個人的に苦悩などしたくない。みんなが同じ価値を奉じ、同じ世界観を抱く「分かりやすい」世の中であれば、どんなにいいだろうかと思いがちなものである。
 プライバシーの権力や環境権を憲法に書き込むべきだという討論がある(いわゆる加憲のことですね)。しかし、これらは、憲法の条文に書き込んだとしても、国会の制定法や裁判所の判断を通じて具体化されなければ、何の意味もない。たとえばプライバシーの権利は、すでに憲法13条の解釈として裁判所によって具体化されており、その侵害に対しては差止めや損害賠償等の救済が認められている。憲法に書き込むことで新たにえられるものはなさそうである。
 憲法がなぜ、通常の法律よりも変えにくくなっているかといえば、意味のないことや危なかったことで憲法をいじくるのはやめて、通常の立場のプロセスで解決できる問題に政治のエネルギーを集中させるためである。不毛な憲法改正運動にムダなエネルギーを注ぐのはやめて、より社会の利益に直結する問題の解決に、政治家が時間とコストをかけるようにと、憲法はわざわざ改正するのが難しくなっている。
 憲法96条を改正して、3分の2を過半数に緩和しようとする考えは、最終的には国民投票で決着がつくのだから発議要件はそれほど厳格でなくてもよいという考えがある。
 これは一見もっともらしくあるものの、にわかに賛成しがたい。憲法の改正に単純多数決ではなく、要件の加重された特別多数決が要求されるのは、第一に、少数者の権利の保障のように、人々が偏見にとらわれるために単純多数決では誤った結論を下しがちな問題については、より決定の要件を加重することに意味があるから。
 第二に、憲法に定められた社会の根本原理をしようとするのであれば、変更することが正しいという蓋然性が相当高いことを要求するのは、不当とは言えないから。
 著者は、国会が憲法改正の発議したとき、国民投票まで少なくとも2年以上の期間をおくことを提案しています。なるほど、まったく同感です。ことを急ぐ必要はないのです。じっくり、あれこれ考えて結論を出したらよいと私も思います。
 立憲主義には広狭二つの意味がある。広義の立憲主義は、政治権力あるいは国家権力を制限する思想あるいは仕組みをさす。「法の支配」という考え方は、広義の立憲主義に含まれる。
 狭義の立憲主義は、近代国家の権力を制約する思想あるいは仕組みをさす。
 アメリカやフランスで何度も憲法が改正されているが、その内容は、道路の交通規制にも比すべきルールの改正である。内容のいかんより、とにかく何かに決まっていることが重要な問題に決着をつけることを目的とするルールが改正されているのにすぎない。フランスでも、同じように、国会の会期の延長や大統領の任期の短縮など、道路の交通規制に比すべきルールの変更のようなものである。すなわち、国家体制の根本的変革をもたらすようなものではない。
やや難しい言いまわしの部分もありますが、じっくり読むと、自民党の憲法改正草案はとんでもないものだということがよく分かる内容になっています。
(2011年2月刊。700円+税)

戦場の軍法会議

カテゴリー:日本史(戦後)

著者   NHK取材班・北博昭 、 出版  NHK出版 
フィリッピンで死刑になった日本兵の裁判(軍法会議)がインチキそのものだったことを奇跡的に明らかにした本です。NHKスペシャルで放映され、大きな反響を呼んだ番組が本になっています。NHK取材班の執念が見事にみのった貴重な労作です。
 日中戦争が始まった1937年(昭和12年)以降、軍法会議で処罰される兵士が急増した。太平洋戦争末期の1944年(昭和19年)には、1年間に5500人をこえる兵士が処罰された。
 軍法会議とは、罪を犯した陸海軍の軍人、軍属といった軍の構成員を裁くために、軍の中に特別に設けられた軍事法廷のこと。
戦前の法務官は、司法資格をもち、軍の中で法の遵守をチェックする「法の番人」とされる存在だった。
 軍法会議は通常の裁判所とは別の「特別裁判所」だ。軍法会議の仕組みは、裁判官、検察官、弁護人、被告という構図であり、通常の裁判と変わらない。特徴的なのは、日本の軍法会議では、通常5人いる裁判官のうち4人を軍人が占めていること。軍人の中で階級が一番上の兵科将校が裁判長をつとめた。
 裁判官の階級は、必ず被告人と同等か、それ以上の階級のものが選定された。そして、5人の裁判官のうち必ず1人は「軍人」ではない「文官」の法務官が担当することが法律で定められていた。
 明治42年生まれの馬場東作は東京帝大法学部を卒業し、司法試験に合格できずに海軍法務官となった。馬場は大学生のころマルクス主義を学び、不正義を怒り、軍に不信感をもつ反戦主義者だった。
 中田という海軍上等兵は奔敵(ほんてき)未遂、窃盗、略奪で死刑に処せられた。
敵前逃亡に死刑があることは知っていましたが、奔敵という罪名は聞いたこともありませんでした。
 軍法会議で死刑判決を受けた兵士は、護国神社にも靖国神社にも祀られていない。兵士の逃走は飢えによるもの。日本軍上層部の「現地調達」という無茶で無謀な作戦、食糧を送りこまずに現地で調達せよというのはバカな、無責任な考えである。
 日本軍は、アメリカ軍と違って、前線に行けば行くほど食糧がなかった。
 そもそも食糧さえ満足に与えず、戦わせた軍に逃亡兵を処罰する権利があるのか・・・・。
 食糧難の軍にとって、兵隊の数が減れば、口減らしにもなる。餓死寸前の兵士のなかに、夢遊病者のようにフラフラと部隊を離れる者が続出した。餓鬼道の積み重ねのように、まったく軍とか人の集団というようなものではなかった。
「平病死」とは、軍法会議で死刑になったことや、自殺したことを意味する呼び方。
戦後になって、軍の法務官だった人の大半が弁護士になりました。私が35年前に故郷にUターンしたとき、軍の法務官だったという人が何人も弁護士として活動していました。もっと、いろいろ話を聞いておけばよかったと思いますが、時すでに遅し、です。軍法会議というものの本質がいいかげんなものであること、しかし、死刑になった兵士の遺族が汚名を挽回するのはとても困難なことを伝えてくれる良書です。
(2013年9月刊。1900円+税)

憲法を守るのは誰か

カテゴリー:司法

著者  青井 未帆 、 出版  幻冬舎ルネッサンス新書
これまでの歴史をひも解いてみれば、権力行使の「行き過ぎ」の例は枚挙にいとまがない。だからこそ、本当に自由を奪われ、人権が侵害されないように、国家権力を縛り、コントロールしなければいけない。どんな人が統治にあたることになっても人権侵害が起こりにくいような「仕組み」をつくっておく必要がある。そうした、権力に服する側の国民の目線でつくられたのが、権力分立をともなう統治の仕組みを定めた憲法である。
 憲法によって国家権力を制限して人権を保障する、つまり政治を憲法に従わせるというのが立憲主義の考え方。
明治憲法の下では、政府のもつ権力がきちんとコントロールされ得なかったために、無謀な戦争に突き進み、多くの人々に生命・身体・財産における犠牲を強いながら、日本は焦土のなかで敗戦を迎えた。
明治憲法には、人々の自由や人権といった概念やその保証のための制度が大いに欠けていた。
 憲法は「道徳本」とは違う。国家は、人の心に入り込んで、その選択に介入してはならない。人権というのは、フワっとした概念で、とらえどころのないもの。
多数者に天賦人権を観念しなくてはならない切迫性はない。天賦人権論をもっとも必要としているのは、多数者から有形無形の圧力を加えられることに起因して苦しむ少数者だ。
選挙で勝った「時の多数者」によって、簡単に人権規定などの重い意味をもつ憲法の規定がコロコロと変えることができるというのは、選挙という民主的政治過程で負けてしまいがちな少数者の人権を危機にさらすことにほかならない。
 憲法96条改正先行論は、憲法改正は、少数者の基本的人権保障がかかわる以上、慎重にも慎重を期そうという現行憲法の狙いとするところを没却するもの。
 劣勢に立つ側の「武器」として憲法論は、法律の論理を外側から変化させる理屈として、もっと使えるはず・・・。
 戦争は、人々の生命・身体・財産・自由が奪われるという人権の問題だ。だから安全保障政策は人権の問題である。だからこそ、国家の統治を人権保障という観点から監視する必要がある。
 自衛隊は、日本政府の説明によると、国家固有の自衛権にもとづいて正当化されるもの。明治憲法の失敗の一つには、軍部の強い自律性を外部からコントロールできなかったことにある。天皇は戦前の軍部などの前に権威づけとして利用されていた。
 立憲主義とは、自由を守るための知恵である。自由や人権が保障されることが、憲法や立憲主義の目的である。
 有事の際に、弾となり、盾となるのは、私たち国民である。どう変えるのかも不明なままで、憲法改正に賛成することは具体的な制度づくりを政治家にゆだねるということになり、これは、無謀であり、危険が大きい。
 10月3日に広島で開かれる日弁連のシンポジウムで著者に基調となる講演をしていただきます。若手の学者による鋭い問題提起が聞けるのを楽しみにしています。
(2013年7月刊。838円+税)

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