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もし私が人生をやり直せたら

カテゴリー:韓国

(霧山昴)
著者 キム・ヘナム 、 出版 ダイヤモンド社
 医師の著者は42歳のとき、いきなりパーキンソン病と診断されました。
 どうせ生きるのなら、楽しく生きていくほうがいい。以来、この気持ちで生きてきました。
パーキンソン病は、ドーパミンという神経伝達物質をつくり出す脳組織の損傷による神経変性疾患。振戦(手足の震え)、筋肉や関節のこわばり、寡動(動きの鈍さ)、や発声困難などの症状がみられ、65歳以上に多い。
 ドーパミンが減少するパーキンソン病は、進行すると、うつ病や認知症、被害者妄想などを伴う。パーキンソン病には、今のところ根本的な治療法がない。
パーキンソン病の症状では、「ロープできつく縛られたまま動いてみろと言われているようなもの」。
 著者の脳は、ドーパミン分泌細胞の8割が消えている。しかし、まだ2割も残っていると著者は考え直したのです。努力次第では、病気の進行を遅らせることができるはずだと信じて…。そして、薬も服用して12年も持ちこたえ、その間に5冊の本を執筆・刊行したというのです。すごいです。
 完璧に執着したら、不安が増し、人生が疲弊していく。明日、何が起こるかも分からない。なので、すべてを予測して、未然に防ごうとするのは不可能なこと。
 遠くの目的地だけ見て歩くのではなく、今いるこの場所で、足元を見つめながら、まず一歩、踏み出してみる。これが始まりであり、すべてだ。
 人間は、自分の人生の主導権を握りたい生き物だ。なので、他人から命令されると、やる気が損なわれる。
 その気になれば、いくらでも作り出せるのが、「生きる楽しみ」。
 近ごろでは、田舎町から名門大学や司法試験の合格者が出ることは、まずない。合格のための必須条件は、祖父の経済力と父親の放任主義、そして母親の情報収集力。この点、都市部の人間には、とても太刀打ちできない。
著者は神経分析医。患者を診ていると、過去をやり直したいという気持ちにとらわれ、今を生きられないことが分かる。まるで巨大な宇宙服を着ているかのよう。宇宙服の中は過去のつらい記憶でいっぱい。それでも宇宙服を脱ぎ捨てようと思わず、ただ不安と恐れに震えながら過去に縛りつけられている。
人生がどう流れるかは、自分自身をどう見るかという視点次第。自分を肯定的に見たら、人生もそう流れる。自分を落伍者だと見れば、そのように流れる。
寂しい現代人にとって、スマホとは、自分と世界をつないでくれる生命線。スマホは、自分が一人ではないという事実を瞬時に確認できる、重要な装置。
 自分ひとりだけの経験や感覚は、記憶のなかで色あせやすい。誰かと共有した記憶は、思い出となり、歴史となる。
 怒りや憤りは、自分を守るための感情。しかし、度が過ぎたら、過去の記憶や感情が何度もぶり返し、前に進めなくなってしまう。青少年期の友人は、自分を映し出す、大きなスクリーンの役割を果たす。
 何かひとつに没頭できれば、他のことにも没頭することができる。
 今、私が没頭しているのは、近現代の歴史を調べ、そのなかで人々がどのように生きていったのかを跡づけようというものです。これは難問です。なので、少しずつ図書館通いなどをしながら、一歩ずつ歩んでいく覚悟です。
 さすが、精神分析の専門医だけはあり、とても深い考察がなされています。韓国で35万部も売れたというのもは、なるほどと納得できました。
(2024年6月刊。1500円+税) 

海賊の日常生活

カテゴリー:ヨーロッパ

(霧山昴)
著者 スティーブン・ターンブル 、 出版 原書房
 海賊とは何者なのか…。世間で「海賊」と呼ばれる者たちは、決して自分を海賊だとは言わない。バッカニアは、自分を海賊だとは思っていなかった。自分のために財宝を盗んでいるわけではないから。政府のために働き、襲撃する正式な許可、私掠(しりゃく)免許状をもっていた。
 1243年、イギリスのヘンリー3世は、イギリス海峡でフランス船を襲撃する許可状を与えた。その見返りとしては、王に略奪品の半分を差し出せばよかった。
 イギリスではドレークは偉大な英雄だが、スペインでは悪党だった。
 海賊になる人は、みな、なりたくてなるのではない。多くの人々は、絶望の果てに海賊になる。船乗り稼業しか知らない男たちは、海賊団に入るより他に道はなかった。
 海賊は強制徴募という手段は使わない。説得して海賊団に加わらせる。
多くの海賊の末路は、公開の絞首刑に処せられるというもの。
海賊船の船長は、乗組員の投票で選出される。それには乗組員から尊敬を得ていること。船長は勇敢さと狡猾さを示し、乗組員の管理や船の舵(かじ)取りの能力をもち、戦い方を知っていなければならない。また、戦利品の記録や乗組員の借金の管理をしなければいけないので、せめて読み書き計算の能力が求められた。
 健康なコンゴウインコは、30年も生きる。多くの乗組員はサルを飼って、うまくやっている。
 船乗りは、火事にあう危険も多い。
 海賊は、風向きには特に注意を払う。そして、船団から遅れた船を狙って襲撃する。
東インド会社の船を攻撃するのは、きわめて愚かなこと。十分に武装しているし、海賊には慣れているし、護衛艦もいる。
 節操ある海賊は攻撃する前に、海賊の旗を掲げる。
海賊なるものの実情を知ることができました。
(2024年6月刊。2500円+税)

檻を壊すライオン(改訂版)

カテゴリー:社会

(霧山昴)
著者 楾 大樹 、 出版 かもがわ出版
 「おりライ」とも呼ばれている「檻(おり)の中のライオン」講演会は全部の都道府県で累計1000回をこえて開催しているそうです。すさまじいばかりの著者のエネルギーには圧倒されます。
 久留米でも近く(11月24日の午後2時から、筑後弁護士会館にて)2回目の講演会が予定されています。
 国家権力をライオン、憲法を檻にたとえた憲法解説書「檻の中のライオン、憲法がわかる46のおはなし」が刊行されたのは2016年のこと。それから8年たち、その続編になります。
この改訂版は岸田政権が退場し、石破政権に交代した瞬間に刊行されました。見事な早技(はやわざ)です。
 選挙で深く考えることもなく自民党に投票する人が少なくありません。裏金議員を公認してはばからない(公認しない候補者に2千万円も政党助成金、つまり税金を支出したことがバクロされました。ひどいものです)のが自民党ですが、天賦人権説も攻撃しています。人権なんて、国が与えたもので、もともと個人が持っているなんて、間違った考えだというのです。国民は国の言うとおりに従っていればよい、生きるも死ぬも国が決めたことに文句を言わずに従え。それが自民党の考え。どうして、こんな考えに共鳴する人がいるのか、私には不思議でなりません。
 そして、自民党は、国民に知る権利なんてないとも言うのです。昔の知らしむべからず、由らしむべしを今も貫いているのが自民党です。あまりにも古臭くて、カビがはえすぎているのが自民党です。
 「アベノマスク」のムダづかいはひどいものでした。少なくとも543億円もの税金がムダにつかわれました。安倍の息のかかった企業や公明党関連の企業が丸もうけしたと小さく報道されました。上脇博之教授が裁判を起こしたら、国側はこのアベノマスクはすべて口頭契約で実行されたもので、書面はないと開き直って、裁判官を唖然とさせたと報じられました。許せません。
 自民党は憲法改正が必要な理由として、大災害のとき国会議員の選挙ができないときは国会議員の任期を延長できるようにしないと、法執行の行政がやれずに国民が困るというのを理由としています。だけど、正月の福井大地震では、今なお復旧工事が十分ではありません。そして、国会で十分に救済策が審議されないうちに投票日を迎えることになりました。
 「大災害が起きたときに困るから」という口実の化けの皮がはがれたのです。大災害がおきたのに、国会で十分な審議もせず、国会を解散してしまうなんて、とんでもないことです。
 石破政権は「日本を守る」と称して、大軍拡予算を執行中です。5年間で43兆円。その財源は明らかにされていません。財政法4条で、防衛費のための国債は、発行できないとしています。ところが、「建設国債」でまかなうことにしました。これまた、とんでもないことです。戦前の「帝国ニッポン」に逆戻りしてしまったのです。
 石破内閣が誕生したことで、何が問題なのかを改めて総おさらいした感のある本書は、なんと318頁もの分厚いものになっています。でもでも、本当に分かりやすいうえに、読みごたえがあります。さすがは、「憲法講師、分筆業」を自称する著者だけのことはあります。ご一読を強くおすすめします。
(2024年10月刊。1800円+税)

朝鮮民衆の社会史

カテゴリー:朝鮮・韓国

(霧山昴)
著者 趙 景達 、 出版 岩波新書
 隣の国であり、顔つきもそっくりなので、道を歩いている人が韓国(朝鮮)人かどうか、一見して分かりません。
 ところが、生活習慣などはかなりの違いがあります。この本を読んで、ますます違いの大きさ、深さを知ることができました。
朝鮮王朝が建国したのは1392年。太祖は李成桂。朝鮮は朱子学革命によって建国された国家だった。
 朝鮮は貴族制を廃そうとはしたが、身分制を廃することはなかった。
 朝鮮の身分は四区分。両班(ヤンバン)、中人、良人(常人、常民、良民)、賤人(賤民)。儒教的民本主義は五つ。第一は一君万民。第二は、公論直訴、第三は観農教化、第四は賑怵(しんじゅつ)扶助、第五は平均分配。
 王権は門閥政治、臣権の強大性に脅かされ、士禍や党争などの熾烈(しれつ)な抗争が長きにわたって中央政治を歪めた。そして、地方政治では情実が支配した。
 儒教国家というのは、法律があっても、その運用は情理によるのを良しとした。
朝鮮では土地売買が原則として自由であり、民衆の移動率はきわめて高かった。戸籍によると、3年の間に20~30%が移動している。
 いやあ、これはまったく知りませんでした。日本と同じように、民衆は生まれた土地にしばりつけられているとばかり思っていました。
 戸籍は、職役を把握するためのものなので、賄賂をつかって戸籍に登録せず、良役を逃れる人が少なくなかった。
 朝鮮では、人々は簡単に移住していたようです。そうなると、土地にしばりつけられてきた日本とは決定的に違いますよね。近世日本の村は、「閉ざされた村社会」でしたが、朝鮮はまったく異なるようです。
 朝鮮全体が巨大な相互扶助社会だった。人々は、村民同士でひんぱんに行きかって食を分けあったが、よそ者に対しても同様だった。だから、人々は、見も知らぬ人々の善意と扶助をあてにして住みなれた村を出ていくことができた。いやあ、これは日本ではまったく考えられない状況です。
 朝鮮人は大食。多く食べるのは名誉なこととされた。
 朝鮮は、現実には、儒教一色の社会ではなかった。民衆世界は儒教的統治原理を受け入れ、朱子学をヘゲモニー教学として認めた。必ずしも儒教が優位していたわけではない。
 朝鮮仏教の特徴は、護国信仰的な性格をもつだけでなく、あらゆる教学を一つにした総合仏教的な性格をあわせもち、道教や巫俗とも習合した点にある。
 朝鮮の芸能民は、一般に広大とか才人と総称される。
 白丁は、もとは、特定の職役をもたず、土地の支給も受けない職人身分の人々を言った。白丁は、一般民との通婚ができなかったので、仲間内で婚姻するしかなかった。
 褓負商(ポプサン)とは行商人のこと。賤民ではないが、賤民視されていた。
 朝鮮社会にあっては、妻や娘は、男性にとって一種の所有物であった。女性は名前さえ満足につけられなかった。朝鮮時代、女性の地位は、時代が下がっていくにつれて低くなっていった。
 離婚するのは、実質的にはなかなか難しいものがあった。野良仕事について、女性はもっぱら畑作で、稲作は基本的に男性の仕事。
 男子15歳、女子14歳という早婚は悲劇をもたらした。朝鮮の女性殺人犯の63%は夫殺しだった。女性の再婚は、両班社会では許されなかった。
甲午改革のなかで、断髪令は最大の失政だった。断髪令に反発したのは士族も平民も同じだった。
 1900年3月ころから活貧党が活動した。三大盗賊の洪吉同をモチーフとした小説に出てくる義賊集団にならったもの。富者の墓を掘り返して遺体を奪って脅迫した。身代金ならぬ骨代金を要求するというわけで、日本では考えられません。死骸に宗教的な価値を置く儒教国家ならではの犯罪。
民衆にとって、火賊は恐怖しつつも、親愛を覚える対象だった。
朝鮮は、はい上がり型志向と分かちあい型志向という相反する論理が混淆(こんこう)した社会であった。
 朝鮮社会が昔から矛盾にみちみちた社会であることを、今さらながら認識させられました。大変、知的刺激にみちた本です。あなたにも、ご一読を強くおすすめします。
(2024年8月刊。1120円+税)

中村哲という希望

カテゴリー:社会

(霧山昴)
著者 佐高 信 ・ 高世 仁 、 出版 旬報社
 この本を読んで一番うれしかったのは、中村哲さんが亡くなったあと、アフガニスタン現地につくられた用水路がどうなっているか知ることができたことです。
 2022年11月に行ったら、想像以上に現地がうまくいっていた。用水路は毎年少しずつ手入れしたり、補修しなくてはいけないけれど、地元住民が自発的にやっている。自分たちがつくったものだという思いが強いから、きちんと維持しようとしている。しかも、新しい用水路をつくっていた。
そして、ジャララバード市内に中村哲さんの公園「ナカムラ広場」が出来ている。中村哲さんの笑顔のでっかい肖像が設置されていて、夜はライトアップまでされている。偶像崇拝を禁止しているはずなのに…。
 道路の検問所でも、「日本人だ」と言うと、銃を持ったタリバン兵がにこっと笑って「ナカムラ!」と大声で叫んで、「行ってよし」と手を振ってくれる。
 いやあ、ホント、うれしい反応ですよね。
 ヨーロッパ系のNGOの事業はみんな失敗してしまった。上から目線でやってもダメ。
用水路に水を流すのには傾斜をつける必要がある。100メートルで傾斜7センチ。これで25キロメートルの長さのマルワリード用水路ができた。これによって2万3800ヘクタールの緑の沃野(よくや)をつくり出し、そこで65万人の暮らしを支えている。ただし、水が来るようになって地価が100倍になったところも出てきて、トラブルは絶えないという。その状況で中村哲さんを殺害しようとしたグループが出現したのでしょうね…。本当に残念です。
 中村哲さんが殺されたのは2019年12月4日ですから、もう5年にもなります。一緒にいたアフガニスタン人5人も亡くなりました。
 中村哲さんは国会に参考人として招かれ意見を述べています。自衛隊を現地に派遣するのは有害無益だと断言しました。それで自民党議員が散々ヤジを飛ばしたうえ、取り消しを求めました。もちろん、中村哲さんは撤回していません。
日本の自衛隊は外国からみた立派な軍隊。そんな軍隊に来てもらったら自分たちは困ると訴えたのです。
自衛隊派遣によって、治安はかえって悪化するとも言いました。人殺しをしてはいけない。人殺し部隊を送ってはいけないと国会で断言したのです。たいしたものです。
中村哲さんは、こんな文章も書いています。
アメリカ軍は、人々の人権を守るためにといって空爆で人を殺す。そして、「世界平和のため」に戦争をするという。いったい、何を、何から守るのか…。本当に、そのとおりです。
いま、日本政府、石破首相がやろうとしているのも同じことです。アメリカの求めに応じて、日本は武器も兵士も戦場に送りだそうとしています。そんなものが平和に役立つはずもありません。必要なことは、軍事力に軍事力で対抗するのではなく、中村哲さんのような、地道に汗を流すことです。決して武器をとることではありません。
(2024年7月刊。1600円+税)

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