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ものいわぬ人々に

カテゴリー:社会

(霧山昴)
著者  塩川 正隆、 出版  朝日新聞出版
 なつかしい名前が登場してきます。
 故國武格(くにたけいたる)弁護士です。久留米大学の顧問弁護士でした。「温厚な性格で、大学の不当労働行為を訴えた事件でも、嫌らしい質問は一切いなかった」とありますが、まさにそのとおりの人物でした。
 國武弁護士は「組合が正義ですよ」と言ったそうです。その労働組合の中心人物こそ、この本の著者なのです。
 当時の久留米大学には、労働組合つぶしのために文部省官僚だったY氏が理事長として送り込まれてきて、労使紛争が絶え間なく起こっていたのです。物言わぬ労働組合をつくりあげると、当面はいいかもしれません。表面的には「正常化」するでしょう。ところが、その水面下では、従業員のやる気が損なわれ、企業(組織)は停滞し、活性化しなくなるのです。
独断専行のY氏は、まさに紛争を多発して組織の活性化の重大な阻害要因となったのでした。
 Y氏が理事長を退陣したとき、著者も大学をやめました。なかなか真似のできない英断ですよね。
この本には、沖縄で32歳の若さで戦死した父親の遺骨を探すために、150回をこえて沖縄に通っていること、そして、叔父(父の弟)が戦死したレイテ島へ遺骨を探しに行っていることも記されています。
沖縄の父親からは、戦時中に来た軍事郵便が30通も残っているとのことです。ところが、沖縄のどこにいたのかまでは書かれていません。軍歴簿には「昭和20年6月22日、沖縄本島米須 戦死」と書かれているだけ。
また叔父の遺骨を探しに、著者はレイテ島に何回も渡っています。
 実は、私もレイテ島には日弁連の公害現地調査で行ったことがあります。タクロバンにも泊まりました。かつての激戦地跡には原生林がなく、みな戦後になって植林したと聞きました。うっそうと茂ったジャングルは今はないのです。
 父親は、著者が生まれて1週間後に兵隊にとられています。我が子に会いたいというのが毎回のハガキに書かれていますが、その気持ちは本当によく分かります。
 戦争こそ最大の人権侵害。著者は、安倍政権の戦争法案の廃案を強く訴えています。
 著者の裁判も担当した福岡の川副正敏弁護士より贈呈を受けました。いい本を、ありがとうございました。
(2015年8月刊。1389円+税)
幼鳥2羽をダンボールに入れる。ヒヨドリは、かまびすしく周囲を飛びまわって鳴いている。
  どうしよう。2羽もいる。買ってきて、練り餌を与えてみるか、、、。やるだけのことはやってやろう。お盆休みで店は閉まっているかもしれない。心配したが、店は開いている。鳥カゴとペースト状になる幼鳥向けのエサを買う。
鳥カゴの組立は簡単なようで難しい。なんとか組み立て、ダンボール箱から2羽の幼鳥を鳥カゴに移し、ペースト状の練り餌を注射器みたいなもので幼鳥の口に押し込もうとするけれど、なかなかうまくいかない。
幼鳥2羽は、明らかに大きさが異なる。これも自然の掟だな。まずは大きいほうを無事に育て上げるのだ。
ヒヨドリの親がしきりに鳴いているので、鳥カゴのフタをはずして木の枝にぶら下げてみる。

戦争ごっこ

カテゴリー:朝鮮・韓国

(霧山昴)
著者  玄 吉彦 、 出版  岩波書店
 済州島四・三事件を子どもの目を通して自伝的小説です。
 戦前、数えで7歳になって小学校に入った。牛をたくさん飼っているので、村の人たちからは金持ちの家だと言われている。
 叔父は、漢文の本をたくさん読んだ長老として尊敬されている。
 叔父に召集令状がきた。家の中に雰囲気が一変した。ぼくは、叔父が兵隊になるのがこの上もなくうれしかった。ところが、他の人はそうでもないのが不思議だった。
 ぼくたち子どもは、戦争ごっこをした。日本兵と米軍とに別れて戦う。戦いは、いつも日本軍が勝った。
 ぼくは、日本の兵隊も死ぬということが理解できなかった。銃もある。刀もある。大砲もあるのに、死ぬなんてバカなことがあるものか。
 5歳上の兄がぼくの頭にげんこつを喰らわして叱った。
 「兵隊になるって?人を殺す兵隊になるというのか。このバカ!」
 叔父が戦死した。叔父は米軍のやつらと戦って死んだ。本当に立派で勇敢な人だと心から思った。
日本が戦争に負け、われわれが植民地支配から解放されたその時、ぼくは数えの8歳だった。それまで、学校では日本語ばかり勉強してきたので、ハングルはまったく知らなかった。
父は町長になった。ある晩、若い男たちがやって来て、父を連れ出した。父は帰って来なかった。二日目、村はずれの海岸の崖下の岩のあいだに死体で発見された。両手をしばられたままだった。
 パルチザンの襲撃で家を失った村人たちは、焼け跡に急場しのぎの風よけをして数日をすごした。やがて、派出所と小学校を中心にして、石で城壁を築きはじめた。
 山から下りてきたパルチザンは村を襲撃し、おおぜいの村人を殺した。討伐隊にとらえられたパルチザンザンたちは、学校や村はずれの海岸で処刑された。
 ぼくら子どもたちは、またもや戦争ごっこに熱中した。ゲリラを捕まえて処刑する戦争ごっこは、1年生にのときにやっていた米軍と日本軍の戦争ごっこより面白く興味をそそった。ぼく自身が父を殺されてパルチザンに憎しみをもっていたからだ。
 パルチザンは、本当にぼくの敵だったから、遊びといえども、やつらと戦って勝つと、気持ちがよかった。共産ゲリラによって家を失い、家族を失った子どもたちは、ゲリラを討伐する戦争ごっこに熱中した。ぼくらの戦争ごっこは、実際に起こりうる事件だった。
 「戦争って、だれが起こすのかしら?」
 「人間だろう」
 ぼくは、ためらうことなく答えた。
戦争中には、ぴりぴりして、浮き足立っている人々がいた。
 戦争に行った叔父やそれを見送った村の人たち、四・三事件のときの近所の人たちの目つきもそうだった。人が起こした戦争で人が死に、家を失い、故郷を去り・・・。
 戦争が、どのような状況で起きるのか、そして進行していくときの社会状況を生々しく再現した小説です。いま、安倍首相と自民・公明の両党は日本と世界の平和を守るためと称して、嘘八百を平気で並べ立て、国民をだまして戦争へ駆り出そうとしています。
 弁護士会は、多くの憲法学者、歴代の内閣法制局元長官などとともに、この憲法違反の安保法制法案の廃案を目ざしてがんばっています。ぜひ、一緒に声をあげてください。
(2015年3月刊。2700円+税)
巣から何かが落ちてきました。
 ヒヨドリの幼鳥です。あっ、子育て中だったんだ、何があったのか。幼鳥は、地上の草むらで鳴いている。どうしよう・・・。
 まだ2羽のヒヨドリはうるさく鳴いている。あれれ、巣からヒモがぶら下がってきた。えっ、ヘビだ。ヘビ。ヘビが木の枝にぶら下がって、口には、もう1羽の幼鳥をくわえている。緑っぽい、白いヘビ。そして、揺れたあげく、どさっと落ちた。
 きっとアオダイショウだ。あーあ、2羽目の幼鳥は食べられてしまったな。
 一羽目の幼鳥が地上で鳴いているのを見つけた2羽のヒヨドリは、近くを飛びまわる。
 このままにしたら、2羽ともヘビに食べられてしまう。それも可哀想。とりあえず、ダンボール箱にその幼鳥を入れてみた。
 すると、ヘビが落ちた草むらで何かが動いた。もう一羽も助かったのだ。
 

羽生善治・闘う頭脳

カテゴリー:人間

(霧山昴)
著者  羽生 善治 、 出版  文春ムック
 私は囲碁も将棋もやりませんし、出来ません。それでも、名人の話は聞いてみたいと思って読んでみました。さすが名人の語りには学ばされます。
スケジュール調整は半年先まで進めている。しかし、将棋の戦術的な面は、日進月歩、ほんの2週間くらいで更新されて進化していくので、数ヶ月先の大局をいま考えても仕方のないこと。
ええっ、そ、そうなんですか・・・。日進月歩とは、恐れ入りました。
 30年間、ずっと棋士を続けてきた理由は、将棋の全容を少しでも解明したいから。
 将棋の局面の可能性は、10の220乗通りもある。そのうち、この目で見ることができるのは、0.1%もない。
 将棋の戦術の「賞味期限」は、かなり短くなっている。昔のように独自の研究成果を秘密兵器として、ここ一番の大局にぶつけてやろうというやり方は、今では不可能に近い。
 「今日は長くなりそうだな」くらいの心持ちで、先のことを考えずに自然にたたかっていると、時間のたつのを忘れていて、気がつくと夜中になっていたということがある。時間を忘れるくらい、集中できていること。
先のことを思い悩まない、深く考えすぎないということが、将棋の場合、集中力を高めるために、とくに大切だ。
 勝負にミスはつきもの。そう覚悟して、ミスを少なくするように努力していくしかない。
局面を「読む力」は、若いころのほうがあった。しかし、「読まない力」「大局観」は経験を経るごとについてきている気がする。
 勝負を決めているのは、実は、知識でも頭の回転でもなく、最後は「負けたくない」と思う気合いや、努力しても勝ちに恵まれないときにも持ちこたえる根性といった、泥臭い能力が大きい。
 一回の大局で、水を2リットルくらい飲む。
 日本の将棋の今のルールは、江戸幕府ができたころに確定した。
 「持ち駒の再利用」というのは、世界のどこにも例をみない、日本の大発明。
 今のコンピュータ将棋は、人間の指す将棋とは明らかに異質。棋譜を見たら、人間が指しているのか、コンピュータが指しているのか、すぐに分かる。それは、将棋という一つの題材に対するアプローチの仕方がまったく違うから。
 すごいですね、さすがは名人ですね、コンピュータ将棋がどうかすぐに分かるだなんて・・・。
(2015年3月刊。1000円+税)
 お盆休み、久しぶりに大雨が降りました。庭の手入れができます。コチコチに固まっていた土を掘り起こします。午後、まだ陽は高く、熱中症にならないように用心しながら、なるべく深く掘り上げ、そこにコンポストの枯草や生ゴミ(EM菌をふりかけているので臭いはしません)を埋め込むのです。
 いつにもなく、ヒヨドリがすぐ身近にやってきて、うるさく鳴いています。目の前の枝に止まったヒヨドリは口にエサの虫をくわえています。スモークツリーの木をヒヨドリが2羽しきりに、甲高く鳴きかわしながら、ぐるぐる2羽ともまわっています。今ごろが交尾の時季なのかな。求愛ディスプレイなのだろうか。
 枯れ草投入をしばし中断し、椅子に腰かけて眺めていました。それでも、2羽のヒヨドリはうるさく鳴き、せわしく木の枝を縫うようにして飛びかっています。求愛ダンスには長すぎるな・・・。
 しびれを切らして穴掘り、枯れ草埋めを再開します。
 娘が庭に顔を出して、スモークツリーの木の上のほうにヒヨドリの巣があるのを発見しました。初めてのことです。たしかに、葉にかくれるようにして巣がありました。
 巣があるのに、ヒヨドリが騒いでいる。まさか・・・。

吾輩は猫画家である

カテゴリー:ヨーロッパ

(霧山昴)
著者  南條 竹則 、 出版  集英社新書
 夏目漱石の「吾輩は猫である」は、この猫マンガを見て着想を得たと指摘されています。なーるほど、なるほど、と納得できました。
 イギリスのルイス・ウェインという猫画家について、その描いた猫の絵とともに紹介されている本です。
 夏目漱石がロンドンに留学したのは、1900年から1902年にかけてのこと。当時、イギリスではルイス・ウェインが人気絶頂で、その人間的でユーモラスな猫たちは、本や雑誌そして絵葉書にあふれかえっていた。
 猫たちが、人間そのものの動作をしていて、ついくすっと笑ってしまいそうになる楽しい絵のオンパレードです。
 絵は独立独歩を好むように見えながらも、その実、社会的な動物でもある。屋根の上だの原っぱだのに集まって、人知れず集会をしている。猫の夜の集会を撮った写真をのせた本を、このコーナーでも前に紹介しましたが、なんだか不気味な集まりです。
 ルイス・ウェインは、たくさんの猫の絵を描いたものの、絵を売るごとにその版権まで売り渡したため、膨大に増刷された絵葉書から、ほとんど収入を得ることができなかった。まったく利に疎かったのです。おかげで、老後は最貧の生活を余儀なくされていました。それを知った人々がカンパを募って、なんとか救われたようですが・・・。
 猫派の人にとっては、たまらない猫の絵尽くしの本です。
(2015年6月刊。1200円+税)

化け札

カテゴリー:日本史(戦国)

(霧山昴)
著者  吉川 永青 、 出版  講談社
 真田昌幸を描いた小説です。面白く、一気に読み通しました。
 境目の者、敵との最前線にある者は向背勝手、つまり危うくなったら寝返りも致し方なしとみなされる。武士だけではない。百姓も自らの身を守るため、双方の勢力に年貢を半分ずつ納めることが認められていた。戦乱の世ならではの習いである。
 岩櫃や沼田は真田昌幸が武田勝頼から引き継いだ地である。その武田を見限って北条に擦り寄り、織田軍が兵を向けたと知るや、そちらになびいた。織田信玄が横死すると上杉に付き、上杉の苦境を知って北条に帰順する。そして、真田は徳川に鞍替えした。実に5度目の寝返りだ。
武田を見限って、北条、上杉、そして徳川、果ては豊臣に付き、付いては離れ、騙し化かしてきた。それでも兵や政は武田流を貫いている。
 軍においては無駄口をきかず、戦においては敵の出鼻をくじき、勢いありと見れば一気に叩く。
歌留多札には幽霊が描かれているものがある。化け札、鬼札、幽霊札、いろいろの呼び方がある。ほかの全ての札に変えて使える。相手を化かす札である。
 「ならば、この真田昌幸、化け札になってやる」
 巷間にそしられることを承知で、真田家のため、民百姓のために武田を見限るのだ。誰に分かってもらえずとも構わない。だが、本領の安堵のみ、生き残りのみに汲々とするのみでは終わらせない。
 北条が、織田が恐れる真田は、そこまで安くない。真田一族が、北条、上杉、武田、徳川、そして織田、秀吉という大勢力のなかでしぶとく生きのびていく様を見事に描いていて、読ませる本です。
(2015年5月刊。1850円+税)

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