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光とは何か

カテゴリー:人間

(霧山昴)
著者 江馬 一弘   出版 宝島社新書
 
光って、不思議な存在ですよね。そして、色も本当はない、なんて言われると、いったいこの世の中はどうなっているのかと自分の身のまわりを見まわしてしまいます。
色は、この世界に実在するものではない。光の波長の違いを脳が「色」というイメージで認識しているだけのもの。色を実際に「見ている」のは脳であり、色という感覚をつくり出しているのは心なのだ。光(可視光)には、色の感覚を引き起こす性質があるにすぎない。光そのものに色がついているのではなく、特定の波長の光を受け止めたということを、脳は「色」として把握している。
物質の中で電子が振動すると、光(を含めた電磁波)が生まれる。電子が振動すると、振動する電球が生まれて、それが波のように空間を伝わっていく。これが光(を含めた電磁波)である。
電子が振動すると、光が生まれて、周囲に広がる。光を受けると、電子が振動を始める。光は、波としての性質と、粒としての性質をあわせ持つ、不思議な存在なのである。
光は、自分ひとりでは何もできないし、何の現象も起こさない。
光がほかの物質と出会うことで、初めて何かが始まる。光の速さは無限ではない。1秒間に29万9792.458キロメートルの速さだ。そして、逆に、1メートルとは、光が2億9979万2458分の1秒間に進む距離だと定義されている。なんだか、分かったような、とても分からない話ですよね、、、。
光通信に使われているレーザー光は可視光ではなく、近赤外線だ。
近赤外線領域の光は、もっともガラスに吸収されにくいからである。なので、光通信とは、正確には赤外線通信なのだ。
この本の末尾に参考文献として『夜空の星はなぜ見える』が紹介されています。私もずいぶん前に読みましたが、とても素晴らしい本ですので、ぜひご一読ください。
夜空にたくさんの星が出ています。でも、星は無数なのですから、本当は、満天がすべて星だらけになっていないとおかしいはずです。でも、そうなっていません。どうして、、、?
また、ひとつひとつの星はあまりにも小さくて、人間の網膜に届くとは思えません。ところが、何万光年先の星を地上の私たちは見ている。なぜ、、、?
考えてみれば、この世の中、不思議なことだらけですね、、、。
憲法違反の安保法制法を無理矢理に成立させたアベ政権の支持率がまだ3割を下まわらないというのも、私にとっては理解しがたい、不思議な話でしかありません。
(2014年7月刊。900円+税)
 

スープを売りたければパンを売れ

カテゴリー:社会

(霧山昴)
著者 山田 まさる   出版 ディスカバー
 
品川区の戸越(とごし)銀座には、東京一長いことで有名な商店街があるそうです。もちろん、シャッター通り商店街ではなく、買物客で活気あふれる地元の商店街です。
そこにある鮮魚店(「魚慶」)は、毎週土曜日に、店内で「お刺身バイキング」を開催しています。
店内に並べてある刺身は20種類以上。客は、順番が来たら、好きなものを好きなだけ注文できる。3点で1000円、4点で1350円(消費税別)。
店は、客から注文を受けてから魚をさばいていきます。それがガラス越しに見えます。作り置きしないのは、鮮度のいい魚を提供し、集客効果を狙ってのことです。客は商品を受けとると、出口付近のレジで代金を支払います。
この「刺身バイキング」を目がけて客が列をつくるというのです。すごい魚屋さんですね、、、。
塩の専門店もあります。日本内外の塩39種類が売られています。デリカテッセンコーナーでは、おにぎりやコロッケなどが売られていて、買った塩で味つけして楽しめるのです。
味の素のクノールスープは、購買量を伸ばすために、「つけパン」「ひたパン」キャンペーンを展開した。スープを主役でなく脇役にし、パンを主役としてスーパーの購買アップを狙ったのでした。大当たりです。この本のタイトルどおりの結果が出たのでした。
子どものためと思われたぬり絵が、今や大人のためになっているのですね。知りませんでした。累計で430万部も売れているそうです。
大人のぬり絵は、色を選び、指先を使うワークが脳の活性化につながり、家族や友人との会話も弾む。創作意欲を刺激し、自己表現を実感できる楽しさがある。
モノを売る現場で、いかに売るかだけでなく、いかにして買った人から喜ばれるようになるか。そのヒントが満載の本でした。
(2015年6月刊。1500円+税)
 

江戸日本の転換点

カテゴリー:日本史(江戸)

(霧山昴)
著者  武井 弘一 、 NHK出版  
 銅銭を日本へ輸出していた明(中国)に日本から銀が輸入されるようになって、基準通貨が銭から銀へ移行しはじめ、銭の発行・流通が不安定となった。南米産の銀も明(中国)まで銀経済圏になってしまった。これにより、日本では銭の供給が途絶えて、銭不足となった。そこで、安定的に税を確保するため、米で年貢が納められるようになった。
加賀藩では、百姓は毎食でなくても、米を食べていた。百姓が食べていたのは、大唐米というインディカ型(長粒米)の赤米。赤米は、新田におりる稲作のパイオニアの役割を果たしていた。 
水田には一種類ではなく、バラエティに富んだ米が育てられていた。百姓は変わり種を選び、各地から新種を導入して試し植えをして、収穫量の多い、病気や虫害に強く、しかも味の良い米を求めた。
ため池は、田んぼに引き込む水が冷たすぎないように、水を溜めて温めていた。 
畦(あぜ)で育てられた豆を畦豆(あぜまめ)とよぶ。これで自家用の味噌がつくられるようになった。そもそも畦は、検地の対象外であった。
牛革は良質で加工がしやすい。馬皮は、強靱さや防水などの点で劣る。馬より牛のほうが、皮革の商品価値は高い。結果として乾田化で多くのウシが飼育されるようになって、西日本ではえたが増えた。
肥料は、農業生産力を向上させるだけではない、それを入手できるかどうかが、百姓の経済的な格差をもたらしたのだろう、、、?
江戸時代の米づくりの実情などについて、教えられるところがありました。差別用語は歴史的事実として引用していますので、ご容赦くだい。
(2015年4月刊。1400円+税)

軍艦島の生活

カテゴリー:社会

(霧山昴)
著者  西山夘三記念すまい文庫 、 出版  創元社
 長崎の無人島、端島は軍艦島と呼ばれ、今では日本でも有数の知名度を誇っています。
 私は行ったことがありませんが、私の家族は行っています。軍艦島ツアーは、今や人気抜群なのです。今では完全な廃墟となっていて、無人島なわけですが、最盛時には、5000人もの人々が住み、小中学校、そして幼稚園、映画館などもあって炭鉱の島として栄えていたのでした。そこに住んでいた人は、当時をなつかしみ、パラダイスだったといいます。
 「何もかもあけっぴろげで、住民同士みんな思いやりがあり、おまけに住居費はタダ、光熱費も安く、賃金も悪くない。5年がんばれば炭鉱年金がつく。こんなに住みよい天国のようなところは他にない」
 本当にパラダイスだったのか・・・。この本は、疑問を呈し、写真とともに実情を明らかにしています。この島に住むと、外部との電話は「外勤詰所」の公衆電話しかなく、夫婦ゲンカをすると、その日のうちに会社に伝わる。完全な管理社会。会社による労働者の生活管理はズボラ休みを防ぎ、出稼率を上げ、島内の秩序を維持するため、徹底的に行われた。
坑内事故によって、215人の犠牲者も出ている。
水道、ガス、水洗便所、家電や家具の普及は早かった。
水問題は深刻であり、海が荒れると、島はまったく絶縁状態になる。
 水洗便所といっても海水を利用するので、十分に腐敗しないまま海に放流することになって、衛生上の問題があった。
部屋に風呂はなく、共同風呂だった。
 この本には、1952年と1970年に住宅調査に入った西山調査団による写真がたくさん紹介されていて、軍艦島での人々の生活の様子が生々しく再現されているのが最大の特色です。その意味で、本当に貴重な本だと思いました。
     (2015年6月刊。2500円+税)

エンタテイメントの作り方

カテゴリー:社会

(霧山昴)
著者  貴志 祐介 、 出版  カドカワ
  小説の本質は妄想である。
  この言葉を読んで、のっけから、私はとても小説家になれそうにはないと腰が引けてしまいました。いえ、私が妄想しないというのではありません。しかし、すぐに現実論が妄想を追い払ってしまうのです。
  いかに詳細に説得力をもって妄想できるかが、勝負の分かれ目なのだ。そして、どこまでオリジナリティのある、つまり異様な妄想を紡(つむ)げるのかが重要なのである。
  うひゃあ、ここまで言われたら、モノカキ思考の私としても新たな壁に挑戦せざるをえません。難しいですが、がんばります。
小説のアイデアというものは、じっと待っていれば天啓のように降ってくるものではない。アイデアの種を拾い上げるためには、こまめにメモを取ること。アイデアらしきものが脳裏をよぎったら、すかさずメモして、ストックしておく。常にメモを携帯することは欠かせない。
  アイデアメモが、着想を掌中に引き込むための第一の役割を果たす。
 アイデアは、一瞬のひらめきのことが多い。浮かんだら、そのつどメモしてつなぎとめておくことが重要。忘却とのたたかいだ。そして、なるべく早くアイデアノートに整理する。面倒くさがらすにこまめにメモを取り、それをアイデアノートに昇格させていくことを習慣化する。
  実は、私も長年これを実践しています。トイレの中にこそメモ用紙は置いていませんが、寝室のそばに、また車中にメモ用紙と太ペンを常時おいています。寝ているときに浮かんだアイデアは、起き上がって明かりをつけてメモします。車中では、交差点で停まったときに素早くメモしています。いいアイデアが生まれたと思ったとき、かえってスムースに車が流れてメモができず、そのうち忘れることがあります。そうならないため、走行中でも、脇見運転にならないように注意しつつ、太ペンでメモに殴り書きします。このときのメモ用紙はカレンダーの裏紙を使います。ちょうどよい固さなのです。
想像力を膨らませる思考訓練をする。日常生活によくあるフツーの出来事を「ひとひねり」してみるのだ。アイデアには、熟成期間が必要だ。
想像力をめぐらせて、現実にはありえない世界をつくり出していく。これこそが小説の大きな醍醐味と言える。
 ジャンルやメディアを問わず、多くの作品(前例)に触れておくことは、クリエイティブを志す人間にとって大切なこと。いつか必ず血となり、肉となる。
 私が書評として、こうやって毎日一冊の本を紹介しているのも、いつかきっと私の小説(ベストセラーを目ざしています)の血となり肉となる、こう信じてのことなのです。
 すべての判断基準は、面白いかどうか、なのである。
これまでの私には、この観点がまったく欠けていました。自分として訴えたいこと、そればかりが先行していて、読み手の身になっていなかったのです。それで、いま挑戦中の小説には「面白味」を最大限もり込みたいのですが、日々の生活が面白味に欠けると、それもまた困難です。
 実在の舞台をつかうときには、できるだけ現地をつぶさに、足で歩くように心がける。すると現場にしか存在しない、無形の情報が価値を持ってくる。取材はディテールを深めるために有効な手段だが、知ったことをすべて使わないのも鉄則だ。
 キャラクターの名前は、意外に重要だ。主人公には、現実離れしない程度に「華」のある名前をつけたい。
 私も、小説の登場人物のネーミングには、それなりに気を使っています。
主人公は、読み手がごく自然にその心中を想像できる人物でなければならない。読者の感情移入を促すためには、読者に近い立場のキャラクター設定するのが有効。
 一行目の書き出しがスムースに口火をきれるかどうかは、自分自身がどれだけその世界に入り込めているかにかかっている。
 文章における読みやすさとは、万人にとってストレスなく読み進められるものであることが第一条件である。
 文章におけるスピードとは、各スピードではなく、あくまでも読むスピードだ。
 やたら漢字を使いすぎると、読む人に過度のストレスを感じさせてしまう。
モノカキをモットーとしている私にとっては頂門の一針という点が多々ありましたが、小説家を目ざす人にとって必読文献だと思った本です。
(2015年8月刊。1400円+税)

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