(霧山昴)
著者 リンジー・フィッツハリス 、 出版 人文書院
第一次世界大戦に従軍した兵士たちのなかには顔を大きく損傷した兵士たちがたくさん生まれました。
手足を失っただけの兵士は英雄となった。しかし、顔を失った兵士たちは醜い外見に寛容でない社会において怪物となった。
ところが、そこで外科医が奮戦努力して、顔の回復を目指したのです。この本の原題は「フェイスメーカー」ですから、顔をつくった人々、つまり形成外科医の始まりなのです。
顔を大きく損傷するというのは、死に匹敵するダメージを与えるものです。紹介された写真を見ると、はじめはまさしく「怪物」です。ところが、うまくいくと、ちょっとおかしいけど、「フツー」の顔にまで回復できるのです。たいしたものです。人間の顔にも復元力があるのですね…。
塹壕(ざんごう)戦では、その性質上、顔面の負傷が高い頻度で発生した。
戦車は砲撃には脆弱(ぜいじゃく)で、搭乗員はありとあらゆる怪物を負いやすかった。被弾すると、無防備の燃料タンクが炎上して火傷(やけど)を負った。
顔を損傷した兵士は、戦争から戻ってくると、孤独な生活を自ら選ぶ場合が少なくなかった。
頭部を損傷した兵士の姿には戦争で鍛えられた看護婦ですら使う撃を受けた。
顔の組織の欠損に対処する簡単な方法などなかった。手術するなら、まずは患者の体力を維持することが肝心だというのは分かっていたので、食事に特段の注意が払われた。
顔の再建手術は段階的に行う必要がある。1人の患者に15回もの手術が必要なことがある。性急に手術すると、組織を取り返しのつかないほどダメにしてしまう。明日まで延ばせることは今日やるべからず。
砕かれた腕は憐れみを誘い、失われた足は同情を呼び起こすが、砲弾の破片で破壊された顔は、少なからぬ嫌悪を覚えずにはいられない。そんな兵士の損傷した顔を外科医のギリースたちは努力を重ねていった。
ギリースは、形だけでなく、機能についても心を配った。
ギリースは、内側から補都側へと順に取り組んだ。最初に内側の膜を再建し、それから骨や軟骨などの構造を支え、最後に皮膚を処理した。そうすることで、見た目にも機能にも満足できる結果を得ることができた。
上腕から皮弁を一部とって鼻の形をつくり、それを損傷した鼻腔に縫合するという新たな技法。上腕を40日間のあいだ、包帯で顔の近くに吊り上げて固定した。その後、新しい「鼻」を腕から切り離し、残った皮膚の形を整えた。この方法は、顎や頬から皮膚をとらないので、顔をさらに傷つける必要がない。
まず気道を保護するため、露出した傷に植皮片をあてがった。それから助骨の下から軟骨組織を採取し、それを矢じりの形に整えた。これがゆくゆくは鼻腔を形成する小鼻を側面から支えるものになる。これを顎の生え際近くに移植し、6ケ月間そのままにしておく。次に鼻腔側の裏打ちを再建するためのインレー移植片をつくり、これをその軟骨組織の下に埋め込む。安定した血流が確保されると、軟骨組織とインレー移植片を下方に移動させ、鼻柱をつくる。それから、その鼻柱を兵士の頬から立ち上げた皮弁で覆う。こうやって鼻は再建した。
病室に鐘はない。しかし、兵士に自分の顔を見ないでおくのは、いつも簡単なことではなかった。顔の傷は、心も傷つける。
厄介なのは、手術する前に、砕けた顎(あご)の骨を並べなおして固定しなければならないこと。ところが、そのあいだ患者は顎を動かせないため、固形物が食べられない。3ケ月から12ケ月も液状の食事をとることになる。簡単なことではない。
ギリースは、外見が人の心にいかに影響を与えるか、身をもって学んだ。ギリースは、患者を楽しい気分にさせることを、とくに気にかけた。
顔面再建手術の創成期の苦難の取り組みを始めて知りました。それにしても戦争って、こんなにも残酷なものなのですよね。軽々しく「集団的自衛権を行使したらいい」なんて言ってほしくありません。
(2025年9月刊。3800円+税)


