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ブラッドランド(下)

カテゴリー:ヨーロッパ

(霧山昴)
著者  ディモシー・スナイダー 、 出版  筑摩書房
 ミンスクに住むベラルーシ人やロシア人は、しばしば友人が同僚がユダヤ人かどうか知らなかったり関心がなかった。
森林や湿地に恵まれたベラルーシは、パルチザン戦にはもってこいの土地だった。ヒムラーとヒトラーは、ユダヤ人の脅威とパルチザンの脅威をひと括りにした。ナチス・ドイツは、しばしばユダヤ人男性の妻子を人質にとり、もう一度、家族の顔が見たければ、森へ行って情報を持ち帰れと迫った。だから、ユダヤ人のスパイは少なくはなかった。
パルチザン活動は、しばしば成果をあげたものの、結果として、必然的に民間人の命を奪ってしまうことがあった。
ゲットーに残ってドイツのために働くユダヤ人も、ゲットーを出て自主的に行動できる能力を見せたユダヤ人も、いずれにせよ、スターリンに言わせれば、要注意人物だった。
 1941年から42年にかけて、ナチスの機関に入ってユダヤ人を殺したベラルーシ人が、43年には、ソヴィエト・パルチザンに入った。いずれかの側について戦い、死ぬはめになったベラルーシ人にとって、それはしばしば「運」の問題だった。いずれの陣営も、新入りがその場の成り行きで加入を決めたことを知っていたので、新入りには、敵として戦って捕まった友人や家族を殺すという冷酷きわまる任務を与えて、忠誠心を試した。
ポーランドのパルチザンは、非道で知られるドイツとソ連の武装集団にはさみ撃ちにされる形になってしまった。
ドイツ軍が殺戮ゾーン作戦という手段に出たことは、まもなくソ連がベラルーシに戻ってくることを意味した。ドイツ占領下ソ連のどの地域でも、ナチス・ドイツはほとんどの住民がソ連の復帰を望むように仕向けてしまった。ドイツ人のほうが殺人者としては残忍だったし、ドイツ人による殺戮のほうが記憶に新しかったため、現地住民の目にはソ連政権のほうがまだましに見え、解放者とさえ思えた。
ベラルーシほど、ナチスとソ連のシステムが重なりあい、影響しあった地域はない。そこは、ヨーロッパでもユダヤ人がとくに多かったが、住民の抵抗能力が並外れて高い地域でもあった。ミンスクをはじめとするベラルーシのユダヤ人は、ほかのどの地域のユダヤ人よりも激しくヒトラーに抵抗した。ドイツ国防軍の報告書にパルチザン1万人以上を殺害したと書かれているが、押収した銃は90挺のみ。つまり、殺害された人のほとんどは実際には民間人だった。そして、他方のソヴィエト・パルチザンは、ベラルーシで1万7千人を裏切り者として殺害したと報告している。
ワルシャワ蜂起は、ドイツを負かすことが出来ず、ソ連にとっては、ちょっとした不快の種でしかなかった。赤軍はワルシャワの手前で思いのほか頑強なドイツ軍の反撃にあって足止めを食っていた。ドイツ軍は東部戦線で結束した。ソ連にとって、ワルシャワ蜂起は望ましいことだった。なぜなら、ドイツ人だけではなく、独立のために命がけで戦うポーランド人も大勢が死ぬことになるからだ。スターリンは、アメリカに対して、自分がポーランドを支配するつもりであり、ポーランド人闘士が死んで蜂起が失敗に終わったほうが望ましいと考えていることをアメリカに伝えた。
ヒトラーとスターリンによる大虐殺の真実が繰り返し明らかにされている労作です。上下2巻もあり、実に重たい本ですが、真実から目をそむけるわけにはいきません。戦争というもののむごさをひしひしと感じさせられました。
(2016年2月刊。3000円+税)

金日成と亡命パイロット

カテゴリー:朝鮮・韓国

(霧山昴)
著者  ブレイン・ハーデン 、 出版  白水社
 朝鮮戦争が休戦となってまもなく、北朝鮮のパイロットがソ連製の新鋭ミグ15戦闘機に乗ったまま韓国に亡命した。本当にあった話なんですね、驚きました。
ミグ戦闘機といえば、函館空港に降り立ったソ連のパイロットがいたことを思い出しました。ベランコ中尉と言ったでしょうか・・・。函館でも、韓国の金浦空港でも、警戒されることもなく、無事に着陸できたのでした。
北朝鮮のパイロットの父親は、実は、日本の「日窒コンツェルン」の幹部社員でした。あのチッソの前身の企業です。このような父親の出身成分をうまく隠して、北朝鮮のエリートとも言うべきパイロットになったのでした。
1950年6月25日、北朝鮮は南侵を開始した。朝鮮戦争の始まりです。北朝鮮軍は怒涛の勢いで南下していった。しかし、北朝鮮には、戦闘の初日から克服しがたい弱点があった。空から攻撃されたら、壊滅しかねないということ。空軍は生まれたばかりで、訓練されたパイロットは、まったく足りない。当時の朝鮮人民軍にはパイロットが80人しかいないうえ、いくらか役に立つのは、そのうち2人だけだった・・・。
北朝鮮の空軍は、パイロットの飛行技術より、政治的忠誠を重視していた。政治将校はパイロット訓練生を注意深く観察し、単独飛行の機会をとらえて韓国に亡命しそうな者を特定して排除しようとしていた。亡命を考えていた盧は、それを隠すために愛国心の隠れ蓑を着る必要があった。そこで、親共産主義の新聞を創刊し、熱狂的共産主義者として、その編集長に就任した。
ソ連製のミグ15は、アメリカのどの飛行機より時速160キロも速かった。ソ連は、ミグ戦闘機を1万2000機も製造した。しかし、ミグ15は、速度は速くても、壊れやすく、乗り心地は悪く、操縦が難しかった。
1953年3月5日、スターリンが死んだ。
1953年9月21日、盧は北朝鮮を朝9時7分に飛び立ち、韓国の金浦空港に9時24分に着陸した。5年8か月かけて亡命計画を立てたが、実際の亡命飛行に要したのは17分間のみ。金浦空港にいたアメリカ軍は不意打ちを喰った。誰も敵のミグ戦闘だとは気がついていなかった。
北朝鮮はこの亡命を発表できずに「無視」した。そのため、ミグ15機は、今もアメリカの空軍博物館にあって展示されている。そんなこともあるんだねって、不思議な気がしました。
(2016年6月刊。2400円+税)

姉・米原万理

カテゴリー:人間

(霧山昴)
著者  井上 ユリ 、 出版  文芸春秋
 私は米原万里のファンです。彼女の本のすべてとは言いませんが、かなり読みました。
 毒舌に近い、舌鋒鋭い文章に何度となくしびれました。私よりいくらか年下ですが、尊敬していました。まだ56歳という若さでなくなってしまったのが残念でなりません。本人も本当に心残りだったと思います。
 ロシア語通訳として「荒稼ぎ」もして、「グラスノチス御殿」を建てて鎌倉にすんでいたようです。結婚願望がなかったわけでないようですが、「終生、ヒトのオスは飼わな」かったというのも、男の一人としてなんとなく分かる気がしています。
 妹から見た姉・万里の実像が惜しげもなく紹介されていますので、読みごたえがありました。父親の米原いたるは鳥取の素封家に生まれ、共産党の代議士にもなった大人物です。 
両親とともにチェコに渡って苦労した話から始まります。両親は、どちらもかなりおおらかな人柄で、娘たちを伸び伸び、自由奔放に育てたようです。
 米原家は、みんな大食い、早食いだったとのことです。そして、食べ物に目がなく、食べ物を愛したようです。料理研究家である著者は、まさしく、その趣向を一生の職業としたわけです。
 タルタルステーキの話が出てきます。私が初めてフランスに行ったとき、マルセイユで同行してくれたフランス人が目の前でいかにも美味しそうにタルタルステーキを食べました。生の牛肉に生卵をのせた料理です。私も食べたかったのですが、旅行中なのでお腹をこわしたらいけないと思って、なんとか我慢しました。日本に帰ってから探しても、タルタルステーキを食べさせてくれるところはなかなか見つかりませんでした。魚のカルパッチョはあるのですが・・・。ついに東京のホテルでメニューを見つけたとき、すぐに注文しました。
 怖いもの知らずの万里は、実は、知らないもの、食べなれていない物はダメだった。食べ物に限らず、新しい事態にぶつかると、ちょっと怖じけて、二つの足を踏んだ。
 ええっ、これは意外でした。そして、万里はアルコールコーヒーもたしなまなかったというのです。ウォッカなんて何杯のんでもへっちゃら、そんなイメージのある万里なのですが、意外や意外でした。そして、万里は抹茶をたしなんでいたとのこと。びっくりします。
 そして、米原万里はモノカキになる前、詩人だったのですね。なかなか味わいのある詩が初公開されています。たいしたものですよ・・・。
 トルコあたりのリルヴァというお菓子が世界一おいしいとのこと。私もぜひ食べてみたいと思いました。
 米原万里ファンの人なら必読の本です。
(2015年6月刊。1500円+税)

鉄客商売

カテゴリー:社会

(霧山昴)
著者  唐地 恒二 、 出版  PHP研究所
 国鉄が解体して、JRという民間会社になり、良い面だけが一方的にもてはやされる風潮に私は納得できません。私の好きなフランスでは、いまもフランス国鉄ががんばっています。もちろん労働組合もストライキもフランスでは健在です。
 今や日本ではストライキは死語同然。労働組合というのも労務担当(労務屋)の別称で出世階段の一つというイメージが強くなっています。労働組合が弱くなって大きな社会問題になっているのが非正規雇用とワーキングプアーです。
 若者にとって正規社員として就職する可能性がないとか、ブラック企業で死ぬまで酷使されていても耐えるしかないというのは、どう考えても異常な社会です。
 この本は国鉄解体をすすめ、営利本位になったことを自慢している本だと言って切り捨てることも出来ます。労働者は、経営者の言うままに働く存在であればいいという考えが底流にあるのでしょうね・・・。
 まあ、そんな先入観をもって読んでも、商売の論理を実践した本だと割り切って読むと、たしかに参考になるところがあります。
 ただ、「JR九州大躍進の極意」とサブタイトルにありますが、やっぱり列車は安全第一で運行してほしいし、事故対応もきちんとしてほしいという不満を私はもっています。ホームの無人化だなんて、最悪ですよ。安全性無視はいけません。
 1992年度のJR九州の飲食店は大赤字をかかえていた。原因は何か・・・。「気」がない。覇気がない。活気がない。元気がない。やる気がない。気づきがなり。死んだような店になっている。外食事業部門は、はじき飛ばされた人間が中心になって支えていた。
 ノウハウ本の大切な読み方は二つ。
 一つは、気に入った本を一冊、何回も読み返す。
 二つは、書かれていることをまるまる信じ、書かれているとおり全部を実行する。
 半信半疑で、適当につまみ喰いしても、うまくはいかない。
 会社の強さは店長会議で決まる。店長会議では、トップが一人で、方針のすべてを繰り返し語る。聞き手は前の話をほとんど忘れているから、トップは大事なことを何度も語る。
 売上に対して原価率が30%、人件費率が30%あわせて60%というが、もうかる店の標準だ。飲食店の従業員の大半がパートかアルバイト。
 その割合の全国平均は90%いろんな分野で、金持ち層をターゲットにした商業が発展しています。JR九州で、いうと「ななつ星」です。高収入を目ざすには良いことなのでしょうが、そんな超高級の旅行とは縁のない人々も多いということを、JR九州としても忘れてほしくないと思ったことでした。くり返しますが、駅の無人化はやめてください。とりわけ新幹線駅の無人化なんて怖すぎます。
(2016年6月刊。1500円+税)

虫のすみか

カテゴリー:生物

(霧山昴)
著者  小松 貴 、 出版  ペレ出版
 私たちの身のまわりには、庭にも道ばたにも土の中にも、虫たちの不思議な巣であふれているのですね。そのことを満載した写真によって実感できる、楽しい虫の本です。
アリジゴクの主(ぬし)は、ウスバカゲロウの幼虫だったんですね。アリジゴクは、獲物をつかまえると食べるのではなくて、巨大なキバを獲物の体内に突き刺して、中身を吸い取ってしまう。そして、アリジゴクは糞をしない。成虫(ウスバカゲロウ)になったとき、まとめて大きな糞をする。ええっ、そんなことが可能なんですか・・・。
ハチやアリ、シロアリの多くは集団で分業して社会生活を送る。まるで人間のように洗練した高度な社会をもっている。だから、ある高名の昆虫学者が「利口ムシ」だと評した。それに対して、一人で好き勝手に食べて寝て暮らすだけの虫は「馬鹿ムシ」だと評する。しかし、著者は逆だと主張します。
群れなければ何ひとつまともな生活が出来ず、ひとりにされたら惨めに野垂れ死にする社会性昆虫こそ「馬鹿ムシ」であり、誰に教わるわけでもなく、たった一人で精巧な巣をつくり、毒針で狩りをする狩人蜂こそ至高の「利口ムシ」だと・・・。なるほど、ですね。
ヤマアリは強力な蟻酸をもっている。鳥のなかには、わざとアリ塚の上に降り立って暴れ、アリの蟻酸攻撃を受けることで、羽についた寄生虫を退治する「アリ浴び」の習性をもつものがいる。人間も、戦争中、服を洗うことが出来ないとき、ノミやシラミが湧いて困ったら、服をアリ塚に突っ込んで消毒していた。
うひゃあ、そんなこと知りませんでした。そんなことも出来るんですね・・・。
軍隊アリは、ジャングルにはなくてはならない存在である。軍隊アリは、ジャングルの空間にいちばん多く優先して生息する生物を一掃してしまうので、その区画内に「空き」が生まれる。そのことによって、森の生物の種の多様性をつくり出している。なるほど、そういうこともあるんですね。
東南アジアの国にはツムギアリの「アリの子」を食用にしているところがある。アリの幼虫をスープに混ぜたり、お米と一緒に炊いて食べる。かなり酸味の利いた味。まずいというのではないが、決して美味しくもない。そして、ツムギアリの巣を落として、その幼虫を鳥の餌にもしている。
攻撃的なツムギアリは、しばしば害虫駆除のために活用される。
たくさんのカラー写真とともに丁寧に解説されているので、素人にもよく分かります。
(2016年6月刊。1900円+税)

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