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合理的配慮義務の横断的検討

カテゴリー:司法

(霧山昴)
著者 大分県弁護士会 、 出版  現代人文社
すごい本です。私は、心底から驚嘆しました。この本を私が手にとったのは10月末に大分市内で開かれたシンポジウムの会場です。
障害者権利条約が2006年に国連で採択され、日本は2014年に批准した。そして、前年の2013年に障害者差別解消法が成立し、2016年4月に障害者雇用促進法が改正・施行された。そのなかで「合理的配慮義務」が公法上の義務として規定されている。
この本は、障害者法制における「合理的配慮」の現状と課題を確認し、その合理的配慮の視点から、その他の法分野についての裁判例に至るまで広く分析・検討していて、まさしく「チャレンジングな試み」となっています。
この本のサブタイトルは「差別・格差等をめぐる裁判例の考察を中心に」とあり、本当に広い視野で問題点を網羅的にすくいあげ、そして、それに対して的確なコメントを付しています。しかも、鋭い問題提起をするだけでなく、実務的にも大変役立つ実務的手引書になっています。実際、私は本書にあるようなケースで法律相談を受けたばかりでしたので、すぐに役立ちました。私が実践的に役立ったところから説明しますと、本書(299頁以下)には、「不動産取引において心理的瑕疵が問題になる場面」という項があり、「心理的瑕疵」を扱った判例を紹介し、コメントしています。
「心理的瑕疵」とは、その物件で自殺や自然死があったときの扱いです。私も相談者の息子が東京の賃借マンションで自殺した案件について代理人として対応したことはあったのですが、「人夫出し」企業の社長から、長期滞在型のホテルで突然死(心筋梗塞)した従業員について、そのホテルから50万円もの弁償要求を受けたというので、法律上の見解を求められたのでした。
本書は、「階下の部屋で半年以上前に自然死した者がいる」というとき、そのような事実は「社会通念上、賃貸目的物にまつわる嫌悪すべき歴史的背景等に起因する心理的欠陥に該当するものとまではいえないから、かかる事実を告知し、説明すべき義務を負っていたものとは認め難い」との判例(東京地判、H18.12.6)を紹介しています。私にとっては、大変参考になる判例であり、コメントでした。
日本の障害者差別解消法や障害者雇用促進法で規定された合理的配慮義務には、私法上の効力は認めておらず、合理的配慮義務違反に対する救済は、公序良俗・信義則などの民法上の法理を理由として当該行為について無効ないし権利濫用を主張するか、あるいは債務不履行ないし不法行為を理由とする損害賠償請求によって解決するほかない。この点は、合理的配慮の不提供に対する一種の履行請求が認められるアメリカなどと大きく異なっている。
合理的配慮論を障害者分野以外の法分野に適用ないし展開することは不可能ではない。その視点から、本書では、労働法分野(人事、セクハラ雇用平等、母子保護、非正社員、外国人労働者など)、その他の性的少数者、信仰、消費者契約についてまで広く合理的配慮論を展開しています。その視野の広さには思わず息を吞むほど圧倒されました。
ところで、合理的配慮とは、障害者が日常生活や社会生活において受ける様々な制限をもたらす原因となる社会的な障壁を取り除くため、その実施にともなう負担が過重でない場合に、特定の障害者に対して個別の状況に応じて講じられるべき措置です。
なお、最近では「障がい者」と表記することが多いことを知ったうえで、本書では法律上「障害者」になっているので、そちらに統一したという断りも明記されています。
私は、この本をシンポジウム会場入口で受けとりました。堂々350頁もある大作です。判例もたくさん紹介されていて、しっかり読みごたえがありますから、シンポジウムそっちのけで読みふけってしまったのでした。そして、千野博之弁護士を先頭とする大分県弁護士会のシンポジウム部会の理論的レベルの高さはほとほと敬服しました。
九州のなかでは何かと異論を唱えることも多い大分県弁ですが、本書のような理論書をまとめあげる集団的力量の高さを私は率直に高く評価したいと思います。
実務的にも大いに価値ある本として一読を強くおすすめします。
(2017年10月刊。3600円+税)

死ぬほど読書

カテゴリー:人間

(霧山昴)
著者 丹羽 宇一郎 、 出版  幻冬舎新書
ビジネス界きっての読書家だというのは私も知っていましたので、同好の先輩に敬意を表して読んでみました。私がうらやましく、また、ねたましいのは本書が13万部も売れているということです。私だって、いつかは「万冊」が売れないものかと願っているのです。それまでは、しがない、「売れないモノカキ」と称するほかありません。トホホ・・・。
著者は私より10歳ほど年長で、名古屋大学法学部を卒業しています。学生のころは学生運動に熱中し、マルクス・エンゲルス、そしてレーニンを読みふけったとのこと。私にも共通するところがあります。私には、マルクスの文章は少し難しく、レーニンのほうが日本語の訳文が良かったのか、明快で理解できました。
伊藤忠商事に入り、アメリカ駐在員として大損を出したり苦労しながらも、同社の社長、そして会長をつとめています。その後は、中国大使もつとめています。対中国との交流についての発言には私も共感することが多いです。
読書は、まがいものでない、真に自由な世界へと導いてくれる。「何でもあり」の世界は一見すると、自由のようだけど、自分の軸がないと、実はとても不自由。前へ進むための羅針盤や地図がないのと同じだから。自分の軸をもつには、読書で「知」を鍛えるしかない。
人間にとって一番大切なことは、自分は何も知らないということを自覚すること。何も知らないという自覚は、人を謙虚にさせる。
まったく、そのとおりです。私がこうやって年間500冊の単行本を読み、毎日、書評を載せているのは、世の中にいかに知らないことが多いか、日々、驚き、発見しているからです。本を読めば読むほど、いかに知らないことが多いかを実感させられます。
本は人間力を磨くための栄養。これは草木にとっての水と同じもの。
教養を磨くものは、仕事と読書と人だ。私も、まったく同感です。弁護士の仕事だけでは足りません。本を読んでいるだけでも足りません。そして、人と対話しないと分かりません。
想像力は現実を生きていくうえで、とても大切なこと。そうなんですよ。想像力がないと人間は豊かに生きていくことができないのです。
私はヒマを見つけて書店に行きます。そこにはわくわくする出会いがあるからです。著者も同じことを言っています。ネットで検索するだけでは足りません。やはり、町の本屋まで足を運んで、彼氏、彼女との出会いを求めるべきです。
私は本を読んで、これはと思うと、ためらうことなく、赤エンピツで棒線を引きます。そして、あとで読み返して、こうやって書評として書き写します。それで記憶に定着させ、次いで安心して忘れます。
読書は感情をも磨いてくれる。
まさにそのとおりです。いい本に出会うと、私は人知れず涙を流し、胸をときめかします。よかった、こんな本に出会えて・・・。その感動、感激を書評に反映させたくて、もう15年以上も、この毎日の書評を続けています。たまに(たまーに、というのが残念なのですが・・・)、反応を聞くと、うれしいのです。著者のますますのご活躍を心より祈念します。
(2017年8月刊。780円+税)

13歳からの夏目漱石

カテゴリー:人間

(霧山昴)
著者 小森 陽一 、 出版  かもがわ出版
夏目漱石は、「坊ちゃん」とか「わが輩は猫である」とか、もちろん面白く読みましたが、「それから」とか「こころ」などは、読んだかどうか不確かです。
猫に名前がないことに意味があるという著者の指摘には、目が大きく開かされる思いでした。「吾輩」に「名前」をまだつけてくれないということには重要な意味がある。それは、「主人」と「奴隷」には入らないという無意識の意思表示にほかならない。「無名の猫で終る」ということは、決して隷属しない「自己本位」を「吾輩」が生き抜くことの証(あか)しなのである。うひゃあ、そうだったんですか・・・。
「門」のなかの問答で、妻が夫に3回も、どうして伊藤博文が殺されたのかを問うている場面がある。それは、暗殺者である安重根が予審のなかで明らかにした伊藤博文殺害の15箇条の理由書をぜひ読者に読んでほしいという夏目流の問いかけだった・・・。
うむむ・・・、そういうことだったのですね。
東京帝国大学の英語教師だった漱石は、朝日新聞の社員になった。「大学屋」から「新聞屋」への転職は、大日本帝国の支配機構から相対的に自由になることだった。
新聞がもっとももうかるのは戦争報道だった。それが日露戦争で終ってしまったので、朝日新聞は小説欄を充実させるために漱石に連載小説を依頼した。テレビもラジオもない時代なので、新聞しかない。日清戦争のときから新聞を毎日読むという習慣が広がり、日露戦争のときの国民の識字率は90%をこえていた。
「九条の会」の事務局メンバーとしても活躍している著者が中学・高校生に向けて夏目漱石の文学を語りました。その感想文が紹介されていますが、なんとも言えないほど素晴らしいものです。私が高校生のときに、こんな鋭い分析的な文章を書けたとは、とても思えません。ああ、漱石って時代の風潮に鋭い批判の眼をもち、考えさせるように仕向けていたんだね、この点が鈍感な私にもよく分かる本になっていました。
「漱石」の深読みをしたい人には、とっくにご存知のことかもしれませんが、強くおすすめしたい本です。
(2017年6月刊。1600円+税)

昆虫こわい

カテゴリー:生物

(霧山昴)
著者 丸山 宗和 、 出版  幻冬舎新書
昆虫がこわいというから、地球上にいる凶暴でこわい昆虫の話かと思うと、さにあらず。昆虫を愛しすぎてこわいというのです。いやはや、地の果てまで、寝食を忘れて昆虫さがしの旅へ出かけるのです。まさしく昆虫少年がそのまま大人になったというわけです。
それにしても昆虫って、本当に不思議な形と色をしていますよね。万物の創造主は、なんでこんな妙ちきりんな形と色をした生物(昆虫)をこしらえて地上に置いたのでしょうね・・・。
ところで、「昆虫こわい」は、いい虫に出会うコツだと著者は言うのです。なぜか・・・。昆虫採集は、ほとんど運であり、「あの虫を見つけてやる」と期待するほどダメ。その気迫が虫を追いやってしまう。逆に、「あの虫はこわい」くらいに自分にウソをついて、無心になって初めて見つかるもの。
毎日が「小学生の夏休みの延長」という日々を過ごしている著者の面白くてタメになる新書です。カラー写真がふんだんにあって、まるで採集現場に一緒にいるように思えてくるのが不思議です。
ツノゼミというのは、まさしく信じがたい姿をしています。なんで、こんな格好をしているのか、不思議でなりません。まるでオスプレイのようなヘリコプターです。
アマゾンの森に入りアリを求めてさまよい歩いて遭難しかかってもいます。目印に置いたつもりの白い紙がアリにたちまち食べられ運び去られてしまったのです。
ホタルの光より何倍も明るいヒカリコメツキという昆虫がいるそうです。何匹か集めたら本が読めるレベルだといいます。
サシガメに刺されると、感染して数十年後に心臓や消化器に異状が発生する。しかし、その治療法はない。うひゃあ、こわいですね・・・。
「ムシヤ」の著者が、どれだけ「昆虫こわい」なのかは、最後の「後遺症」を読むと、よく分かります。
昆虫探しを始めると、毎晩3~4時間の仮眠をとるだけ。というのは建前で、実は3時間も寝ていない。灯火採集をしていると、「いつ、すごいツノゼミが来るか」「いつタイタンが来るか」とドキドキしている。すると、その昂りがベッドに入っても冷めず、どうにも寝付けない。
最終日には、ほとんど死にそうになりながら、それでも採集を中断することはできなかった。そして、日本に帰国しても、その状態が続く。いくら疲れて眠っても、3時間ほどで起きてしまい、虫たちを思い出して、目が冴えてしまう。
そこで、著者は思い切って診療内科を受診した。
「南米での調査があまりに楽しくて、そのときの気持ちの昂ぶりがよみがえって、短時間しか眠れないのです・・・」
医師は、あまりに変わった訴えを聞いて、怪しんだ。著者は睡眠薬をもらい、2ヶ月かけてやっと正常に戻った・・・。
いやはや、これこそ典型的な虫屋の絶頂状態なんですね・・・。すばらしいです。人生の生きる目標、ここにあり、ですね。虫が嫌いな人以外には、絶対おすすめの新書です。
(2017年7月刊。1000円+税)

アーバンサバイバル入門

カテゴリー:人間

(霧山昴)
著者 服部 文祥 、 出版  デコ
感動しました。著者の山中での過酷なサバイバル生活には人間は離れしていて、驚嘆するばかりでしたが、この本はなんと横浜に住んでいながら、自給自足のような生活を子どもたちと一緒に過ごしている、その知恵と技(ワザ)が写真700枚、イラスト50点で惜し気なく公開されているのです。ここまで詳細に明らかにされると、ついつい自分でもやれるんじゃないかなと「錯覚」してしまいそうです。
横浜北部の斜面に立つ築45年の古い2階建民家を1980万円で購入し、自力でリフォームしていきます。その過程が写真つきで詳しく紹介されています。
ニワトリを飼い、ミツバチを養い、梅や柿の木を育て、野菜を栽培するのです。
ニワトリの一番の好物はムカデ。トカゲや小さなヘビも大好きだとのこと。知りませんでした。私も小学生のころ、ニワトリに与える野草をとりに行っていましたが・・・。
ニワトリのさばき方と、調理の仕方が写真で紹介されています。私も父がニワトリを殺して調理するのをそばでじっと見ていました。卵の生成過程をそれで知ったのです。
野菜や果樹の育て方も写真つきです。タケノコの探し方が図解されています。親竹と穂先の出ているタケノコを結んだ線上でタケノコが一定間隔で地上に出てくるというのです。知りませんでした。とはいっても、親竹がたくさんあったら、どのラインか不明になりませんか・・。
ミドリガメが圧倒的に旨いとあります。本当でしょうか・・・。超高級地鶏の味がする(ようだ)と著者は断言しています。もちろん、調理法が写真つきで解説されています。正式名はミシシッピアカミミガメで、日本原産カメの生息を脅かすカメとして「悪役」視されているカメです。
ザリガニも美味しいとのこと。ぼくも小学生のころは夏休みになると一人ででもザリガニ釣りに遠くの堀まで出かけていました。食べたことはありません。それこそ美味しくないので、ニワトリのエサにされていました。
そして、ヘビやウシガエルのつかまえ方と食べ方が写真と図解で説明されています。我が家の庭にはヘビが棲みついていますが、食べようと思ったことはありません。鳴声のうるさいウシガエルも、下の田圃を隣人が耕作していたころまではいました。
博多の居酒屋でウシガエルのモモ肉は食べたことがあります。鶏のササミのような白身の淡白な味でした。
著者は東京都立大学のフランス文学科卒です。私も相変わらず毎日フランス語を勉強しています。そして、著者はワンダーフォーゲル部です。私は大学生活の3年間、セツルメント活動に没入していました。
著者はアウトドア活動と文字表現がライフワークの二本柱とのこと。いいですね、これって・・・。そして、息子さんが猟に一緒に行くことがあるようです。それも、押しつけないようにしているとのこと。素晴らしいです。親が好きだからといって、子どもが同じように好きになるとは限りませんからね。
奥様はよほど理解ある女性だと思います。イラストは奥様でしょうか、よく描けていて、楽しい雰囲気です。おすすめの一冊です。
(2017年5月刊。3000円+税)

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