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私の少女マンガ講義

カテゴリー:人間

(霧山昴)
著者 萩尾 望都 、 出版  新潮社
福岡県大牟田市出身の、今では世界的にも有名なマンガ家です。
私自身は直接には著者と面識ありませんが、母親同士が親しく交際していて、私の記憶に残る著者の母親は、まさしく著者そっくりです。ところが、著者と母親とのあいだには、大変厳しい葛藤があったようです。要するに、いつもマンガを描いている娘を母親は認めることが出来なかったのです。まあ、無理もないことでしょうね・・・。
さすがに少女マンガの第一人者ですから、著者の話は大変説得力があります。
この本は、著者がイタリアの大学で講演したときの話と質疑応答をまとめたものが主となっていますので、大変読みやすく、また、読者の知りたいことを明らかにしていて読みごたえがあります。
少女マンガとは、少女の、少女による、少女のためのメディア。
30年以上も続いている少女マンガの作品がある。読者も大きくなっていくけれど、少女マンガを読むときには、心が少女に戻る。男は、いくつになっても少年の心を持っているというけれど、女も、いくつになっても少女の心を持っているのだ。
「リボンの騎士」を描いた手塚治虫は、かけがえのない贈り物を作品として少女たちに手渡した。それは、女の子にも自由はある、ということ。
著者は高校2年生のとき、手塚治虫の「新撰組」というマンガを読んで大変なショックを受けた。そして、こんなにショックを受けたのだから自分も誰かにショックを返したいと思い、それでマンガ家になると決心した。
今いる場所がすべてではないと考えると、脳が活性化する。
ふだん、気になっていることをずっとずっと考えているうちに、ある日突然、ストーリーがぱっと浮かぶ。
マンガ家の世界では、気が合う人、作品が好きな人同士で、おつきあいをする。
三度の出会いがあった。デビューできたこと、描ける場があったこと、よい編集担当に出会ったこと。
あっ、これが運だ。そう思ったときに、それを逃さないようにキャッチする。これが大切だ。
すごく面白いマンガには、コマのリズム、構図のリズム、台詞(セリフ)のリズムが三位一体となって感情を動かしてくる。
マンガのオーソドックスの基本を描いているのは、横山光輝、手塚治虫、そしてちばてつやの三人。この3人の技法をおさえておけば、マンガの基本は描ける。
「ポーの一族」、「11人いる!」はその発想に圧倒されました。「残酷な神が支配する」には、私の想像できない世界を見て、言葉が出ませんでした。とても同世代とは思えない思考の深さに感嘆します。
(2018年4月刊。1500円+税)

13・67

カテゴリー:中国

(霧山昴)
著者 陳 浩基 、 出版  文芸春秋
妙ちきりんなタイトルの本です。13とは2013年のこと。香港の雨傘革命前夜です。67は1967年、香港で反中ではなく反英暴動が勃発した年です。関係ないけど、私が大学に入った年でもあります。
いわゆる警察小説です。腐敗した警察官を内部にかかえる香港警察のなかにいて、事件の犯人を推理していくところは本格派の推理小説です。したがって、グリコのように一粒が二度おいしい本になっています。
どんな悪事でも、賄賂さえ払えば、警察官は片目をつぶった。非合法の賭場や売春、薬物販売などを警察が捜査・摘発したときも、それは悪を一掃するためではなく、マフィアから金を得るためだった。警察にお金を払えば、期限付き許可証を買ったも同然で、しばらくは警察が邪魔することはないという仕掛けだ。
犯罪者は、買収した捜査員が上司に顔向けできるように刑務所に行ってもよいという仲間を定期的に差し出し、身代わりにする。こうやって暴かれる麻薬取引や賭博行為が実際に行われているものの氷山の一角なのは言うまでもない。
最前線の取締りが出来レースなのだから、警察上層部はまったく目隠しされた状態で治安が悪化しているなど、つゆ知らず、むしろ部下たちががんばって犯人をひとり挙げたと喜ぶ始末だ。警察に入れば、その一員となる、すると、どんな真正直な人間でも、まっすぐ胸をはって生きていくことはできない。
どんなに自分の力を買いかぶった自信家であろうと、いったん「船」を押しとどめようとすると、あっという間にいびられ、爪はじきにされ、警察組織で孤立無援となって、その先に出世のチャンスはない。
あまりに面白くて、車中で夢中になって読みふけってしまいました。
(2017年9月刊。1850円+税)

1967、中国文化大革命

カテゴリー:中国

(霧山昴)
著者 荒牧 万佐行 、 出版  集広舎
私が東京で大学生になった年(1967年)の2月、中国各地の状況を活写した貴重な写真集です。2月ですから、私は大学受験の直前ということになります。中国で大変なことが起きているという報道はありましたが、その実態は紹介されませんでしたし、解説記事もほとんどありませんでした。なにしろ竹のカーテンのなかで何が起きているのか、情報が伝わってこなかったのです。
この本で紹介されている写真を眺めると、北京でも上海でも、どこでも中国の各地で大勢の人々が路上にあふれ出てきていて、口々に何かを叫んでいます。
今では、文化大革命とは、文化革命なる美名をかりた毛沢東による権力転覆策動、独裁者としての自らの復権運動を本質とする権力闘争であることが歴史的にはっきりしています。しかし、この文化大革命のなかで三角帽子をかぶらされて街頭をひきずりまわされた多くの人々が無惨な死に追い込まれてしまいました。文化大革命終結後になんとか復権できた人は少ないし、きわめて幸運だったのです。
それにしても、街頭の壁一面に貼り出された壁新聞のボリュームには圧倒されてしまいます。人々が必死に手書きで壁新聞(大字報)を書いて貼り出したのです。そして、人々はそこに何が書かれているのかを読んで時勢(時流)を感じとっていました。
毛沢東語録をかかげながら、ふたてに分かれて激しく武力抗争するという事態が中国全土で進行していきました。やがて、それは毛沢東支配そのものをも脅かすほどになり、毛沢東自身がブレーキをかけ始めたのです。
このころ、日本にも文化大革命を礼賛する人が多数うまれました。毛沢東主義者と呼ばれる人たちです。その人たちは日本でも暴力を賛美して、社会を混乱させました。
やっぱり暴力からは、決して、まともな文化は生まれません。つくづく私はそう思います。貴重な写真集の頁をめくりながら改めて中国の文化大革命の悲惨さを実感しました。
(2017年11月刊。2500円+税)

立憲君主制の現在

カテゴリー:社会

(霧山昴)
著者 君塚 直隆 、 出版  新潮選書
ナチス・ドイツが降伏し、ドイツの戦後処理を議論したとき、イギリスの外相はこう言った。この外相は労働党に所属する社会主義者であり、労働組合の指導者でもあった。
「第一次世界大戦後にドイツ皇帝の体制を崩壊させなかったほうが良かった。ドイツ人を立憲君主制の方向に指導したほうがずっと良かった。ドイツ人からシンボル(象徴)を奪い去ってしまったから、ヒトラーのような男をのさばらせる心理的門戸を開けてしまったのだ」
果たして、立憲君主制にしておけばヒトラー独裁は成り立たなかったのでしょうか・・・。
2017年現在、国連加盟国は193。そのうち君主制を採用しているのは、日本をふくめて28ヶ国。これに英連邦王国15ヶ国を加えても43ヶ国にすぎない。国連加盟国の2割強でしかない。このように今や共和国による世界連合が実現している。しかし、本当に「世界平和」が確立していると言えるのか・・・。
明仁天皇は、積極的に国民のなかへ入っていった。ところが、これについて天皇は神であってほしいと考える勢力(そのホンネは、天皇なんか掌中の玉として、絶えずうまく操縦しておきたいということなのでしょう)は、あまりに天皇が国民に近づきすぎると、神秘も影響力も失うと心配し、警告した。彼らは、天皇そのものを叩けないものだから、その身代わりとして美智子さんを叩き、今なお雅子さんを叩いているという見解があります。私も同感です。小室家を叩くのも同じ流れでしょう。
君主は、ときとして民衆のところに降りていかなければならない。このことは、ヨーロッパの皇室をめぐる歴史が明らかにしている。しかし、今でも皇室のホームページには天皇一家の団らんの場など、一切の私的要域の行動は報道されない。明らかに不公平である。これでは、「開かれた皇室」とは、とても言えない。
イギリスなどヨーロッパでは、男子優先の長子相続制をやめて、男女を問わず第一子が優先されることになっている(絶対的長子相続制)。
要するに、日本だって江戸時代末ころに女性の天皇がいた。明治になって初めて天皇は男系に限るとしたのです。「歴史と伝統」なんて、100年ぽっちのことでしかありません。
明仁天皇は外国へよく出かけました。皇太子時代には、22回の外遊で、のべ66ヶ国を訪問した。そして天皇になってからは、20回の外遊で、のべ47か国も訪問した。
皇族が次第に減っている現実がある。
天皇に女性がなってはいけないなんで、とんでもない間違いです。あくまで国権・国歌に固執するのもおかしいです。私はいまの明仁天皇は日本が戦争を繰り返さないよう身体をはってがんばっていると考えています。アベ首相に爪のアカを飲ませてやりたいです。ただし、天皇制というスタイルは、将来、変えるべきだと考えています。
(2018年2月刊。1400円+税)

刑務所の風景

カテゴリー:司法

(霧山昴)
著者 浜井 浩一 、 出版  日本評論社
大学教授の著者が、その前に刑務所の矯正職員としての3年間の勤務によって認識した状況をまとめた興味深い本です。著者が刑務所で勤務したのは2000年4月からの3年間ですので、現在とは少し状況が異なります。
たとえば、当時は過剰収容が大きな問題となっていました。要するに、どこの刑務所も定員オーバーに悩まされていました。この点は、今では解消されています。
ところが、収容者の高齢化にともなう介護問題は当時に比べてはるかに深刻になっています。刑務所は、受刑者を選べず、受刑者が何か問題を起こしても、外に追い出すことはできない。
刑務所には、「経理夫」なる存在が刑務所を支えている。元教員や元公務員は、有能であっても刑務所内の経理夫には向かないことが大きい。
刑務所内で、「経理要員」として働くためには、特別な資質は必要としない。その要件はごく単純。健康であり、60歳未満、普通レベルの知的能力を有すること。暴力団に所属していないこと。ところが受刑者のほとんどが、作業をするうえで支障となるハンディキャップをもっている。
増加する受刑者の多くは、労働力として一般社会で需要がなくなった者でもある。刑務所の収容者の高齢化は、一般社会をはるかに上回るスピードで進行し、それにともない刑務所で死亡する受刑者も急増している。刑務所は、社会をうつし出す鏡である。
アメリカには、福祉予算の比率が低く、弱者を切り捨てる不寛容な社会(州)ほど、刑務所人口比が高いという研究がある。
収容者は、毎日、同じ時間に、同じ場所で、同じことを繰り返すのみ。彼らにとって、一日一日は長くても、ふり返ると、そこには何の変化もないから、時間が止まったかのように感じる。
刑務所生活に適応した人々のなかには、家畜同様に扱われ、外ではいきていけない。
刑務所では、食事は、収容者の最大の関心事である。私も弁護士会による刑務所視察に加わり、食事を試食したことが何回かありますが、なかなか美味しいと実感しました。
収容者の妄想も、その内容は多様である。刑務所の独居にいる限り、夢を見続けるのかもしれない。
刑務所と少年院とには本質的な違いがある。少年院では、少年を信頼し、信用することが共感の基本的な心構えでもある。これに対して、刑務所では受刑者を信用しないことが刑務官の基本的な心構えである。
刑務所とは、どのような世界なのか、よく分かる本です。
(2010年4月刊。1900円+税)

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