法律相談センター検索 弁護士検索

裸足で逃げる

カテゴリー:社会

著者  上間 陽子 、 出版  太田出版
 沖縄の夜の街の少女たち。これが、この本のサブタイトルです。琉球大学の教授である著者が沖縄のキャバクラで働く若い女性たちに話を聞いたルポルタージュなのです。
 子どものころから暴力にさらされて育った女性は、大人になってからも家や地元周辺を離れることはなかった。妊娠して結婚して、子どもが8ヶ月になったころに離婚して、その子どもを奪われた。その後も、兄や恋人からの暴力にさらされ続け、そして、もう一度ひとりで子どもを産んだ。今、24歳。
キャバ嬢の仕事は日本の女子中高生のなりたい職業にランク入りして久しい。若い女性が層として貧困に陥るなか、華やかなドレスを身にまとい、男性客とのトークでお金を得るキャバ嬢が若い女性たちの憧れ職業となっている。
 スーパーやコンビニのレジの800円の時給より、2000円の時給のキャバクラで働くことによって、単身でも子どもを育てられる。つまり、沖縄のキャバ嬢たちは、子どもをひとりで抱えて、時間をやりくりして生活する気若い「母」でもある。
 中学校の教師たちは、非行に走った少女たちを見捨てない。しかし、そう言いつつも殴っていた。自分を大切にしてくれるひとが、一方では自分に暴力をふるうひとにもなる。そのことは、女性が男性とパートナー関係をつくるにあたって、大きな問題を生み出す。
 沖縄の非行少年たちには、先輩を絶対とみなす関係の文化がある。そのため、先輩から金銭を奪われ、ひどい暴行を受けても、後輩の多くは、それを大人に訴えることはしない。そして学年が変わり、自分が先輩になると、今度は自分たちより下の後輩たちに暴力をふるう。暴力が常態化かするなかに育つ子どもたちは、成長をすると、自分の恋人や家族に対しても暴力をふるうことを当然だと思うようになる。殴られるほうもまた、大切にされているから自分は暴力をふるわれていると思い込もうとし、逃げるのが遅れてしまう。
 入籍していないカップルの暴行は保護の対象でないとして警察署は追い返す。
キャバ嬢のなかには、客のなかから結婚相手を探しているシングルマザーたちがいる。深夜から明け方までお酒を飲み続ける仕事は体力的にきつく、長期にわたって働き続けることは難しい。時給2000円といっても、送迎代やメイク代などを差し引くと日給は1万円ほどでしかない。
 沖縄のキャバ嬢たちの置かれている実情がよく分かりました。それにしても暴力の連鎖はどこかで断ち切ってほしいものですね。広く読まれるべき本だと思いました。
(2017年12月刊。1700円+税)

哲学の誕生

カテゴリー:人間

著者 納富 信留 、 出版 ちくま学芸文庫
 ソクラテスとは何者か、というサブタイトルのついた文庫本です。ソクラテスというのは、自分では何ひとつ書き残していない哲学者なんですね。知りませんでした。
 ソクラテスが哲学者であったのではない。ソクラテスの死後、その生を「哲学者」として誕生させたのは、ソクラテスをめぐる人々だった。
 ソクラテスは、告発されて不敬神の罪で法廷に引き出され、アテネの民衆は有罪、次いで死刑の判決を受けた。
 その罪状は二つ。一はポリスの伴ずる神々を信ぜず、別の新奇な神霊のようなものを導入するという不正を犯している。二は、若者を堕落させるという不正を犯している。
 では、ソクラテスは、これに対して何と弁明したのか、、、。ソクラテスは、自身も石工であった。ええっ、そ、そうなんですか、、、。初めて知りました。
 プラトンは、ソクラテスの死後、ソクラテスを主たる登場人物とする「対話篇」を執筆した。この対話篇では、ソクラテスがいろんな人と対話するが、プラントン自身は登場してこない。
 生涯を通じて人々と言葉をかわし、人々に問いを投げかけたソクラテスは、自身では何ひとつ書き残すことはなかった。ソクラテスは、その死とともにこの世界から立ち去り、ただ人々の魂の記憶においてだけ存在し続けた。
 ソクラテスは学校や学派をつくっていない。常に街角で、さまざまな人々と対話するだけだった。
 プラントンは、愛しの弟子の一人でしかなく、ソクラテスの死のとき28歳の若者であり、ソクラテスの唯一の後継者とはみなされていなかった。
 ソクラテスは貧乏と変行で知られていた。
 ソクラテスという一変人に向けられた裁判は、アテネ社会の影を背負っている。裁判は思いがけず大差の死刑判決で終った。ソクラテスは、自身をもって、自らが「もっとも知恵ある者」と語り、裁判員たちの騒擾と憤激をひき起こした。
 「釈迦、孔子、ソクラテス、イエスの4人を世界の四聖と呼ぶ」。和辻哲郎の書にある。
ソクラテスは貧乏ではあったが体格は頑丈で、やせたとは言い難い。
出来事のすぐあとでなければ「記憶」が新鮮を失うといった想定は、現実の重みを無視した、あまりに素朴な理屈にすぎない。「記憶」は時の経過を必要とする。言葉にして示すことで人々は出来事を整理し衝撃をやわらげて自分の経験として理解する。そして、それそこ「真実」として一人ひとりの心の中に言葉として結晶していく。
 大いに考えさせられた文庫本でした。
(2017年4月刊。1200円+税)

文明に抗した弥生の人びと

カテゴリー:日本史(古代史)

(霧山昴)
著者 寺前 直人 、 出版  吉川弘文館
いま、弥生時代研究は百花繚乱のさまを呈しているのだそうです。たとえば、弥生時代のはじめの数百年間は、世界的には新石器時代に属する可能性がきわめて高くなっている。  
縄文時代は、ゆうに1万年をこえる長期間である。これは弥生時代の10倍以上となる。縄文時代の人々が栽培植物を利用していた可能性は高い。しかし、それが主なカロリー源となり、人口増加に大きな影響を与えた可能性は低い。
土偶は、縄文時代草創期の後半期(1万2000年前)に登場する。この土偶の分布は地域的にかたよっていて、縄文時代の前・中期では滋賀県より西では土偶が出土していない。西日本に土偶が出土するのは縄文時代後期になってからのこと。ハート形土偶が出土する。
弥生時代の前期、水田耕作とともに、短剣をつかう社会となった。携帯できる武器、石製短剣が登場した。弥生時代中期の遺跡には磨製石剣が刺さった人骨が発見されている。
弥生時代中期に入って金属器が普及しはじめても、各地で磨製石斧や石包丁などの石器が利用され続けている。鉄斧と併用されていた。石製短剣は、人々の半数ほどが所有できるアイテムだったと考えられる。
石という伝統的な材料で製作された武威の象徴を幅広い構成員が所有することによって、武威が特定個人に集中することを防いだとみられる。これは近畿南部の人々のすがたである。
弥生時代と農耕水田との関わり、エリートへの権力集中と、それに抗する動きと、さまざまな社会構造の可能性が大胆に問題提起されています。
すべてを理解できたわけではありませんが、弥生時代の複雑、多様な社会のあり方に触れることができました。
(2017年10月刊。1800円+税)

トラクターの世界史

カテゴリー:社会

(霧山昴)
著者 藤原辰史 、 出版  中公新書
トラクターと戦車は、二つの顔を持った一つの機械である。
トラクターとは何か・・・。トラクターとは、物を牽引する車である。もっと詳しく言うと、トラクターは、車輪が履帯のついた、内燃機関の力で物を牽引したり、別の農作業の動力源になったりする。乗車型、歩行型、または無人型の機械といえる。
アメリカのフォード社は、第一次世界大戦を4度戦ったイギリスの農村での労働者不足を補うべく、トラクターを輸出した。
トラクターの登場は、馬の糞尿を肥料に使う習慣を徐々になくし、化学肥料の増産と多投をもたらした。
ソ連は、国家主導でフォードのトラクターを導入し、フォードの大口の顧客となった。
ソ連の農業集団化政策は、アメリカのトラクターの量産体制の成立のただなかで遂行された。トラクターは共産主義のシンボルでもあった。
ソ連では、トラクター運転手の半分以上が女性だった。
レーニンは、アメリカの農業機械化に強い関心を抱いていたし、農民こそ革命の主体になりうると考えた。
第二次世界大戦が始まると、ほとんどのトラクター企業が戦車開発を担うようになった。
スターリングラードにはトラクター工場があったが、トラクターだけでなく、ソ連軍を代表する中戦車T-34の約半分を生産していた。
アメリカの歌手・エルヴィスプレスリーの趣味の一つは、トラクターに乗ることだった。
日本は、20世紀の前半はトラクター後進国だったが、後半には先進国へと変貌をとげた。農地面積あたりの台数も世界一位となった。
トラクターを取り巻く社会環境の移り変わりを興味深く読みました。
(2017年9月刊。860円+税)

不当逮捕。築地警察交通取締りの罠

カテゴリー:警察

著者  林 克明 、 出版  同時代社
 築地市場に仕入に来た寿司店の夫婦が交通取り締まりの女性警官に目を付けられ、言い合いになったところ、やってもいない暴行(公務執行妨害)で逮捕され、不起訴にはなったものの、それまで19日間も拘束されてしまった。
 納得できない夫婦は都と国を被告として損害賠償請求訴訟を提起し、事件発生から9年あまりたって240万円の賠償を認める判決を得た。その苦難の日々がドキュメントとして生々しく再現されていく貴重な本です。
事件が発生したのは2007年10月11日の朝8時ころ。逮捕されたときの被疑事実は、巡査(女性)の胸を7~8回突くなどの暴行をし、巡査の右手にドアを強くぶつけるなどして、全治10日間を要する右手関節打撲の傷害を負わせたというもの。しかし、付近にいた目撃者は口をそろえて暴行なんてなかったという。
 「被害」者である女性巡査のいう暴行の態様は、なんと6通りもある。少しずつ変化していっている。
 逮捕された男性の妻によると、女性巡査は、この妻から無視されたことに立腹したらしい。「この一帯を取り締まる権限をもつ自分たちが無視され」て気分を害したようだ。
 ええっ、これってまるでヤクザのセリフみたいなものではありませんか...。
 夫婦は巡査を被告とする損害賠償請求訴訟を代理人弁護士をつけないで提訴し、追行したが、あえなく敗訴(請求棄却)。
 そこで都と国を相手に国家賠償請求訴訟を提起する。このとき国民救援会の紹介で小部正治・今泉義竜の両弁護士に委任した。裁判が始まっても、警察も検察庁も一件記録の所在が不明だとして、提出を拒んだ。しかたなく文書提出命令の申立を6回もした。
 国賠訴訟で勝てた原因として、目撃者を4人も確保できたことは大きい。そして、目撃者を証人として調べないなど、不公平な審議をしていた裁判官を忌避していたことは効果があった。そして、さらに傍聴席を毎回満杯にできたことも大きかった。最後に、原告本人の強い意思、こんな理不尽なことをそのままにしてはいけないという信念の持ち主だったこと。それにしても警察官が事件をデッチ上げるなんて許せませんよね。
 担当した女性検事(五島真希)は現在、東京地裁判事になっているとのことです。そんなことで本当にいいんでしょうかね...。いい本です。とりわけ検察志望の司法修習生にぜひ読んでほしいと思いました。
(2017年12月刊。1800円+税)

福岡県弁護士会 〒810-0044 福岡市中央区六本松4丁目2番5号 TEL:092-741-6416

Copyright©2011-2025 FukuokakenBengoshikai. All rights reserved.