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核戦争の瀬戸際で

カテゴリー:アメリカ

(霧山昴)
著者 ウィリアム・J・ペリー 、 出版  東京堂出版
アメリカ国防長官をつとめていた著者は、核兵器に抑止力なんてないと断言しています。まったく、そのとおりです。
著者はキューバ危機以来、核兵器を扱う政府の指導中枢にいた。核戦略を選択する場に身を置き、それに関する最高機密に直接アクセスできる人生を歩んできた著者の出した結論は、核兵器は、もはや我々の安全保障に寄与しないどころか、いまや、それを脅かすものにすぎない。
9,11同時多発テロは数千人レベルの死者を出したが、核爆弾テロは即死者8万人、重傷者10万人超となり、9,11テロの100倍の犠牲者を出すだろう。
世界の人々は、今や偶発の事故にせよ人間の判断ミスにせよ、核のひきおこす大惨事の可能性にさらされるようになった。この危険性は、決して単なる理論上のものではない。アルカイーダが宣言した目標は、9,11のような、単にアメリカ人を数千人殺害するのではなく、数百万人を殺害することにある。そのため、核兵器を入手すべく懸命の努力を続けている。
キューバ危機のとき、全世界は核兵器によるホロコースト、つまり人類滅亡の瀬戸際まで追い込まれた。世界を未曾有の破滅から救ったのは、キューバからの撤退を決断したフルシチョフのおかげである。
大規模な核攻撃の破壊力に対して、何ら可能な防御手段は存在しない。
唯一意味のある防御手段は、それを起こさせないこと。
我々が優先すべきは、核攻撃からの防衛という無意味なことに資源を投入するのではなく、むしろ攻撃を未然に防止することに投入すべきである。
アメリカ陸軍は、信じられないことに、戦術核兵器をほかの爆弾と同じように使える大型爆弾と見なし、おかげで正常の爆弾ほど数はなくしてすむくらいに考えていた。
アメリカの国防長官だった人が核兵器の抑止力なんて全然ないし、核兵器はなくすべきだと公然と主張している画期的な本です。南北会談そして6月12日の米朝会談の意義を過小評価したがる人は少なくありません。そうは言っても少なくとも朝鮮半島での戦争の復活はなさそう(あったら困ります)し、朝鮮半島の平和が確立したら、アメリカ軍基地が日本国内にある「必要」はないでしょうし、日米安保条約だって無用となるでしょう。ところでイージス・アショアが当初1基800億円だったのが3000億円かもしれない(2基で6000億円)というニュースが流れました。呆れてモノが言えません。必要のないものに、効果だってないのに、こんな大金を投入するなんて、馬鹿げています。アメリカ軍需産業は喜ぶでしょうが、日本の福祉・教育予算がますます削られてしまいます。
本書の一読を強くおすすめします。
(2018年1月刊。2500円+税)

天文学者が宇宙人を本気で探しています!

カテゴリー:宇宙

(霧山昴)
著者 鳴沢 真也 、 出版  洋泉社
この広い広い宇宙のどこかには、きっと地球の私たちのような高等生命体がいることでしょう。そして、そのうちに交信できることになるでしょう。でも、それが今すぐに実現できるとは思えませんし、今すぐだったら、免疫体系の違いなどから、下手に接触したらお互いに生命を維持できないかもしれませんよね・・・。
この本は、天文学者が真面目に真剣に学問として宇宙のどこかにいる生命体を探索している取り組みをレポートしています。
著者は結論として、宇宙のどこかに、きっと知的生命体はいるとしつつも、それは地球に既に来ているとか、来れるほどの近距離にはいないとしています。
知的生命体は、かなりレアな存在である。その最大の理由は、進化の偶然性にある。著者は、知的生命体はいるにしても、銀河100個に1文明、あるいは1000個に1文明ではないかとしています。どんなに楽観的に考えても天の川銀河に10も存在していないというのです。ということは、地球までUFOに乗ってはるばるやって来る可能性はほとんどないということですよね・・・。
この宇宙には、1000億の桁で銀河が存在していて、それぞれの銀河に1000億の桁で恒星が存在する。1000億かける1000億の星が宇宙にいるというのは、地球上のあらゆる海岸に存在する砂粒の数よりまだ多いだけの星があるということ。これだけ星があれば、知的生命体がどこかにいても何ら不思議ではない。ほとんどの天文学者が、そう考えている。
天文学者は、そのため大型の電波天文台を設置して探索にいそしんでいるのです。4光年という距離は、東京に1コのビー玉を置き、兵庫県に別のビー玉を置いておく。これがケンタウルス座アルファ星と太陽との距離である4光年を感覚的にあらわしたもの。
夏になると、夜に寝る前にベランダに出て、天体望遠鏡で月の素顔を眺めるのが私の習慣の一つです。夏の楽しみでもあります。ベランダにゴザを敷いて寝たこともありますが、さすがに今はできません。月の運河をくっきりと眺めていると、クラゲのような形をした宇宙人の存在を信じていた少年のころをなつかしく思いだします。
たまにはスケールの大きい宇宙の話に浸るのもいいものですよ。
(2018年4月刊。1600円+税)
 テレビを見ない私ですが、ロボコンを録画して見るのは大好きです。高専ロボコンも大学ロボコンも、どちらも楽しみにしています。
 先日は大学ロボコンがあり、東大が優勝しましたが、豊橋技術大学が東大キラーとして奮闘していました。高専ロボコンより大学ロボコンのほうが技術的には数段上だと実感しますが、素朴な面白さという点では高専ロボコンも捨てたものではありません。

はだかの起原

カテゴリー:人間

(霧山昴)
著者 島 泰三 、 出版  講談社社会学術文庫
現代人の膚がすべすべして、毛皮をまとっていないのはなぜなのか・・・。
サルだって、チンパンジーだって、ゴリラだって、オランウータンだって、みんなみんな毛皮をまとっている。それなのに、ホモ・サピエンスだけ毛皮ではなく、肌はツルツル、どうして・・・。
ひところ、アフリカで湖に入って生活したためイルカのようにスベスベの肌になったという学説があり、私も惹かれていました。ところが、今では支持する学者は皆無のようです。
では、なぜ、人類だけがツルツル肌であり、洋服を着ているのか、それを探ります。
人類が裸で生き残るためには、特別な条件がなければいけない。それは、家、火、そして衣類だ。7万年前に、人間は衣類を発明した。
北京原人が火を使った跡はない。ネアンデルタール人が火を使っていたことは確実である。ネアンデルタールの分布と住居遺跡には、彼らが野生動物だったことを示している。野生動物として生きていくためには、毛皮がなくては不可能である。毛皮は、野生動物にとっての衣類ではない。毛皮は家である。そして、ネアンデルタールは、言葉をもたなかった。
アフリカ高地でしか裸の人間は成立しなかった。アフリカ低地にはマラリアがある。低地で裸の人間が生まれても、生き残る確率は非常に少なかったはずだ。しかし、高地ではマラリア蚊は少ない。
現代人は裸だったからこそ、氷と雪に閉ざされた世界で生き抜くことができた。現代人は、ネアンデルタールと違って、密閉された家をつくる能力をもち、家の中の温度調節をする能力をもっていたし、衣服をつくる能力もあった。
団塊世代の著者は『アイアイの謎』など、動物についてのたくさんの研究があり、いつも注目しています。ただし、東大闘争を扱った『安田講堂』だけは、まったくの間違いを平然とおかしています。自ら、体験しないことを、勝手に憶測していて、残念としか言いようがありません(たとえば、図書館前にいたのは駒場の学生が主体であって、「外人部隊」もいましたが、主として待機していて、全共闘と激しくぶつかりあったのは私たち駒場の学生なのです)。
若いときの間違いを今なおそのままひきずっている点は大変残念ですが、動物学者としての目ざましい活躍には心からの拍手をおくります。
(2018年5月刊。1250円+税)

ピラミッド

カテゴリー:アフリカ

(霧山昴)
著者 河江 肖剰 、 出版  新潮文庫
ピラミッドは誰が、何のために、どうやってつくったのか・・・。その知的好奇心をズバリ満足させてくれる文庫本です。
ピラミッドをつくったのは奴隷ではないようです。4000人の労働者が2班に分かれて、その2000人は20人の小隊が10組で中隊をつくり、10の中隊から成っていた。そして、これを支える労働者がいたはず。
労働者は長屋に住み、1日に1回パンが焼かれ、人々は4日に1度、巨大なパン(9494キロカロリー)を1個うけとっていた。パンとビールの他にも、肉やニンニク、玉ネギなどの食料が配給されていた。これでは奴隷とは考えられない。大量生産による大量消費を享受していた労働者たちによってピラミッドは築造された。巨石を運ぶ労働者だけに意欲ある人々をきちんと統率しなければピラミッド築造という成果をあげることは難しいこと。
著者たちは、このような労働者居住区の発掘に成功し、パン焼き工房を探しあて、当時の原材料で出来るパンを再現・復活したのでした。すごいです。
労働者居住区はクフ王やカフラー王のピラミッドの近くに存在していたのでした。彼らは決して奴隷ではなかったし、何十万人という人数でもなかったのです。
では、どうやって巨石をピラミッドの上へ積み上げていったのか・・・。
巨石はすぐ近くから切り出し、人工的につくり出した傾斜路で運びあげていった。労働者をきちんと統率できれば、クレーンなどを使わなくても可能なことが、現代科学で証明されている。要は労働者の統率力があるかどうか、だというのです。
ピラミッドが王の墓であることは、今日では学界の定説になっているようです。
ピラミッドをつくったクフ、カフラー、そしてメンカウラーは、まだファラオと呼ばれていなかった。ファラオと呼ばれ始めたのは、1000年もあとのトトメス3世のころから。
ファラオは、ペルアアというエジプト語から発生している。これは、大きな家、大宮、王家の土地を意味した。それが聖書でパロと訳され、いつしかファラオと発音されるようになった。
ピラミッド周辺の発掘にずっと従事している学者なので、その体験にもとづいて大変わかりやすくピラミッドを解説してくれています。
(2018年4月刊。630円+税)

笑いの手品師

カテゴリー:人間

(霧山昴)
著者 ジミー重岡 、 出版  花伝社
人間が生きていくうえで笑いは不可欠です。私は司法試験の受験勉強をしている苦しい日々のなかで、笑いを求めて、何回となく映画『男はつらいよ』を観にいきました。腹の底から屈託なく笑い切る。そんな時間が、たまには本当に必要なのです。
この本は、その笑いを手品師がつくりあげていく過程を紹介し、分析しています。
手品師は、単にショーを演じて、観客に我を忘れさせるだけではダメ。心の底からウサを吹き飛ばすような笑いをひっぱりあげる。それが手品師の役割だ。著者はこのように力説します。ですから、手品師が黙って手慣れた芸を見事に演じるだけではいけません。
なるほど、私もそう思いました。芸を感心して眺めているだけでは、すぐに忘れられてしまうでしょう。でも、そこに笑いがともなっていると、心の底に何かが残ります。その何かが大切なのです。
著者は、長い教師生活とあわせて、28年間も手品を演じてきました。月に平均2回か3回は手品を披露します。30分間の手品ショーのなか、10回は笑いが起きるといいます。たいしたものです。
手品ショー30分のうち、手品の演技は4割ほどで、残りは会話が中心。手品は、技がすごいだけではダメ。
本番の前には、事前に台本をつくり、十分練習してのぞむ。ゆっくりで良いので、言葉はよどみなく出るように心がける。言葉が詰まると、流れがギクシャクしてしまう。それでは、観客の心がすっと演技に吸い込まれない。
手品は笑顔で、はっきりと、自信をもって演じると、うまくいくし、楽しんでもらえる。
自信をもって楽しく振る舞うのが、手品の基本。
当日は、のどアメとのどスプレーを持参する。咳やくしゃみが出ないようにする。
「あのー」とは言わない。
著者が手品を演じるときは、シルクハットに上下の黒服。手品モードになってもらうため、衣装はとても大切。
観客のなかでは、小学生が一番手ごわい。
手品のからくりを見破ろうという人がいたら、助手になってもらうようにする。
なーるほど、そういうことなんですね・・・。
中学・高校で長く社会科を教えてきて、今では全国を手品師として駆けめぐっている著者の貴重な体験談です。実は、私の事務所でもボランティアの手品師を何回も招いて演じてもらったことがあります。その人(男性)も、この本の著者と同じようなことを力説していました。演技の技術以上に会話力が求められるのが手品師なんだということがよく分かる本でした。
(2017年11月刊。1500円+税)

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