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モンテレッジオ、小さな村の旅する本屋の物語

カテゴリー:ヨーロッパ

(霧山昴)
著者 内田 洋子 、 出版  方丈社
私はイタリアにはミラノしか行ったことがありません。スイスからバスと列車でコモ湖に行き、そこからミラノに入ったのです。
そのミラノから車で2時間あまり、山の中にある小さな村、モンテレッジオ。
現在、モンテレッジオの人口は、たったの32人。男性14人、女性18人。そのうち4人は90歳代。就学期の子どもが6人いるものの、村には幼稚園もなければ、小学校も中学校もない。食料品や日用雑貨を扱う店もない。薬局や診療所、銀行もない。郵便局は閉鎖されていて、鉄道はおろかバスもない。
8月半ばの村祭りのときだけ人口が200人をこえる。そして、その村祭りとは、古本市。村の自慢の品は本なのだ。
海がなく、平地もなく、大理石の採石もできない。つまり、海産物も農作物も畜産品も天然資源もとれない村。それらが豊富な土地へ行くための通過地点という重要な役割があった。つまり、この村の特産品は、なんと「通す権利」。村には売る特産物がないので、本を売った。
ミラノから最寄りの駅まで3時間。そこからバスでさらに3時間かかる。
村勢調査によると、1858年ころのモンテレッジオの人口は850人で、うち71人の職業が「本売り」だった。
出版社は、モンテレッジオの本の行商人たちを大変に重宝した。読者たちの関心や意見を詳しくつかむことができたからだ。本を選ぶのは、旅への切符を手にするようなもの。行商人は駅員であり、弁当売りであり、赤帽であり、運転士でもある。
本を売る行商人たちの村があったというのは驚きです。私もたまに神田の古本街を歩きますし、古本目録を眺めます。古本を商品とする行商人が中世からいたなんて、信じられない思いでした。現代社会では電子図書ばやりですが、紙の本には特別の良さがあります。中古本だって、価値が下がることはないのです。
私のような本好きの本にはたまらない旅行記でした。
(2018年9月刊。1800円+税)

遠き旅路

カテゴリー:日本史(戦前・戦中)

(霧山昴)
著者 能島 龍三 、 出版  新日本出版社
日本軍が戦中、中国大陸で何をしていたのか、その実相に迫った迫真の小説です。思わず息を詰めて読みふけってしまいました。
私の亡父も徐州作戦のころ応召して中国大陸にいて、一兵士として最前線に立っていました。「戦争ちゃ、えすかもんばい」と生前、私に語ったことがあります。不幸中の幸い、亡父は赤痢などにかかって傷病兵として台湾に後送され、日本に生きて戻ることが出来ました。おかげで私がこの世に生まれたわけです。
この本の主人公は、最前線で罪なき中国の少年兵を斬殺させられます。その経験が、しばらくすると夜中に思い出されて眠れなくなるのです。
誠三郎(主人公です)が斬殺した少年の目が夢にあらわれるようになった。夢の世界の暗闇で、その目はただじっと誠三郎を見つめ続ける。声を上げて目覚めると、首から胸にかけて凍るような恐怖が流れ落ちた。
その夢には、やがて、目とともに斬首の直前の映像があらわれるようになった。右手と左手を指一本開けて引きしぼる、そして刀を振りおろす。その時の手の感覚が鮮やかによみがえった。誠三郎は声を上げて飛び起きた。胸は激しく鼓動し、冷たい汗をかき、口には生唾があふれた。
そして、主人公は、中国でのアヘン密売でうごめく日本軍幹部の運転手兼ボディガードとして働くようになります。
日本軍が中国大陸でアヘン売買でボロもうけして、その利益で日本軍の経費をまかない、さらには軍と政府の裏金としてつかわれていたことは歴史的事実ですが、それが小説のなかで展開していきます。
中国大陸において、日本軍と日本人は、まぎれもない加害者でした。と同時に、末端の日本人兵士たちは被害者でもあったわけです。
小説を通して、その両面をきちんと受けとめる必要があることを痛感させてくれました。濃密な1時間半をたっぷり過ごせたことに感謝するほかありません。
(2019年1月刊。2300円+税)

候補者たちの闘争

カテゴリー:社会

(霧山昴)
著者 井戸 まさえ 、 出版  岩波書店
今の日本で、政治家になりたいと言う人が一定数いるという現実があるのが、私にはちょっと理解しがたいところです。
トップがアベシンゾーのようなペラペラと意味の乏しいコトバをまき散らす人物なので、それなら自分だってやれると思うのでしょうか・・・。何らかの政策と信念を実現すべく政治家になりたいというヒトばかりであってほしいものです。
小池百合子の希望の党で候補者となれたのは、政治家としての資質や地道な活動というよりも「勝てるか否か」だった。
現在の日本で、女性政治家が立身出世するロールモデルの一つは、たとえば極端な右傾化をし、背伸びして男性並みの発言をすること。たとえば、女性への偏見・差別の問題について、男性擁護の発言をする。女性が女性差別などないと発言すると、それだけで重宝がられるので、さらに過激化する。
男性では発言しにくい慰安婦問題で、ネトウヨの主張にそった内容で女性が発言することで重宝がられる。
杉田水脈は、そのような「立身出世コース」に乗っている。稲田朋美もまた、それによって身の丈にあわない役職に抜擢され、失速した。杉田水脈は日本維新の会で衆議院議員に初当選し、その後、次世代の党、日本のこころと政党を移りながら、根拠のないネトウヨ的発言を繰り返し、名を売り、仲間を増やしていった。
選挙に出られるのならば、どの党でもいいという人は少なくない。自民党でも、民主党でも、希望の党でも、立憲民主党でも、選挙に出られたら、どれでもいいという人は意外に多い。
人を裏切るのは平気。ウソをつくのに何のためらいもない。これが出来ないような人は、この世界では生きのびることが出来ない。
いやはや、政治の世界とは、かくもおぞましいところなのですか・・・。
そうすると、なおさら小選挙区制の弊害は大きいということになります。中選挙区制だと、何人かの議員のなかには少しはまともな人もまぎれ込める可能性があるからです。一選挙区に1人だと、権力に弱いかお金のある、おかしな人しか議員にはなれないでしょう。
そして、高額の供託金と没収制度も、出たい人より出したい人を出せなくしています。
日本の選挙の現状を内側から、つまり候補者の側から、かなりあからさまに暴露している面白い本です。
(2018年12月刊。1700円+税)

82年生まれ、キム・ジヨン

カテゴリー:朝鮮・韓国

(霧山昴)
著者 チョ・ナムジュ 、 出版  筑摩書房
読んでいて切なくなるストーリー展開です。これは、隣国の話というより、私は日本の話だなと思いながら読みすすめていきました。
たしかに、チョンセとかチュソクとか、日本と風習・習慣が違うところがあります。でも、「ママ虫」というあたり、また、東京医科大学入試での男子ゲタはかせ慣行のように女性があからさまに差別されているところは本質的に同じです。家庭内でも男性優先で、女性はあとまわしというのも、日本全国で最近まで(今もかな)ありましたよね・・・。
親の給料は、兄や弟の学費に使われ、女の子はあとまわし。一家を盛り立てるのは男の子であり、それが一家全員の成功であり、幸せだと考えられていた。娘たちは、喜んで男の兄弟を支えた。
日本も同じです。私自身も男3人は大学に行き、姉の一人は高卒で就職しました。
海苔巻きの具には、たくあんが必須で、これが抜けると大失策というのも日本人には分からない習慣です。
2014年、韓国の既婚女性5人のうち1人が、結婚・妊娠・出産・幼い子どもの育児と教育のために職場を離れた。
秋夕(チュソク)は、1年でもっとも重要な祭礼の日で、里帰りして先祖の墓参りするのが恒例。
3番目以降の子どもの性は男児が女児の2倍以上だった。要するに、女児だと判明すると妊娠中絶する親が多かったということ。
韓国では、基本的に高校受験がなく、地域の高校に割り当てられる。これは、知りませんでした・・・。
女性は、能力が劣っていたらダメ、優れているのもダメ、その中間だと中途半端だからダメだと言われる。
「味噌女」とは、家族や恋人に経済的に依存しながら、ブランド物を買ったり、高いスタバのコーヒーを飲んだりする。見栄っ張りの女性をおとしめて言う、2005年ころの流行語。
韓国は、もっとも女性が働きづらい国。男女の賃金格差がOECD加盟諸国のなかでもっとも大きい国だ。日本もあまり変わらないのではありませんか・・・。
韓国の戸主制度は2008年に廃止された。もはや韓国に戸籍はなく、人々は自分ひとりの登録簿だけで問題なく暮らしている。ふむふむ、なるほど、ですね。ただ、結婚のとき、同氏(姓)の人と結婚しないという点は、今はどうなっているのでしょうか。
韓国で100万部という驚異的なベストセラー小説となったものが日本でも出版されたのです。女性の不屈なたたかいはまだまだ当分続くことでしょう。私たち男性も、そのたたかいをしっかり支える必要があることを切々と痛感させてくれる本でした。ベストセラーの名に恥じません。
(2019年2月刊。1500円+税)

植民地遊廓

カテゴリー:日本史(戦前・戦中)

(霧山昴)
著者 金 富子、金 栄 、 出版  吉川弘文館
日本が朝鮮半島を植民地として支配していたとき、日本の兵隊たちはどんな性生活をしていたのか・・・。
それまで公娼制のなかった朝鮮に日本は日本式「遊廓」を持ちこみ定着させた。そして、日本軍憲兵隊は兵士の性病予防に必死だった。それほど日本人兵士は性病にかかり、戦闘能力を喪っていた。
とても実証的に探求している本なので、説得力があります。
前近代の朝鮮社会では、朝鮮王朝政府が性売買を政策的に禁止していたため、徳川幕府が公認していた吉原遊廓のような公娼制はなかった。ところが、朝鮮「併合」のあと、日本式の性売買は、名称を変えながら朝鮮人を組み込み、朝鮮社会の性慣行を次第に「日本式」に変えていった。
日本の植民地都市を特徴づけたのは神社と遊廓だった。植民地の遊廓には、常に日本人娼婦が存在した。欧米の植民地にも売春する女性はいたが、支配側出身の女性が売春女性になることは少なかった。
前近代の朝鮮社会において、一般庶民層は、早婚の風習もあって性売買に無縁な生活だったし、売春を専業とする女性はごく少数だった。
これに対して、近世日本では、吉原遊廓などに公認の遊女がいて、準公認の飯盛女など、また非合法(陰売女)などきわめて広範囲に性売買が展開し、遊廓は実質的な人身売買による売春強制の場だった。
近代朝鮮での性売買の普及は、日清戦争と甲午改革(1894年)が大きな節目だった。
日清戦争、そして日露戦争によって大量の日本軍兵士が朝鮮に常駐することになって、日本軍将兵への性病対策が重視された。
1910年に韓国併合のとき、朝鮮在留の日本人は17万1000人だった。
1929年の朝鮮半島での遊廓営業者の6割は日本人、娼婦の6割弱も日本人、遊興費の9割を日本人男性が占めた。
日本人娼婦の出身地は、長崎、福岡、熊本、広島、佐賀の順に多かった。長崎だけで4分の1を占めた。カラユキさんと言われるように、島原が多かったのでしょうか・・・。
遊廓経営は、とてもうま味のあるビジネスであり、赤荻與三郎は大富豪になったうえ、府会議員にまでなっている。また、その利益の一部は在朝日本人子女の教育費として使われた。
1921年のデータによると、在朝日本人の5万人以上が性病患者だった。同じく朝鮮人は10万人近い。日本国内に比べて、植民地在住の日本人男性の性病罹患率は格段に高い。
朝鮮人娼婦には、16歳、17歳、18歳と十代の少女が多く若い、安いという特徴があった。
当時の朝鮮人女性のほとんどが文字の読み書きは出来なかった。
朝鮮人娼婦たちは、人身売買や劣悪な処遇に対して、自殺や心中、逃亡などで対抗し、また断髪や同盟休業、同盟断食などで抵抗した。
女性を集めるとき、多くの場合、詐欺による募集や誘拐まがいの不法な人身売買が横行しているのが実情だった。
日本による植民地支配のなかで、まだ十代の年若い朝鮮人女性の多数を日本式の娼婦にしていったのですから、日本の責任はきわめて重大だと改めて痛感しました。
この現実を日本人は忘れてはいけないと思います。大変貴重な労作です。
(2018年10月刊。3800円+税)

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