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熊の皮

カテゴリー:アメリカ

(霧山昴)
著者 ジェイムズ・A・マクラフリン 、 出版  早川書房
アメリカはアパラチア山脈の自然保護区で働く管理人が密猟者とたたかう話(小説)です。
狙われるのは熊です。それもクマの胆をとって、中国に売りつけようというのです。これには驚きました。なんだか、ひと昔前のアメリカと中国とは逆の関係だったことを思い浮かべてしまいます。
野生動物やその身体の一部の密輸は、麻薬、偽造物、人身売買に次いで、世界で四番目に大きなブラックマーケットへ発展している。そこからは、毎年、数十億ドルの利益が生み出されていて、テロ組織や伝統的に違法薬物のみを扱ってきた犯罪組織がこぞってこの業界に参入しはじめている。
熊の胆は、通常、冷凍または乾燥の処理をほどこしてから売りに出される。ところが、冷凍した豚の胆のうと熊の胆のうを見分けるのは専門家でも難しい。乾燥した豚の胆のうに至っては、同じく乾燥した熊の胆納とまるで見分けがつかない。
主人公は、うっそうと木々が生い茂る森のなかにずんずんと入っていき、密猟犯を追いつめるべく森に溶け込み、森と同一化していくのでした。
大地の香り、朽ちゆく動物の死体の肉の腐敗臭、野生動物の体毛の感触、東部山岳地帯に特有の湿気と熱気。ひんやりと肌をなでるそよ風、かすかな木もれ日、夜の闇、虫の音や鳥のさえずりまでもが、じかに感じとれそうだ・・・。
自然を愛する著者の森に対する畏怖と敬意とがありありと伝わってくる本です。
(2019年11月刊。1900円+税)

ウィーンびいきのウィーン暮らし

カテゴリー:ヨーロッパ

(霧山昴)
著者 服部 豊子 、 出版  ブロンズ新社
私もウィーンには一度だけ行ったことがあります。いかにも古都らしいたたずまいの町で、音楽好きの人なら、ぜひ一度は行ってみたいと思うところだと実感しました。
ウィーンは、古代ローマ人が1世紀の初めから500年間も支配した。その後は、東方の騎馬民族アヴァ―ル人やハンガリーのマジャール人に占領されたり、フランケン王国に属したりしたあと、10世紀から13世紀までパーペンベルグ王朝が治めた。10世紀末にオーストリアの名で国家が成した。その後は大帝国となったものの、第二次大戦後の1918年にハプスブルグ王朝が終了すると、オーストリアは小国となり、第二次大戦中はナチスの支配下に組み込まれた。
ウィーンは、周辺の数多い国々から人々が集まって来て成り立った町なので、さまざまな個性がその個性を保ちながら融合し、ウィーン気質をつくっていった。
昔、ウィーンでは、料理人はチェコ人、馭者(ぎょしゃ)はハンガリー人、土木労働者はイタリア人と言われていた。19世紀末のウィーンの10人に1人はユダヤ人だった。
多くのウィーン人は音楽や演劇をたいそう好む。
ウィーンではオペラ舞踏会のほかに舞踏会がたくさんあるので、ウィーンはダンスが上手で、まさに「ウィーンは踊る」だ。
モーツァルト、シューベルト、ヨハン・シュトラウス・・・、みなウィーンで活躍した。
ベートヴェンもシューベルトもウィーンの中央墓地に眠っている。
オーストリアでは白ワインが90%を占めている。軽く新鮮な香りが特徴で、わずかに酸味のある辛口。
ウィーンのシェーンブルン宮殿は1805年と1809年にナポレオンに占領された。この本には、いまいましくも・・・と書かれている。このシェーンブルン宮殿はマリア・テレジアの好みで、特徴ある褐色がかった黄色に塗られている。
ヨハン・シュトラウスは親子二代にわたって19世紀の100年間、音楽(ワルツ)をかなでた。このワルツ熱は、保守反動の官僚制を固守していたメッテルニッヒにとって、人々の政治に対する関心をそらすために好都合なものであった。
なーるほど、そういう面もあるのですね・・・。
父シュトラウスは、ラデツキー将軍とその兵士にささげた「ラデツキー行進曲」を作曲し、息子シュトラウスは、1848年の三月革命のとき勇敢に戦う革命軍に感激して「革命マーチ」を作曲した。
ベートヴェンはナポレオンを尊敬していたので、「第三番」「英雄」を捧げた。しかし、ナポレオンが皇帝になったことを知ると、痛く失望し、楽譜の表紙に書いていたナポレオンの名を強く擦り消したために、紙に穴が開いてしまった。
19世紀の目ざましい経済発展を担ったことで富を得たユダヤ人たちは、法を尊重し、道徳的かつ知的で、貴族文化をよく吸収していた。合理的な文化社会を築くことによって、社会は民主的秩序が整えられていくものと考えていた。しかし、底辺の層は資本主義経済を握っていたユダヤ人に対する嫉妬や反感から、反ユダヤ的キリスト教社会主義などが広まっていった。反ユダヤ的、汎ドイツ主義が出現していったのだ。
このあたりが、日本人にはもうひとつぴんとこないところです。
香り高い文化と音楽の町・ウィーンを堪能できる本でした。人間ドッグでこもったホテルで読んだ本です。
(2003年7月刊。2000円+税)

ストライキ消滅

カテゴリー:社会

(霧山昴)
著者 大橋 弘 、 出版  風媒社
フランスでは、現在、マクロンの年金改革に反対して大々的なデモがあり、なんとなんと弁護士をふくめてストライキが頻発しています。ストライキはまさしく市民生活に定着した年中行事です。みんな迷惑しているけれど、権利主張なら仕方ないと国民の多くが我慢しているのです。
ところが、日本ではストライキは完全な死語になっています。
日本では、2017年に半日以上のストライキに入ったのは381件、参加人員7953人。2016年は31件、2383人。2015年は39件、2916人。これではストライキのない国と言えるだろう。
かつての労働省には労政局長というポストがあり、筆頭局長だった。労政局は、労組に関する情報を収集し、対策を立案していた。ところがストライキがほぼなくなってしまうと、労政局は軽視されはじめ、ついに今の厚労省には労政局がおかれていない。
1975年11月26日の始発から同年12月30日の終列車までの丸々8日間、国鉄全線がストップしてしまうストライキがあった。私が弁護士になって2年目の秋のことです。当時、鎌倉の大船に住んでいた私はストライキに参加しなかった京浜急行にたどりつき、それに乗って勤め先である川崎の法律事務所に出勤しました。通常なら片道1時間かからないところを3時間以上かけたと思います。乗客の多くは不満たらたらでしたが、駅で暴動が起きることもなく、大人しくあきらめていたように思います。いえ、マスコミはストライキに突入して乗客にひどい迷惑をかけたとして、国労などの労働組合を叩いていました。迷惑行為はやめろ、権利主張なんて、とんでないというものです。そして、労組が順法闘争を始めて、安全確認・優先のためにノロノロ運転していると、国民の怒りは労働組合のほうへ向き、政府や大企業の経営者は安穏(あんのん)としていたのです。
スト権ストと呼ばれるこの8日間のストライキは見事なものでしたが、当時の三木政権は三木首相がスト権の確立に同情的姿勢を周囲全部から抑えこまれ、スト権は認められないとの声明を出し、労慟組合側は全面的に敗退してしまったのです。この結果、日本からストライキが事実上消滅してしまったかのような状況になっています。さらに、日本最強だった国鉄労組はたちまち労組員が大きく減少し、存亡さえ危ぶまれる状況にまで陥ってしまいました。
この本は、国労の委員長だった富塚三夫と武藤久にロングインタビューしたものを編集して読みやすくなっています。私もこのスト権ストを体験した者の一人として、本書は大変貴重なものだと考えます。
国労などの労働組合の弱体化を狙った「マル生(せい)運動」については、録音していたものが暴露されたので、たちまちしぼんだ。このときはマスコミも労組側に好意的だった。ところが、逆に労組側がおどりたかぶっていた状況が映像化されていた。それによって労組側は世論から一挙に非難されるようになった。現場はまともに働いておらず、管理者は労組員の言いなりだというマスコミによる報道ばかりの日本が出現したのです。
そのなかで、国鉄改革3人組なるものがもてはやされました。いずれも民営・分割後のJR各社で社長になっていきます。
その結果、労組というのは権利主張ばかりで、他人に迷惑ばかりかける存在だというのが日本国民の意識のなかにすっかり定着してしまいました。日産労組の塩路一郎も悪いほうのイメージ定着に一役買ったようにも思います。
それがエスカレートしていって、権利を主張したら悪いことかのような錯覚まで日本社会に定着したのです。この点については、当局(権力)側の意向を無批判にたれ流したマスコミの責任は重大だと思います。
ただ、本書を読むと富塚三夫、武藤久は、反省すべきところを十分に語り尽くしてはいない気もしました。
ストライキは労働者、そして国民の権利であり、甘受すべき義務があるものだという発想への切り換えが今こそ必要だと思います。45年も前の出来事を振り返った貴重な証言録だと思いつつ、重たい気分で、なんとか読了しました。
(2019年7月刊。1800円+税)

こどもたちのライフハザード

カテゴリー:人間

(霧山昴)
著者 瀧井 宏臣 、 出版  岩波書店
ライフハザードって何・・・?一言でいうと生活破壊。もう少しニュアンスの違った生活の崩れ。それが、現代に生きる子どもたちに起きているという警告の書です。
こどもの体温は、1日のうちに0.6度から1度のあいだで変動し、季節によって異なるが、36度から37度のあいだで推移するのが普通。そして、通常は夜に眠っているあいだ体温は低く、朝に目が覚めてから次第に上がっていき、午後3時から4時ころをピークとし、それからまた下がっていく。
ところが、低体温の子は、生体リズムが3.4時間ほどうしろにずれてしまっている。朝、眠っているときの低い体温で起こされて、体温が上がらないまま保育園に来る。これでは、ボーっとしているのは当然だ。また、夜になっても体温が高いため、なかなか寝つけないという悪循環に陥っている。
赤ちゃんのころは体温が高い。通常は、3歳ころに体温調節機能が整って安定してくる。ところが、高体温の子は、体温調節機能が整っていない。つまり、赤ちゃんのころの状態が続いている。
表情が乏しく、あまり泣いたり笑ったりしない赤ちゃんが目立つ。
保育園で「気になる子」のほとんどが、夜間の睡眠時間が少なく、しかも不規則になっている。その多くは情動が不安定で、他人に関心がない。そして、①無表情。②理由なき攻撃性。③強いこだわりという三つのタイプに分かれる。
欧米では、中学生までは夜9時に寝るのがあたりまえ。国際的にみて、子どもの遅寝が社会問題となっているのは日本だけ。
子どもが大量の清涼飲料水を飲んでいると、ペットボトル症候群になる。これは、2型糖尿病の一種。甘い清涼飲料水が引き金になって、子どもが昏睡状態になるケースがふえている。
肥満の度合の高い子ほど、食べる速さが速く、食べる量が多く、しかもかむ回数が少ない。
肥満の度合が高いほど、依存型行動や攻撃型行動、自閉か多動型行動が多い。
コケコッコというニワトリ症候群。ひとり食べ孤食のコ。食事をとらない欠食のケッ。家族と一緒でも自分の好きなものをたべる個食のコ。肉やカレーライスなど、いつも決まったものばかりを食べる固食のコ。
親が、食についての子どもの要求をできるだけ受け入れている。嫌いなものを無理に食べさせず、子どもに訊いて喜ばれるものを出している。そのほうがムダやハズレがなく、作るのも食べさせるのも楽だから。
衣食住遊のなかで、食の地位は最下位まで下落している。遊びやレジャーのために食費を削るのは、あたりまえになっている。
症状が出る出ないは別として、今の大学生の10人に9人はアレルギー体質。
子どもにとって遊びは、身体機能や運動能力を鍛え、物事を工夫する知恵を養い、情緒や社会性を育てる重要な役割をもっている。人間として生き抜くための基本的な能力を身につける大切な機会なのだ。
実は、この本は2004年1月に出たものです。今から16年も前の日本の子どもの状況を問題視しているのですが、その後、事態が改善されたどころか、ますます心配な状況になっているのではないでしょうか・・・。孫をもつ身として、大いに考えさせられる本でした。
(2004年1月刊。1900円+税)

ギブミー・チョコレート

カテゴリー:日本史(戦前・戦中)

(霧山昴)
著者 飯島 敏宏 、 出版  角川書店
「少国民」と呼ばれていた東京は下町の子どもたちの毎日が書きつづられています。まさしく悪ガキたちなのですが、決して憎めません。
そして、学校教育の恐ろしさを読者は追体験していくことになります。
1941年(昭和16年)4月、尋常小学校が国民学校という名称に変わった。そして、文部省制定の国民学校指導要領は、「皇国の道にのっとりて・・・国民の基礎的錬成をなすを以て目的とす」になった。それまでは「皇国の道」ののっとってというのではなく、あくまで「児童の身体の発達に留意して」国民教育の基礎と生活に必要な知識技術を授くることを目的としていたのが一変したのです。
全国の公立国民学校で使われる教科書は文部省が制定したものに一本化された。
日本中の子どもたち全部を皇国に尽くす国民として育てられることになった。
小学校3年生の著者たちの新しい担任は中国で戦闘行為も体験してきた元兵士の教員で、拳骨、総員びんた、木刀の峰打ち、など徹底して軍隊式で鍛え上げられていった。そして、子どもたちはたちまち順応して兵士に憧れ、海軍兵学校(海兵)に志願するのです。
日本軍が敗退していくなかで、初めて東京はB29による空襲を受けます。
1944年3月10日夜。初めて、アメリカ軍の超大型爆撃機B29という怪物を見た。超低空で、ゆっくりと翼があらわれると、もう街を覆い尽くすほどの大怪鳥だった。
この巨大な金属製の大鷲みたいな爆撃機は、人間の気配をまったく感じさせない。遠い空には、提灯行列のように、小さな、無数の光が、害もなく流れていくのが見える。のどがからからに干上がるのもかまさず、口をあけたまま凝視していた。
3月10日、アメリカ軍のB29が300機で東京を空襲した。わずか2時間半の爆撃で大日本帝国の帝都・東京の23万戸、12万人を焼却処理した。
ところが、8月15日に戦争が終わったとたん、日本中が、それこそ一億一心、食べ物探しに出歩いた。そして、町でアメリカ兵に出会い、板チョコをもらって喜ぶのでした。15歳のことです。
著者の大の親友だったチュウがクラスのなかでただ一人、空襲で亡くなったのでした。それは文部省思想局による少国民教育の成果として、早期消火活動に取り組んでいたので焼死したのです。にもかかわらず、生き残った教師は、それを「逃げ遅れた」などと言ってのけた。冗談じゃない・・・。
戦時下の「少国民」教育の恐ろしさを今になってしみじみ振り返った本です。でも、振り返ることのできなかった大勢の若者たちがいたことを忘れてはいけない。改めて、そう強く思ったことでした。
正月休みの昼食をはさんで読みふけりました。トランプ大統領がイランの軍事司令官の暗殺を命じたニュースに身体がゾクゾクする思いでした。戦争はこうやって始まるのですよね。
「ウルトラマン」の監督による、かぎりなく事実に近いフィクションとして読み通した本です。
(2019年8月刊。1800円+税)

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