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東大生はなぜコンサルを目指すのか

カテゴリー:社会

(霧山昴)

著者 レジー 、 出版 集英社新書

 今や東大法学部より経済学部が人気があり、入試の難易度も上だと聞くと複雑な気持ちです。法学部から高級官僚になるというのは、例の「アベ神話」にからんで佐川某という恥さらしの高級官僚の国会答弁によって地に墜(お)ちてしまったことはよく分かります。

 文科省の事務次官だった前川喜平氏のような骨のある官僚がまだいると信じたいのはやまやまですが、外に見えてくるのは、国民生活を犠牲にしてアメリカに追随して大軍拡路線を突っ走っている官僚ばかりです。

では、経済学部のほうはどうか…。今の日本の超大企業は空前の好景気にあって内部留保を貯めに貯め込むばかりで、労働者の賃金を上げようとはしません(取締役報酬のほうはアメリカ並みにしようと、大幅に上げています)。そして、戦争をネタに金もうけを企み、軍事産業でボロもうけしようとしています。そんな企業に入って楽しいですか…。人殺しに加担して、1回きりの人生に何の喜びがありますか…。

 コンサルタント会社を全否定するつもりはまったくありません。でも、結局は、いかに効率よく金もうけするか、それに全身全霊をつぎこむという毎日を送るのではありませんか。

 まあ、そんな人生の一時期があってもいいのかもしれませんが、一生ずっと、そんなことやるものでしょうか…。

 今の若者は「成長したい」と願う。その裏側にあるのは「安定したい」。

 最近、東大ロースクールの在学生と話す機会がありました。彼は弁護士になって食べていけるのか、とても心配していました。私のときは司法試験の合格者は500人。今は3倍の1500人。なので競争はきびしい。しかも、地方は人口減で、経済も衰えている。だから、東京で仕事するのを選ばざるをえないし、大きな事務所に入って、多面的なスキルを身につけようと思う、こう言うのです。深刻な状況です。でも、他方にも弁護士へのニーズはあるし、やり甲斐を感じて毎日仕事をしているのです。それがまったく伝わっていません。

 コンサルには、十分な収入と他人に発信して恥ずかしくない看板がある。スキルとお金を得ることができて、かつ時代のトレンドに乗っている仕事、それがコンサル。

 コンサル業界特有のコトバ。

 「バリューが出ているか(価値が出ているか)」

 東京で生活するのは、地価も物価も高いし、週末に遊びに行くのにもお金がかかる。その生活を支えるだけの給与を払ってくれるのは、コンサル、外資系、そしてIT企業しかない。

 今の時代に求められるのは、「出された問題を解ける人」ではなく、「自分で問題を発見し、解決できる人」だ。

 多くの人がコンサルになりたがる状況の裏側には、拡大を志向する業界側の事情もある。

 コンサル業界では、MECE(ミーシー)、「結論から話せ」「3つあります」が流行する。

 MECEは、「もれなく、だぶりなく」。今や、コンサル業界も「やさしい」を売りにしている。かつての「地獄」ではなくなったという。ホントかな…。

 コンサル業界には、辛い、怖いというイメージがある。ホント、そうですよね。電通の「鬼の十則」なんて、驚き、かつ、呆れてしまいましたが、東大卒の若い女性社員を自死に追い込みましたよね。あんな恐るべき企業体質は本当に変わったのでしょうか…。

 自分の人生、いったい何をするのか、ぜひ真剣に考えてほしいと思わせる新書でもありました。

(2025年8月刊。1056円)

根も葉もある植物のはなし

カテゴリー:生物

(霧山昴)

著者 塚谷 裕一 、 出版 山と渓谷社

 多種多様な植物について、実に不思議だらけ、奇妙な生態を面白く説明していて、少しも飽きることなく、最後まで一気読みしました。

コアラの食べるユーカリは等面葉をもつ。葉に表も裏もないように見える。

なぜか・・・。オーストラリアの夏の光は強すぎるので、表だけに直射日光があたることのないようにしたのだ。

楠(クスノキ)は、自らダニ室をつくって、善玉のダニを住まわせている。ハダニを退治してくれるのを期待して・・・。

新緑の葉が赤いのはカナメモチやイロハモミジ。でも、なぜ赤くなるのか。その理由は解明されていない。

ネギの葉は、もともとは中空ではなく、中が詰まっている。それが成熟するにつれ、中空になっていく。

カエデは蛙手から来ている。

わくらば、とはお酒に酔って寝入ってしまうこと。病葉と書く。

ソメイヨシノの片親はオオシマザクラ。河津桜はカンヒザクラの血の入った自然雑種。

変化(ヘンゲ)朝顔は江戸時代に大流行した。大名家などの富裕層のあいだにあまりに流行したため、禁止令が出たほど。そして、明治・大正と何度も繰り返しブームになった。葉と花の形を見ても、まさかこれが朝顔とはとても思えないものになっている。突然変異体なので、その系統の維持には、本来、遺伝学の知識が必要。しかし、江戸の人々は、それなしに、広い場所と根気でやり遂げた。漱石の『行人』にも変化朝顔が登場している。確かめてみました。たしかに登場しています。1912年ころの風俗です。

カリフラワーは、自然界ではありえない姿形。人間が長い期間をかけてつくりあげた食物。

チューリップにもバラにも青い花はない。黒いチューリップは出来た。

ヒスイ色したヒスイカズラは育てるのが難しい。ともかく、見事なヒスイ色の花です。びっくりします。

似た色の碧(あお)い花が紹介されています。屋久島固有種のヤクノヒナホシです。とても不思議な色と形をしています。

大変勉強になる植物のはなしでした。

(2025年8月刊。1980円+税)

95%の宇宙

カテゴリー:宇宙

(霧山昴)
著者 野村 泰紀 、 出版 SB新書

 私は、たまに宇宙について書かれた本を読むようにしています。
人間同士の欲望のぶつかりあいの場に日々身を置いている者として、たまには地球を脱出して想像の上だけでも宇宙の果てまで駆けていきたいのです。せせこましい現世から逃れて、宇宙はこのまま膨張を続けるのか、それとも反転して圧縮する方向に進むのか、私の死後の何億年も先のことではありますが、現世の欲望にとらわれず自由に想像するのも楽しいことです。
光は波であり、粒子でもある。光は物質とエネルギーを変換することが出来る。いやはや、光より速いものが存在しないというのに、光は粒子でもあるというのです。どうしてそんなに速く走れるのでしょうか・・・。
この宇宙は、少なくとも17種類の素粒子で構成されている。
時間というものも不思議なものです。まず、重力が大きい場所にいたり、移動速度が速くなったりすると、時間の進み方が遅くなる。
GPSはアメリカの測位システム。同じ働きをするシステムは、世界的にはGNSと呼んでいる。
重力は質量のある物体にある時空の歪(ゆが)み。こう表現されると、あまりにも難解で理解不能です。
宇宙の誕生から38万年たち、温度が3千度Cに下がると、原子核は電子を捕獲して、原子になる。そして、原子は中性なので、光の進行を邪魔しなくなるので、光はまっすぐに進めるようになる。これを、「宇宙の晴れ上がり」という。
宇宙が膨張するというのは、宇宙全体のサイズが大きくなるという意味ではない。宇宙膨張とは、無限の空間に散らばった物質同士の間の距離が大きくなっていくという現象。宇宙全体の大きさは常に無限大だ。ゼロ掛けゼロはゼロ。同じく無限大掛け無限大も無限大というわけです。なんだか、分かったようで分かりませんよね。
宇宙の膨張を加速させているのはダークエネルギー。
時間の矢とは・・・。事変が過去から未来に一方向に流れていくこと。基礎的な物理法則とは時間の向きを区別しない。方程式の上では、過去と未来の区別はなく、時間は対称する。しかし、現実の世界では、過去と未来は明らかに非対称。
映画「バックトゥザフューチャー」はありえないのです。これは、過去にさかのぼって、あなたが親殺しをしたら、いったい、あなたはなぜ生まれたのかという疑問は解決できないということです。
空間の次元は三つなのに、時間の次元は一つしかない。これがなぜなのか、根本的な答えは得られていない。結局、果たして、時間は存在するものなのか、という疑問にたどり着くのです。
どうでしょう、たまには、こんなことに頭を悩ませてみるのもいいのでは。
まったく理解できないし、想像すらできない世界がそこにあります。
ところで、私には、なぜ地下鉄のなかでケータイで会話できるのか、不思議でなりません。海底に有線ケーブルを設置しているから海外と通話できるというのなら、少しは想像できるのですが・・・。世の中は知らないこと、理解できないことだらけです。
(2025年8月刊。1045円+税)

恐竜学

カテゴリー:恐竜

(霧山昴)
著者 小林 快次 、 出版 東京大学出版会

 私は恐竜の話が大好きです。福井の恐竜博物館には2回行きました。最近、リニューアルされたそうなので、また行きたいです。
残念なのは、九州にも恐竜化石が出土していて、博物館まである(天草にも近い御船町恐竜博物館)というのに、まだ行ってないことです。ここでは、ティラノサウルス、ヴェロモラプトル、ヨロイ竜類など多様な恐竜化石・卵殻化石が発見されているそうです。
あの恐竜学研究の第一人者である小林快次(よしつぐ)博士によると、日本の研究者は、世界の恐竜研究において重要な位置を占めているとのこと。頼もしい限りです。モンゴルはともかく、アメリカのアルバータの恐竜博物館にいくのが私の夢です。この夢が実現することを願っています。
恐竜映画「ジュラシック・パーク」には、度肝を抜かれました。その後のシリーズは観ていませんが、今ではNHKの恐竜特集番組でもCGによって恐竜が地上をのっしのっし歩き、食うか食われるのかという格闘場面が再現されていますし、身体のカラフルな模様もイメージをかきたててくれます。
恐竜化石からタンパク質・アミノ酸を取り出し、DNA復元を目ざしている(?)とのこと。まるで「ジュラシック・パーク」の世界です。でも、恐竜は巨大天体がメキシコ湾あたりに衝突したことで絶滅してしまったのですよね。簡単に復元されても困ります。ゴジラの復活と同じように、人類は対抗できないでしょうから・・・。
恐竜が出現したのは2億3000万年前の三畳紀。絶滅したのは6600万年前の白亜紀。ということは1億7000万年ほども地球上の王者だったわけですよね。
そして、恐竜は本当は絶滅なんかしておらず、今の鳥類が恐竜の子孫であることは間違いないこと。まあ、鳥類といっても小鳥から大型のコンドルまで、いろいろいますけどね・・・。
鳥類といえば、歯がないと思います。クチバシはありますが、一気に吞み込んでしまいますよね。でも、途中では、歯がある鳥類の仲間もいたようです。
生痕化石とは、過去に生きた生物の痕跡が化石として残されたもの。恐竜の食性研究では、糞石がある。恐竜が何を食べていたかが、これで分かる。
ティラノサウルスの糞石として高さ44センチ、幅16センチ、長さ13センチという長大なものが見つかっている。これに3センチほどの骨片を多く含んでいることから、ティラノサウルスが獲物の骨を砕いて飲み込んでいたことが分かる。
恐竜の羽毛はウロコから退化したものであり、これは皮膚が変形したもの。この羽毛に色がついていたと考えられるが、構造色というものがある。昆虫の玉虫と同じで、それは色がついているわけではない。
日本の恐竜化石は北海道から九州まで全国各地で発見されている。そして、北海道のカムイサウルスは全身骨格の8割が発見されている。これはすごいことです。
500頁近い大作で、いい値段もしているのですが、4月の初版から3か月後には第4刷というのもすごいですね。私のような日本全国の恐竜ファンが買っているのでしょう。
(2025年7月刊。5800円+税)

平家物語の合戦

カテゴリー:日本史(平安)

(霧山昴)
著者 佐伯 真一 、 出版 吉川弘文館

 平家物語というのは、源氏に負けた平家の姿を描いたものなんですね。
そして、この作品は、一人の著者が書いた小説のようなものではなく、さまざまな資料を継ぎあわせできた、パッチワークのような側面をもっている。琵琶法師が語り伝えたものというイメージがありますよね。
「平家物語」には多くの写本があり、写本間の相違は大きく、ほとんど別作品のようだ。
語り本系と読み本系の二つの系統があり、むしろ読み本系の方に古い形が残っている。
以仁(もちひと)王の号令によって挙兵した頼朝や義仲が平家を倒すことになる。以仁王の号令こそが平家を滅ぼしたといえる。
橋合戦では三井(みい)寺の悪僧(あくそう)たちが活躍する。この「悪」は、強いとか猛烈なという意味であって、悪いという意味ではない。
源(木曽)義仲は、賢く、容顔もよく、武芸の能力もあった。
「平家物語」などの軍記物語では、だまし討ちは珍しくない。「正々堂々と戦う武士道」というものはなかった。
平家が最後に頼ったのは、比叡山延暦寺だった。ところが、この延暦寺でも、もとからいた反平家派が義仲の攻勢を後押しとして勢力を握った。
院政が続いていた当時、実質的な最高権力者は上皇だった。ところが、後白河法皇がひそかに逃げ出してしまった。法王を失った時点で、平家政権の正当性は半減してしまった。木曽義仲が都入りしても、参謀役はいないし、後白河法皇から頼られてもいないので、京都を支配することは難しかった。後白河法皇は、義仲を見捨てて、頼朝に頼ることにした。
当時の武士たちの発想は、味方をだまし、主君をだましてでも、勲功を目指すのは当たり前というもの。この時代の下位武士たちは、ともかく手柄を立てることを目的として戦場にのぞんでいた。味方の勝利より、自分の功名のほうが大事なのだ。
一ノ谷合戦というけれど、「一ノ谷」は小さな谷の名前にすぎない。実際には、広く、今の神戸市全域が戦場だった。
武士たちは、とくに弟子を大事にした。このころ、武士道というコトバはなかった。「平家物語」の描く武士には嘘つきが多い。
平家が屋島の内裏を焼かれたことは平家の権威を失わせる大事件だった。
壇ノ浦合戦の真相として、潮流説もあるが、信じられない。また、水夫を源氏方が狙って殺傷したというが、当時、非戦闘員は保護すべきだという感覚があったとは思えない。
この当時の合戦においては、個人技を競うことがとても重要な位置を占めていた。
壇ノ浦合戦で平家方が敗北したのを見てとると、平清盛の妻・時子(60歳)は、二位尼(にいのあま)として、宝剣を腰に差し、8歳になる安徳天皇を抱いて、海中に身を投げた。時子は、正統な天皇家をここで終わらせるべきだと判断したのだ。このとき、時子が言ったのが、「浪(なみ)の下にも都のさぶらふぞ(都がありますよ)」という有名な言葉です。
平家一門の人々が海底の竜宮城で生きている。そんな夢を建礼門院(時子の娘で、安徳天皇の母)が見たという回想を後白河法皇に語ったとのこと。これは当時の人々にとって大変な脅威だっただろうとされています。
天皇が持つべき宝剣が海底に沈んだことは、この時代の人々に深刻な動揺をもたらした。
それはあったでしょうね。今でもエセ科学を信じて動揺している人がいかに多いことでしょう・・・。
「見るべきほどのことは見つ」という、平知盛の言葉は有名です。その反対に、「まだ見たきものあり」として、私は父の物語(戦前の東京での生活)を描いてみました。
(2025年4月刊。2310円+税)

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