法律相談センター検索 弁護士検索

民主主義のつくり方

カテゴリー:社会

(霧山昴)
著者 宇野 重規 、 出版 筑摩選書
大変失礼ながら、学術会議の任命拒否問題があるまで、東大教授である著者を知りませんでした。略歴によると、私が大学に入った年(1967年)の生年なのです。私も、すっかり年齢(とし)をとってしまったというわけです。申し訳ありません。
著者は東大で法学博士を取得し、政治思想史、政治哲学を専攻していますから、古今東西の政治思想家が次々に登場し、論評が加えられるさまは、小気味がいい感じです。
さて、問題は日本に本当の民主主義はあるのか、育つのか、です。著者はその点、希望を捨ててはいけないという考えです。
現代日本社会においても、民主主義の「種子」(タネ)は少しずつ根を下ろしつつある。もちろん、その「種子」が今後も順調に発育をとげ、さらに相互につながって一つの「森」を形成するようになるかどうかは、予断を許さない。
未来とは、本質的に理解不能なもの。安易に未来を予測できるとする言説や理論のほうが危うい。未来とは、人間にとって本質的に他者なのだ。
現代のように「未来を見通せない時代」だからこそ、すべての個人が自らの信じるところに従って「実験」を行う権利があるというプラグマティズムの教えに希望がある。
みんながあきらめてしまって投票所に足を運ばなかったら、「種子」が「森」になるはずもありません…。ぜひぜひ、投票率を6割といわず、8割にまで上げたいものです。
この本は、民主主義への不信が募(つの)る現代にあって、あえて民主主義を擁護するために書かれている。自分たちの力で、自分たちの社会を変えていくことが、民主主義の本質のはず。誰かが何をやってくれることを期待しているのは、自らの運命を誰かに委ねてしまっていることを意味する。
近代政治思想史は、自己の熱い壁の内にこもった個人が、他者に依存することを何よりも恐れながら、それでも何とか共存をはかるための論理を模索してきた歴史であった。
習慣とは、定着・安定と修正・変化の両側面をともなった媒体である。
習慣は、まったく変化しないわけではなく、長い目でみれば、習慣は、つねに変化し、けっして同じ状態にとどまるものではない。社会に安定性をもたらし、社会の再生産を可能にするのは習慣である。
現代日本の各地で、新たな「民主主義の習慣」が生みだされていることに著者は注目しています。そして、その担い手は、地域社会に根ざした存在であること、若い世代に注目すべき新たな動きが生じているというのです。そんな新たな変革の「余地」は「ローカル」な場所に生まれ、存在しているという著者の指摘が生かされ、現実のものとなり、大きくなっていくことを私も大いに期待したいと思います。
難しい話なのですが、意外にも分かりやすい口調の本でしたので、スラスラと読むことができました。こんなすばらしい能力をもった学者を理由も示さずに学術会議のメンバーに任命拒否するなんて、スガ首相の罪悪はあまりにも大きいと改めて実感しました。
(2020年12月刊。1500円+税)

進化のからくり

カテゴリー:生物

(霧山昴)
著者 千葉 聡 、 出版 講談社ブルーバックス新書
私はスマホを持たず、いつまでたってもガラケーだけ。それも、いつもカバンの中に入っていて、着信履歴を自宅に戻って充電するときに気がつくほど。
そのガラケーの由来であるガラパゴスについて、「ダーウィンによって発見されたガラパゴスフィンチのくちばしの形状の違い」というのが、実は伝説にすぎなかったというのです。この出だしの指摘には驚いてしまいました。
フィンチ類のくちばしの形状は、わずか40年ほどに変わる。エルニーニョにともなう気候変化によってくちばしの大きさと形は変化するのが認められた。これはダーウィンの発見のことではありません。1970年代からガラパゴス諸島で研究していたグラント夫妻によるもの。
ガラパゴス諸島には年間20万人もの観光客がやってきて、エクアドル経済を大きく支えている。
実は、ダーウィンは、ガラパゴス諸島に滞在中、ダーウィンフィンチにはまったく関心をもたなかった。ガラパゴスがダーウィンの訪れた特別な場所として人々に意識されるようになったのは1930年ころからのこと。
カタツムリのジェレミーの話は大いに受けます。2016年秋、イギリスのノッティン・ガム大学の広報室が市民に向けて呼びかけた。
「孤独な左巻きのカタツムリが、愛と遺伝学のため、お相手を探しています」
ジェレミーとは、ヒメリンゴマイマイというヨーロッパに普通にみられるカタツムリ。ただし、ふつうは右巻きなのに、ジェレミーは100万匹に1匹の確率で生まれる左巻き。左巻きのジェレミーは、右巻きのカタツムリとは交尾ができず、子どもをつくれない。そこで、このジェレミーの相手となる左巻きのカタツムリを市民に捕まえてもらおうという呼びかけだった。
これには各国のメディアが飛びつき、世界中で19億人がニュースを見た。すると、まもなく左巻きのカタツムリが市民から寄せられたのです。イギリスから、スペインのマヨルカ島から…。そして、ついに、ジェレミーの子どもが誕生したのでした。カタツムリって、オスでもありメスでもあるという不思議な生き物なんですね…。
次は、カワニナの話。100万年前、日本列島は大陸と一体だった。そのころ、日本から韓国にカワニナが移住していた。これは常識に反する事実です。DNA解析で判明した事実でした…。
著者は小笠原にもたびたび出かけているようです。
東京から父島まで船で1日。そこから船で2時間以上かけて母島にたどり着く。人口450人の村。今も昔も住民は若い。生活が厳しいので高齢者は少ない。そこでカタツムリを探してまわる生活。それが生態学者なのです。
ちょっとどころか、大いに変わった生態学者たちが次々に登場し、常識をくつがえすような発見をするのです。大自然の厳しさとたたかいながら…。
「むっちゃおもろい」という評言は、決してウソではありません。
(2020年7月刊。1000円+税)

モニカとポーランド語の小さな辞書

カテゴリー:ヨーロッパ

(霧山昴)
著者 足達 和子 、 出版 書肆アルス
ポーランドという国には行ったことがありません。「連帯」のワレサ大統領、アウシュヴィッツ、アンジェイ・ワイダ監督、ワルシャワ蜂起などを連想しますが…。
そのポーランドに留学し、生活して、ついには日本語とポーランド語の辞書をつくった日本人女性の心温まる話が展開します。
モニカは、ポーランドの少女の名前です。モニカは、両親を失って2歳になる前に、ワルシャワ大学に留学していた著者の下宿にやってきたのです。
著者がつくった『日ポ・ポ日小辞典』は、なんと初版3万部だったとのこと。すごい部数です。それは、当時(1982年2月)のポーランド軍の将校の指示によるものでした。その後も増刷されて、なんと5万部ほどになったというのです。見出し語1万2千の小さな辞書が、ポーランドで28年間、唯一の日本語の辞書だったというのですから、たいしたものです。その功績から、遅ればせながら2015年に著者はポーランドの大統領よりカバレルスキ十字勲章を授与されています。
さらに、著者は、日本の詩をポーランド語で紹介しています。
この本は、2歳になる前に両親から「捨てられた」モニカが著者を母親のように慕い、しがみついて離れなかったこと、日本に戻った著者がモニカとはずっと交流していたこと、そして、モニカは立派な「親」にひきとられて小学校から大学に行き、社会人となり、ついに結婚して、二人の子をもうけたこと、夫と別れたモニカのその後がずっと紹介されているのが、心に響きます。子どもたちを愛情もって育てたら、本当に無限の可能性が生まれてくるんだなと思わせてくれ、心が温まる本でした。
ところで、著者はいくつなのかなと思って、うしろの略歴をみると、なんと私より年長でした。50代までは、ずい分若くみられていて、いやだったとのこと。私も同じですが、今ではいつまでも若く見られたいという気持ちで一杯です。
(2020年10月刊。1300円+税)

南極ダイアリー

カテゴリー:生物

(霧山昴)
著者 水口 博也 、 出版 講談社選書メチエ
南極大陸にすむ生物の話が中心です。
今から6600万年前までの中生代のころ、南極大陸は緑が茂っていて、森林には恐竜たちが闊歩していたというのです。首長竜エラスモサウルスの化石が発見されているそうです。地球はそれほど温かかったのでした。暖流が南極大陸の沿岸にもやってきていたのです。今では、南極大陸は切り離されて、寒冷化しています。ところが、再び地球温暖化の影響を受けて、少しずつ生態系に変化が起きているようです。
南極大陸でペンギンたちが広大なコロニーをつくって営巣していますが、これはホッキョクギツネのような捕食獣が生息していないから。
ちなみに、ペンギンって、すべて南半球にいて、北極圏にはいないとのこと。うひゃあ、そ、そうだったんですか…。
南極は、この50年間で平均気温で3度も上昇した。南極に近づくと船は海洋投棄は一切しないことになっている。南極大陸に上陸するときには、靴の底を消毒液で洗浄する。また、外で用を足してはいけない。すべて携帯用のものに入れて持ち帰るルールだ。なーるほど、ですね。なにしろ、年間5万人もの観光客が南極に来るそうですから…。コロナ禍の今は、もちろん違うでしょうが…。
氷山の裏側に珪藻類がはりついていて、これをナンキョクオキアミが食べる。このオキアミは、5億トンと見積もられるほど大量に存在するので、アザラシなどが生息できる。カニクイアザラシは1500~2000万頭が生息している。ザトウクジラもオキアミを食べて生活している。
南極大陸では温暖化がすすむ一方で、降雪も増えている。すると、アデリーペンギンが子育てのための場所を確保できずに困ってしまう。
ザトウクジラは、激減して1万数千頭しかいない状況になったが、完全保護の下で回復し、今では12万頭はいると見込まれている。
ヒョウアザラシと海中で遭遇すると、威嚇するポーズをとるが、何もしないでいると、やがて離れていくとのことです。でも、ちょっと怖いですよね。
ペンギンは、年に1回、新しい羽毛につけ替える。そのときは、じっと動かずエネルギーを消費しないようにしている。
コウテイペンギンの寿命は20年とみられている。体高1メートル、体重は30数キロ。海に入るときも、海から出るときも、全員がタイミングをあわせて一気にやってしまう。恐らく、ヒョウアザラシ対策だ。
南極近くのキャンベル島には、シロアホウドリが1万5000羽いる。
読んで楽しい南極の本です。
(2020年11月刊。1800円+税)

孔丘

カテゴリー:中国

(霧山昴)
著者 宮城谷 昌光 、 出版 文芸春秋
人間、孔子の生きざまを丹念にたどった小説です。
孔子は妻との折りあいが悪く、また長男とも疎遠だったようです。まさしく決して聖人ではなかったのですね。そして、弟子たちと何度も流浪の旅に出かけざるをえませんでした。
群雄割拠の中国の各地を、時の権力者とまじわりながらも、ときにはねたみを買って追い出されてしまうのです。
孔丘が、自分の子に教えたのは、二つだけ。
「詩を学んだか。詩を学ばなければ、ものが言えない」
「礼を学んだか。礼を学ばなければ、人として立つことができない」
詩と礼は、精神の自立と正しい秩序との調和を目ざす孔丘の思想の根幹をなす。
中都の長官となった孔丘は善政を目ざした。善政の基本は、司法が公平であること、課税が過酷でないこと。この二つ。
政治とは率先すること。ねぎらうこと。孔丘もそれを実践した。
60歳は耳順。天命をより強く意識するようになったことから来るもの。どんないやなことでも、天が命ずることであれば順(したが)っておこなうこと。
孔丘は弟子に公こう言った。
「努力しなければ成就しない。苦労しなければ功はない。衷心がなければ親交はない。信用がなければ履行されない。恭(つつし)まなければ礼を失う。この五つを心がけること」
弟子の顔回が師の孔丘について、次のように語った。
「先生は、仰げば仰ぐほど、いよいよ高い。鑚(き)ろうとすればするほど、いよいよ堅い。まえにいたとみえたのに、忽然とうしろにいる。先生は順序よく、うまく人を導く。文学でわたしを博(ひろ)くし、礼でわたしをひきしめる。もうやめようとおもっても、それができない。すでにわたしの才能は竭(つ)きていて、高い所に立っている先生に従ってゆきたくても、手段がない」
これが孔丘の実像である。
15歳で学に志(こころざ)した孔丘は、休んだことがない。73歳で亡くなって、生涯で初めて休息した。
孔丘は妻との離別のとき、人から、次のようになじられた。
「自分よがりの礼をかかげて、教師面(づら)をしている。あきれた人だ。家庭内を治められなかったあなたに、人を導く資格があるのか」
孔丘はこれに対しては、ひとことも抗弁しなかった。夫婦間の機微に理屈をもちこんだところで、他人を納得させる説明ができるはずもない。
孔子も、やはり人の子だったわけなんですよね…。この本は、たくさん勉強になりました。
(2020年10月刊。2000円+税)

福岡県弁護士会 〒810-0044 福岡市中央区六本松4丁目2番5号 TEL:092-741-6416

Copyright©2011-2025 FukuokakenBengoshikai. All rights reserved.