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「いまさら恐竜入門」

カテゴリー:恐竜

(霧山昴)
著者 田中 康平 、 出版 西東社
恐竜学の進化は恐ろしいものがあります。今では、鳥は恐竜そのものだというのは世間の常識です。
恐竜は変温動物ばかりでもないようです。卵を食べると思われた恐竜が、実は卵をふ化させようと卵を抱いていたことも分かりました。
日本には恐竜なんていないと思われていたのに、北海道では恐竜の前身の骨が発見されました。近くにある天草の恐竜博物館には、まだ行っていません。
恐竜の定義は、トリケラトプスとイエスズメのもっとも近い共通祖先から生まれた子孫すべて。なので、鳥は恐竜の子孫ではなく、恐竜そのものになる。すべての鳥は、竜盤類の獣脚類という恐竜の1グループから進化したもの。獣脚類は、おもに肉食恐竜のグループ。
この本には、全部の見開きにマンガがあって、よくよく理解できます。
恐竜には、羽毛もあり、膚には色もついていました。
名前のついた恐竜は1100種ほど。しかし、1億7千万年も進化を続けていた恐竜がわずか1100種だけであるはずがない。化石として見つかっているのは、実はごくわずか、ほんの一部にすぎない。なーるほど、そういうことなんですね…。
プロトケラトプスとヴェロチラプトルとが、がっぷり組みあって戦っている様子がそのまま化石になって残っているものがあるそうです。すごいです。よく見つかり(見つけ)ました。
恐竜の寿命は、ティラノサウルスで30歳、ブラキオサウルスは最長100年では…。案外、長生きしてたんですね。
地球に隕石が衝突したことから、地球環境に大変動が起き、恐竜は絶滅したという説が有力です。でも、このとき、一部の恐竜は生きのびたようです。そして、もちろん、鳥は今も存在します。
哺乳類は絶滅したのは23%でしかない。
恐竜の話は、いつ読んでも楽しいですね。もし目の前にいたら恐ろしいばかりの存在でしょうが…。
恐竜のDNAを取りだして復元できないか…。DNAに521年の半減期がある。なので、たとえ、マイナス5度Cという理想的な保存状態であっても、680万年後には、すべて壊れる。それより早い6600万年前には恐竜がいないから、恐竜のDNAを取り出すのは無理だということ。いやはや、夢はもちたいのですが…。
(2020年12月刊。税込1320円)

北斎

カテゴリー:日本史(江戸)

(霧山昴)
著者 大久保 純一 、 出版 岩波新書
大宰府の国立博物館で北斎の描いた絵をみてきました。すごいですね、まさしく天才です。アメリカの『ライフ』が、「この千年に偉大な業績をあげた世界の人物100人」の中に、日本人では北斎だけがあげられたとのこと。ええっ、そ、そうなの…と驚いてしまいます。明治以降の日本人には偉大な業績を上げた人が誰もいないなんて、少しばかり気落ちしてしまいますよね…。
とはいっても、江戸時代の北斎がヨーロッパ絵画に与えた影響は絶大なるものがあります。フランスではジャポニズムです。かのゴッホだって、浮世絵をたくさん描きこんでいますしね…。
「写楽」と違って、北斎は生年も没年も明確です。北斎は、宝暦10(1760)年に江戸は本所(ほんじょ)の割下水(わりげすい)に生まれた。幼いころから絵を描いていたようですが、まずは版木(はんぎ)印刷のための版木を彫る職人(彫師)の修業を始めた。次に、貸本屋の小僧として働いたとのこと。そして19歳から絵師の道に踏みだした。
初めは勝川春章。浮世絵です。役者の似顔絵ですね。これは、映画俳優のブロマイド写真のようなものです。そして、名所絵・物語絵、さらに武者絵・子どもとすすんでいきます。このころは、黄表紙などが売れていましたから、その挿絵を描くようになります。
北斎は油絵風の絵も描いています。それまでの日本絵画にはない表現をふんだんにとり入れたのです。
『北斎漫画』は有名です。これはマンガ本ではありません。絵を学ぶときの手本としてなる絵を北斎は大量に描いたのでした。絵手本の傑作というほかありません。よくぞ、ここまで人間の姿・形・姿勢(ポーズ)、表情をうつしとったものです。驚嘆するほかない傑作です。
北斎は安藤広重とは画風が違う。たとえば、広重は、風景のリアリティを売り物にした。
北斎は広重と違って、現実の風景を忠実に再現することにまったくこだわらない。
それにしても、富嶽・三十六景の「神奈川沖浪裏」は衝撃的でした。
千年に1度の天才画家・北斎です。たまに目を洗うのもいいものです。
(2018年12月刊。税込1100円)

徳政令

カテゴリー:日本史(中世)

(霧山昴)
著者 笠松 宏至 、 出版 講談社学術文庫
鎌倉時代の13世紀末(1297年)、「永仁の徳政令」が発布された。いったい、徳政令とは何か、実際にどのような効力(効果)をもっていたのかを追及した本です。
鎌倉時代にも、もちろん裁判所はあったわけで、この本では、幕府の京都出先機関である六波羅で裁判が進行しています。このとき、依拠すべき幕府の法令が実在することを、裁判の当事者が立証しなければいけなかったという、今ではとても信じられない指摘がなされています。幕府が自分で出した法令について、当事者の立証にまかせていたというのです。ひどい話ではないでしょうか…。
通常の幕府の法は、全国に散在する御家人ひとり一人に伝達されるシステムはもっていなかった。民は由らしむべし、なんですよね…。
幕府の裁判は、徹底して当事者主義を原則とし、証拠も自ら提出したものがすべてだった。この永仁徳政令には、次のような条文があります。
「金につまると前後の見さかいなく、借金を重ねるのが世の通例であり、金持ちが利子でますます潤うのに反し、貧乏人はますます困窮していく。今後は、債権者からの債権取り立てについての訴訟は、一切受理しない。たとえ債権安堵(あんど)の下知状を添えて訴えても同じである」
当時の利息は月5~7%が普通になっていた。
田地の売買があったとき、代金の一部が未払いなら、徳政令によって、田地は売主に売却された。そして、残る未払金については、売主の債権は保護されない。
中世の田地や宅地の書い手や売り手に、女性の登場する割合が大きいことは前から注目されている。
永仁の徳政令には、所領面に限定された、スケールの小さいものだった。にもかかわらず、社会に与えたインパクトは強烈だった。永仁の徳政令の本質は、「もとへもどる」という現象にすぎない。ええっ、何ということでしょう…。
よく分からないなりに、徳政令なるものをいろいろ考えさせられた本として紹介します。1983年の岩波新書の再刊本のようです。
(2022年3月刊。税込1100円)

白虎消失

カテゴリー:社会

(霧山昴)
著者 大脇 和明 、 出版 新泉社
文化財の保護って、本当に大変なことだと痛感しました。中国に行ったとき、皇帝陵墓の発掘を止めていると聞かされ、驚いたことを思い出します。掘り上げるのは簡単だけど、その保存・維持に自信がないというのです。
千年以上も地下で眠っている貴重な文化財を掘り上げ、現代の汚染された空気にさらしたとき、たちまちボロボロになって朽ち果ててしまう危険がある。そうならないようにする技術が、まだ十分でない以上、簡単には発掘できないとのこと。うむむ、なるほど、なーるほど……。納得しました。
同じ問題を、高松塚古墳の色鮮やかな壁画もかかえているというのが本書のテーマです。
高松塚古墳は、1300年前の古墳時代の終末期に築造された円墳。石室内に壁画が描かれていることが分かったのは、50年前の1972年春のこと。鮮やかな古代の衣装をまとった人物群像は日本中を驚かせた。
私も本当にびっくりしました。源氏物語絵巻より古い衣装の女官たちが極彩色で突如として出現したのですから…。1ヶ月前に浅間山荘事件(連合赤軍事件)が報道されたので、明るいニュースに心が浮き浮きもしました。もちろん、この壁画は国宝に指定されました。
ところが、西壁中央に描かれていた「白虎」(四神図の一つ)の姿が、今やほとんど消えているというのです。これは本当に残念なことです。
その劣化の原因の一つにカビがあり、カビの繁殖を招いた要因の一つが石室への人の出入りだ。カビの繁殖や処置のくり返しのために人の出入りが繰り返され、カビがカビを呼ぶ「負の連鎖」に陥っていた。いやはや、なんということでしょうか…。
1972年3月27日の朝日新聞の一面トップに高松塚古墳に「法隆寺級の壁画発見」という大々的な記事が載った。いやあ、これはすごいです。このときは白黒写真でしたが、3月29日の夕刊のカラー写真は、まさしく世間の度肝を抜きました。早速、このカラー特報を表装して掛け軸をつくって売り出した商人までいたそうです。たしかに、それほどの衝撃がありました。
高松塚古墳は、奈良県明日香村平田にある、7世紀末から8世紀初めに造られた小さな古墳。私も数年前の夏、明日香村に行き、電動自転車にのって石舞台古墳などを見てまわりました。
高松塚古墳は、高さ5メートル、直径18メートルという小さな古墳。被葬者は「熟年の筋骨発育の良好的な男性で、身長は163センチ」で、天皇(大王)ではなく、皇族クラスのようです。明日香村を訪れる観光客は昭和50年代のピーク時には年180万人だったが、今では80万人ほど。そして、今では解体され、別のところで保存されている。
残念ながら、そういうことになるのですよね、しかたありません…。
(2022年3月刊。税込2200円)

搾取都市・ソウル

カテゴリー:朝鮮・韓国

(霧山昴)
著者 イ・ヘミ 、 出版 筑摩書房
いやあ驚きました。文在寅前大統領は平和問題でがんばったと思っているのですが、「住宅政策のまずさ」から、現在の尹大統領が誕生したと聞いています。その韓国の貧しい住宅事情の一端が暴露されている本です。2019年5月、そして10~11月に「韓国日報」に連載された記事をもとにしています。
「ホームレスと住居の境界線」と言われるほど劣悪な環境にあるチョッパン街に蔓延する建物オーナーによる略奪的な賃貸業を暴露する。また、若さと未来と担保に若者を住宅貧困状態へと追いやるオーナーたちの集団的利己主義を検証している。
「考試院」とい言葉が真っ先に登場します。司法考試(司法試験)を受験する学生が泊まり込みで勉強する場所だったが、今は、保証金なしで入居して暮らせる最低ランクの住宅を意味している。
考試院の中にも階級があり、その目印は「窓」の有無。チョッパンでは、家賃に水も電気代も全部が入っている。でも、大家は電気をバンバン使わせてくれるわけじゃない。ストーブは、電気代がかかるので使わせてくれない。
チョッパンとは、部屋をいつくかに小さく分けて、1人または2人が入れるように作った部屋のこと。フツー、3平方メートルほどの小さな部屋。一般に保証金は不要で、月決めの家賃を支払う。ソウル市だけでも3万3千人ほどがチョッパンに暮らしている。
チョッパンには、法律で定めた最低住居基準は無力だ。というのも、チョッパンは、家でない非住宅に分類されている。法的にも政策的にも、きちんとした定義がない。チョッパンは各種法制度の盲点となっている。
非住宅に居住する世帯数は、2005年に5万7千世帯だった。10年後の2015年には39万3千世帯と、7倍へ急増した。このうち82%がチョッパンと考試院で暮らす人々だと想定される。貧しい者がソウル暮らしをやめないのは、それなりの理由がある。
チョッパンは炊事が難しいので、インスタント食品ですます人は多い。
チョッパンの住民の4分の1は、この1年のうちに自殺を真剣に考えたことがある。
チョッパン街は女性にとって暮らしにくい環境。女性のホームレスは、大部分がホームレス施設に入ることを選び、チョッパンに入るのを選ぶことは、ほとんどない。
トイレも台所もないチョッパンの家賃は1坪あたり25万ウォンになる。坪あたりで考えると、普通のマンションの5倍。
家賃は現金で支払われるので、オーナーは税金を支払っていない。チョッパンの大半は、「無許可」なので、税金を納めることもない。オーナーたちは、家賃を突きに400~500万ウォンも受けとっているので、むしろ再開発を望まない人が多い。
家賃は月に20~30万ウォンで、この中から撞き10~15万ウォンを実際の所有者(オーナー)に送金する。残りは中間管理人の利益となる。
チョッパンの坪あたりの平均賃料は18万2550ウォン。ソウル全体のマンションの平均賃料3万9400ウォンの4倍をこえる。
0. 5~2坪ほどの狭い部屋には、キッチンもシャワーもトイレもついていない。
多くのチョッパン住民は路上に放り出されないように、ひっそりと暮らしている。
国民の血税によって貧困層に提供された福祉が、結局は家主の懐に流れていってしまう。これは大きな問題だ。
オーナーにとって、チョッパンから入ってくる賃料は毎月の現金収入になる。チョッパン経営は、多くのオーナーにとって、「脱税手段」として利用されている。毎月の収入が100万ウォンになるオーナーがいる。
ソウルで1人暮らしの若者の住居貧困率は、2005年に34%なのが、2015年には37%に上昇している。いまや、学生街がチョッパン街になっている。「ミニワンルーム」、「超ミニワンルーム」という宣伝文句は要注意ということ。
日韓の若者の「住まい」をめぐる状況には、驚くほど共通点が多い。日本の若者たちも窓のない部屋に押しこめられている。それが国全体にとって、どれだけ損失になっていることか…。住宅問題の日韓の相違点と共通点をあげて確認し、鋭く問題提起している好著です。ぜひ、ご一読ください。
(2022年3月刊。税込1870円)

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