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教育鼎談

カテゴリー:人間

(霧山昴)
著者 内田 樹、前川 喜平、寺脇 研 、 出版 ミツイパブリッシング
とても知的刺激に満ちた本です。日本の教育の現状、そしてあるべき姿を深く深く掘り下げていて、大いに考えさせられました。実は、軽く読み飛ばそうと思って車中で読みはじめたのです。ところがどっこいでした。
私が大学に入ったとき(1967年)、授業料は月1000円、寮費(食費は別)も月1000円でした。私は記憶にありませんが、この本によると入学金も4000円だったようです。
教育費用が安いと、子どもたちには進学についての決定権がある。親が子どもの進学にうるさく干渉するのは、教育投資だと思うから。
今の日本の大学生の学力が下がっている最大の理由は、やりたくない勉強をさせられているからだ。それは進学先を自己決定できないから。高校生が自分の貯金をおろせば入学できるほどの学費だったら、子どもたちは自由気ままな進路を選ぶ。
大学教育まで、すべて教育は無償にして、好きな専門を自分で選んでいいよ。たとえ選び間違えても、何度でもやり直しができる。だって、無償なんだから。こんな環境を整えてあげることが大切だ。教育をみんなに受けさせるのは、それが社会のためになるから。
いやあ、まったく同感です。ハコやモノより、大切にすべきなのはヒト、ヒトなんですよね。今の日本の自民・公明政権には、まったく、それがありません。
人殺しをいかに効率よくするか、そんな軍事予算は惜しみなくつぎこんでいるのに、人を助ける方にはまったく目が向いていません。これを逆にすべきです。
教育を投資だと考えている親に対して子どもたちは復讐する。それは、親の期待を裏切ること。それを無意識のうちにやっている。ただし、疚(やま)しさ、罪悪感は心の底にある。
うむむ、これは、なんという鋭い指摘でしょうか…。この指摘を読んだだけでも、本書を読んで良かったと思いました。もちろん、それだけではありません。
教育というのは、学生たちの中で「学び」の意欲が起動すれば、それでいいのだ。
学生たちの「学び」が起動するのを阻害しているのは、実は学生たち自身がもつ知的なこわばり。
自分の能力の限度を勝手に設定して、自分にはそれ以上のことができるはずがないと思い込んでいる。
この自己限定の「ロックを解除する」というのが、教師の仕事だ。何がきっかけになって、学生がその気になるのかは、誰にも予見できない。
この指摘を受けて、私は大学1年生のとき、セツルメントの夏合宿で先輩セツラーが世の中の物の見方を語ったとき、ガーンとしびれたことを思い出しました。ああ、そんな見方をしたら、世の中はもっと見えてくるものがあるんだなと思い至り、必死でノートに先輩のコトバを書きしるしました。
いろいろプログラムを組むのは、そのうちのどれかがヒットするだろうという経験則にもとづく。そして、一時的に集中的にやったら、ゆっくり休む。その繰り返し。
セツルメントの夏合宿は、昼はハイキングをして、草原で男女混合の手つなぎ鬼をして楽しんでいました。夜は、みんなでグループ分けしてじっくり話し込むのです。
教育現場は、もっと「だらだら」したほうがいい。
「ゆとり教育」は失敗だったとさんざん言われたけれど、「失敗」の証拠も論拠も、どこにもない。いやあ、そうなんですね。たしかに、今の教員はペーパーの報告事項が多すぎますよね。
「不登校」は本人にとっても親にとっても困ったこと。社会性の獲得は必要なこと。それができないのは不幸なこと。本当にそう思います。
教員の考え方ややり方がてんでばらばら、できるだけ散らばっているほうがいい。そのほうが、子どもにとって、「取りつく島」があるから。教師にも生徒にも、いろんな人間がいるから学校は面白くなる。
子どもたちにとって、学校に来る動機づけ(インセンティブ)は、できるだけ多種多様であるほうがいい。本当に、そのとおりですよね。
私は市立小・中学校、県立高校、そして国立大学と、公立学校ばかりで、私立学校には行っていません。市立小・中学校には、それこそ多様な生徒がいました。つまり、「不良」もたくさんいたのです。でも、そんな生徒が身近にいたので、「免疫」も多少は身についたような気もします。
今は「大検」(大学入学資格検定)はなく、「高認」(高校卒業程度認定試験)がある。
この本には、22歳で高認に合格し、30歳で司法試験に合格して、弁護士として議員になった女性(五十嵐えり氏)が紹介されています。
大阪の維新(松井―吉村ライン)は、コロナ禍対策でひどい過ち(イソジン・雨ガッパ)をして、全国トップレベルの死亡率でしたが、教育分野でもひどい差別・選別教育をすすめています。かの森友学園も、維新政治の闇にかかわっているとこの本で指摘されています。
にもかかわらず、維新の恐ろしい正体がマスコミによってスルーされ、幻想がふりまかれて参院選を乗り切ろうとしています。日本の将来が心配です。
生きることは働くことと学ぶことだと寺脇研は強調しています。それをみんなが理解して支えあう、心豊かな社会にしたいものです。250頁の本ですが、久しぶりにずっしりと読みごたえの本に出会ったという気がしました。
発行は、旭川市の小さな出版社のようです。引き続きがんばって下さいね。いい本をありがとうございました。
(2022年4月刊。税込1980円)

非戦への誓い

カテゴリー:社会

(霧山昴)
著者 伊藤 千尋 、 出版 あけび書房
ロシアのウクライナへの軍事侵攻、つまり戦争が始まって4ヶ月になります。ユーチューブの映像でリアルに戦闘場面を見ることができます(ドローンによる上空からの撮影動画)。
戦車が撃破され爆発する映像を見るたびに、戦車内にいた4人か5人の若者たちが一瞬に蒸発したかのように死んでいったのかと、本当に胸が痛みます。
そんなロシアによる戦争を見せつけられ、少くない日本人が平和憲法、とりわけ9条に不安を抱き、軍事予算を倍増させようという自民・公明の政権党、それをあおりたてる維新などに心を動かされているようです。
でも、ちょっと待ってください。日本が原子力潜水艦をもって、北朝鮮や中国から日本を守れるなんて、ありえないでしょ。日本海側にたくさん立地している原発(原子力発電所)へのミサイル攻撃を防ぐことなんて出来るはずがありません。そんな事態にならないよう、日本が戦争に巻き込まれないように外交努力を強めることこそが日本の政治家のつとめなのです。
イラクでは、日本の沖縄は、「殺人鬼を製造する島」だと思われている、とあります。これには、正直、ショックを受けました。イラク戦争でイラクの人々を殺したアメリカ兵の多くが、「自分は沖縄の基地から来た」と話していたから、イラクでは、沖縄というところは殺人鬼をつくる島だと信じられているというのです。
いやあ、これは、とんだ濡れ衣(ぎぬ)ですよね。いや、ちょっと待った。今、日本政府が強引に建設を強行している辺野古新基地建設において、沖縄の現地住民の気持ちは、玉城デニー知事を先頭とする沖縄県庁をふくめて、ほとんど無視されていますよね…。
敗戦直前の沖縄戦の過程で、軍隊(日本軍)は住民を助けることは二の次で、目標の主たる優先順位は軍隊であって、余裕があれば(そんな余裕は実際にはない)、住民を救助することがある、という程度でした。
沖縄県民にとって、自分たちを守ってくれるはずの沖縄の軍隊は、住民の身の安全を守るどころか、軍隊を守ることが最優先だった。
戦争は、ある日突然に起きるのではない。戦争になるのが当たり前という雰囲気がつくられていく。今、まさしく現代日本が同じ状況ではないでしょうか?
アフリカ沖のスペイン領のカナリア諸島に「憲法9条の碑」があるそうです。
ロシアのウクライナへの侵略戦争が続くなか、日本国憲法9条は意味を失ってしまったのではなく、逆に今こそ9条の出番なのです。平和は銃口の先に生まれるのではなく、みんなで話し合うこと、つまり外交交渉によってこそ実現できるものなんです。
自民・公明の日本政府が非核条約を批准せず、ウィーンで開かれている国際会議に出席もしないというのは、いつものアメリカ言いなりの姿勢そのもので、世界中をガッカリさせるものでした。日本国憲法9条を馬鹿にしてはいけません。この9条を生かすも殺すも、私たち次第です。
著者は私と同じ団塊世代です。私と違って語学の天才のようですから、まさしく国際派のジャーナリストです。いつも、いい本をありがとうございます。
(2022年3月刊。税込1980円)

生命を守るしくみ・オートファジー

カテゴリー:生物

(霧山昴)
著者 吉森 保 、 出版 講談社ブルーバックス新書
ヒトの人体の細胞は、以前は60兆個と言われていたが、今では37兆個とされている。組織によって細胞の大きさは異なっている。
病気になるということは、細胞が病気になるということ。
細胞1個の中に、生物を1個体つくるのにひつような遺伝情報がすべて入っている。
タンパク質は、すべて細胞の中でつくられる。細胞の中のタンパク質をオートファジーで分解してアミノ酸にする。そのアミノ酸を材料にタンパク質をつくる。1日あたり細胞の中にあるタンパク質の1~2%を分解し、できたアミノ酸を材料として新しいタンパク質をつくっている。細胞の中にあるものを分解して同じものをつくることで、何日かで細胞の中身がすべて入れ替わり、新しい状態が保たれる。このような、一見すると意味のなさそうに思える細胞の中身の入れ替えは、実は細胞を新しく健康な状態に保つために必須のこと。オートファジーが起きず、中身の入れ替えができないと、細胞の機能に不具合が出て病気になってしまう。すなわち、オートファジーの3つの主要な機能は、栄養源を確保すること、代謝回転、有害物の隔離除去。
カロリー制限は、ヒトを軽い飢餓状態に陥らせる。飢餓状態になると、細胞はオートファジーによって、自己の成分を分解して栄養源を確保する。つまり、カロリー制限時には、オートファジーが活性化している。なーるほど、そうなんですね。
寿命を決定するには、脳も関わっている。細胞には寿命がある。古い赤血球は4ヶ月、胃や腸の表面の上皮細胞は1日、血液中の赤血球は4ヶ月、骨の細胞は10年、バラバラだ。ところが、ほとんど入れ替わらず、生まれてからずっと使い続けている細胞もある。脳や心臓の細胞だ。
オートファジーは細胞の生存に欠かせない守護神のような存在であり、さまざまな疾患から守ってくれている。
こんなに大切なオートファジー研究をリードしているのは日本だというのです。やっぱり、今すぐには役に立つかどうか分からないような研究であっても、決して無視することなく自由にのびのび研究できるような環境って大切ですよね。いつもいつも目先の利益を追うだけでは大きな世の中の流れについていけなくなるのです。
よく分からないなりに、大切な研究だということだけは、しっかり認識できました。
(2022年1月刊。税込1100円)

変形菌

カテゴリー:生物

(霧山昴)
著者 増井 真那 、 出版 集英社
手にとって、じっくり眺める価値のある写真集です。撮ったのは弱冠20歳の世界的変形菌研究者。なにしろ5歳のときに変形菌に出会い、それ以来15年、変形菌を研究し続けて、今や第一人者になったというのです。「三つ子の魂…」と言いますが、5歳からの15年間で、これだけ究めることができたのですから、人間の能力の素晴らしさも実感させられます。
前に、このコーナーでも紹介した『世界は変形菌でいっぱいだ』(朝日出版社)に続く2冊目。現在、20歳の著者は慶應義塾大学先端生命科学研究室に所属して研究を続けているとのこと。ぜひ、続けてください。応援しています。
変形菌は、その変わった見かけや生態のため、過去には動物の仲間とされたり、植物の仲間とされていた。20世紀後半まで、「菌類」とみられていた。今日では、いずれとも異なるグループ(アメーボゾア)に属していると考えられている。
変形菌の変形体は、巨大な単細胞生物。大きさ数ミリから1メートルをこえていても、たったひとつの細胞から成る。
2個以上の個体がくっついて、1個体になって生きていくこともできる。ただし、その融合相手は誰でもいいわけではなく、同種といえとも、変形体どうしがくっつくのは、本当に稀なこと。2個体の「自分」どうしなら、再びくっついてしまう。ただし、それには数時間もかかることがあった。この非接触による判断がなされたとき、変形体は自ら透明な粘液を発信していた。
変形体は、落ち葉たまり、腐った倒木や切株で暮らしていることが多い。
乾燥や低温にあうと、変形体は「菌核」と言われ、休眠状態に移行する。
高温・低温に耐え、飲まず食わずのまま何年間も無事に生きている。
あまりにも変わった生命体ですが、よく撮れた写真を眺めていると、この世の不思議を実感させられます。
(2021年12月刊。税込2200円)

平安京の下級官人

カテゴリー:日本史(平安)

(霧山昴)
著者 倉本 一宏 、 出版 講談社現代新書
古文書を読むと、平安時代の庶民がどのように生きていたのか、分かってくるのですね。古文書を読みといてくれる学者の力は偉大です。
平安時代、とくに藤原道長の時代には、いろんな愁訴(しゅうそ)が、官人や学生(がくしょう)、また郡司や百姓(ひゃくせい)から朝廷に寄せられた。
国司苛政(かせい)上訴を受けて、国司が罷免されることも多かった。
下人(げにん)と呼ばれた下級官人が起こした愁訴は、道長において愁訴を出した人間に止めさせ、同時に、問題となった蔵人(くろうど)の行為はよろしくないと判断した。
国司苛政上訴がなされ、藤原道長は問題を起こした人間を勘当したが、同時に、問題とした人間も検非遣使によって拘禁された。
「うわなり打(うち)」とは、離縁された前妻が、後妻(うわなり)に嫌がらせをする習俗。前妻が憤慨して、親しい女子を語らって後妻を襲撃し、後妻のほうでも親しい女子を集めて防戦につとめた。
『枕草子』で有名な清少納言の兄である清原致信(むねのぶ)もあわせて殺害された。
藤原道長邸から5月に金2千両が盗まれ、7月に犯人が逮捕された。犯人は貴族の従者たちであり、盗まれた金は戻っている。このとき、貴族社会全体の財産だから、その割りあて以上に献金した人もいた。
平安時代を裏からのぞいている気分のする新書でした。
(2020年1月刊。税込1034円)

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