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香君

カテゴリー:人間

(霧山昴)
著者 上橋 菜穂子 、 出版 文芸春秋
 私は、まったく自慢にもなりませんが、あまり鼻が利(き)きません。香(こう)あわせに万一出されたら、ビリ争いをしてしまうのが必至です。庭に夏になると夜、匂いを漂わせる夜香木(やこうぼく)があります。家人が、「ほら、匂ってきた…」と言っても、ちっとも分かりません。さすがにキンモクセイの香りは分かります。でも、今では可哀想にトイレの消臭剤として、すっかり定着しているため、トイレの匂いというレッテルをべったり貼られて気の毒です。
 この本の主人公は、そんな私とまるで正反対、香りで万象を知る女性です。その名も「香君(こうくん)」。すごいんです。心の底まで見透かすように匂いで物事の本質を知ることができます。
 それにしても著者の小説は、いつだってスケールが巨大です。
 そして、地球の自然環境をめぐる深刻な諸問題が必ず取り込まれていて、他人事(ひとごと)のストーリー展開ではありません。
 今回は、アメリカのモンサントなどの巨大穀物メジャーが、全世界の農民を自分たちに依存するしかないように仕向けて画策しているという現実を踏まえたストーリー展開です。
 実際、モンサントから種子(たね)を購入すると、1年目はこれまでにない豊作が現出する。ところが、できあがった実を勝手に播くことは許されない。それを合法化する契約書があった。
 自分が収穫した農作物の種子(タネ)を自分の土地に播くことは許されていない。モンサントから買うしかない。もちろん、お金が必要。こうやってモンサントたち食糧メジャーの農・漁民の囲い込みは実現するのです。種子(タネ)は買うしかありません。
 いやはや、とんだ仕掛けなのです。
 北海道に向かう飛行機のなかで、一心不乱に読みふけり、読書の喜びに浸りました。
(2022年3月刊。税込1700円)

先生のお庭番

カテゴリー:日本史(江戸)

(霧山昴)
著者 朝井 まかて 、 出版 徳間文庫
 江戸時代、長崎の出島にオランダ商館があり、そこから日本は海外の情報を仕入れていました。その商館にやってきたシーボルトという若い館員は、医師でしたが、日本各地の植物を採集し、ヨーロッパに種(タネ)や苗などを送り届けていました。その一つがアジサイです。アジサイは「オタクサ」と名づけられました。シーボルトの日本での女房の名前(お滝さん)からとられたものです。ヨーロッパにアジサイの花はなかったようです。
 シーボルトは江戸に上り、将軍にも拝謁していますし、当代の知識人がシーボルトに会いたくて全国からやってきました。
 シーボルトは日本全国の地図を伊能忠敬が作成したのを知り、その伊能図をこっそりオランダへ送ろうとします。ところが、その船が難破してしまったことから、積荷に伊能図があることが幕府に知られてしまい、ついには何人もの逮捕者まで出るというほどの騒動になりました。
 こうやって、タイトルの「先生」とはシーボルトだと分かります。すると、お次は「お庭番」です。お庭番というと、江戸城から出て各国のスパイをする人ではないのか…。それとも、シーボルト先生を見張る役になりますか…。いえ、どちらも違います。ここでの「お庭番」とは、日本各地の珍しい花や木を植えて育てる役、つまり、文字どおりお庭の草花を番して、保護・育成する人のことです。
 たくさんの珍しい草花が長崎・出島にやってきます。そして、それを海外(オランダ)に届けようというのです。何ヶ月もかかる船旅に耐えるためには、いくつもの工夫が必要になります。お庭番は大変なんです。そんなストーリー展開をうまく読ませます。さすがの筆力でした。
(2014年6月刊。税込693円)

労働弁護士50年、高木輝雄のしごと

カテゴリー:司法

(霧山昴)
著者 名古屋共同法律事務所 、 出版 かもがわ出版
 名古屋に生まれ、名古屋で育ち、弁護士としても一貫して名古屋で活動してきた高木輝雄弁護士が後輩の弁護士からインタビューされて労働弁護士としての50年を語っていて、とても興味深い内容になっています。150頁ほどの小冊子ですが、内容は、ずっしりという重みを感じさせます。
 著者は戦前(1942年)に名古屋熱田地区に生まれ、名古屋大学法学部では行政法の室井力教授、憲法の長谷川正安教授、民法の森嶌昭夫教授に教えられました。
 司法修習は20期で、青法協の活動に熱心に参加した。横路孝弘とか江田五月も同期。
 弁護士になったころは、公害事件と労働事件、そして大須事件のような刑事弾圧事件で忙しかった。
 私が著者を知ったのは著者が四日市公害訴訟の弁護団員として活躍していたからです。
 四日市公害訴訟は1967(昭和42)年の控訴なので、著者はまだ司法修習生のころ。翌年に弁護士になってすぐ弁護団に加えてもらった。四日市公害訴訟の判決は、コンビナート企業会社の共同不法行為を認めた。この判決の意義を私は司法修習生のとき、青法協活動の一つとして当時、横浜地裁にいた江田五月裁判官にレクチャーしてもらいました。
 そして、著者は名古屋新幹線公害訴訟裁判に取り組んだのでした。新幹線の騒音・振動という公害問題です。著者は弁護団の事務局長でした。この裁判では、一審で、裁判官は3回も屋内で検証したというのです。すごいですね、今では、とても考えられませんよね…。また、沿線の旅館に弁護団で合宿したとき、その振動のあまりのひどさに、内河恵一弁護士が枕を持って逃げ出したとのこと…。実感したのですね。
 受忍限度論が問題になっていました。住宅密集地だけ減速したらいいじゃないか、名古屋7キロ区間のスピードを半分に落としても、せいぜい3分遅れるだけではないかと原告側が主張すると、他の地域でもやらなければいけなくなるという国鉄側は情報的な反論をしたのです。
 そして、実際、国労は裁判所が検証しているとき、減速運転してくれた。懲戒処分を覚悟したうえでの減速だった。すごいですね、今なら考えられませんよね、残念ながら。
 弁護団事務局長として、あまりの激務のために、他の仕事はほとんど出来なかった。
 いやあ、これは大変でしたね…。著者は午前2時まで作業して、2時間ほど寝るだけで、寸暇を惜しんで裁判の維持に全力をあげた。
 そして、著者は名古屋南部大気汚染公害訴訟にも取り組んだのでした。
 著者はながく弁護士として裁判に関わるなかで、司法の限界をいろんな場面で感じた。
 また、著者は労働事件にも取り組んでいます。裁判所や労働委員会は、運動全体のなかでは一つの手段にすぎない。重要ではあるけれど、それで終わりだと、本当の解決につながらないことも多い。裁判も一つの手段だから、ちゃんとした位置づけが必要だ。
 裁判や労働委員会といった法律的な場面だけではなく、社会的な問題に積極的に関与するのが労働弁護士の日常活動だった。ビラも配ったし、署名を集めたり、一緒にデモをしたり、ストライキのしたこともある。
 ところが、労働組合の姿勢がすっかり変わってしまった。連合が発足したあと、労働組合が大きく右傾化してしまって、労働組合が経営側と積極的にたたかうというのが例外的になってしまった…。残念ですね、ぜひ本来果たすべき役割に戻ってほしいと思います。
 労働組合は、もっと力をつけなければいけないし、もっと政治的、社会的な課題に目を向けるべき。労働者の組合加入率が低すぎるのも、本当に残念なことです。
 弁護士は事件の現場で鍛えられる。
 著者は、「ケンカ太郎」とか、「瞬間湯沸かし器」と言われながら、この50年を一貫して、まっすぐに歩んでこられたわけです。すごいことです。読んで勇気づけられる本でした。ご一読をおすすめします。
(2019年1月刊。税込1760円)

文化人類学入門

カテゴリー:人間

(霧山昴)
著者 奥野 克己 、 出版 辰巳出版
 1962年生まれで、立教大学教授による文化人類学入門書です。
 実のところ、まったく期待せずに読みはじめたのです。文化人類学って何…、なんて言われても、さっぱり見当もつきません。
 冒頭あたりで、目について面白いと思ったのは…。女性は他集団に送り出さなくてはいけないので、自集団内の女性とは性交渉してはならない。自集団の女性たちとは、自分の姉や妹などの、近親の女性たちのこと。近親相姦の禁止、つまりインセスト・タブーによって、女性を自集団の外へと送り出し、女性の交換が行われるように仕向けている。インセンスト・タブーの原理こそが、人類社会を成立させている。
 この本で面白いのは、地球上、各地で、SEXをめぐる考え方が、こんなにも違うのかと、あきれてしまうほどです。でも、その内容は、ここでは紹介しません。本書を読んでください。
 著者はマレーシア領のボルネオ島(サラワク州)に住む狩猟・採集民7千人のプナンとともに生活(フィールドワーク)して一冊の本にまとめている。2006年から2019年まで、夏と春の毎年2回、プナンの地へ出向いた。もちろん、通訳なしで、本人がプナン語を勉強して話せるようになっています。すごいですよね。通算して600日以上も滞在したというのです。
 プナンの人々は、もらった贈り物をひとり占めすることがない。しかし、それは生来のものではなく、親が子に教えた結果。プナンの人々は、贈り物をもらっても「ありがとう」とは、決して言わない。そもそも、そんなコトバがない。では、何と言うか…。それは、「よい心がけ」の一言。狩猟民であるプナンの人々は、狩猟に参加したメンバー間の平等・均等な分配に執拗なまでにこだわる。プナンの社会では、与えられたものを、すぐに他人に分け与えることを一番頻繁に実践する人が、もっとも尊敬される。なので、その人は誰よりも質素で、みずぼらしい格好をしている。だからこそ、周囲の人から尊敬を集める。
 したがって、プナンの投票原理は、明らか。一番たくさんの現金をくれた候補者に投票する。果たして、そんなことで、いいのでしょうか…。
 プナンの人々は、時間間隔が非常にうすい。相対的な時間の感覚しかなく、絶対的な時間の感覚があまりない。
 バリ島では、人がなくなると、まず土葬する。次に白骨化した遺体を洗骨する。そして、人間の形に並べ直して、白骨化した遺体を今度は火葬する。バリ島の現地の人々は海で泳げない。海は死者とつながっていると考えるからです。
 著者は大学生のとき、メキシコに1ヶ月も滞在、バングラデシュの僧院では、頭を丸め、得度式をして、黄色い袈裟(けさ)をもらい、仏教名を授けられ、仏教の修業をしました。朝、托鉢に出て、昼から経典を読む生活を1ヶ月も続けたというのです。なんとも、すごーい。すごすぎます。
 『地球の歩き方』は、ひところの私の愛読書でもありました。
 この本で一番面白いのは、著者の若かりし頃の世界放浪記です。若さと語学力があったのですね…。うらやましい限りです。
(2022年6月刊。税込1760円)

玉城デニーの青春

カテゴリー:社会

(霧山昴)
著者 藤井 誠二 、 出版 光文社
 「オール沖縄」候補が那覇市長選挙において大差で自公のアメリカ軍基地増設容認候補に敗北したのはショックでした。何より市長選の投票率が50%に達しないというのが残念です。
 なんだか、どっちもどっちだな。そんなら、わざわざ投票所に足を運ぶこともないんやな…。
 有権者の半分も投票所に行かないなんて、日本はそれだけで異常な国だと思います。よその国は、投票に行きたくても行けなかったり、監視つきでしか投票できなかったりしているのに、日本国民は、あまりに怠慢です。まさしく惰眠をむさぼっています。そのツケはすでに来ていて支払わされているのに、そのことに気がつかずに、毎日、オレ(ワタシ)は忙しいんだし(忙しいのよ)、なんてウソぶいているのです。本当に残念です。
 でも、私は絶望してはいません。やれば、たたかえば出来ることを、この本の主人公が示してくれているからです。玉城デニーが沖縄県知事選挙で当選したことは万鈞の重みがあります。このとき、自由と民主主義を求め愛好する人々の良心が勝ったのです。
 その沖縄県知事の青春を振り返った本です。ああ、そういう人だったのか、それで沖縄の厳しい選挙選を勝ち抜くことができたのか、よく分かりました。
 何よりも人柄がいい。強さと明るさには頭が上がらない。
 沖縄は日本の中で差別され、沖縄の中でハーフは差別され、そのねじれの間を生き抜いてきて、差別がトラウマになって脱しきれない人がたくさんいるなかで、デニーはそうではない。デニーという名前はいじめられる。
デニーの父親は沖縄に来ていたアメリカ海兵隊員。でも今、どこで何をしている人なのかは明らかにされていない。玉城デニーも、父親の素性には触れない。
 「十人十色で10本の指のかたちも長さも違うのだから、気にする必要なんかない。容姿は皮一枚なんだよ。皮を脱いだら、みんな赤い血が流れていて、同じなんだよ」
 これは玉城デニーに母親が言ったコトバ。すごいですね、まったくそのとおりですよね。
 玉城デニーは、高校生のときにロックバンドを結成し、素人グループながら、米軍基地内でも演奏していたそうです。デニーは、ボーカル。ロックバンドの名前は、「ウィザード」。魔法使いですかね…。
 デニーは強い。母ひとり、子ひとりで、ハーフとして差別もされて、それが強さになっている。東京で生活して、苦労して、沖縄に戻ってきた。そして、誘われて音楽をやるようになった。
 ハーフであり、見かけで差別されたこともあったのに、よくぞいい性格のままで大人になれたものだ。そういう扱いを受けたからこそ、反発として性格の良さが磨かれたのかもしれない。
 そうかもしれない、きっとそうだろう。私もそう思います。弁護士になって、いろんな人と出会い、苦労したことが必ずしも人格を円満にするとは限らないという人を嫌になるほど見てきました。トゲトゲしさばかり、他人(ひと)を見下してばかりの「苦労人」がいます。そして、まともなことを言って、少しでも政権にタテつくと、「アカ」というレッテルを貼りつけて切り捨てるのです。その心の狭さに私は何度も呆れてしまいました。
玉城デニーには、2人の母がいる。産みの親(玉城ヨシ)は「おふくろ」で、育ての母(知花カツ)は「おっかあ」と呼んだ。この二人は、とても仲が良かったので、産みの親が育ての母にデニーをまかせたのだった。子どもって、愛情たっぷりに育てたら、産みの親かどうかは関係ないんですよね…。
沖縄の現実の一つを知ることのできる貴重な本だと思いました。
(2022年8月刊。税込1760円)

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