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忍者学大全

カテゴリー:日本史(江戸)

(霧山昴)
著者 山田 雄司 、 出版 東京大学出版会
 御庭番は、江戸幕府の正規の職名。紀州藩主徳川吉宗が八代将軍職を継いだとき、将軍独自の情報収集機関として設置された。御庭番が将軍以外の老中や目付などの密命も受けたという説は誤り、また、伊賀者・甲賀者などの忍者と混同されるが、それも間違い。
 手足となる側近や社会の動きを独自に入手できる手段がなければ、将軍は行政機構を掌握している老中の意のままになるしかなく、将軍が幕政の主導権を握るのは難しい。
 そこで、吉宗は、将軍を継ぐにあたって、190人ほどの紀州藩士を幕臣に編入し、側近役の大半は旧紀州藩士で固めた。また、紀州藩において隠密御用をつとめていた薬込役18人と馬口之者1人の計17人も同時に幕臣に取り立て、「御庭番家筋」として、将軍直属の隠密御用に従事させた。これがお庭番の起源。17家で発足して、4家が除かれたが、残る13家のなかから別家が9家でてきて、合計22家となり、幕末まで存続した。そのほとんどが御目見(おめみえ)以上の身分となり、なかには勘定奉行にまで累進する者も出た。家禄も500~1200万まで加増された。
 御庭番は、表向きは江戸城本丸御殿大奥所属の広敷役人。実際には、「奥」の役人である小納戸(こなんど)頭取、奥之番の指令を受けていた。御庭番は、将軍自身や小納戸頭取、奥之番の上司で、「奥」の長官でもある御側(おそば)御用取次の直接の指令を受けた。そして、諸藩や遠国奉行所、代官所などの実情調査、また老中をはじめ諸役人の行状、世間の風聞などの情報を収集し、調査結果を「風聞書」にまとめて上申した。隠密御用には、江戸向き地廻り御用と遠国御用の二つがあった。遠国御用は2人1組または3人1組で行う。調査日数が50日かかるときは、2人に対して50両が将軍の御手許(おてもと)金のなかから支給され、残金は江戸に帰ったときに返却することになっている。
 史料で判明した限り、11代将軍家斎から14代将軍家藩までの80年間に遠国御用が46回も行われている。天保12(1841)年の遠国御用は、有名な「三方領知替」のときの調査だった。当時の老中水野忠邦によって発令された「三方領知替」は、庄内領民の反対闘争をきっかけとして、12代将軍家慶によっていったん「中止」と決定されたが、老中水野の建白書によって中止の決定が延期された。そこで、将軍家慶は御庭番を派遣し、その報告を受けて、改めて中止を命じた。この庄内一揆の見事さは藤沢周平の『義民が駆ける』(中公文庫)で生き生きと紹介されていますので、ぜひお読みください。
 近江国膳所(ぜぜ)藩の風聞書も紹介されています。それによると、膳所藩の財政は悪化していて、領民が重税に苦しんでいる、バクチの取り締まりもうまくいっていない、この財政悪化の原因は藩家老たちのぜいたくによるとされている。
 寛政8(1796)年12月に起きた津藩の百姓一揆(全藩一揆)について伊賀者の書いた克明な記録が残っている。それによると、一揆の原因をつくった藩政改革の推進派の奉行や城代家老などが厳しい処分を受けているので、百姓一揆側も厳正にしないと津藩の権威が保てないということで、伊賀者が一揆頭取を捜索したという記録になっている。
 島原・天草一揆にも甲賀衆が活躍している。ただし、近江国甲賀からやってきた忍びは、夜中に原城のなかに入ったものの、九州方言が理解できず、またキリシタン宗門の言葉もあって、情報を収集することはできなかったとのこと、なーるほど、ですね…。
忍者マンガは、今もネットの世界で大流行しているようですね。忍者マンガが初めて登場したのは大正9(1920)年のこと。今から100年も前というから、驚きます。私は、小学生のころは猿飛佐助、そして大学生のときは白土(しらと)三平の『忍者武芸帳』です。これによって、江戸時代の百姓一揆に開眼(かいげん)しました。(ただし、その後、百姓一揆についての認識は少し修正することになりました)。
横山光輝の『伊賀の影丸』も読みましたが、藤子不二雄の『忍者ハットリくん』はマンガを基本的に卒業したあとのことになります。『ナルト』となると、まったく縁がありません。
江戸時代の有名な芭蕉も忍者だったのではないかと前から話題になっていますが、この本でも、たしかに怪しいというのが紹介されています。
それにしても「大全」とあるとおり、堂々500頁、しかも本文2段組の大著、さらには出版元が東大出版会という異例ずくめの本です。3ヶ月で既に3刷というものすごいです。値段の割には、すごい売れ行きです。
(2023年5月刊。7500円+税)

羽毛恐竜完全ガイド

カテゴリー:恐竜

(霧山昴)
著者 BIRDER編集部 、 出版 文一総合出版
 鳥は恐竜である。
 今や、定説になっています。でも、地上を駆ける恐竜と空を飛ぶ鳥と、どこに共通点があるのか、一見しただけでは分かりません。
 鳥と恐竜は、どちらも直立二足歩行で、趾行(しこう)性。直立二足歩行するのは、鳥と恐竜以外には、ヒトとカンガルーくらい。
 趾行性というのは、かかとを地面から上げ、つま先立ちで歩くこと。鳥のあしに膝のように見えるのは、実はかかと。
鳥の羽は、うろこが変形したもの。なので、全身がうろこで覆われている恐竜と、羽をまとっている鳥とは共通している。羽毛の起源はウロコが変化したもの。羽毛には断熱材の役割があった。恐竜は内温性だった。
 恐竜はカラフルと一般に考えられているが、鳥も身近な鳥ほど派手ではなく、恐竜も鳥と同じでは…。
 現在、恐竜の定義は、「トリケラトプスとスズメのもっとも新しい共通祖先とその子孫すべて」。
 恐竜は2億3千万年前から6600万年前まで、長期にわたって繁栄した。このうち鳥類に進化したのは獣脚類。
 羽毛が確認された恐竜のなかで最大種なのが、マラティラヌスで、中国で発見された。体長9メートル。羽毛はディスプレイ用の飾りだったと考えられている。
 カラフルな羽毛恐竜が紹介されている楽しい図鑑のような本です。わが家の庭にいつもやってくるヒヨドリやカササギ、そしてスズメが恐竜の仲間だなんて、ちょっと信じられませんが…。
(2023年3月刊。2750円)

カラスは飼えるか

カテゴリー:生物

(霧山昴)
著者 松原 始 、 出版 新潮文庫
 この問いかけに対する答えは、基本的に「ノン」です。
 カラスを捕獲して飼育することは、できなくはない。そして、実際に、野生だったカラスを飼っている人がときにいる。
 しかし、カラスを飼ったら、とんでもないことになる。サイズというと、小型犬か猫くらい。体重800グラムになる鳥なので、羽ばたきは強烈。好き勝手なところに飛び乗ってくるし、目の前をバタバタ飛んだかと思うと、突然バサバサと飛び降りてくる。
 そしてカラスは、いたずら好き、気になるものはつついて、つついてぶっ壊す。もって行って隠す。カラスは絶望的なまでにしつこい。
 カラスは死ぬほどヘタレで、知らない人間には、ひどく人見知りする。
 うっかりカラスを飼ってはいけない。カラスを追い払うのに、CDやらカラスの模型やらをぶら下げても、あまり役に立たない。一番効果的なのは、その場に人間がいて、カラスに目を向けていること。カラスは自分を見ているもの、自分の動きに反応するものに敏感だ。
 世界中にカラスがいると思っていましたら、南アメリカにはカラスもニワトリもいないとのこと。ええっ、「トリの唐揚げ」は南米では食べられないのでしょうか…。
 カラスの肉は高タンパク質で低カロリー、そしてタウリンや鉄分を大量に含む。でも、決して美味しくはない。ただし、食べられないというわけではもない。
 カラスは子どもを守るためのときだけ、人間に立ち向かう。でも真正面から攻撃する度胸はない。必ずうしろから飛来するし、せいぜいうしろから人間の頭をけ飛ばすくらいのこと…。
 カラスは鏡を見たら、怒ってくちばしで鏡を叩いて、ケンカを売って攻撃する。カラスは、羽毛にたっぷりメラニンを持っているので、真っ黒(ないし褐色)に見える。
 実践的にカラスを知る面白い文庫本です。
(2023年4月刊。590円+税)

ドーキンスが語る飛翔全史

カテゴリー:生物

(霧山昴)
著者 リチャード・ドーキンス 、 出版 早川書房
 日帰り宇宙旅行なるものが現実となりました。6月29日、アメリカの会社が商業宇宙旅行として、イタリア人の3人の客、自社のインストラクターの4人、そしてパイロットが2人。高度100キロメートルの宇宙空間に突入し、4分間の無重力を体験した。乗客の事前訓練は3日間だけ。「月曜のランチから客に来てもらったら、木曜には宇宙に行ける」という呼び込みだ。  これから月1回のペースで運搬するという。料金は1人6500万円。10年後には、数百万円に値下がりするだろうという。
 うひゃあ、そ、そんな世の中になったのですね…。ウクライナへ進攻したロシア軍の戦争がおさまる気配もないのに、宇宙旅行が商業化するなんて、信じられません。
コウモリと翼竜そして鳥を比較しています。
 コウモリは指をすべて長くして広げた。翼竜は指を1本だけ、ものすごく長くした。
鳥は前脚の骨は短くて、羽にはそれ自体に堅さがある。鳥の羽は爬虫類のうろこが改造されたもの。羽は飛ぶためのものというより、断熱のために進化したと考えられる。
すべての哺乳類は、子宮内にいるときは指に水かきがある。しかし、水かきは、アポトーシス(プログラムされた細胞死)によって、いずれなくなっていく。ところが、たまに水かきが完全に消えないまま生まれる人がいる。
宇宙飛行士と体重計、宇宙ステーションとその内部のものすべては、自由落下しているから浮遊する。すべてがひっきりなしに落ちている。地球の周囲を落ちている。相変わらず引力は働いているので、地球の中心へと引っ張られている。しかし同時に、猛スピードで地球の周囲を飛んでいる。飛ぶのが速すぎて、落下するあいだも、地球にあたらない。それが軌道上にあるということ。うむむ、なんだか分かったような…。
 生物が空を飛ぶということをあらゆる角度から考証している本です。すごく視野の広がる本でした。
(2023年1月刊。4800円+税)

カメラを止めて書きます

カテゴリー:朝鮮・韓国

(霧山昴)
著者 ヤン ヨンヒ 、 出版 クオン
 いささか胸の痛みを感じながら読みすすめていきました。
 私が弁護士になった40年以上も前は、朝鮮総連の活動家のみなさんは本当に元気でした。民団の人との接点はあまりありませんでしたが、ともかく総連の人たちは声がでかくて、押しが強いのです。
 この本では、朝鮮総連の幹部だった父親が3人の息子を北朝鮮に「帰国」させたあとの行動が紹介されています。
 「帰国事業」は、1959年12月から朝鮮総連(そして、日朝の赤十字社と日朝両国政府)が総力をあげて推進したもの。9万3千人ほどの在日コリアンが「北朝鮮は差別のない地上の楽園」だと思って移住していった。著者の父親は、この「帰国事業」の旗振り役だった。
 病気で倒れる前、著者はビデオカメラをまわしながら父親に質問した。すると、予期しない答えが返ってきた。
「その時は、在日朝鮮人運動がとても盛り上がっていたときだから、すべてがうまくいくという方向で問題を見たんだから、甘かったんや…。行かさなかったら、もっと良かったかなというようにも考えてるさ」
 著者の3人の兄は、1970年代初め、長男18歳(朝鮮大学校)、二男16歳(高校生)、三男14歳(中学生)のとき、北朝鮮に渡っていった。やがて北朝鮮では大量の餓死者が出る大変な状況に陥った。送られてきた兄たちの写真はガリガリにやせ細った少年の姿だった。そこで、著者の母親は、北朝鮮に住む息子たちへの仕送りを45年間、続けた。仕送りの段ボール箱には、たくさんの食料品、そして衣類を詰め込んで送り続けた。
 孫たちが生まれたら、その学校生活に必要なものをすべて送った。私も、この年齢(とし)になると、母親の執念にみちた仕送りの意味がよくよく分かる気がします。「帰国事業」に賛成し送り出したことをいくら悔やんでも取り返しつかないのです。それだったら、せめて生きている息子たちを助けたい。そんな思いだったのではないでしょうか。
 三男の兄が三度目の結婚をするときの話が胸を打ちます。
「あの家は少額でも日本からコンスタントに生活費と愛情あふれるダンボール箱が届く」という噂が広まっていて、3人の子どもをかかえている兄に嫁ぎたいという女性たちが列を成した。
 著者の両親は済州島出身。夫(父親)が死んだあと、母親は済州四・三事件を目撃した当事者として娘に語りはじめたのです。私もこの「四・三事件」については金石範の『火山島』などを読んでいましたので、母親がその当事者の一人だったということには驚きました。
 著者の3本の映画『ディア・ピョンヤン』(2005年)、『愛しきソナ』(2009年)、『スープとイデオロギー』(2021年)をどれもみていないのが本当に残念です。映画館でみるタイミングがありませんでした。DVDでみてみたいものです。あまり高価だと手が出せませんが…。
(2023年4月刊。2200円)

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