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国会入門

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著者:浅野一郎、出版社:信山社
 実は、国会議事堂のなかに、残念ながら、私は一度も入ったことがありません。首相官邸には3回入ったことがあります。議員会館の方は、衆参両院とも、何度もありますが。
 テレビで中継される国会の審議状況だけでは、国会の本当のことは分かりません。この本は、初心者にも国会とは何か、国会議員や秘書がどんなことをしているのかを分かりやすく解説してくれています。国会全体が見渡せる総合的な入門書としては、よくできていると思いました。
 公職選挙法は、現職有利、政権党(与党)有利な「べからず集」だということも、よく読めば分かります。私は戸別訪問の禁止は時代錯誤だと思うのですが、この本でも、「戸別訪問を禁じているのは、選挙民つまり国民を信用していない戦前の選挙観の名残りともいえる」と指摘しています。
 日本の投票率が6割を切っているのは、マスコミが政治不信をあおり、棄権を美化するからだと思います。投票率が7割から8割になったら、日本の国会は劇的によくなることでしょう。
 国会議員の年収は3350万円。このほか、政党助成金があり、受けとっていない日本共産党議員のほかに対して、1人あたり4360万円も支払われています。政党助成金の実態は不明だとこの本も指摘していますが、本来の歳費よりも多い「副収入」というのには改めて大きな疑問を感じます。
 日弁連執行部にいたとき、私もその一員として国会議員対策を1年間ほどやりましたが、朝8時からの朝食会が連日のように開かれているのを知り、驚きました。国会議員は早朝から動き出すものなのです。夜の赤坂料亭だけで政治は動いていないので
すね。
 国会審議が全部テレビで中継されるようになったらもっと活性化するのではないでしょうか。相撲や野球・サッカーの実況中継以上に、それは国民に知らせるべき内容だと思うのですが・・・。

夫婦で暮らしたラオス

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著者:菊池良一、出版社:めこん
 NHKのディレクターを退職したあと、シニア・ボランティアとしてラオスで2年間、農業普及番組の制作指導にあたった著者の毎日を再現した本です。
 治安の心配がないわけではありませんので、ガードマンを2人も3人も雇い、メイド1人、運転手1人が別にいて、広い家に住んで生活します。ラオス語が話せないもどかしさを感じながら、現地の生活に少しずつ溶けこんでいく様子が、読み手の心をなごませます。 「スローライフの2年間」というサブ・タイトルどおりの時間の流れでした。こんな交流をもっと日本人はすべきなんだ、そう思いました。

夜のある町で

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著者:荒川洋治、出版社:みすず書房
 私と同世代の詩人によるエッセー集です。さすが詩人だけあって言葉の力を大切にしている人なんだということが、よく分かります。
 詩の朗読を著者は否定しています。すぐれた詩には、その文字のなかにゆたかな音楽が、音楽性があるから、それで十分。朗読は詩から文字要素を捨てさってしまう。だから反対するのです。
 朗読をはじめると、同音異義語など、耳にやっかいな表現を排し、耳に届くとろけた言葉を好んで使って書くようになるので、言葉も思考もやせほそる。朗読詩人は、知名度を高めたが、詩の質量は落とした。朗読会で、詩人は自分の作品だけを読む。自己顕示、自己広報、自己陶酔が目的だ。
 コトバを大切にする人は、文字も大切にするんだと思いました。目で見た文字も、やはりコトバの生命なのです。

警察幹部を逮捕せよ

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著者:大谷昭宏、出版社:旬報社
 警察の裏金づくりは犯罪ではないのか。単に返金すればすむというものではないはずだ。しかし、警察本人が動かないのは当然(?)としても、検察庁は見知らぬフリをしているし、マスコミもまったく及び腰だ。報道はするものの、問題の本質をついたキャンペーンをはるなど考えられもしない。
 その点、北海道新聞は少し違うようだ。警察からの妨害にもめげずにキャンペーンをはったという。しかし、まだ今ひとつ追及しきれない。歯がゆいばかりだ。
 国松警察庁長官(当時)が狙撃されたときに住んでいたマンションはかなりの高級マンションだった(らしい)。長官の名目上の給料では手が届かないはずだと指摘されている。県警本部を2つほど歴任すると、餞別金だけで億に近い数千万円になると言われている。そんな裏金の仕組みを黙って許しておいていいはずがない。
 我々はもっと税金の使い道に目を光らせ、不正に対して怒らなければならないと思う。

幕末の天皇

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著者:藤田覚、出版社:講談社選書メチエ
 私は自分の無知を恥じました。私も「万世一系」の天皇という事実に反すると思っています。しかし、人々はずっと天皇と呼んできたとばかり考えていました。ところが、江戸時代の人々にとって天皇という言葉はまったくなじみのないものだったのです。「主上」とか「禁裏」と称し、正式の文書にも「・・・院」とされていたのです。10世紀末の62代・村上天皇を最後として、120代の光格天皇までの57代900年間、天皇という言葉は正式にも使われていなかったというのです。ええーっ・・・、本当に私は驚きました。天保11年(1840年)、光格上皇が死んだとき、光格天皇とおくられたので、江戸でも京都でも人々が一様にびっくりしました。
 さらに、元号と天皇をくっつける制度は明治天皇に始まったもので、それ以前はありませんでした。明治、昭和、平成とわずか3代の歴史しかないのです。
 天皇を頂点とする公家集団としての朝廷は、江戸時代中期には約10万石の藩という経済的実力をもっていました。
 江戸時代は、文書の宛先に対して「様」とするか「殿」とするか明確な違いがありました。「様」の方が「殿」より尊敬したいい方でした。書式上は、天皇と将軍は同等という扱いだったのです。なるほど、なるほど・・・。

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