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ジュリーがいた。沢田研二、56年の光芒

カテゴリー:人間

(霧山昴)
著者 島﨑 今日子 、 出版 文芸春秋
 ジュリーと言えば、私と同世代、団塊世代のヒーローの一人です。
 大学生のころ、ザ・タイガースは全盛期だったのでしょうか。家庭教師に出かける先の戸越銀座を歩いていると、どのテレビもグループサウンズを放映していました。まさしく熱狂的雰囲気でした。その中心にいた人間こそジュリーです。
何十というグループサウンズのソロ歌手の中で、沢田研二の魅力は群を抜いていた。華やかさだけでなく、艶(つや)やかさもあり、危険をはらんだ毒性もあった。少女たちは花を見、はるか年長のプロの男たちは、毒を感じて評価していた。
 まさしく、そのとおり、ピックリ実感にあうコトバ(評言)です。
沢田研二は、京都の岡崎中学時代には野球部のキャプテンにしてファーストを守った。その夢は立教大学に進学してプロ野球の選手になることだった。
ジュリーって、歌がうまいだけでなく、スポーツ選手でもあったのですね。私なんか、そのどちらもなくて、艶やかさのない、しがない弁護士生活を陽の当たらない田舎で50年おくっています。
音痴の私は、歌がうまい人がうらやましくて仕方ありませんでした。耳の音感はないし、ノドの音域が極端に狭いことを自覚していました。なので、カラオケは私の天敵のようなものです。他人(とくに素人)のうまい歌を聞くと、それだけで頭が痛くなってしまいます。
タイガースが解散したのは1971(昭和46)年1月24日。このころ私は寮の一室にたて籠って司法試験に向かって猛勉強中でしたから、世の中の動きはまったく頭に入っていません。
沢田研二(ジュリー)がNHKの紅白歌合戦に初出場したのは1972(昭和47)年12月。あさま山荘事件が起きて連合赤軍の集団虐殺事件が発覚したあとのころです。
沢田研二(ジュリー)は完璧主義者で、コンサートひとつとっても、全身全霊でやっていた。地方でも、ステージがいつだって真剣勝負だった。
沢田研二の生活態度は、普通の人以上に普通というか、まじめそのものだった。
沢田研二は、自分の仕事を確実に成しとげるというプロ意識の持ち主で、本当に真面目で、謙虚な人間だ。いやはや、これこそベタほめの典型ですよね…。
沢田研二は、料理をつくり、子ぼんのうで子育てにも関わった。
沢田研二にとって、レコードが売れるということは、スターであるため、芸能界で生きていくための生命線だった。
18歳のときから日本一の人気者だった沢田研二は、大衆の喝采(かっさい)という頼りにならない不安定なブランコに乗ってしまった。沢田研二にとって、不安を解消する方法はたったひとつ。一生懸命に歌い、パフォーマンスし、どんな仕事も手を抜かず、走り続けること。
沢田研二は伊藤エミと離婚したとき、18億円相当の資産すべてを譲渡し、ゼロから再出発した。いやはや、すごいものですね、なんと財産分与金が18億円とは…。
マリリン・モンローは36歳、エルヴィス・プレスリーは42歳、マイケル・ジャクソンは50歳、石原裕次郎と美空ひばりは52歳で亡くなった。ところが、わが沢田研二は還暦(60歳)をすぎてなお、日本国憲法9条讃歌の「我が窮状」をバックに千人のコーラスを従えて歌っている。
いやあ、涙があふれ出てきます。わがジュリーは健在です。不屈です。さすが同時代のプリンスだけあります。
(2023年7月刊。1800円+税)

男たちの部屋

カテゴリー:韓国

(霧山昴)
著者 ファン・ユナ 、 出版 平凡社
 韓国の「遊興店」とホモソーシャルな欲望。こんなサブタイトルのついた本です。状況を告発し、鋭い問題提起がなされています。
 韓国の男性たちは、カラオケ、団らん酒店、遊興酒店といった遊興店のどこへでも女性のキャストを呼び出すことができる。女性が男性を楽しませるべきという論理が、社会文化的に当然視されている。
 女性をタダで入店できるという誘い文句で引き寄せ、ウェイターは女性がナイトクラブに入店するやカバンを奪い、女性客が帰りたくてもクラブから出られないようにする。タダ酒を飲めるという口実で、女性はウェイターの手に引かれ、そのウェイターが管理する男たちの部屋を転々としなくてはならない。
 遊興酒店は、多くの女性従事者を抱え、女性を「チョイス」する権利を男性客に支える。女性従事者は男性客に「チョイス」されることで収入を得ることができるため、男たちの部屋で発生する暴力やセクハラやわいせつ行為に耐えることは、女性たちが収入を得る「機会」のための必須条件となる。
 営業日の夜10時、「組版会議」が開かれる。どの客をどのテーブルに配置するが、MDたちが集まって議論する。大金(高額)を提示した客ほど良いポジションに座れる。テーブル競争に勝つため、客は数百万ウォン、数千万ウォンを超える酒を注文する。
 何も知らない女の子が、江南のそんなクラブに入ったことで、人生を棒に振ってしまった子が少なくない。これは要注意ですよね。
 MDは、自分が周旋したVIP席のテーブルチャージの10~20%を手数料として受けとる。そして、店の経営者とバックにいる投資者が罪に問われることはない。すべてはMDと客たちの責任になる。
 男性の呼び出しに応じて女性が男性を接待する遊興店は全国に4万2千店以上あり、女性従事者は14万人ほどいる。
 遊興店の「接待」は「一次」であり、「二次」つまり性売買につながっている。
 日本では、一次と二次が必然という店は、少なくとも公然と存在することはあまりないように思うのですが…。
 遊興店に来る男性客は、自身の力を誇示し、気分を良くする。
 男たちは、女性が自分より惨(みじ)めな状況にあることを知って優越感を覚える。
 男は、上下関係をはっきりさせたがる。
オレは金を稼いでいて、頭もいい。お前は顔は良くても家は買えないし、学歴もない、といった…。
女性たちは、実年齢にかかわらず店では常に「アガシ」と呼ばれる。アガシとは保護されるべき未熟な存在。
警察は遊興店の擁護者となっていて、両者は、まさしく癒着している。
男性は、職場で、上司のご機嫌とりに奔走し、疲弊し、たまったストレスを発散すべく女性(アガシ)のいる遊興店でつかの間の「目上になる」経験をし、こんな上下関係を相互に贈りあって、男性連帯を結ぶ。
これって、日本のサラリーマン社会と共通しているのでしょうか…。なんだか違う気がしていますが、よく分かりません。
日本の現況のレポートをよく読んだことがないので、対岸の話なのか、此岸でもあるのか、一部にとまどいを感じながら読みすすめました。ぜひ、日本のことも誰か教えてください。
(2023年6月刊。2600円+税)

引き裂かれた海

カテゴリー:社会

(霧山昴)
著者 吉崎 健 、 出版 論創社
 福岡高裁が開門を命じ、その判決は確定したのに、国がその判決を無視して、結局、開門しなくてよいという判決を別にもらって、こちらも確定したという、日本の裁判史上、初めての奇想天外な出来事が起きました。
 現在、諫早湾干拓は開門されないまま、深刻な漁業被害が今も続いています。そして、国は漁業被害と干拓事業との因果関係を肯定も否定もせず、ずっとずっと不明だとして、開門しないことを前提とする協議を求めているのです。
 国って、冷たい権力そのものなんだと実感させられる話なんです。
 諫早湾干拓は2008年3月に完成し、4月から営農が始まった。672ヘクタールの広大な干拓農地で、現在35経営体が営農している。当初41事業体でスタートして、13事業体が撤退した。
 諫早湾を閉め切った「ギロチン」は、1997年4月なので、すでに26年たっている。
 ギロチンのあと、有明海では赤潮が頻発し、タイラギ漁が不振となり、養殖アサリもたびたび死滅した。「ギロチン」のとき、漁業が続けられなくなる8漁協には202億の補僓金が、その外側の4漁協には41億円が支払われた。
 干拓の目的は当初は稲作のための耕地づくりだった。でも、全国的に減反政策が進むなかで、ここだけ稲作のためというのはおかしい(ありえない)ので、途中から「畑作」に変わった。つまり、もともとが「食糧増産」という目的ではないのです。
 ところが、ここに2530億円もの事業費(税金)が投下されました。ともかく、大型公共事業をしたかったというホンネを元長崎県知事(高田勇)が吐露しています。全国各地ですすめられている新幹線の延伸、リニア新幹線そして地方の飛行場の新増設と同じです。ゼネコンの仕事づくりなのです。「国民の利便」は、あとから取ってつけた口実でしかありません。
 そして、農水官僚の「天下り」先の確保でもあり、大手の受注企業に次々に「天下り」していきました。ひどいものです。許せません。そのとき、事業は「官製談合」が常態化しました。
 福岡高裁(岩本宰裁判長)は、「抜本的解決のために話し合い解決をするよう」文書で勧誘しました。ところが、国は問答無用として、話し合いのテーブルにつきませんでした。沖縄の辺野古基地建設をめぐる国の態度とまったく同じです。ひどいものです。ひどすぎます。
 国はゼネコン優遇、自分たちの「天下り先」の確保しか念頭になく、有明海がどうなろうと知ったことではないという無責任な態度に終始しているのです。こんな国のあり方は是正されるべきです。司法がそれをしないとき、いったい国民はどうしたらよいのでしょうか…。
(2023年9月刊。1800円+税)
 日曜日、朝から仏検(準1級)のペーパーテストを受けました。午後1時に終わったときは、へとへと、まさしく疲労困憊でした。この1ヶ月ほど、朝と晩、いつものNHKラジオとCDの勉強に加えて、過去に受験した問題冊子をひっぱり出して復習しました。この5年とか10年ではありません。もう30回近く受験しているので、2往復はできません。
 頭をすっかりフランス語仕様に仕立てて臨んだつもりですが、いやはや難しいのです。つくづく自分は語学の才能がないと悲観してしまいました。単語は覚えられないし、仏作文もつまづきばかりです。自己採点したら71点でした。120点満点で6割が合格ラインですから、今年は危いです。さて、どうなりますか…。
 帰宅して、庭いじりで気分転換を図りました。チューリップの球根を60個ほど植えつけたのです。

植物に死はあるのか

カテゴリー:生物

(霧山昴)
著者 稲垣 栄洋 、 出版 SB新書
 植物の葉っぱが当たり前に行っている光合成の反応を完全に再現することは、現代の科学技術をもってしても、出来ない。これって意外ですよね。宇宙にロケットを飛ばして、はるか彼方から極小の粒々を地球にもって帰ることの出来る人間が、たかが植物の葉っぱにかなわないとは…。信じられません。
 この光合成によって、酸素が廃棄物として植物から排出される。そして、酸素は生命を脅かす猛毒の存在なのだ。ええっ、そ、そうは言っても、疲れをとるため酸素マスクを口にあてかっているでしょ。あれは何なのでしょうか…。
 酸素は生物にとって危険な物質ではあるが、爆発的なエネルギーを生み出す力がある。
ソクラテア・エクソリザという植物は、「歩く植物」とも言われ、光の当たる方に移動する能力があり、1年間で数十センチも移動する。
 植物が巨木になれるのは、細胞壁のおかげ。
ウミウシの仲間は、細胞の中に葉緑体をもっていて、それが光合成をし、そこから養分を得ている。
 光合成を行う小さな単細胞生物は、シアノバクテリアと呼ばれている。このシアノバクテリアを体内に取り込んだか、取り込まなかったか、それだけが植物と動物の違い。
 木から草が進化した。草のほうが、木よりも進化した形である。
 生きている木のほとんどは、死んだ細胞から出来ている。木の中心部分は、実は樹木として立っているときから死んでいる。木のうちの生きている細胞は木の外側のやわらかい細胞であり、この外側の部分だけが生きている。人間の場合には、死んだ細胞が生きた細胞を包んでいる。
植物には、脳がない。脳細胞は、1000億個あまりの細胞がある。
 いま、身近な田で稲穂の刈り入れが始まっています。その田の畔に咲くヒガンバナは、縄文時代に日本に渡来した。ヒガンバナは三倍体なので、種子を作ることができない。
 サツマイモは根っこが太っただけで、ジャガイモは茎が太ったもの。
 生命の源は、星の死によって生み出されたもの。植物も星のかけらから出来ている。ええっ、空を飛んでいる「かけら」が地上の植物に一大変身するというのですね。本当ですか…。
 1週間をたどるうちに、植物という存在の出現、そしてその意義と問題点を学生からの質問にこたえる形式で明らかにしている楽しい新書です。
(2023年8月刊。990円)

九州・琉球の戦国史

カテゴリー:日本史(戦国)

(霧山昴)
著者 福島 金治 、 出版 ミネルヴァ書房
 戦国時代、火薬の原料となる硫黄の産地は薩摩の硫黄島(アメリカ軍と対決した硫黄島ではない)、豊後(大分)の硫黄岳(伽藍(がらん))岳などであり、中国の明王朝などが日本の硫黄を欲した。
 サツマイモとも呼ばれる唐芋が日本に定着したのは16世紀。わが家の庭にもサツマイモを植えていて、10月末に掘り上げるつもりです。
 室町幕府の九州統治は、九州探題を通して守護を管轄するのが原則だった。
 中世には、複数の主人をもつことが許されていた。しかし、主従関係は未来永劫(えいごう)と認識される時代に変わっていった。
 天文7(1538)年に秋月で和議(合意)が成立し、大友氏は筑後・肥後、大内氏は筑前・豊前を支配することになった。
 朝廷(京都)の公家にとって、九州の武士たちの交流は直接の収入源であった。そして、見返りに国人(武士)は権威やブランドを手に入れた。
 大永3(1523)年に、中国の寧波(ニンポー)で、細川と大内という両氏が武力衝突したのを「寧波の乱」と呼ぶ。
 イエズス会の宣教師ザビエルは、日本に来る前にアルヴァレスの報告を読んでいて、ザビエルは、日本人は識字率が高いから、教理の習得は可能と判断した。ただし、ザビエルは、2年あまり豊後に滞在したあと、インドに戻った。
 島津氏は宣教師もキリスト教徒もうまく対応できなかった。
文禄・慶長の役において、日本軍が緒戦で勝利したのは、朝鮮官軍の逃亡、戦闘回避、民衆の官物略奪、日本軍の主要武器である鉄砲への不慣れがあった。
 兵糧の需要増加によって、出撃基地である名護屋の米相場は京都方面より6割増しに高騰した。
 朝鮮出兵のとき、日本人捕虜が数千人規模で「降倭」となり、日本軍と戦った。
 戦後、日本から6000人あまりの人々が朝鮮半島へ帰還した。
戦国時代の九州・沖縄の動きを通覧・通読することができました。ここでは、特に印象的なところを紹介しています。
(2023年7月刊。3800円+税)

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