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絵本の深層心理学

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著者:矢吹省司、出版社:平凡社
 絵本は子どもが読む本というよりは、むしろ大人に読んでもらう本。つまり、絵本は大人が読む本。
 主体的な存在としての人間が、子どもという理由だけで親に支配される。この矛盾から、子どもは親に反抗する。
 子どもは親が頼みの綱、命の綱。その綱が切れてしまうんじゃないかという不安は強烈。
 たしかにそうです。私は小学生のころ、兄と2人で、父親の実家で夏休みを過ごすことがありました。昼間は魚釣りしたり楽しく過ごしましたから、いいのです。問題は夜です。広い座敷に兄と2人で寝ます。ボーン、ボーンと時計がうら寂しい音をたてます。ああ、家でお母ちゃんたちは何をしているかなー・・・。火事にでもあって、親が焼け死んで孤児になっちゃったらどうしよう・・・。夜ごとホントに真面目に心配していました。この世に自分ひとりが残されて天涯孤独の身になったとき、どうやって生きていくのかしらん・・・。心配でたまりませんでした。心細くなっているうちに、寝入ってしまいました。朝になったら、ケロリンコンです。
 いろんな浮き世のしがらみを断ち切って身軽な独り身になったら、自分の素晴らしさは今より際だち、みんなからもっとちやほやされるだろう・・・。機関車ちゅうちゅうは夢想した。しかし、それは経験を通して、完膚なきまでに否定されてしまった。自分のアイデンティティは自分ひとりでは生み出せない。それは他人との関係をへて完成し、他人との関係によって維持されるものだ。
 子どもにとって母の愛を信じられるということは、世界を基本的に信頼できるということを意味している。子どもは、しつけを強要する社会的な意思に逆らいたいという欲望も抱いている。社会的な欲求との両極端に子どもの心は分解しがち。このスイングを繰り返しながら、自分のなかの社会性と反社会性との葛藤に折りあいをつけ、そうすることで幅も深みも奥ゆきもある人格の土台を築いていく。
 子どもは人生の土台となる心の強さを身につけようとがんばっていて、それが切実な生活のテーマとなっている。人生の土台となる心の強さとは、基本的信頼、自律性、自発性のこと。基本的信頼とは、自分が現に生きているこの世界は、不都合な問題を次々と押しつけてはくるけれど基本的にはいいところだ、そうと信じてずっとここで生きてゆきたい、生きてゆけると実感できる能力のこと。自律性とは、自分の心と体はたとえ思いどおりにならないことがままあるとしても、基本的には自分の主体は自分であると実感できる能力のこと。自発性とは、自分は現実的にも心理的にもずいぶん抑圧されてはいるけれど、基本的には自由である、自分の意志で生きてゆけると実感できる能力のこと。
 うーん、いい言葉にめぐりあえました。なるほど、そうですよね・・・。いい本に出会うと、心のなかはすっきり洗われて、気持ちがあったまって、すがすがしくなります。
 モノカキを自称する私も絵本に挑戦してみましたが、残念なことに、売れゆきは芳しくありませんでした。何を訴えたいのか、もうひとつ明確でなかったことに主な原因があると反省しています。それにしても、絵本はいいものです。
 子どもたちが小さいときは、毎晩のように、絵本を読んでやっていました。それは自分に言いきかせるような内容だったのですから、読んでいる私の方が楽しくなって、励まされたりもするのです。まさに大人にとっての絵本でした。斎藤隆介「八郎」やかこ・さとしの「カラスのパン屋さん」などをすぐに思い出します。最近は大分の立花旦子弁護士にすすめられた「嵐の夜に」もいい絵本でした。
 ここに紹介されている絵本の半分ほどを読んでいたのも、うれしいことでした。

凶犯

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著者:張平、出版社:新風社文庫
 中国の山村で、国有林保護監視員が村を牛耳る4人兄弟の言いなりにならず、ついには殺しあいに発展していく。すさまじい展開です。小説は事件発生の前と後とを時間刻みで交互に描いていきます。目まぐるしいのですが、それが緊迫感を生むのに成功していて、結末と原因が手にとるように分かります。
 中国の農村部で、取り残されたような農民の欲望に支えられ、絶大な実権を握って君臨する4人兄弟がうまく描かれています。殺人事件のあと、県から偉い役人が派遣されてきて、聞きとりが始まります。公正な結論が出ることを期待していると、とんでもない。でも、こんなものかなあー。日本だって、表面はともかく、本質的にはあまり変わらないよな。そう思わせる結末です。
 中国でベストセラーになったのも、うなずける凄い小説でした。

ネパールに生きる

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著者:八木澤高明、出版社:新泉社
 ネパールに行ってみたいと思ったことは何度もあるが、残念ながら行ったことはない。ヒマラヤのふもとの美しい大自然に囲まれた、のどかな暮らし。というより、最近では、まだ毛沢東主義者(マオイスト)がいて政府軍と殺しあっている。そんな物騒な国だというイメージの方が先に立ってしまう。
 著者は、まさにそのマオイストの軍隊に入りこんで取材し、写真つきで紹介している。表紙で微笑えんでいる女性兵士は戦闘中に死亡し、すでにこの世にはいない。のどかな山並みを背景とした写真なのに・・・。しかし、そこは厳しい戦闘地域だったのだ。
 マオイストは1万5千人もの兵力を擁しているという。女性兵士も少なくない。ネパールでは、2001年6月1日に、当時のビレンドラ国王夫婦が、ティペンドラ皇太子に殺害され、本人も自殺するという惨事が起きた。そのあとを前国王の弟であるギャネンドラ現国王が継いだ。そして、つい先日、国王親政を強引に始めた。
 ビレンドラ前国王は親中国派で、マオイスト対策に軍隊をつかうことに反対し、話し合いによる平和解決を望んでいた。ギャネンドラ現国王は、親インド派でマオイストの増長を警戒し、軍隊の出動を強く望んでいた。なるほど、そうだったのか・・・。
 マオイストの兵士は14歳から20歳が中心で、戦闘の前に酒や麻薬で無感覚になり、死を恐れずに突進する。村人は貧しいから、兵士になるしかない。それがマオイストの兵士であってもかまわないのだ。マオイストは酒と賭博を禁止している。集会に何万人も集めるだけの力がある。ところが、村人が途中で集会を抜け出そうとすると、若い女性が棒で叩いて坐らせてしまう。
 ネパール人女性と結婚した日本人カメラマンである。この本にある写真はネパールの実相を伝えてくれる貴重なものだ。

味ことばの世界

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著者:瀬戸賢一、出版社:海鳴社
 デザートをいただくとき、それは別腹よ、なんて言葉があります。この本によると、それは実在するというのです。甘いものは身体にプラスになる。このプラス信号を口にすると、たとえ既にお腹がいっぱいのときであっても、たちまち胃袋は中身を押し下げてデザートの入るだけのスペースを空けるのです。えーっ、本当なの・・・。でも、真実のようです。
 味は舌で感じる。だが、おいしさは脳で感じる。ある食べ物を口にしたとき、右脳と左脳は同時に活動しはじめる。まず、右脳でおいしいかまずいのか判断をし、左脳の言語中枢を介しておいしいとかまずいと言葉で表現する。左脳の分析は複雑系になればなるほど分析結果に時間がかかり、その表現も難しくなる。おいしいかどうかは右脳ですぐ判断できるが、どこがどう違うのかを分析し、言語的に表現するのは左脳が担当し、それには時間がかかり、表現にも大きな個人差がある。
 味やおいしさを言い表すのは知的なゲーム。その人の人間としての経験の豊富さ、知的才能とその鍛錬・品格など、すべてにかかわる。おいしさを上手に伝えることのできる人は深みのある人である。
 味覚の情報は半分しか新皮質に入らない。だから、料理番組では「おいしい」としかレポーターは言えない。意識にのぼってくる部分しか表現できないから。視覚はすべて新皮質に入るから言葉にしやすいのに比べて、臭覚や味覚が言葉にしにくいのには根拠がある。なるほど、そうだったのか・・・。
 だから、私は、単においしかったとか、うん、うまい、などという言葉ではなく、どういう味だったのか、その場の雰囲気をふくめて、情景描写で美味しさを言葉にしようと努めています。なにしろ深みのある人間になりたいものですから・・・。

仁義なき英国タブロイド伝説

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著者:山本 浩、出版社:新潮新書
 紳士の国というイメージが完全にふっとんでしまう本です。ええっー、そんなにイギリスって、他人のゴシップが好きだったのか・・・。そんな思いにかられました。
 私は週刊誌はほとんど読みません。でも、新聞の下の方にのる週刊誌の広告は必ずチェックしています。今どんなことが政界や芸能界で話題になっているのか、新聞を読んでいるだけでは絶対にうかがい知れない世界がそこにあります。
 イギリスのタブロイド新聞は、どこも旗幟鮮明です。右派のサンは310万部、左派のディリー・ミラーは210万部・・・。
 バッキンガム宮殿の召使いにまんまと化けたディリー・ミラーの記者がいました。日本の皇居に夕刊紙の記者が潜入することは不可能な気がしますが、かりに可能だったとしても、それが記事になることは絶対にありえないことだろうと思います。ダイアナ妃の死をめぐるパパラッチ騒動も紹介されています。その謎はいまも解明されていないようです。
 札束ジャーナリズムという言葉があるそうです。タブロイドに限らず、イギリスではネタを独占するために情報提供者に高額の報酬を払うのです。取材謝礼というより、情報を独占する権利についての売買だという発想なのです。
 きわめつけは、タブロイド記者からブレア首相のスポークスマンにのぼりつめて首相府情報・戦略局長までつとめた人物(アレスター・キャンベル)を紹介しているところです。日本では、週刊誌の記者が首相のスポークスマンになるなんて、とても考えられません。
 仁義なきタブロイド新聞の激しい競争ですが、日本のサンケイやヨミウリのような自民党べったりの新聞を読んでいない者からすると、朝日も毎日も西日本も日経も、いつだって同じような論調なので、いかにも物足りなさを感じています。まあ、どっちの方がいいか、評価の分かれるところなんでしょうが・・・。

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